9 ヨトゥム 1
ギルドから少し離れた民家に一つ、明らかに築年数が云十年経っているであろう二階建てのアパートのような建物、というよりまんまアパートが有る。
ブロック塀に囲まれて、敷地内には利用者が勝手に洗濯物を干したり、燻製を作ったりしている広めの庭らしきスペースが存在する。
そんな、一階と二階に三つずつ部屋が有るアパートの、一階真ん中の部屋、ここが僕とミーシャとリーゼの借りている家である。
ギルドでひと騒動起こしてしまった僕達は、名も知らぬ子の手を引っ張って、此処まで全力で逃げ帰ってしまった。
「はーっ、はーっ⋯⋯ど、どうしてこんな事に⋯⋯」
「その、私のせいですよね⋯⋯ごめんなさい⋯⋯それと、手をそろそろ離していただけると⋯⋯少し痛くて⋯⋯」
言われてようやく、部屋の中にまで入ったというのに自身の手が、フードの子の手をがっちり握ったままになっているのに気付いた。
「あわわ!ごめ、ごめん!」
「い、いえ!お気になさらず⋯⋯」
慌てて手を離すと、向こうも気恥ずかしいのか、黙り込んで気まずい空気が流れる。
そこを割って入るようにリーゼが鼻息荒く顔を覗かせた。
「えっちな事を考えてる波動を感じたわ!やっぱり男はワーウルフ!野生の本能には抗いきれないのね!私とミーシャがいると言うのにこの場でおっ始めようなんて!良いわ、さあ早く!早く手篭めにするのよ!実況してあげるから!やったわねイムヤ!早くも伴侶が出来たわよ男か女か知らないけど!これで私達が大神から受けた仕事も終わあ痛ァ!!」
早口でまくし立てるリーゼの後頭部をミーシャの拳が襲った。
頭を抑えながらいきり立ったリーゼがミーシャに掴みかかる。
「何すんのよ!脳味噌飛び出したらどうしてくれんの!?」
「色情魔の脳味噌など飛び出して結構!貧相な身体の癖してそういった話題ばかり好んで煽るのをやめなさい!」
「身体の発育は関係無いでしょうが!そういうあんたこそ、どうせ赤ちゃんは畑から収穫できるとか思ってるんでしょ!?ええ!?」
「そ、そんな訳無いでしょう!ていうかそのディストピアな世界観は何なんですか!あなた私がボヤけた知識しか与えられて無いとでも思ってるのでは!?」
「ほーう、じゃあ答えてもらおうか!さあ問題!赤ちゃんはどうやって出来るの!?」
「ひうっ!えと、えーっと⋯⋯お、おしべと⋯⋯めしべが⋯⋯」
「ひゃーはっはっはっ!こりゃこの先何千年生きてようが一生処女だわ!」
「ぶっ、ぶっ、ぶっ殺す!!ぶっ殺してやる!!かつてない殺意が湧きました!!絶対に此処で始末してやる!!」
「上等よこのクソッタレ!!オークも抱くのを躊躇う身体にしてやらあ!!」
怒涛の勢いで喧嘩が始まり、二人とも表に出て行った。
フードの子と取り残されてしまった僕は呆然と立ち尽くし、とりあえずこの微妙過ぎる空気を打破するため声をかけた。
「あのー⋯⋯」
「は、はい!?」
「お茶でも飲んで行きます?」
「あ、それじゃあ、お言葉に甘えて⋯⋯」
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「粗茶ですが……」
安いコップに注がれた安いお茶を前に、フードの奥から、こちらを伺う視線を感じる。
しばし、時が止まったようにお互い硬直していると、やがて向こうからゆっくりとコップを手に取り、息を吹きかけながらお茶を啜り、一寸。舌を少し出して動きが止まった。
「……あちゅっ」
「わ、悪い!熱かったか!?」
「ひゃ!?わ、わあ!!」
後になって思うと、ここでそんなに慌てる必要は無かったと思う。けれど、僕もこの微妙な空気に緊張していたのだろう。
つい自分の身を乗り出してしまった僕に驚いたフードの子は、持っていたコップを宙に浮かしてしまった。僕はそれをキャッチしようと試みるが、当然失敗。
