5 ギルド
「番号16番でお待ちのイムヤさーん。3番窓口までお願いしまーす」
掲示板の前で騒いでた僕たちは、錯乱するミーシャをなんとか落ち着かせてギルドの受付へと向かった。
クエスト報酬受取所、登録許可証更新所など様々な案内板の中から冒険者登録受付の立て看板を見つけ、それを頼りに進むと無事受付に辿り着く。
新しく冒険者として登録する為の受付にも関わらず、それなりに人は並んでいる。
順番待ちの札をそれぞれ三人で貰い、申込用紙に必要事項を記入して待つ。
許可証を発行し、これから冒険者になるであろう者達が受付を後にするのを横目に、ようやく自分たちの番というわけだ。
「続きまして番号17番、ミーシャイェールさんは4番窓口へ。18番ベルゼリーゼさんは1番窓口へお願いします」
ここで一瞬、周囲がザワついたような気がしたが、受付のお姉さんに話しかけられるとすぐにそんな事は気にならなくなった。
「はい、それでは失礼ながら申込用紙を拝見させて頂きますね」
「よろしくおねがいします」
受付のお姉さんが僕から手渡された用紙に目を通す。
「イムヤさん、ですね。あまり聞き慣れない語感の名前ですね。非公開になっておりますが、どこか遠い国のご出身で?」
「まあ、そんなところです」
嘘ではない。まさか異世界で日本出身ですなどと言える訳もなかろうて。
「はい、概ね大丈夫かと思われます。それではこちらの器具に左手の親指を乗せてくださいませ。⋯⋯⋯⋯はい、大丈夫です。では、次は魔導共鳴検査を行っていただきます。こちらすぐに終わりますのでご安心くださいね」
スムーズに手続きが進み、検査を行ってるスペースへ案内される。
そして僕と入れ替わりで次の順番の人が受付窓口へ立つ。なんとも忙しない光景だ。
魔導共鳴検査スペースへ移動すると身長や体重の測定、血圧のや皮下脂肪の云々、喫煙飲酒の有無などを聞かれ⋯⋯って
「健康診断ですよねこれ」
「? なんだいそりゃあ。魔導共鳴検査の事を、君の国ではそう呼んでいるのかな?」
流れるように健康診断を行なってるので、そろそろ誰かに言いたかった僕のツッコミに目の前の白衣を着た、初老で小太りの、ドクターのような見た目をした検査員がそう返す。
「はい、それじゃこの石を持ってくれるかな」
検査員がそう言うと、透明な掌サイズの石を僕に渡してきた。
「これは共鳴石と言ってな。君の今持つ能力を解析してくれる道具だ。ま、説明するより実際にやってもらう方が早い。ぎゅっと握ってごらんなさい」
言われるままに共鳴石を握らされたので、手の力を込めてみる。すると手に仄かな暖かさを感じる。
「はい、もういいよ。それじゃ返してね⋯⋯⋯⋯ふうむ?始めて見る色になったねえ。この色はね、個人個人の属性を示す色なんだ。例えば赤色だと炎属性に関するスキルを覚えやすいとか耐性があるとか、そういったものだね」
手から石を離し検査員に渡すと、さっきまで透明だった石が小さく光っていた。
オレンジ色の光の中に、白と黒のとても弱々しい渦を描いている。
「これまでに回ってきた君の診断書を見てみると、どうやら異国の出身の様だね。それも関係しているのかもね。どこの人かは非公開のようだけど、まあ冒険者志願はそういった人も多いからね。この属性は一種の目安のようなものだからあまり気にしなくていいよ。じゃあお待ちかね、今からステータス表を出すからちょっと待ってね」
言いながら検査員が机にある蓋のないスキャナーのような器具に共鳴石を乗せ、暫くするとプリンターのような器具から紙が印刷される。
異世界の文明、意外と便利だな。
印刷された紙に検査員が軽く目を通して、ほう、とか、ははあなるほどとか呟いた後、僕にそれを手渡した。
