やっつめの話
「よーし、私は今日で終わらせるわよ!」
「今日はテンション高いな、お前は」
その場に現れたユキの第一声に、小百合はため息混じりにそう呟いた。
「というわけで、とっととエレメントを呼んでくれない?」
「別にあれは勝手に沸いてくるだけで、召喚してるわけじゃないんだけど……」
「いつもタイミング悪く出てくるから、てっきりあなたが空気を読まないで呼んでるんだと思ってた」
「それなんて冤罪?」
そんなことをユキに言われたスフィアが、宙を漂いながらそう言い返していた。
「でも、確かにいっつもタイミングは悪いよな」
「なぜか話が盛り上がりそうなところで来たりしますもんね」
「そういえば、空気を読んでくれたことってありましたっけ?」
「随分な言われようだねー」
他の三人からの意見に、スフィアは他人事のようにそう呟いていた。
「とにかく、あれは呼んでるんじゃなくて勝手に沸いてるの。昨日今日ここに来たってわけじゃないんだから、そこだけはちゃんと理解しておいてよね」
そしてスフィアは少し強めに発光しながら四人にそう言った。
そんな感じで話をしばらく続けていたところで、
「あの、そういえば今まででここまで何も起きない日ってありました?」
「そういえば、まだ何も起きてないな……なんか今、嵐の前の静けさって言葉が浮かんだ」
奏の何気ない一言の後、小百合はそう呟いていた。
「不吉なことを言わないでよー」
「んなこと言われても……」
桃香の苦情に、彼女は困ったような表情でそう言い返したところで、
「……なるほど……やっぱり、そうなるわけね……」
「あー……何かがそろそろ来るよー」
ユキは小声でそう呟いたところで、スフィアが唐突にそう言った。
「ようやく来たか」
そう呟く小百合にユキは近寄り、
「ちょっと覚悟はしておいた方がいいかもしれないわよ」
「は? それってどういう……」
「あ、何か見えてきました」
ユキの言葉を聞いて小百合はそう聞き返そうとしたところで、そう桃香が遠くを眺めながら声をあげた。
「……おい……あれ……」
「あなたが何を言いたいのかは分かってるわよ。にしても、ありがたくない再会よね」
小百合がユキに駆け寄って遠くに見えたものを指しながらそう声をかけようとしたところで、ユキがそれを遮るようにそう言った。
「あの赤いの、頭ですよね」
「赤くて大きくてどう見ても蛇の頭ですね……というか、なんかあれ大きすぎないですか!?」
それを眺めながら呟く桃香の言葉を、奏がそう引き継いだ。
「蛇、平気なのか?」
「爬虫類と両生類はわりと好きですよ?」
小百合の言葉に彼女はそう返答し、
「カニすらダメなのに?」
「あんな足に節がある生き物は保護されずに絶滅すればいいんです!」
ユキの疑問にはそう即答した。
「とにかく、蛇くらいなら私は大丈夫ですけど……さっきも言いましたが、さすがにあれは大きすぎる気がします」
その赤い蛇の方を指差しながら言った。
「胴体の直径がおそらく二メートルくらいはあるからね」
「……なんでここから見ただけで、そんなことが分かるんですか?」
ユキの呟きに、疑問を感じた奏がそう尋ねたが、
「さて……もういまさら覚悟しろとか手遅れなことを言ってられないから、あれが大きいからって緊張して動けなくならないようにね」
その質問に答えずにユキは軽く深呼吸をした後、三人に向かってそう声をかけた。
「ここまできて、緊張もなにもないだろ。それじゃ、超が付くほどの大物を狩るとするか!」
小百合のその声を合図に、四人はほぼ同時に武器を出したのだった。
小百合の掛け声とほぼ同時に、ゆっくりと近付いてきていた蛇は急に加速し始め、
「あんたはこっち、二人はそっちに跳んで! それで桃香ちゃん、そっちから目をお願いね!」
ユキの掛け声に合わせてユキと小百合は右、桃香と奏は左にそれぞれ跳ぶ様に移動した。その直後にさっきまで四人が立っていた場所に、蛇が突っ込んできたところで桃香とユキがそれぞれの方向から蛇の目に手にした武器を突き立てる。
「……あの、これって前のカニの時は暴れ出して大変なことになった気がするのですが……」