が、何とか熱いお茶は床に散らばって僕達の身に降りかかるのは阻止できた。その代わりに⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯あの、その⋯⋯駄目、駄目で、す⋯⋯」
僕が押し倒した様な体勢になってしまいました。
その子の顔を隠していたフードは開き、所々ハネた銀髪と、蒼く透き通る光を宿した眼を持つ非常に整った顔立ちと⋯⋯耳と頭に生えた、水晶の如く青い角を曝け出した。
この時の僕は断じてやましい想いがあった訳ではない。だが、僕は問いたい。
その、人間には在る筈のない角を見て、そもそも触ろうと思うわけねーだろと思う諸兄等には関係が無い話だ。面接は以上です。お疲れ様でした。
だが、触るという選択肢を取った同士達よ。今一度諸兄等の意見を聞きたい。
「⋯⋯あっ、そこ、は⋯⋯っ!やっ⋯⋯んんっ⋯⋯!」
頬染めながらこんな反応すると思いますか?え、定番なの?やめろ、近寄るな。僕は知らなかったんだ。不可抗力です。助けて。僕は今誰かに見られたら確実に性犯罪者です。
「ご、ごめ⋯⋯!すぐ離れ⋯⋯」
全速力で手を離し、謝る体勢に入ろうとした僕だったが、しかし。
「すいませんイムヤ!リーゼが今日も中々にしぶとくて!」
「あんた自分に回復魔法使うのやめなさいよ!喧嘩両成敗って言葉知らないの!?」
唐突に玄関のドアが開いて、ミーシャとリーゼが雪崩れ込んできた。
タイミングという物は、常に悪い方を選ぶ物だ。
「な、な、な⋯⋯⋯⋯!」
「あらー。お邪魔だったかしら?」
きっとこの時のミーシャの怒声は、このアパート全体に響き渡っていただろう。住人が外出してるであろう昼時で良かった。本当に。
「何をしているのですかァ!!」
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「え、と⋯⋯名前はヨトゥムと言います。差し支え無ければヨトとお呼び下さい。星魔道士という職業で、ソロで冒険者をやっています。改めて、この度は助けていただきありがとうございました」
もう見られたから気にしない様にしたのか、ヨトは顔と角を隠していたフードを取ったまま、だがローブとバックパックは身に付けたまま、僕達と向かい合うように正座している。何というか、見た目にも暑そうな着込み具合だ。
ヨトの自己紹介も兼ねたお礼に、リーゼが世間話でもするように声をかける。
「へぇー。ヨトちゃんはこういうとこ始めて?」
「こういうとこ、ですか?ええっと、そうですね、他人の御宅にお邪魔したという意味でしたら、始めてですけど⋯⋯」
「緊張してる?」
「は、はい。少しだけ⋯⋯その、私は見ての通り竜族で、奇異な視線を向けられがちなので⋯⋯冒険者になってからは他人と交流するのは避けていたから、こうやって誰かと面と向かって話すのは、緊張しますね」
「ふーん。恋人はいるの?」
「こいっ!?い、いるわけ無いじゃないですか!そそ、そんな、恋人なんて⋯⋯」
「初々しい反応って好きよ!ねえ冒険者になる前の異性の知り合いとかは?キスは?初体け痛あい!!」
調子に乗っておっさんみたいな質問を次々繰り出すリーゼの頭に本日二度目、天使ミーシャの鉄拳制裁が下った。
秩序ってのはこうやって守られるんだなあ。
同じく、僕の痴態を見て激怒したミーシャの手腕により、毛布で簀巻きにされた僕は一人深く頷いた。
さっきより力を込めて殴ったのか、頭を抑えてのたうち回るリーゼ。当然のようにそれを無視してミーシャがヨトへ丁寧にお辞儀をする。
「はあ⋯⋯大変お見苦しく、且つお聞き苦しい場面の数々、本当に申し訳ございません⋯⋯。私はミーシャイェール。最近この町で、聖剣士として冒険者を始めた者です。そしてこちらの痴れ者Aが魔闘士のベルゼリーゼ、痴れ者Bが初級冒険者のイムヤです」
