7 夢と休息と
「私からの提案というのはだね……」
元の世界で赤子から人生をやり直す、という提案を、僕が少しだけ渋ったのを見抜いた大神が返答を待たずに話を続ける。
「君のいた世界ではない、別の次元に位置する世界⋯⋯異世界と言った方が判りやすいかもしれないな。そういった世界へ転生してみないか?」
異世界転生。神様の提案は完全に予想外のものだった。いや、予想できるかこんなもん。
「何も赤ん坊から生まれ直す必要もない、その世界の住人と意思疎通する為の言語知識も授けよう。その世界は君達の言うファンタジー世界そのものであるとも約束する。どうだ?ちょっとわくわくしてきただろう?ほほう、結構乗り気ではないか。では駄目押しに⋯⋯今なら従者を二人!なんととびきりの美女を二人も!君が異世界に慣れるまで貸してあげても良い!ふむ?思春期の少年には迷いを生む条件だったかな?⋯⋯だがしかしこの神の目には、まんざらではないという君の本心は丸見えだぞ?」
「べべべ別にまんざらとかー!?そういうんじゃないですけどー!?」
一気にまくし立てられるも、神様には僕の感情が全て読めているのだろう、こちらが返答を言葉にするより早く、僕の答えが受け取られている。
⋯⋯もう異世界でも何でもいいからこの神様と話すのやめたい。
「はっはっは。そう邪険に思うな。人間の心というのは常に迷っているもの。だが、迷いながらも常に心は求めるものを決めている。神というのは、その求めるものへ手を伸ばす為の決意を、後押ししてあげるのも仕事なのさ」
後押しというか、谷底へ向けて背中から押してるのが正しい可能性すらある。
大体、異世界。僕が行く必然性が感じられない。従者と言っても知らない人が二人も傍に着くってのも不安要素だ。
「なぁに、君はその二人とはすぐに打ち解けるさ。この私が保証しよう。そして必然性と言うが⋯⋯”過ぎたる偶然は最早必然”。君はそれほどに、私の世界においてあり得ない命の落とし方をしているのだよ。遠い遠い世界、天も魔も存在を許されない星において、そのどちらともが混ざった力によってな」
僕の世界とは違う異世界。勿論、他にも色々な世界があるのだろう。その無限にも有るだろう数々の世界の中で、たまたまそんな死に方をした。
宝くじに当たるより低い確率かもしれない。
⋯⋯確かに、悪運ではあるが、もしかしたら自分が選ばれし者かもと思っちゃっても良いのでは⋯⋯?
そんな事をちょっとでも思ったのが間違いだった。
「うむ、心は決まったようだな。ではイムヤよ。これより君には魔界と天界に最も近い人間界へと転生してもらおう。意識がまた遠くなるかもしれないが、無事に送り届けてあげるので安心したまえ」
「え、ちょっと待って俺何も言ってな⋯⋯」
「この私の前に言葉なぞ不要。君の心に浮かんだ感情、それそのものが答えだ。⋯⋯”選ばれし者であることを願っているよ”」
最後の言葉に少しだけ違和感にも似た、含みのある物を感じた。
が、突如僕の脚下に現れた魔法陣、そこから発生した白い数本の柱によって即失念する。
今気付いたんだけどこのおっさん、俺の脳内の選択肢を自分の都合の良い方に勝手に決めてんな。恋愛ゲームなら相手の女の子がこちらの誘いをすべて「はい」と答えてる前提で話を進められていた。
流石に、それは嫌われるぞ⋯⋯と。
神様へ向ける精一杯の抵抗の如き考えをしながら白い光に包まれ、転生前、最後の意識を閉じた。
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朝。
窓から差し込む朝の日差しに意識を覚まされた。
懐かしい夢を見た気がする。
懐かしい気がするが、つい先日あった出来事な気もする。
「⋯⋯⋯⋯」
ぼうっと天井を眺めるが、見慣れた蛍光灯のぶら下がった部屋ではない、木でできた天井に若干の居心地の悪さを感じる。
ああ、ここは僕の部屋ではない。そうだ、大神とかいうのにこの世界に転生させられて、天使と悪魔がお供になって⋯⋯そしてこの町でクエストを⋯⋯。
「……クエスト!クエストはどうなったあ痛ぁぁぁっ!!?」
昨日の出来事を思い出してがばっと勢いよく身体を起こすが、同時に鋭い痛みが全身に走る。
何事かと自分の胸や腕、脚に手で触れると所々に包帯が巻かれている。
少しずつ昨日、何をしていたかを思い出していると
