3 林道を下る
「さて、それではまず町へ向かいましょうか」
「町?」
何となく聞き返してしまったが、異世界とは言え訳の分からない空間が点在する魔境ではない。
宇宙の何処かにはそういった場所もあるかもしれないが、ここが常識的な世界なら町くらい普通に有って当然か。
「この丘を下ればすぐに着きますよ。そんなに歩く事も無いですのでゆっくりと行きましょう」
「確かタトスの町だったかしら?冒険者が虫みたいに集まって暮らしてるって大神が言ってたわね」
「大神様はそのような野蛮な物言いはされません!」
「あー、わかったわかった。とりあえずその町に行って拠点を作って生活する、そんなとこで良いのか?」
「ん⋯⋯失礼しました。こほん。はい、どうやらギルドという組合が存在し、冒険者達に仕事を斡旋しているとのことです。仕事の種類はモンスターの討伐、それに伴うアイテムの収集、納品が主だそうですが、世界的に見ても冒険者に対して寛容⋯⋯寧ろ歓迎までされる為、世界中から様々な冒険者が集まっているようですね。滞在するのであれば宿も手配してくれるようなので、やはり此処を拠点にするのが最善かと」
なるほど。とりあえずで向かうには十全過ぎる。何なら行かない理由がない。
「よし、それじゃあタトスの町、だっけ?
そこに行こう。ところで、ミーシャは結構この世界について詳しいんだな。神様の命令でこの世界に降りてきたって言ってたし、町について色々知ってて少し驚いたよ」
「あ……いえ、これらの情報は大神様から事前に伝えられていただけで、実際はこの世界について、あまり存じ上げないのです。お恥ずかしい限りですが⋯⋯」
「そうだったんだ...なんかごめん⋯⋯」
「イムヤが気に病む必要はございません!謝らないでください!」
慌てふためくミーシャ。この子もすぐ驚いたり慌てたり、案外落ち着きが無いな。見ていて飽きないというか。
「出会って数分でイチャついてるとこ悪いんだけどさ」
リーゼがしらっとした目でこちらを見ながら間に入ってくる。
「お前、男女が喋ってるだけでイチャつくとか言うなよ」
そんなんでからかって許されるのは小学生までだぞ。
「いいいイチャついてなんかいませんしーーー!?」
思ったより動揺してる天使が目の前に居た。
「いや、ミーシャも真に受けないでくれよ⋯⋯」
「だってだって⋯⋯天界でも男の人と話す機会なんて殆ど無いから距離感とか全然わからないし仕方ないじゃないですか⋯⋯ぶつぶつ⋯⋯」
繊細かよ。
「はいはい。で、場所なんだけどさ、こっから見えるアレがその町って事でいいのかしら」
リーゼが指差した先には、この丘からでも一息に見渡す事のできない程に大きな町が広がっていた。
まだぶつぶつ言ってたミーシャも、気を取り直したのか顔を上げる。
「ええ、あそこがタトスで間違いは無いでしょう。⋯⋯大きい町ですね」
少し驚いたのか、独り言の様に感想を呟く。
トンビのような鳥の鳴き声が聞こえる。
風で草木が揺れる音が聞こえる。
僕はしばし、目の前に広がる巨大な町の姿に呆けていたが。
「⋯⋯うん、それじゃあ行こう!」
不安や期待がない混ぜになった感情を抱えながらも、一歩目を踏み出した。
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なだらかな丘に広がった平原を早々と下り、僕達は林道を進んでいた。
「しっかしあのおっさん、モンスターが殆どいないとこに降ろしてやるって言ってたのは何だったのよ」
「おっさん?」
「大神の事に決まってるじゃない」
「あああ貴女は!大神様におっさんとは!なんてことを!!」
「うっさいなー。つか判ってないようだから言っとくけどね、あんた達天使にとってはこわーい上司かもしんないけど、私達悪魔は忠誠心とか蝿の羽程の薄さも無いんだからね。
ただ、天魔大戦でサタンが大神に魔界の管理権限とか明け渡してどっか行っちゃったから、しかたなーく逆らわないであげてやってるだ・け・な・の。おわかり?」
「確かにそうかもしれません。ですが、今は貴女も私も等しく大神様に仕える身であることに変わりない。たとえ同胞であろうと、大神様への侮辱を看過はできませんね」
剣の柄に手を添え、今にもリーゼを叩き斬りそうな殺気を放つミーシャ。それに中指立てて挑発を繰り返すリーゼ。
なるほど、ミーシャに大神様の悪口は逆鱗ってやつか。いや、そうではなく⋯⋯。
「あーもー!喧嘩はやめやめ!リーゼはわざわざ挑発するな!ミーシャもいちいちそれに乗っかるなって!それよりさ、最初の丘、モンスターが現れない所って説明だったんだろ?ミーシャは何か思い当たる事とかないのか?」
恐ろしくピリピリした間に割って入り、二人を宥め、何とか話題を逸らそうと苦心する。
僕の胃に穴が開いてしまいそうだ。時給をもらいたい。
「⋯⋯ふぅ。重ね重ねすいません。そうですね。確かに大神様の説明ではモンスターの出現地帯では無いから転生直後のイムヤにも安心と聞いておりました。この林道くらいまで下ってようやく、たまに姿を現わすくらい、とも」
「そーそー。本当ならここを燃やし尽くしてストレス発散しようと思ってたのに、私の天才的な計画が滅茶苦茶よ」
「お前の発想の方が滅茶苦茶だよ。物騒だな」
「⋯⋯実際、ハンターウルフはこのような林や森に生息し、身を隠しながら獲物を狙うモンスターです。先程の丘みたく、身を隠す物が何も無いところに出現するのは解せません」
「どーせ腹減ってたとかそんな理由でしょ。所詮獣、真面目に考えたって無駄よ。本能に任せて結局死んでんだから世話ないわ」
「しかし……」
僕の目から見ても狂暴化した野生動物の類が腹を空かせて獲物を襲ってきたように思えた。
ミーシャの言う事も気になるが、そのことについて考えても答えは見つからなそうだ
「ま、詳しい事は町に下りて調べたらいいか。幸い、今はモンスターも出てくる気配も無いし。来たばっかりの僕が言うのもなんだけど、ほんとに単なる偶然だったりしてな」
僕が何の気なしにそう言うと、ずっと難しい顔をしていたミーシャの表情が少し柔らかくなった。
「そう、ですね。必要以上に考えすぎていたかもしれません。イムヤに不安な気持ちにさせてしまうのは良くないですね」
「や、気にしなくていいよ」
「この天使ちゃん、凄く生真面目に見えるでしょ?でもこれで抜けてる所あるのよ奥さん。こないだ私が喧嘩売りに行った時とか、下着姿で剣だけ持って家から出てきて……」
「詳しく聞こうか」
一旦モンスターの件は忘れようと和やかな雰囲気になったと思ったら、リーゼが僕の方を向いて口に手を当ててニヤニヤしながら何か言ってくるので、仕方なく話に乗ってあげようとするとミーシャが剣を抜いてリーゼに襲い掛かってきた。
「聞かなくて良いです!この悪魔め!やはりここで斬り捨てるしかッ!!」
「あーーーーん!?やる気ね!?かかってこいやァーーー!!」
「詳しく!その話詳しく!」
等と、騒がしくも僕達は林道を抜けて、何事も無く町へと向かっていった。
途中、何かモンスターらしき影が見えたが、ミーシャとリーゼの喧嘩を目にして逃げて行った……ような気がする。