「おいおい、言うに事欠いて痴れ者とは酷い扱いじゃないか?何度も言うが、さっきのは不可抗力だ。ヨトもそれは判っている、気にしない、許してくれると言ってる事だし、もうこの簀巻きスタイルから解放してほしいんだけど」
「お黙りなさい。例え被害者が許しても天が許すとは限らないのですよ。第三者の視点から見た先程のイムヤはどう映ったと思いますか?御自身で答えてみなさい」
「⋯⋯年端もいかない女の子を押し倒してる変態でした⋯⋯」
「よろしい。では暫くそうしていなさい」
「あ、あの⋯⋯私は本当に気にしていないので⋯⋯」
無理矢理抜け出そうにも、毛布のくせにガチガチに締め付けられてて全く身動きが取れない。
勿論、簀巻きにされまいと抵抗はしたのだが、ミーシャの力は押し引きが一切効かない程に強かった。僕より細い腕の何処にあの力が有るのだろう。
「あたたた⋯⋯ところで"流星"のヨトちゃんは何であの三馬鹿に絡まれてたの?」
「二つ名で呼ぶのは、少し恥ずかしいのでやめていただけると幸いです⋯⋯」
痛みから復帰したリーゼがヨトの二つ名を交えて質問すると、困った様な照れた様な表情で返した。
「あの"北のサザンクロス"に限らず、たびたび強引な勧誘は受けているのです⋯⋯種族的にも今や珍しい竜族。その上、特殊職の星魔道士。自分のパーティに入れば箔が付く、と考える冒険者は多いかと思います。私のレベルより遥かに上の方々に誘われた事もありましたしね。何もしなくて良い、居るだけで良い、なんて言われました事も⋯⋯」
言葉を続ける毎に、顔色が暗くなっていくヨト。恐らく僕の想像以上に、これまでそういった手合いから声をかけ続けられていたのだろうし、断る度に心無い言葉を浴びせられていたかもしれない。
精神が磨り減り、他人を信用出来なくなるには十分な仕打ちだ。つい言葉に詰まってしまったが、話題を逸らそうとミーシャに質問をした。
「なあミーシャ。竜族ってこの世界じゃ珍しいもんなのか?」
ドラゴンと言えばファンタジーの華形だ。そんな種族が、今や珍しい、とはどういう事だろう。
「はい。300年前の天魔大戦では天界、魔界、人間界とどこでも猛威を奮い、存在そのものが脅威と言われていましたが、体制終結以降はその鳴りを潜め⋯⋯」
「えーと、悪い、天魔大戦ってのも詳しく教えてくれ。名前はたまに聞くけど詳しく知らないんだよ」
「ああ、イムヤには説明する機会が無かったですね。では簡単に……」
天魔大戦⋯⋯人間界の時間にして丁度300年前、長らく拮抗し続けていた大神と大魔王が、遂に本格的に激突した。
天界と魔界は全面戦争となり、天界からは大神直属の配下である四大天使、魔界からは大魔王含む七大魔王までもが前線に立ち、血で血を洗う戦いを繰り広げた。
その争いは天使と悪魔だけの問題では済まされない。
天界と魔界に近い、今僕達が居るこの人間界では大戦の影響による天災がとても長く続いた。それどころか、迷い込んできた戦闘中の軍勢や、異界のモンスター達まで現れる始末。
人間達は己の身を守る為に足掻いた。天使と悪魔の軍勢が人間界に被害をもたらすのであれば、それを防ぐ為に戦った。
だが、その機に乗じて他国に襲いかかる国や、そもそも敵対関係にあった種族間の諍いは激化。やがて天魔大戦は人間同士⋯⋯どころか先に述べた竜族やその他、異種族達の争いも招き、混沌とした時代と化した。
大戦そのものは10年も掛からずに終結するが、その名は歴史に確固たる傷痕を残す事となる。
結果としては、名目上は大神の勝ち。大魔王は魔界の管理権を大神、及び天界へ明け渡して失踪という形になっている。名目上というのは、実は大魔王は何処かで復活の為に暗躍している、とかなんとか。