そこには様々な数字、文章が書かれていたが、要約すると
イムヤ
初級冒険者 レベル8
属性:無し
所持スキル一覧
"■■■■"
といったもの。
「冒険者登録の段階で診断した割には高めのステータスだね。それでも一般的な冒険者の平均的のちょっと上くらいの数値ではあるけどね。特色と言えば、やはりスキルの欄だねえ。あ、スキルっていうのは魔法や特殊能力を一括りにした名称だよ」
神様から身体能力の向上をしてもらっている⋯⋯筈なのだが、検査員から話を聞く限り、あまりピンとこない向上率のようだ。
しかし、スキル欄に1つ、異様な雰囲気を醸し出す部分があり、そこは僕も気になった。
「真っ黒に塗り潰されてますね。これはどういう意味があるんですか?」
「わからないねえ」
「わからないんですか」
おいおい大丈夫かよ。
「ああいや、全くもって正体不明って訳でもなくてね?こういった前例は勿論あるよ。どういったスキルが隠されてるのか、私にもわからないって事さ。多分⋯⋯だけど、少なくとも今はこのスキルは使用不可能なんじゃないかなあ。何かの拍子に発現するかもしれないし、一応、自分には何か知らないけどスキルがあるみたい、とだけ覚えておきなよ」
「はぁ⋯⋯」
ふ、不安だ。
つまりは、今の所はごくごく一般的な、何の特技もない初級冒険者ということだよな。
そして、これじゃあスキルっていうのがどういった物なのか、いまいちわからない。
いや、そういえばミーシャが回復魔法を使ってたな。リーゼも⋯⋯何かしら使えるのかもしれない。後でステータス表を見せてもらおう。
と、ぼんやりと考えていると余所の検査スペースから大きめの声が聞こえてきた。
「聖剣士!上級職の聖剣士との診断が出たよ!お嬢ちゃん資質がすごい!資質がすごいねえ!しかも激レアな天属性!レベルは一般的な冒険者より少し高いくらいだけど、ステータスの数値は最高水準だ!超高難易度のクエストを受けるのも遠くない、金の卵の誕生だ!いやあ嬉しいねえ!"あの"ミーシャイェールと同じ名前の別嬪さんが来た時はびっくりしたけど、その名に恥じない冒険者になりそうだ!」
「あ、貴女!これで、これまで冒険者じゃなかったというの!?すごい才能よ!上級職の魔闘士!それも魔属性!普通は武闘家が果てしない鍛錬と実践の果てに辿り着くゴールのような職業なのよ!ステータスもこのレベルだとありえない数字を叩き出してる!いずれは本当に"あの"ベルゼリーゼと渡り合えるんじゃないの!?」
⋯⋯あいつらか。
本物の天使と悪魔。そりゃ僕みたいな評価に困るステータスでは無いだろう。しかし神様よ⋯⋯僕も、もう少し良い感じのステータスにしてくれても良かったんじゃないの?と思わなくもない。
二人とも有名人のそっくりさんみたいな扱われ方されているのがどうも引っかかるが、検査員の声で我に帰る。
「はっはっは、今日は君も含め、面白い子達が登録しに来てるようだね。さて、これで検査は終わりだ。お疲れ様。これで君は今日から冒険者だ。ステータスの定期検査等、また何かあれば来ると良い。これは私の名刺だ。では、貴方の冒険に大神様の御加護のあらんことを」
「はい、ありがとうございました。そうですね、また何かあれば」
検査員から名刺を受け取り、ステータス表と合わせてお礼をしつつ席を立つ。
実感は全く湧かないが、兎にも角にも、これで冒険者の一員になれたらしい。
名刺を見ると、検査員のおじさんの名が記載されている⋯⋯マルコムって名前なのか。今後また世話になるかもしれない。
「で、何それ」
「さあ?貰ったから付けてるけど、何か慣れないわね」