「朝っぱらから騒々しいわね。おはよ」
声のする方を向くと、リーゼがラフな格好で林檎をかじりながら隣に座っていた。
ラフな……言い方を変えると、凄く油断した格好。サイズの合っていない大きめのTシャツが鎖骨のラインを見せつける。
自分より一回り小さい美少女。場合によっては魅惑的な姿と言えるだろう。しかし僕は、Tシャツに描かれている、猫が肉球から電撃を出している絵が気になってそれどころではなかった。
「……お前、そのシャツ何処で売ってたの」
「ん?これ?ふふふ、気になる?気になるのね?ミーシャに部屋着を買えってお金渡されたから、露店をフラフラしてたら見つけてね。見た瞬間にビビッと来たのよ。誰が描いたかは知らないけど人間界にもこんなにセンスが良い奴が居るのね。ちょっとだけ見直したわ」
「そ、そうか……まぁセンスは人それぞれだもんな……」
自信満々に奇天烈な絵柄のシャツを見せてくるリーゼに乾いた笑いを返すしかない僕だったが、急にその表情が暗くなる。
「……その、昨日は……悪かったわね。悪かった、と、思うわ……流石に……えーと……」
もごもごと言い辛そうに謝罪をする。というより謝るのに慣れていない印象を受ける。
昨日……あぁ、そうだ。昨日はクエストでジーマ林道西口でモンスターに囲まれて……。
「あの後、どうなったんだ?僕、途中から覚えてなくてさ、気付いたらこうやって布団で目が覚めたんだけど」
えっ、とリーゼが小さく声を漏らす。
「……あんたがいきなりモンスターの群れに突っ込んで、無理矢理突破したのよ。それで私とミーシャで追ってくるモンスターを撃退しながら逃げてようやく撒いたと思ったら、あんたが急にぶっ倒れて。ミーシャが魔力切れるまで回復魔法使っても全部治らない程の酷い怪我だったのよ。それでも起きないから、担いでここまで帰ってきて、包帯とかで応急処置して……」
「僕が敵に突っ込んで……?」
しばし考えるが、やはりそこの記憶が無い。
覚えているような、覚えていないような……むず痒い感覚だ。
「僕は大怪我してるみたいだけど、二人は? ミーシャもさっきから見当たらないけど……」
「私達は数が多いから苦戦してたけど、ダメージ自体は殆ど受けてないわ。寝れば治る程度ね。ミーシャは今朝、私とギルドに昨日のクエストの報酬受け取ってすぐ買い物に出かけるって町の方へ行ったわよ。私は帰るって言ったらイムヤが起きたらこれをって林檎渡してきたわ」
「……林檎って、その今お前が食ってるやつか?」
げんなりとした気持ちでリーゼが齧っている林檎を指さすと、リーゼがその林檎をまじまじと見つめて、僕に差し出す。
「いる?」
「いらねえ……」
そう、と返して目線を逸らしながら林檎を齧るのを再開した。
「けど、二人とも無事で良かった。二人が大怪我してたら、僕なんて今こうやって生きてられなかったろうし」
「何も良く無いわよ」
僕が何の気なく言った言葉に、リーゼがキッとこちらを睨む。
しかしすぐにその目が、先程の様な暗い表情へ、ややすれば泣きそうな表情になる。
「あんたは弱いわ。だって唯の人間だもの。そんな事は判っている。けれどそれを理解していた上で私とミーシャは尚もあんたを死なせそうになった。天使と悪魔っていう自分達の力を過信した結果がこれよ。ちょっと力を封じられただけで、あれくらいの雑魚にすら手こずって人間一人もロクに守れやしない」
独白も交えたそれは、きっと謝罪のつもりなのだろう。
「……別に、あんたを守るってのは大神の命令だし、そこまで忠実に聞くつもりも無いわ。あんたが勝手に死ぬならそれまでよ。けど、私やミーシャのドジや油断、無力さで死なせるのは我慢ならない。だからこそ、今回の件は私達の怠慢が招いた結果……あいつといつもみたいなノリで喧嘩したせいで死なせそうになって、悪かったと思っている、わ。反省、してる⋯⋯」
言葉を選ぶ素振りをしながら、しかし微妙に言わなくて良い事も交え、言葉を繋げるリーゼ。
その姿を見ると、何だか可笑しく思えた。
「……何笑ってるのよ」
「いや、リーゼって人に謝るイメージ全然湧かないから、そうやってしおらしくなってるのが何か面白くて」
「ふん、実際、他の奴に謝るなんてした事ないわよ。少なくとも小さい頃以外はね」
今でも結構小さいよな色々、と言うと間違いなくしばかれる。