「とまあ、概要はそんな所ですね。大戦終結後も人間界では各地で戦争が続いていたらしいですが、これらもそう長くない期間に、全て終戦。それ以降は大きな戦争も無く平和な時代が長らく続いてます。⋯⋯話が大きく逸れてしまいましたね。この大戦が後の天界、魔界、人間界の三界に及ぼした大きな影響についても語りたい所ですが、それはまたの機会にでも」
「zzz……」
ミーシャ先生の異世界講座、僕の知らない事が無限に出てきそうだし、また今度やってもらおう。
ちょっと長い講習すら受けられないのか、リーゼはお約束の様に居眠りしてしまっている。まあ、こいつも悪魔なのだから聞く必要は無いのだろう。
「なるほど。とにかく、その天魔大戦ってのが終わってから竜族は揃いも揃って雲隠れしたって事か」
「一説では戦争に疲れた竜王が、残った眷属を引き連れて三界の何処かに引きこもってしまったと聞いていますが⋯⋯そういえば、その事について同族であるヨトさんは何かご存知でしょうか?」
「いえ、生まれてこの方、同じ種族の方に会った事も見た事も無いので⋯⋯。有名な方々は一介の冒険者程度では足も踏み入れられない場所に居を構えてらっしゃいますし」
「生まれてこの方?親は?」
これが本日二度目の僕の失態だ。何の気なしに聞いてしまったが、少し考えれば後に続く言葉は想像出来ただろう。
「⋯⋯親はおりません。私は孤児院に拾われた身ですので」
そう言いながら苦笑するヨトを見て、僕は一寸思考が停止したが、ミーシャが無言で簀巻きの僕を転がす。そこで漸く自分の失言に気付いたのだ。
「ぎゃあ!⋯⋯ご、ごめんっ!」
「いえ、お気になさらず。それに、初対面の人にこんな話をしている私が良くないのです⋯⋯少し話し過ぎましたね。今日受けたクエストもある事ですし、私はそろそろ失礼します⋯⋯」
いそいそと帰り支度を始めようとするヨトへ、寝ていた筈のリーゼがくわっと目を開け、一言発する。
「ちょーっと待ちなさいな。まだあんたをあの三馬鹿から助けた報酬を頂いて無いわよ?」
その発言にミーシャが目を見開く。
仲間が唐突に守銭奴の如き発言をすれば、血相も変えるだろう。
「リーゼ!貴女なにを言って⋯⋯」
「おーだーまーり!!何事もタダで済ますってのは気に入らないタチなのよね。貰えるもんはきっちり貰うわよ私は」
対して、顔色を変えないリーゼにヨトは少し俯きがちに、しかし納得はしているといった声で返す。
「⋯⋯いえ、いえ。うっかりしていた私が悪いのです。助かったのは事実ですし⋯⋯それでは、今日私が受けたクエストの報酬を半分お渡しするというのはどうですか?」
「はーん!どんなクエストで何をして幾ら貰うのか知らないけどダメよそんなんじゃ!ダメダメ!」
「ま、まさか全額⋯⋯?そ、それは流石に⋯⋯私も生活が有りますし⋯⋯」
おっと、これは見過ごせない。思わず僕も口を挟む。
「おいおいリーゼ、これでお金貰っても俺達は使わないし、そもそも受け取らないからな」
「っかー!違うわよ!揃いも揃って馬鹿ばっかり!なーんにも判ってないわね!」
僕の言葉にリーゼは大袈裟に首を振り、否定のポーズをとる。が、次の瞬間、とんでもない事を言いだした。
「良い?よく聞きなさい。私が欲しているのはね、ヨトゥム!あんた自身よ!!」
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「このままついてきてください。すぐ討伐対象が現れると思うので」
タトス校外の名も無い平原。
僕達はヨトの案内を受けながら後ろに付いて、その平原を歩いていた。
ヨトは再びフードを深く被っているが、通行人に角を見られるのがよっぽど嫌なのだろうか。