「その時は命がけで逃げて。とはいえ、そんな状況にはなりそうにないけどね」
両目を潰された蛇の頭を挟んでユキが桃香の言葉にそう答えたところで、急に何かが千切れるような音が辺りに響いた。その音と共に両目を潰された蛇の頭が胴体から切り離され、そのまま地面に落ちるとその形が崩れていく。
「あ……頭を自分から切り落としましたよ……この蛇」
奏がそう呟いている間に、その頭を落とした蛇の胴体の切断面から新しい頭がゆっくりと生えてきていた。
「なんで頭がトカゲの尻尾のようなことになってるんですか!?」
「知らないけどそうなってるんだよ!」
そんな桃香の驚きの声に対して、小百合が大声でそう言っていた。
「だいたい生き物だったら、普通は頭をどうにかすればどうにかなるじゃないですか。頭をどうにかしてもどうにかならないのって反則じゃないですか!」
「なにか物騒なこと言ってませんか?」
桃香の愚痴に、奏は反応に困りながらもそう言い返していた。
「余裕があるのはいいけど……あの子の人生、少し心配になってきちゃうわね」
そんな会話を聞いて、ユキはそう小声で呟いていた。
(にしても……頭を落とした後は胴体が微動だにしないなんて……カニの時と違って、まるでいくら攻撃を受けても構わないって感じね……)
頭が生えてきている蛇の胴体に視線を向けたまま、ユキはそう頭の中で分析しつつ、
「とりあえず、この蛇は目を潰せば勝手に頭を切り落として一時的に動きは止まるから、それを繰り返して何か対策考えること!」
そう三人に指示を出した。
「考えることってことは……お前にもまだ対応策が思いついてないってことか!」
「こんな頭が再生するような蛇なんて、少なくとも常識の範囲内では存在してないのですから、そんなすぐには思いつかないと……」
「そんなこと言ってる場合じゃないです! なんか次が来てます!」
ユキの指示に小百合がそう文句を言い、そこに奏がそうユキをフォローするようなことを言った。そこに桃香がゆっくりと近付いてきている二匹目の蛇を指差しながらそう割り込んだ。
「やっぱり来たか……」
向かってきている二匹目の蛇に視線を向けつつユキはそう呟き、
「とりあえず蛇はセットで私が注意を引くから、小百合はそんな私を全力で守って! それで桃香ちゃんと奏は倒す方法をなんとかして見つけて! さっきのように目を両方潰すだけでこれの動きは止まるから、それで時間稼ぎもセットでお願いね!」
そんな指示を他の三人に飛ばした。
「あれの注意を引くって……相当やばいだろ、それ」
「分かってる! けど、おそらく注意を引こうが引かなかろうが、あれの集中砲火を受けるのは間違いなく私だからね」
生えている途中だった一匹目の蛇の片目に剣を突き立てながら、小百合の言葉を遮るような感じでユキはそう答えた。
ユキが蛇の目に剣を突き立てたのとほぼ同時に奏が青い光の矢を放ち、二匹目の蛇の左目から右目へと貫通させていた。
「……なんで、目を潰すだけでもいいって分かってたのでしょうか?」
目を打ち抜かれた蛇がそのまま頭を切り離したのを見た奏は、ふとユキの指示を思い返してそんな疑問を口にした。
「この前のカニの時に目を切り離したら、たぶん見えなくなったらしくて暴れてたからね。それなら、こいつも目を潰せば見えなくなるんじゃないかって思って、それで時間稼ごうと思っただけよ。さすがに頭を切り離すなんてのは想定外だったけど」
「聞こえたんですか?」
蛇の胴体の先から聞こえてきたユキの答えに、奏は驚きながらそう言い返していた。
「あの……三匹目が向かってきてます!」
「もう来たか!」
そこで聞こえてきた桃香の声に、小百合は舌打ちをしつつそう言った。
そして勢いよく向かってきた三匹目の蛇を桃香は横に跳んで避け、すれ違いざまに出した槍を蛇に向けて投げつける。それが蛇の胴体に突き刺さるのと同時に、その槍は爆発を起こした。そして爆煙が晴れた後には、その爆発した場所から半球状に蛇の胴体が抉り取られているのが見え、
「……胴体からでも切り離せるんですか」
