2 天使と悪魔
爽やかな風、心地よい暖気。
「う……ん……」
都会の騒々しい喧騒から、ずっとかけ離れた静かな空気に起こされて僕の意識は覚醒した。
瞼が暗闇を開き、ぼやけた風景が目に入る。
「お目覚めになりましたか?」
優しい、とても優しい声がかけられる。
誰に向けられた物だろうか。もしかして僕か?
僕だとしたら申し訳ないが、もう暫くはこのままでいさせて欲しいので再び目を瞑る。
こんなに寝心地の良い枕があるのがいけない。
「あ……その……もうそろそろ起きて頂かないと私、困ってしまいます……」
困るとな。僕一人が寝てたくらいで何を困ることがあろうか。
もう学校もないのだし、それを起こす母親であれば、もっと喧しい筈だ。
ああ、何だか遠い昔の事のようだ。その二つとも、僕にはもう縁の無い物……あれ、何かがおかしい。
意識が一気に現実へ引き戻される。
「ひゃっ!……あ、ごめんなさい!急に目を見開くものですから、つい驚いて……」
目の前に長い、金色の髪を揺らす少女の顔が、有った。
すげえ、こんなの写真でしか見たことない。
歳は……僕と同じくらいだろうか?
その美貌を彩る碧色の瞳を呆然と眺めたまま、完全に目覚めたにも関わらず声を一言もあげられなかった。
「あ、あのぉ……」
おずおずと声をかけてくる少女。そして気付く。これは膝枕の体勢だ。
俺、この子に膝枕してもらってる。
脳が現実を受け入れ始め、顔に火が灯るような熱が集まるのを感じた。
「おおおおわあああああ!!」
「ひゃああああああああ!!」
理解が追っつかないまま感情が口から溢れ出した。
それに呼応するように、少女の口からも情けない声があがる。
「うるっさいわよ!」
「ぎゃあああああ!ごめんなさいごめんなさい!あの、む、む、無罪です!!いや冤罪かこういう場合は……!?とに、とにかく!故意じゃないです!!痴漢とかそういうのじゃ!!……ん?」
強めの叱責に対して咄嗟の言い訳を紡いだが、目の前に居た少女とは違う声……がした方向を見ると、これまた別の少女が立っていた。
肌が浅黒く、白い髪。紅い瞳に、なんだかすごくラフというか……膝枕をしてくれた少女とは真逆の、不良みたいな恰好……いや、パンクファッションというべきだろう出で立ちの少女。
けれど、もし僕のクラスの男達に聞いたならば、彼女もまた満場一致で美少女である事は間違いない。
そんな美少女が二人も目の前に居た。
「こらっ!そのような言い方は無いでしょう!」
「はぁ!?一緒に情けない声あげてるあんたにも言ってやってんのよ!何がひゃあああ~~~よ!ぷーくすくす!」
「な……!こ、この……!たとえ共に人間界に遣わされた身とは言え、ここで決着を付けてもよろしいのですよ!?」
「望む所じゃないの!101回目にして決着つけるのがお望みみたいね!」
「102回目です!」
穏やかな眠りから目覚めて一転、急に騒がしくなってしまった。
二人ともお互いと声を交わすほどにヒートアップして、一気に一触即発の場と化した。
しかし、喧嘩は勝手にやってくれても構わないのだが、この空気では蚊帳の外である僕がいたたまれない。
「あの……」
「何でしょう!?」
「んだコラ!?」
「ひえっ!」
勇気を出して間に入るのを試みるもこれだ。
やめろ。険悪な面をして一緒に僕を見るな。言いたいことが言いづらくなるだろう。
「部外者は口を挟まいでくれる?もやし炒めみたいな貧相な身体してる分際で、天使と悪魔の抗争に首突っ込んだらタダじゃ済まないわよ!」
黒い少女に悪態をつかれるが、もやし炒めやら天使と悪魔の抗争やら、圧の有るワードに引っ張られてあまり頭に入ってこない。
あと貧相な身体をしてるのはお互い様だろう、という言葉が咄嗟に出なかったのを褒めて頂きたい。
「ん、天使と悪魔……」
何か引っかかる。
目を覚ます前に何か……そのワードを聞いた様な……。
「……あの」
「だーかーらー!」
「此処は、何処ですか?貴女たちは一体……?」
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黒い少女の睨みに耐え、今聞くべきことを質問した。やった。えらいぞ僕。
「……あー…………」
「そう、ですね。先にそれを貴方に説明するべきでした。本当に失礼な事を……申し訳ございません」
黒い少女はバツが悪そうに頭を掻きながら眼を逸らし、白い少女は丁寧に謝罪をしてきた。
本当に見た目通りというか、相性が悪そうというか、そんなことを思ってしまった。
「私達は、大神様より貴方がこの世界での生活に慣れるまでのサポートを任された者です。私は天使、ミーシャイェール。ミーシャとお呼びください。以後、よろしくお願いします」
「……悪魔、ベルゼリーゼ。リーゼって呼びなさい。ベルゼって呼んだら殺すわよ。ま、よろしくしなくてもいーわ。どうせそんな長い付き合いにはならないでしょーし」
「こら!貴女はほんとに、どうしてこう……」
「何よ、まさぁ悪魔に礼儀とか礼節とか下らないモン求めてんじゃないでしょうね?」
いがみ合いが始まるのが早過ぎる。ここまで仲が悪い人を僕は見たことが無い。
いや、人じゃ無いか。天使と悪魔……?