「確かに良い案だ。リーゼの恋愛対象は女の子だったのかと思ってびっくりしたけどな」
「そんな訳ないでしょ。つか男でも女でも私より弱い奴はお断りよ」
リーゼの旦那さんになる人は大変そうだ⋯⋯悪魔ってか、魔界の結婚事情は知らないけど。
まぁ、と言うわけで、リーゼの提案により僕達はヨトが今日受けたクエストに同行させて貰う事となった。
報酬は僕達三人とヨトで四等分でいいかと、ヨト本人から進言されたが、本来ならば一人で解決できる筈の仕事を奪ってる様な物なので、報酬の大部分はヨトに渡そうと僕とミーシャで意見が合致。
意外にも、このシチュエーション提案者であるリーゼはそれで構わないと受諾して今に至る。
ヨトの後ろを歩く僕達三人。ミーシャが訝しげな顔でリーゼへ話しかける。
「状況としては、私達はヨトさんをならず者から助け、クエストの手伝いをして、その上で報酬の殆どを受け取らない。こう言っては何ですが、私達の益が非常に少ない気がします⋯⋯リーゼ、どういう風の吹き回しでこの提案を?」
それは僕も気になっていた。自分から言いだしておいてこの条件を飲んでる時点で、何か裏があるようにしか感じられない。
「ふふん、ちょっとした考えがあってね。まあ見てなさいって」
いつもより少々機嫌の良さそうな表情をしてミーシャの問いを躱す。何を企んでいるのかは判らないし正直不安だが、何だかんだでこちらがドン引く様な真似はしないだろう。⋯⋯多分。
「そーいえばヨトちゃんはどんな魔法使えんの?星魔道士ってレアな職業とは言ってたけど、いまいち何が出来るか知らないのよねえー」
ヨトの隣に並び、わざとらしく大きな声で質問するリーゼ。こうして並んでいるのを後ろから見てると、リーゼの白髪にヨトの銀髪と、髪の色も似てるし、背丈もリーゼがやや小さいくらいで差があまり無く、姉妹に見えない事もない。性格は真反対だが。
「端的に言うと星属性を持つ者にしか使えない魔法が扱える魔法使い⋯⋯ですね。基本属性については存知、ですよね?」
「え、それ知らない」
僕の言葉に、ヨトが少し困惑した顔で振り向く。何だろう、知らないとまずい事なのか⋯⋯いや、基本というからには、知らなければまずい、この世界では常識レベルの話なのだろう。
恐らく知っている前提で続きを話そうとしていたヨトが、明らかに次の言葉に悩んでいた。無知ですいません本当。リーゼはその隣でにやにやしている。どついたろかこいつ。
と、少々の間を置いてミーシャがこほんと咳払いをした。
「基本属性というのは、火、水、雷、風、地の、自然界を構成する五大属性、それに闇と光と言う相反し合う二つの属性を加えた物です。多くの人が扱えるという意味で、この七つが基本属性と呼ばれていますね。空気中に漂う魔素を、術者の持つ属性へと変化させ操るのが基本的な魔法です」
ミーシャ先生、ありがてえ。
丁寧な解説に涙がちょちょぎれそうだ。だが、一つ気になる点が。
「へえ。じゃあミーシャの天属性やリーゼの魔属性ってのは例外みたいなもんか?」
「そんなところです。ですが、そもそも性質が違う物を属性として定義しているだけなので、それぞれ光属性や闇属性の上位互換と言うわけでは無いですよ。天属性と魔属性自体は相反するものですけどね。ヨトさんの星属性もそうですが、基本属性に該当しないこれらは特殊属性と呼ばれています」
性質が違う、とはどういう事だろう。特殊属性は魔法であって魔法でないとか、そういった類の物なのだろうか。
ミーシャの解説にヨトの困惑も晴れ、寧ろ感心というか尊敬というか、そんな念を込めた目でミーシャとリーゼを見ている。