「まぁ、頭だけ切り離すのと、胴体の中間を切り離すのは大した差はないんでしょうけど」
爆発した部分を切り離した蛇を見て呟く桃香に、そうユキは声をかけつつ駆け寄った。
「ここまでの状況で分かったのは、この蛇は目などの重要な箇所が傷つくか、胴体などが大きく傷ついたところで自らその部分を切り離し、そこから少なくとも頭だけが生えてくる。そして頭が完全に再生するまでの時間が約五分ということ。これはあくまでも私の体感時間なのでなんともいえないけど、少なくともカニの足よりは時間がかかっているわね。そして頭を再生させている間は胴体は一切動く気配を見せないということ。これが私たちに与えられた唯一のラッキーよ」
三匹の蛇の頭がそれぞれゆっくりと胴体の断面から生えようとしているのを見ながら、ユキがそんな分析結果を三人に話していた。
「なんというか、適当に潰して頭生え変わるを繰り返す作業になりそうですね」
奏が頭が生えきった直後の蛇の目を撃ち抜きながら、ため息混じりにそう呟いた。
「作業といっても、結局はこれを倒すか、時間切れまで生き残るかしないといけないんだろうけどな」
「それどっちも地獄見るくらい大変ですよね」
奏の呟きを聞いた小百合の言葉に、桃香がそう言葉を返した。
「地獄もなにも私たちはすでに三途の川の一歩手前まで行ってるし、そもそもここがもうそんな感じのものでしょ。だからそれくらいはもう平気じゃない? とはいえ、時間切れってのは考えない方がいいわよ。今日無事に逃げ切れたとしても、下手すると来週もまたこれが相手になるかもしれないし、ひょっとしたら再来週も来るかもしれない。それで時間稼ぎを延々と続けていったら、間違いなく私たちの方が根負けするわよ」
そんな二人の言葉を聞いて、ユキはそう言った。
「ここがもう三途の川の一歩手前か……」
「ほんと、いい迷惑ですよ……ねぇ!?」
小百合の言葉に答えるように桃香がそう言おうとしたところで、彼女の頭上を何かが通っていき、
「まったく……これで四匹目か」
ユキはその蛇の頭が口を開けながら自分に向かって下降しているのを見て、素早く横に移動した。そしてその蛇の頭が地面に激突した直後にそれの右目に剣を突き立て、もう片方の目を素早く蛇の頭に追いついた桃香が槍で突き刺すのを確認してからそう呟いた。
「なんというか……この密集具合が……」
「さすがに、巨大な蛇が四匹も来ると狭く感じるわね」
首を切り離した四匹目の蛇の胴体を槍で突きながら呟く桃香に合わせる様に、ユキは苦笑しながらそう言った。
「一人一匹で対処し続ければ、少なくとも時間切れまでは逃げきれそうな気はしますけど……」
奏がそう呟きながら蛇の尻尾のあると思われる方に視線を向け、そこで言葉が止まった。
「やっぱり来たか……五匹目が……」
ユキがそう呟くように、彼女の視線の先には新たな蛇が姿を現していた。
唐突に桃香は蛇の胴体に駆け上がり、向かってきた五匹目の蛇に槍を構える。
「狭いんだったら、こうやって上がれば広く使えそうですよ!」
「うん、そう言われてもね、私たちは桃香ちゃんみたいに身体能力も運動神経も高くないから」
彼女が上でそう言ったのに対し、ユキは下からそう答えた。
「もう元気すぎて、あいつについていけないんだよな」
「同感です」
小百合の言葉に奏は頷きながら賛同していた。
「それじゃ、桃香ちゃんはそのまま上で暴れまわってて!」
ユキは蛇の胴体の上にいる桃香にそう指示を出し、
「というわけで、あの子のサポートお願いね」
「正直なところ、そういうのをお願いされても困るんですけど……」
肩を叩きながら言うユキに、肩を叩かれながら奏はそう返していた。
「なんというか、大変だな」
「同情するなら代わってください」
「やなこった」
そう声をかけられて言い返した奏に、小百合はそう即答した。
「要は、あの子が上で暴れる以上、離れたところから攻撃できるあなたが一番サポートに回るのに適任ってだけなの。だからお願いね」
「はぁ……そういう理由なら仕方ないですけど……」
ユキの説明を聞いて、奏は渋々承知して桃香のいる方に向かって歩き出した。