ミーシャイェール……?ベルゼリーゼ……??
天使……悪魔……神様……転生……異世界……ッ!
「あーーーーーーーーーーー!!!ぼ、僕を殺したバカ娘共!!」
ここで僕はすべてを思い出す。
下校の途中で雷に打たれ絶命し、神様とやらに出会い異世界への転生を提案され、若さ故の好奇心からその提案を受け入れた。
そして天使の少女、ミーシャイェールの膝枕から目覚め……そうか、此処は既に異世界。
目の前に居るのは天使と悪魔、それも僕を殺した張本人達だった。
「バカ娘は……酷いと思います……」
「喧嘩?やる?お?もっかい死ぬ?お?」
「だーまらっしゃい!!思い出した思い出した!!」
よりによって僕が死んだ原因をあてがうか普通!?いや、神様だから普通じゃないんだろうけど!
知らない人には例え年下であっても礼儀正しく、を貫く善良な一般市民である僕だが、この二人の正体が判明してしまっては話が別だ。
さっきまで畏まって使ってた敬語も何処かに吹き飛んでしまった。
「はー、ゴチャゴチャうるっさいわね。過ぎた事はいいじゃん?今を楽しも?」
「お前達のせいでこうなったんだろーが!被害者を前にしてちっとは反省の色とか見せねーのか!」
「私は寧ろミーシャとの決闘が邪魔されて不服よ。どうせなら魂ごと消滅してこんな面倒事に巻き込まないで欲しかったくらいに思ってるわよ」
「こっ……こっ……こいつ……!信じられねえ……!倫理観とかそういうの無いのか……!?」
「悪魔に何を求めてんのよ。まぁ私はほんとにこれっぽっちも悪いと思ってないけど、そういうの期待してるならそっちの天使ちゃんに言えば?」
リーゼが指でミーシャを指さすと、酷く青い顔をした天使の少女がそこに立っていた。
あぁ、もしも自動車で人身事故とか起こしたらこんな顔になっちゃうのかな……ってくらい酷い顔をしていた。
「あの……私、ほんとに、貴方の、人生を……台無しに……ごめっ……なさっ……」
やばい。半泣きだ。寧ろ加害者は僕の方なのでは?と思うくらい切羽づまった顔を見せられては、たった今、隣の悪魔に向けてた叱責の熱も凍傷になるくらいまで冷え切ってしまった。
「謝って、済む問題じゃ……ひっく、ないれすけろぉ……ごめ、ごめっ……なさ……うう……」
「あーーー!!いや、でもほら!異世界転生って今流行ってるからさーーー!君たちのお陰で俺もそのビッグウェーブに乗れたっていうか!?全然気にする事じゃないっていうか!!寧ろ貴重な体験ができてマジ感謝だから!!泣かないで!!」
「ひっく、えぐ……ほ、本当、ですか……?」
「まじまじ!な!落ち込んじゃダメだよ!!天使にだって間違いはあるさ!な!」
必死でミーシャを宥める僕。
くそ、己の死の原因とは言え美少女に泣かれたら仕方ないだろう。
少なくとも故意では無いのだ、望んで僕を殺した訳では……。
「そーそー、天使にだって悪魔にだって間違いはあるんだし?どうやらこいつも別に言うほど死んだ事に何か思ってる訳でも無いみたいだし?寧ろ喜んでるって言ってるんだからお礼くらい言ってほしいもんよねぇ~!」
「お前は絶対いつか痛い目にあわす」
同じ美少女でもこいつは別だ。許されるならバイオレンスな方向じゃ無い苦しみ方で1ヶ月くらいのたうち回るくらいの呪いにかかってほしい。
故意じゃ無ければ人を絶命させて良い訳では断じて無いのだ。
僕の中にて数秒でダブルスタンダードが完成してしまった。
「はぁ……すいません、取り乱してしまいました。故意では無いにしても貴方の穏やかな人生を奪ってしまった原因の一端である事は事実。水に流してほしいなど虫のいい事は言えません。ですがどうか、貴方の新しい人生の一助となる事は許して頂きたい」