リーゼの小さい頃か。ミーシャもそうだが、いずれはそういった話も聞かせてもらえるのだろうか。
僕はこの二人のことを何も知らない。
僕が死んだ原因で、天使と悪魔で、本当は途方もなく強いらしくて、仲が悪い。
こんな二人の事でも、いつか人と成りが判る日がくるのだろうか。いや、厳しそうだな⋯⋯などと思案に暮れていると、部屋の扉ががちゃりと開く。
「ただいま戻りました!」
修道服のような服を着て、シスターみたいな身なりをしたミーシャが買い物袋を2、3ぶら下げて帰ってきた。リーゼも部屋着と言ってクソださTシャツ着てたし、これは私服だろうか。
そんなミーシャが、僕とリーゼの様子を見るや否や、買い物袋を取り落す。
「おう、お帰り」
「あ⋯⋯イムヤ!目が覚めたのですね!怪我は⋯⋯その、大丈夫ですか?まだ痛みませんか?」
そのまま僕の方へ駆け寄り、腕や身体に、傷の具合を確かめるように触れる。
ああ、きっと僕が意識を失っている間もこうやって丁寧に包帯を巻いてくれたのだろう。なんだかこそばゆく、気恥ずかしい気持ちになる。そんな事を一瞬だけ考えたが。
「いだだだっ!ちょ、まだ完治してないから!完治してないから!」
「あわわわわすいませんっ!」
「何やってんのよ⋯⋯」
激痛に身をよじる僕から慌てて手を離すミーシャ。リーゼはそれを呆れ顔で見ている。
ミーシャが気を取り直すように咳払いをすると正座をし、真面目な表情でこちらを向く。
「ええと、昨日は大変申し訳⋯⋯」
「そのくだりなら、さっき私がやったからもうやらなくていいわよ」
「えっ⋯⋯!?」
ああ、ミーシャも僕に謝ろうとしていたのか。
リーゼが素直ではないながらも謝ってくるのが意外だったと言えば意外だったのが本心だが、二人とも律儀だ。
「良いよ、気にしなくて。そりゃ二人の仲が悪いのが原因で僕が死にかけたんだから怒ったりするのが普通なんだろうけど、二人とも反省してるって言うならそれでいいよ。というか、身体中痛くて怒る気にもなれやしないや」
「イムヤ⋯⋯」
冗談っぽく笑いながら言う僕に、ミーシャは少しだけ困った様な顔になるが、ちらりとリーゼの顔を見ながら言葉を繋ぐ。
「⋯⋯寛大な心に感謝いたします。あの様な事はもう無いように⋯⋯今回を機に、少なくとも今暫くは、この悪魔との関係を見直す事にし⋯⋯⋯⋯リーゼ。その林檎は?」
ここにきてリーゼがさっきから齧ってる林檎に、ミーシャが気付いてしまった。
もう果肉なぞ残ってないそれを先程と同じ様にまじまじと眺めるリーゼ。そしてそれをミーシャに向けて⋯⋯。
「いる?」
「いりません!貴女、林檎はイムヤに差し上げるよう伝えた筈ですよね!?何を平気な顔をして全部食べっていうかシャツださっ!?信じられません何ですかそれ!?何で猫が肉球から電撃を!?もしかして部屋着としてそれを買ったのですか!?サイズも合ってないですし!」
「は、はあ!?この絵の素晴らしさがわからないの!?イカしてるでしょ!滅茶苦茶イカしてるでしょこれ!魔界に持って行ったら絶対流行るって!」
「そんなの着たのが部屋の出入りしたら同じ部屋に住んでる私達まで変な目で見られるじゃないですか!ほんと勘弁してほしいです!サイズ合ってないのはこの際良いから絵柄!絵柄なんとかしてください!」
「絶対いやよ!私はこれが気に入ったの!他にも最高に良い柄の服がたくさんあったから揃えるの!せっかく人間界の楽しみが出来たのに邪魔されてたまるもんですか!」
さっきまでの反省ムードは何処へやら。
途端に喧しくなった部屋の中、最早怒るという気にもなれなくなった僕は布団を頭まですっぽりと被って。
「おやすみ」
現実から目を背けて寝る事にした。
「イムヤ!私はこの悪魔と今日こそ決着を付けてきます!それが終わったら何か料理を作りしますのでごゆっくり!さあ表に出なさいリーゼ!その変な服共々ボロボロにしてあげます!!」
「望むところよこのバカ天使!その忌々しい修道服ひん剥いてオークの群れにでも捨ててきてあげるわ!泣きながらくっ殺とか言っても遅いわよ!」
二人が武器を持ち出して部屋から退出し、すぐに金属がぶつかり合う音が鳴り始め、それに混ざってお互いをなじり合う声も聞こえてきた。
もう何だかとてつもなく疲れたので、今日はゆっくり休もう。昨日あった事とかはとりあえず忘れよう。そう考えながら再び僕は夢の世界へと意識を落とした。