「さて、こっちも頑張らないと……」
「ユキ! 右!」
そう呟いて剣を手に周囲の状況を確認しようとしたところで、不意に小百合の声が辺りに響いた。それに反応するように彼女が右を向くと、そこには口を開けた蛇の頭が彼女に向かって迫っていた。その蛇の口がユキに届く直前に、彼女の目の前に大きな鉄板が現れてそれに蛇が衝突する。
「危なっ!」
「ぼさっとしてると、そうなるって分かってただろ!」
「そりゃ分かってたけど! とりあえず助かったわよ! ありがとね!」
「なんでその口調のまま礼を言ってるんだよ!」
鉄板に衝突した蛇に剣を刺しながら喋るユキと、頭が生えきった別の蛇の正面に鉄板を出しながら牽制する小百合による、大声での会話がそこで繰り広げられていた。
「賑やかですねー」
ユキと小百合のやり取りを聞いて、桃香はそう奏に話しかけた。
「賑やかというか、やかましいというか……そもそも、そんな余裕があるはずないんだけど……」
「ですよね……なにしろ蛇の頭、全部ユキさん達のいる方を向いてるんですもんね」
「生えかけがほとんどですが」
頭が生えきって動きだした蛇の右目に槍を刺しながら、桃香は奏とそう話していた。
「ところで、これをどうにかするの、そこから何か見つかりませんか?」
桃香の槍によって両目を突き刺された蛇が頭を切り離したのを確認した後に、奏は桃香にそう尋ねた。
「見つかりませんかと言われても、蛇だらけとしか言い様がないんですけど……」
周囲を見回しながら桃香はそう答え、
「……奏さん後ろ!」
「えっ?」
桃香の言葉に反応するように奏が後ろを振り向いたのとほぼ同時に、もの凄い勢いで二匹の蛇が彼女には目もくれずに彼女の左右をそのまま突っ切っていった。その蛇が同時に口を開け、そのままユキに向かっていったところで、小百合が巨大な鉄板を上から落としてその二匹の蛇の頭を同時に切断していた。
「よっしゃ! うまくいった! 必殺、鉄板ギロチン!」
その様子を見て小百合がそう大声で叫んでいるのを、ユキは別の蛇の横に回ってその目に剣を突き立てながら見ていた。
「それにしても、これで七匹……いくらなんでも大きいくせに多すぎる……」
頭が生えている途中の蛇の目に剣を突き立てたまま、ユキはそう呟いた。その瞬間、剣を突き立てていた蛇が急に上へと頭を持ち上げ、その勢いのまま生えかけていた頭を切り離した。そのため、蛇の頭と共にユキは宙へと飛ばされることになり、そこにその蛇の胴体の影から別の蛇が口を開けてユキ目掛けて跳び上がってきた。
「いち、に……八匹目!?」
周囲にある頭の生えかけている蛇の数を素早く数え、彼女は目の前の蛇をそう判断した。そこで切り離された蛇の頭から剣が抜け、そのまま彼女は宙から落下を始める。
その様子を視界に捉えた桃香がその蛇に向かって出した槍を全力で投げつけたが、その槍は唐突に間に割って入ってきた頭が生えかけていた別の蛇の胴体に刺さり、そのまま爆発を起こす。その爆煙の中から口を開けた蛇が飛び出し、そのままユキに向かって突っ込んでいく。
「この爬虫類、連携までとれるっての!?」
その声と共にユキは蛇の口の中に落下していき……なにか硬いものに激突した。それに激突した直後、彼女は素早く身を起こし、
「……鉄板……てことは……」
自分の下にあるのが鉄板であることに気付き、そのまま周囲に視線を向けてみると、その鉄板が蛇の口が閉じないように塞いでいる状況になっていた。
「いやー、本気で助かったわ」
「いくらなんでもピンチになり過ぎだろ!」
そんな蛇の口から顔を出しながら言うユキに、小百合は大声でそう言い返した。
(それにしても、私を放り投げた蛇もさっきの槍の軌道を塞いできた蛇も頭は生えきってなかったわよね……)
ユキがそんな疑問を感じながら開いた蛇の口から出ようとしたその瞬間、蛇の頭が突如音を立てて切り離され、そのまま形を崩しながら落下していった。
(……目だけじゃなく口を塞ぐだけでも頭を自切した……ひょっとして、こいつらの頭は視界を確保する目だけでなく、口も重要な……ひょっとして、飲み込むことを前提に作られてるってこと?)