僕の手を取ってギュッと握り、意志の強い声でそう告げるミーシャ。
どうやら根が悪い訳では無さそうだ。隣の悪魔娘はとにかく。
「あ、えっちな事考えてるわね」
「えっ、えっちな事を考えてるんですか!?」
「は!?!?かかかか考えてねーし!!」
やましい気持ちがあった訳ではないのに反射的に握られた手を離してしまい、疑惑が重なった気がした。失礼極まりない。
やっぱりこいつらと一緒だと逆に苦労するのでは⋯⋯そう考えたその時、急に獣の呻くような鳴き声が響いた。
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突然の獰猛な鳴き声と共に現れた気配、咄嗟に周囲を見渡すといやにサイズの大きい狼が三匹、こちらへにじり寄るように近づいて来ていた。
「モンスターに近付かれても気付かなかったとは、少し騒ぎ過ぎましたね」
「ハンターウルフ、だっけ?徒党を組まなきゃ冒険者も襲えない雑魚よ雑魚」
モンスター?モンスターって言ったか今。
いよいよ異世界らしくなってきた。とは言え、僕は元の世界からずっと学生服を纏ったこの身一つ。流石にモンスターと呼ばれる物とやり合えるはずがない。
「に、逃げなきゃ……」
モンスターで無くとも、明らかにこちらに敵意を向けた野犬が複数匹でにじり寄ってくる事など、殆どの人が経験しないだろう。
既に緊張で極限状態となった僕の胃から絞りでた一言は後ろ向きな物だった。
だが情けないとは思わないでほしい。
こちらは丸腰の人間が三人、うち二人はか弱い少女。そして相手はモンスター。
正直逃げるのも難しいだろうなあ、せめて男として僕が囮になるか、とか色々な事を走馬灯のように考える。
そして最終的には、新しい人生、短かったなあ。と悲観的な観測に落ち着いた。
僕が早くも世を儚んでいると、ミーシャとリーゼがモンスターの前に立ちはだかった。
「お下がりください。この程度の者であれば私達で十分です。お任せを」
ミーシャが腰に携えた剣を鞘から引き抜く。それをまた牽制するようにリーゼが前に出て拳を鳴らす。
「私達ィ?ふん、こんな雑魚、それこそ私一人で十分よ」
「そうか!こいつら人間じゃなかった!しかも結構強いっぽいんだ!やれー!やっちまえー!」
気が動転して、彼女らをか弱い女の子扱いしてしまったが、そうだ、この二人は天使と悪魔!超次元の存在!絶対的な安心感を得てしまった僕はさなざらスポーツの野次めいた応援を飛ばす人種に成り果てた。
「リーゼ、確かに本来の私達で在れば貴女一人でも持て余すかと思われますが、今の私達は……」
「うるっさいわね。どうせ大神の指示だから暫くは人間界に居なきゃなんないけど、そこのマヌケ面した男に舐められるのはごめんだわ!今の内に、私の圧倒的な力ってのを見せつけておいてあげる、目に焼き付けなさい!」
ミーシャの言葉を遮り、リーゼが両腕を広げて詠唱を開始する。
おお、もしかしてこれがファンタジーにおける魔法というやつか。初めて見る魔法がこの悪魔の物というのが引っかかるが、少し色めきだってしまう。
「これより開くは災厄の帳。地の果てに閉ざされた暗黒の星を今此処に呼ばん。我が眼前に立つ無知なる化生、その血肉の欠片も残す事を許さぬ」
空気が震え、地が揺れる。……気がした。
ハンターウルフ達もリーゼの動きに警戒をはじめ、距離を取らんとしている。
ミーシャが神妙な面持ちでその場面を見ているのが気になる。
「魂ごと纏めて無に帰すわよ!あとついでにこの辺一帯も焼け野原の死の荒野にしてあげる!死になさい!!冥界にて輝きし暗黒の星、ブラックスター!!」
……ぽすん。
「……え」
あれ?