「ミーシャさんとリーゼさんも特殊属性持ちなのですね⋯⋯なんだか始めて人に親近感が湧きました。ええと、それで星属性の魔法と言うのはですね、私達が今いる世界の、この星そのものの力を借りる魔法です。例えば、私がよく使うのは支援魔法なのですが、重力を操作して身の動きを速くしたり、物理法則を捻じ曲げて相手の攻撃を反射させたり、ですね」
重力や物理法則を⋯⋯って。何だそのチート。ゲームで使ったら嫌な顔されるやつじゃん。バランスブレイカーじゃん。
「それって相当凄いんじゃ⋯⋯無敵じゃん」
僕が呆気にとられてそう漏らすと、ヨトはくすっと笑って返す。
「勿論、欠点はありますよ。法外な能力の魔法が揃ってはいますが、その分、魔力消費が物凄くて⋯⋯一人で戦っていると魔力だけじゃなく、体力も消費するのでいつもクエスト終わりはフラフラです。熟練した星魔道士であれば、別の星の力を借りて隕石を降らせたり、地面を強制的に割ったり出来るらしいのですけどね。まだまだ修行が足りないみたいです⋯⋯」
苦笑しながらそう言うが、そんな魔法を扱いながらこれまで一人で戦ってきたのかと思うと、その笑顔もどこか儚く映る。
その儚くも美しい雰囲気をぶち壊す為と言わんばかりのテンションでリーゼがヨトの背中をバシバシ叩きながら大笑いした。
「なるほどねー、いや、凄いわねヨトちゃん!私の目に狂いは無かった!今回のクエスト私達何もしないで良いんじゃない?いやー楽しちゃいそうで悪いわねー!」
「は、はい!?ありがとうございます⋯⋯?」
あからさまに適当な語句を並べてヨトを褒め称えるリーゼ。困惑しているヨトを見たミーシャが、リーゼに制裁しようと近付くと、今回は早くに勘付き身構えられる。
「あまり意味のわからない事を言ってヨトさんを困らせないようにしましょうね⋯⋯?」
「はーぁ?素直な気持ちで賛辞しただけなのに何でそんな事言われなきゃならないのかわからないんですけどー?」
「あ、あの、私は全然、全然気にしてないので⋯⋯」
「お前ら、ヨトが困ってるだろ⋯⋯やめろよほんと⋯⋯」
今にも喧嘩しそうな二人の間に挟まれるヨトを見て、心の底からそう思った。
と、急にヨトが周りをくるりと見渡し、近くにあった岩場の陰に寄る。
何をしているのか判らなかったが、ヨトが手招きをするのでそれに従って僕達も岩場の陰へと近付く。
「どうした?」
「あ、いえ。そろそろ目的の地点なので。太陽が真上⋯⋯正午過ぎと言うことは、もう来る筈なのですが⋯⋯」
ヨトが空を仰ぐといきなり、陽の光を遮る影がひとつ、ふたつと通り過ぎた。
その二つの巨大な影は、どちらも大きな羽をはためかせながら僕達の目の先に着地して、唸り声を上げながら睨み合い⋯⋯吠えた。
「キュオオオオオオ!!」
「グォロロロロロロ!!」
片方は鳥の頭と羽根と足を生やした獅子の身体の獣の如き鳥。それに対するは獅子の頭と体に山羊の頭がくっつき、蝙蝠の羽根と蛇の尻尾を生やした獣。そして、どちらも⋯⋯結構でかい。
1トントラックより大きいくらいだろうか。普通の人間なら踏まれれば即死⋯⋯とは行かずとも瀕死、その後の攻撃でどのみち絶命するだろう。あまり希望は見出せないサイズの魔物である。
両者は僕達に気付いてはおらず、今にも互いを食らわんと、目の前の敵を威嚇し合っている。
「そういえばクエストの内容ですが、レッサーグリフォンとキマイラの同時討伐です。正直、今回は骨の折れる相手だと思っていたので助かりま⋯⋯」
「⋯⋯さ」
「さ?」
いや、わかっている。これは僕達が失念していたのが悪い。
確認をすべきだった、否、するタイミングは幾らでもあったのだ。だがしなかった。
大概の敵ならミーシャとリーゼが何とかしてくれるだろうし、ヨトも二つ名が付く程の実力者というのは判っていた、それ故の油断⋯⋯と言えば言い訳にしかならないとは思うが。
だが、こう叫ばずにはいられなかった。
「先に言えよおおおおお!!」