蛇の頭と共に落下しながらユキは声に出さずにそう呟き、そのまま視線を遠くに向ける。その瞬間ふとユキは何かに気付き、それから少しして地面に叩きつけられる。
「大丈夫か!?」
そう言いながら小百合が地面に落下したユキに近付き、
「っつー……こういう時、血とか骨とかの概念がないのはありがたいわ。痛いってだけなら十分動ける!」
そう呟きながら、ユキは右肩を押さえつつ立ち上がり、
(もし飲み込むために頭があるなら、その先は……もし私の考えが正しいなら……)
「……桃香ちゃん!」
そして推測を頭の中で描きながら、彼女は大声で桃香を呼んだ。その声に反応し、桃香はユキのいるところに駆け足でやってきた。
「とりあえず小百合と奏は動き出しそうな蛇を抑えておいて! それで……ちょっと桃香ちゃんに頼むことがあるんだけど、これから全速力でこの蛇のどれでもいいから尻尾の方に走り抜けて。とにかく、一秒でも早くね。それで、その先に何かあったら、それを全力で叩いて」
二人に大声で指示を出した後、桃香に小声でそう別の指示を出した。そして、
「それじゃ、行って!」
「了解、いってきます!」
そんな合図と共に、桃香は走り出した。
「ちょっ……あいつ、どこに行く気だ?」
小百合がそんな桃香の様子を見てそんな疑問を口にし、
「こうなりゃもう、あの子の発想力と運動神経に全部賭けたのよ。これでダメなら、もう私は覚悟を決めるわ」
そんな小百合の疑問を聞いて、ユキはそう答えにならない答えを言った。
それから少しの時間が経過したところで、蛇の頭が一斉に桃香が走っていった方向に振り返る。
「ちょっと待て! あいつら頭が生えきってないよな!?」
「やっぱり、私の勘は正しかったみたいね。さーて、ここからこっちの反撃開始よ! あの蛇が何をしようが、私たちはそれを全力で止めるだけ!」
そんな蛇の様子を見たユキがそう掛け声をかけ、右肩を抑えたままで右手に剣を出して蛇に向かって駆け出した。
ユキの指示を受けて走り出した桃香は、途中で蛇の胴体によじ登り、そのまま蛇の尻尾の方に向かって走っていた。その最中、不意に蛇の胴体が大きく動き、彼女は体勢を崩して地面に投げ出される。そして彼女は地面に落ちたところで、別の蛇の胴体が上から落ちてきているのを見て、そのまま地面を転がるようにしてそれを避け、その勢いを利用して再び駆け出した。
それを遮ろうと蛇の胴体が動きだした瞬間、彼女の背後から大きな音が響いてきた。足を止めずに後ろを振り向くと、
「そういうことなら話は簡単だ! 私の余力全部ぶっこんだ超大型の鉄板、いくらデカいからって、そう簡単に動けるとは思うなよ!」
その視線に入ってきたのは八匹全ての蛇の胴体を押さえつけている巨大な鉄板だった。それを見た直後に、そんな小百合の大声が辺りに響き渡る。
そんな小百合によって押さえつけられている蛇の胴体の上に再びよじ登り、そこを走りぬけ、その先で桃香はそれを見つけた。そこは缶詰のような形状の赤い円柱があり、その上部から八本の蛇の胴体が束ねられているような感じで生えていた。
「うっわー……なんか昔育てた球根の葉っぱみたいな生え方してますね」
そう呟きながら彼女は槍を出し、それをその赤い円柱を狙って投げつける。それが命中した瞬間に爆発を起こし、その爆煙が立ち込める場所に向けて彼女はそのまま突っ込んでいく。
そして爆煙が晴れたことで、その赤い円柱の様子を彼女は見ることができた。そこには爆発によって穴が開いており、その内側には赤く輝く球体が浮かんでいた。
「……たぶん、あれが本体的なやつなんですよね?」
そう彼女が呟いたところで、彼女の後ろから何かが千切れる音がした。そして急に足場にしている蛇の胴体が大きく動き、彼女はバランスを崩して倒れそうになる。そこに別の蛇の胴体が彼女の横から突っ込んできているのが彼女の視界に入ってきた。
「まずい、このままだと……」
そう言葉を口にするのと同時に、彼女は反射的に両手にそれぞれ槍を出し、右手に出した方を突っ込んできていた蛇の胴体に投げつけていた。それからすぐに彼女は赤い円柱のある方に跳び、そのまま投げた槍が蛇の胴体に当たった瞬間に起きた爆発の衝撃を利用して円柱の方に飛ばされていく。