意気揚々と魔法を宣言すると、黒いシャボン玉のような火がリーゼの目の前に現れ……弾けて消えた。本人も呆気に取られ間の抜けた声を漏らす。
何も無い所から黒いよくわからないモノが出てきたのは、僕からしても十分驚きではあるのだが……リーゼの仰々しい詠唱の文言と異なり過ぎてる以上、大失敗をかましたとみて間違いはないだろう。
対面のハンターウルフ達も「何?何もないの?」と戸惑っている気がする。気が。
「…どうせそのような事だろうと思っていましたが、案の定ですね……私達の様な天魔の者がそのままの身で人間界に降りてしまったら、それだけで周りに大変な影響を及ぼします」
はぁ、とため息をつくミーシャ。
本当に心の底から呆れかえっているような、いや最早哀れんだ目でリーゼを見ている。
天使でもこんな憐憫一色な目をするんだな……。
「ですので、人間界に降りる際に我等の力の殆どは、大神さま自身の手で部分的に封印しておく……そう仰られたではありませんか」
「ううううるさいわよ!じゃ、じゃあこっちはどうかしら!?」
微妙な空気がその場に流れたが、しかしリーゼは素早く立ち直り、新たに詠唱を始める。
「汝弱き者、我を恐れよ!"フィアー"!」
そう唱えると、ハンターウルフの頭上に黒い魔法陣が現れ、中心の一匹に被さって消える。
その様子に異変を感じたのか、他の二匹はリーゼの眼前から離れようと動き出す。が、魔法がかけられた一匹は、ガクガクと身体を震わせ動けない。
「あれは⋯⋯?」
「恐慌状態ですね。相手に恐怖心を植え付け、動きを封じる魔法です」
え、えげつない⋯⋯しかし、魔法にも炎とか出す以外にも色々あるんだな。
「はーーー⋯⋯こんな低級魔法、普通なら使わないんだけどね⋯⋯っと!」
「グギャアアアァァァン!!」
言いながら、動けないハンターウルフに向けて駆け出し、その拳を突き上げる。
哀れハンターウルフはリーゼのアッパーにより宙を華麗に舞い⋯⋯、どしゃりと大きな音を立ててノびてしまった。
「ほら、他のはそっちで始末しなさいよね!」
仲間が倒されたのが引き金になったのだろう、残りのリーゼから離れた二匹は、逃げるでもなく僕達の方に向かってきた。
「グルルルォォオオオ!!」
「こ、こっちに来る!」
「お下がりください!」
魔法を掛けられるまでもなく恐怖で脚のすくんだ僕の前に、ミーシャが剣を構えて立ちふさがる。
二匹のハンターウルフのシルエットがミーシャへ重なろうとするも⋯⋯。
「はっ!!」
それを真正面から剣で一刀両断。その返す刀でもう一匹へと剣が切っ先の進路を変える。
一瞬の間に亡骸と化したハンターウルフの肉体の一部が瞬時に灰塵と化し、残った部位が平原にバラバラと転がる。
その、凄惨で有りながらも余りに華麗な光景が、さながら剣術のショーであった。
しかし、ミーシャの二撃目の剣は空を切る。
太刀筋自体は完璧だったと思われるのだが、最後の一匹が急に僕の方へと狙いを変えたのだ。
「!? しまった⋯⋯!」
ミーシャがそれを捉えた時には遅く。
「ギアアアアアアアッ!!!」
「⋯⋯うわあああ!!」
咆哮が鼓膜を貫き、僕の首へ牙が食い込んで血飛沫が上がるビジョンが見える程の距離。
「ギャウウン!!」
「あああああ⋯⋯あ、あれ?」
やぶれかぶれに振るった腕がハンターウルフの口元を直撃し、そのままぶっ飛んでいった。
何が起こったか理解できずに呆然としてるとミーシャが駆け寄って来た。
「ご無事ですか!!」
「だ、大丈夫⋯⋯大丈夫なんだけど、今のは⋯⋯?⋯⋯痛ッ!⋯⋯血、血が!」
遅れて、手に鋭い痛みが走る。
口元を殴った際、手の甲に牙が当たったらしく血がだらりと流れ出していた。
あまり経験しないような流血に暫しパニックを起こすが、ミーシャがその手を取って小さく呟く。
「風に乗りし光の精霊よ、この痛みに癒しを与え給え⋯⋯"ヒール"」
その詠唱が終わると暖かな光が僕の手を包み、開いていた傷がゆっくりと塞がっていく。
リーゼの魔法は見た感じの派手さに欠けたが、こちらの光景は、とてもじゃないが僕の居た世界では、液晶の向こう側の早送り映像でもなければ見られないものだった。
それはまさしく、ファンタジー世界の象徴である魔法そのもの。
僕はそれを見ながら、ああ、ここは本当に異世界なんだなと再確認していた。
「ありがとう、助かったよ」
「当然の事をしたまでですよ。私もリーゼと同じく魔力に制限がかけられていますので、このように細やかな魔法しか使えませんが⋯⋯」
魔力とか魔法とか、そんな言葉が日常的に使われない世界の住人なので十分に驚きです。
いや、それよりも何よりも驚いている事がある。
僕は一介の男子高校生。日常的に争いに身をやつしている世界とは程遠い世界の、所謂一般人だ。
例え野犬であっても、一般人が適当に放った拳の一撃で仕留める事は不可能だ。
僕が疑問に思いながら自分の手を見ていると、ミーシャが
「先程の貴方様の力について、でしょうか?恐らくですが、転生の折に大神様が身体能力の向上等を施したのではないでしょうか。激しい動きは慣れが必要かもしれませんね」
なるほど、神様って便利だなあ。
素っ頓狂な理由だとは感じるも、身に覚えのない攻撃力でモンスターを倒した以上、受け入れるしかあるまい。
「人生最悪の日だわ⋯⋯」
自分の未知の力に感心してると、リーゼがげんなりした顔でこちらへやって来た。
人生……?悪魔生……?