「登録の段階で一定のステータスを超えていると、お祝い品という事で頂けるとのことで⋯⋯な、なんだか貰って良かったのかなという気も少し⋯⋯」
検査が終わって再び三人で集まったが、ミーシャとリーゼは装備品を装着して戻ってきた。
リーゼは黒色に鈍く光る手甲に、これまた黒い金属のブーツ、ミーシャは鋼鉄の胸当てに腰当て。
並ぶと見た目はチグハグだが、これらの装備によって二人の風貌は冒険者らしさを増していた。
「多少なりとも普通の人間よりは強くはなってるんだし、イムヤも何か貰ってるでしょ?」
「⋯⋯マルコムさんの名刺」
「誰よ⋯⋯」
リーゼの何気ない一言が初心者の僕を傷付けた。
そういう、周りの人がうわって驚いて何かくれる展開は僕に回ってきてほしかったな。
「⋯⋯それよりも、二人のステータス表みせてくれよ。僕、スキルの欄がこんなになってて他の人はどうなってるのか知りたいんだよ」
僕がそういうと、二人とも表をはいと渡してくれるので僕も一応自分のものを渡す。
ミーシャイェール
聖剣士 レベル20
属性:天
所持スキル一覧
"ヒール"
"■■■■"
"■■■■"
"■■■■"
以下略
ベルゼリーゼ
魔闘士 レベル20
属性:魔
所持スキル一覧
"フィアー"
"■■■■"
"■■■■"
"■■■■"
以下略
二人のステータスは、少なくとも今の僕より圧倒的に高く、え?こんなに強い方々と一緒でいいんですか?ラッキー!という気持ちと、肩身が狭い!!という気持ちの板挟みとなった。
そしてスキル一覧。
二人共、僕に見せてくれた魔法は確認できたが、問題はそれよりも下。黒く塗り潰された文字列が延々と続いている。その数は凄まじく、100個はあるのではと思える。
なるほど、この二人は力が封印されていると言っていた。ならば、この一覧は、本来この二人が持っていた魔法の数々なのだろう。
などと考えているとリーゼが急に僕の肩をポンと叩き、にやにやしながら言う。
「まあ精々頑張ってくれたまえよ初級冒険者クン」
「あッ!?」
こ、こいつ、僕の事を完全に下に見てやがる!
表として結果が出てしまった以上、それは抗いようのない事実、事実ではあるが!
「と、とりあえず今日のところはもう遅いですし、この辺で帰り支度をしましょう!リーゼが取ってきた家というのもどういった所なのか判りませんし!あ、それと装備品の他にお祝い金というのも頂きましたよ!本当にこの町は冒険者に優しいですよね!無一文でしたし、これでご飯でも食べましょう!私とリーゼは天使と悪魔ですし、暫く食べなくても大丈夫ですか⋯⋯」
ぐううううう。
それは誰の腹の虫か。
僕はリーゼを見るが、リーゼはミーシャを見る。そしてミーシャは目を逸らす。
⋯⋯って、お前かい。
「今の私達、多分だけど身体の構造も人間と大差無いわ。痛覚は消せないし、腹も減れば眠くもなる。ほんと、やり過ぎなくらい弱々しい存在よ」
リーゼが毒づくように嘆く一方、ミーシャは赤い顔でぷるぷる震えて押し黙ってしまった。
しかし、この天使はギルドに来てから急にポンコツになったな⋯⋯。
「⋯⋯あー、うん、やるべき事も終わったし今日はお開きにして、受けられそうなら明日からクエスト受けるか⋯⋯」
「そ、そうしましゅ⋯⋯」
恥ずかしさのせいか、返答も噛むミーシャ。耳まで赤くなってもう見てられない。
飯を食べなきゃいけないし、まだ見ぬ家の家具だって揃えなきゃならないだろう。
僕が冒険するにはこの学生服じゃなくて武器や防具を買う必要だってがある。
心苦しいが、最初は二人のお祝い金とやらに頼る羽目になるだろう。情けないが、恥を偲ばざるをえまい。
なんとも異世界は世知辛い。そう感じた初日だった。