「……このまま……いっけー!」
飛ばされた勢いのまま円柱に開いた穴に向かって飛び込み、左手に出した槍を両手で握りしめ、そのまま赤く輝く球体に突き刺した。
その直後、周囲の空気を振動させるような大きな音が複数回に渡り鳴り響き、その音が小さくなっていくに従って八匹の蛇は頭の方からゆっくりと消えていった。
「……マジか……あいつやりやがった!」
その音と蛇の姿が消えた後、仰向けに倒れこみながら小百合はそう呟いていた。
「……おーい、起きてる? というか、生きてる?」
その場に倒れこんだまま動かない桃香に、ユキはそう声をかけた。
「……あ、あれ? 私、いつの間にか寝ちゃってました?」
「寝てた、というよりは気を失ってたんじゃないかしら。あの蛇を倒したときの大音響を、至近距離で聞いちゃったっぽいからね」
目を開けてからの桃香の呟きに、ユキは安心したように軽く息を吐き、それからそう言った。
「見てください! こんなに大きなナミダが!」
そこに奏が両手に乗せた大きくて赤い石を持って来た。
「うわー……あれから出てきたのがこんな両手に乗っかるほどサイズ小さいのか……」
「前のカニとかゴキとかから出たのと比較すれば、確かに大きいけどね」
ゆっくりとした足取りで歩いてきた小百合がそれを見てそんな感想を口にし、ユキはそう言い返した。
「それじゃ、これを四つに……」
「とりあえず三等分にしてちょうだい」
奏の言葉を遮るように、ユキはスフィアにそう言った。
「あの、三等分って……」
ユキの唐突な一言に、奏が驚いたような表情でそう尋ねていた。
「三つに分けるって意味」
「意味を聞いているんじゃなくて、なんで三つなのかってことです!」
自分の説明にそう言い返した奏に対し、ユキは少し考えるような素振りを見せた後、
「だって、どう考えたってこれを四等分したら私のやつは溢れるに決まってるじゃない。だったら、三等分して三人で分けて、それでも溢れそうならそれを貰う方が楽でいいかなって」
笑顔でそう説明した。
「それじゃ、三等分でいいんだね」
スフィアはそう言いながら、奏が差し出したナミダを体の中に吸い込んでいく。
「そもそも、余りますかね?」
「どうかなー……まぁ、どうせあと一歩なんだから、これがダメでも次で終わるでしょ」
奏の心配そうな声に、ユキは軽くそう言った。
「……なんだろう、それがフラグにしか聞こえない……」
「そこ! 不吉なこと言わない!」
適当な方向に視線を向けつつ呟く小百合に、ユキは大声でそう言い返した。
「分割し終わったよー」
スフィアがそう言いながら、体から三つの赤いナミダを出した。
「これだと、入れ終わるのに時間がかかりそうですね」
「大きいからね」
それを受け取って小瓶の上に乗せながら呟く桃香を見ながら、ユキはそう言っていた。
「そもそも、溢れますかね?」
「どうかなー、意外と三人揃って今一歩とかいう状況になるかもしれないよ」
「だから、なんか本当にそうなる気がしてくるから、フラグを立てるような発言はやめろ」
奏の疑問にそう答えたユキに、小百合はそう文句を言った。
それからしばらく経ち、
「……これで全部入ったのか?」
小百合が小瓶を軽く振りながらそう呟いた。
「あー……ユキがあんなこと言うから、私もあと一歩で止まっちゃったじゃん」
「それなんて冤罪?」
そんな小百合の文句に、ユキは苦笑しながらそう言い返していた。
「あ、こっちもあと少しで終わっちゃいました」
「……こちらもです」
そして桃香と奏の二人もまた、自分の小瓶を見ながらそう言っていた。
「まぁ……今日はもうエレメントは来そうにはないし、こうなったら来週は四人一緒に終われるように頑張りましょう!」
その様子を見たユキが、とりあえずそう言った。
「それじゃ、来週……あ、そうそう」
ユキがそう言いながら桃香に近付き、
「……意地で覚えるから、桃香ちゃんのメルアド教えて」
「……え、今ですか?」
小声でそう言った彼女に、桃香もまた小声でそう言い返していた。