「大体、力の封印って言ってもカスみたいな魔法しか使えなくなるまでする普通!?身体の動きも信じられないくらい遅いし、これじゃほんとに唯の人間じゃない!」
「大神様が貴女を降ろすのに、この辺一帯を消し飛ばすような魔力を残す訳が無いじゃないですか⋯⋯それよりも、立てますか?」
喧々と喚くリーゼを無視して、ミーシャが僕に手を差し伸べてくれる。
その手を取り、まだ震える脚で何とか立ち上がる事ができた。
その姿を見てミーシャが安心したように微笑む。
深呼吸して、何とか落ち着きを取り戻すように試みる。
「あー⋯⋯天使とか悪魔とか、まだよく解らないし、正直まだ夢の中にいる気分なんだけど⋯⋯」
「夢だったら早く覚めてよー。あたしも魔界に帰れるんだからさー」
「こら!口を慎みなさい!」
女三人集まれば姦しいとは言うが、こいつら二人でもやかましいな。リーゼが落ち着きないだけなのだろうけど。
「とにかく!あんた達が、俺が死んだ原因だってのはとりあえず忘れる!二人とも超強いのはわかったし、罪滅ぼしに暫くは面倒見てくれるってならそれにあずかろうと思います!よろしく!」
「いや、罪滅ぼしとか一切考えてないって。バックれられるなら喜んでバックれるわー」
「もう!貴女は!ほんとに!」
何だかこの光景も慣れてきて、苦笑いするくらいの余裕も出てきた。
あ、そうそう、と、何か思い出したかのようにリーゼが僕に話しかけてくる。ミーシャの説教を聞き流しながら。
「ところでさ、あんた名前なんていうの?」
「あ、そういえばまだ聞いてませんでしたね。大神様には人間の男の子、という概要しか伝えられてないですし⋯⋯」
⋯⋯騒がしさに置いていかれてすっかり自己紹介すら忘れていた。
苗字はこの際いいだろう。もう日本では無いのだ。覚え易い名前で呼んで貰えたらそれでいい。
「厳矢⋯⋯イムヤだ。改めてよろしく、ミーシャ、リーゼ」
「イムヤ様、良い名です。それでは⋯⋯」
「あっと、様付けはやめてほしいかな。何か落ち着かないよ」
「そうですか?では⋯⋯イムヤ。改めて、こちらこそよろしくお願い致します。このミーシャイェール、お側に居る限り、貴方をお守りし致します」
その姿はさながら伝統ある王宮の騎士。あまりに自分と、文字通り世界の違う美しい仕草に戸惑いはあるが、これから暫くは共に過ごす仲間だ。いずれ慣れるだろう。
「私は守るとかそういうのメンドくさいけど、ま、人間界観光のついでくらいには付き合ってあげるわ。よろしくしなくていいわよイムヤ」
こっちはこっちで、別の意味で不安だ。何と言っても悪魔。見た目はミーシャより一回り小さいけれど、不遜で軽薄な態度が目立つ⋯⋯が、何だかんだ、いの一番にモンスターを倒してくれたし、根っから悪い子じゃない気もするけど。
この時はまだ、僕に課せられた使命とか、定められた運命とか、そういう物を考えてもいなかった。
ただ、帰って寝てるだけではご飯が出てこないとか、まだクリアしてないゲームあったのになあとか、そんな事をぼんやり考えているだけ。
しかし、何はともあれ、ここから僕の異世界転生は始まった。




