むっつめの話
(……うっそだろ……)
普通に笑顔で会話しているユキと奏の二人を見て、小百合は心の中でそう呟いていた。そして横にいた桃香の腕を引っ張って、
「……おい、あれどうなってるんだ?」
「私にも分かりませんよ……」
小声で話す小百合に、桃香も小声でそう答えた。
「だって考えてもみろ、先々週でガチな大ゲンカかましてたのが、先週なんか少しは仲直りするきっかけができたかなー、とかそんなレベルだっただろ。それが今日はもう普通に話してるし。なんか私の知らないところで数段階ステップすっ飛ばされてるとか、もの凄い違和感しか感じないんだよ。先週は先週で気まずくてキツかったけど、今日は今日でその違和感のせいで気持ち悪い状況が一日続くとか考えると、はっきり言って耐えられる気がしない!」
「いやー、近所の子供達にはよくあることですよー。昨日ケンカしてたのに今日はもう仲良しってことが」
「そんな子供レベルの出来事を語られても困るんだけど」
長い話の後に発せられた桃香の言葉に、ため息と共にそんな言葉を小百合は口にしていた。
「なんかそっちで話し込んでたから言いそびれたけど、第一波がすぐそこまで来てるよー」
「うぉ! 本当にすぐそこってくらい近くにいる!」
スフィアの言葉を聞いて振り向いた小百合が、わりと目と鼻の先にまで迫っていた大量の物体を見てそう叫んでいた。
「あの、ここは私が一人でやりたいのですが、いいですか?」
「まぁ、やりたいっていうなら、別に止める理由はないけど……」
そこで奏がそう言って、向かってきているエレメントの前に歩み出た。それを見た小百合がそう返事をしたところで、彼女はエレメントに向けて弓を構え、そのまま青い矢を放つ。すると飛んでいった矢は途中で弾け、それが無数の光の点になってエレメントに一気に降り注いでいった。
「そういやあれ、先週も使ってたけど……弓を使う奴って思考回路が同じなのかなー」
それを見た小百合の第一声がそれだった。
「たぶんまとめて一網打尽って考えると、同じ答えに行き着くんじゃないかしらね」
奏が倒したエレメントのナミダを拾いに行くのを見ながら、ユキが小百合の言葉にそう答えるように話し、
「でも、あまりああいった大技は多用するべきじゃないのよねぇ……」
そう小声で呟いた。
「おーっと、早速第二波が来るよー」
「今日は早いな、先々週と同じくらいのペースで来てるんじゃないか?」
そこで唐突に発せられたスフィアの声に、小百合がそう即座に言い返していた。
「なら、次も私が一人でなんとかします!」
「お前、吹っ切れたかと思ったら、今度はなんだか図々しくなったな」
そう言って再び弓を構えた奏に、小百合は呆れ半分にそう言っていた。
「なにしろ、私だけ皆より少し遅れてるくらいですから、ここで少しでも追いついておきたいんですよ」
そう彼女に答えた後、さっきと同じように奏は矢を放ち、それが無数の光る点になってエレメントに振り注ぐ。
「なんというか……あいつ、テンションが上がって歯止めが利かなくなってるような気がするんだが」
「それでも、生きるのを諦めてた時に比べたら今の方が圧倒的にマシよ」
そんな自分の呟きに対してそう言ったユキの言葉を聞いて、小百合はため息と共に複雑な感情が沸いてきて、
「桃香、ちょっとこっち……」
彼女はそのまま桃香の腕を引っ張って、少し離れた場所に行き、
「先々週で大ゲンカかましてたのが、先週なんか少しは仲直りするきっかけができたかとかそんなレベルだったのに、それがもう普通に笑顔で話してて、しかも今度はあいつが明らかにあいつを庇う様な発言してて、なんかいろいろと途中経過をすっ飛ばされてる気がして、違和感しかもう感じないから、やっぱり今日が耐えられる気がしない!」
「もの凄い早口でさっきと同じようなことを言ってるのって、よっぽどなんですね……」
早口でまくし立てる小百合の言葉に、桃香は苦笑を浮かべながらそう言い返した。
「さーてみんなー、第三波の時間だよー」
「たまーに、こいつを本気で握りつぶしたくなるんだけどなー」
そこで唐突に現れてそう言ったスフィアを鷲掴みにしながら、小百合は引きつった笑顔でそう言っていた。
「そういう八つ当たりは本当に勘弁して欲しいなー。せっかくだから、次に来るエレメントを相手に気分転換でもすればいいよ」
「何がせっかくなのか分からんし……毎回思ってることなんだけど、本当に人を脱力させるような喋り方をするよな、お前」
口調を一切変えずに喋るスフィアに、掴んでいた手を離してうな垂れながら小百合は呟いた。
「……おい、そういや奏はさっきナミダを拾いに行ったよな」
「行ってましたね」
「そこで第三波が来たってことだよな」
「……そうでした! このままだと奏さん一人だけ孤立した状況になってます!」
「さっきもあいつは一人でどうにかしてたから、そこは問題じゃない」
小百合と桃香はそう会話しながら、急いでユキのいるところに駆け寄る。
「おい、あれって確か……」
「ええ、知ってるわよ。でも、たぶん一度本人が経験しないと理解できないでしょうから、好きなようにやらせてみた方がいいと思ってね」
何か言いかけた小百合の言葉を遮るように、ユキはそう言った。そこで奏が、三度目の無数の青い光の点を遠くのエレメント目掛けて降り注がせていき、
「じゃ、さらに次が来る前にちょっと行ってきますか」
「あー……そうだな」
そう言って奏のいる方に向かって歩き出したユキに、小百合はそう呟いて彼女の後を追っていった。その後を二人が何を話しているのかよく分かっていない桃香がついていく。
一方の奏は、倒したエレメントのナミダを拾おうと一歩前に踏み出したところで、急に眩暈を感じてそのまま力が抜けるようにその場に膝をつく。
「やっぱり、そうなったわね。直に言ってはなかったけど、ああいった大技はそう軽々と多用するべきじゃないわよ」
立ち上がろうとしている奏に、ユキはそう声をかけながら近寄っていった。
「あの……このなんというか、形容しようにも例えが出てこないような虚脱感って……」
「誰も言ってなかったけど、私たちが出して使ってる武器はね、有限なのよ。出せば出すほど、徐々に体力……いえ、ここにいる時の私たちは精神だけが来ているんだから、どちらかというと精神力といった方が正しいのかな、それが削られていくの。そうなると、ある一定ラインを超えたあたりでそういった、どう表現していいのか私にもよく分からない虚脱感に襲われて、体がうまく動かせなくなる状態になるってわけ。あなたが使っている武器の場合、ああいった後先考えずに全力で撃ち出すようなことをしてると、大体三発目あたりでそうなるのよ」
最終的にその場に座り込んだ奏の疑問に、ユキは腕を組みながらそう説明をした。
「それ……知ってたんですか?」
「伊達にあなたより三ヶ月早くここで戦っていないわよ」
そんな二人がそう話しているところに、不意にスフィアが間に入ってきて、
「そろそろ第四波が来そうだよー」
そう言った。
それから少しして、遠くに現れた影に四人は視線を向け、
「……ちょっと大きいですね」
桃香がそう呟き、
「……あの形状は、どう見てもカニだな」
その姿が視認できるところで小百合がそう呟き、
「……ちょっ! あいつどこにそんな力を残してたんだ!?」
彼女がそのまま振り向くと、そこにはすでに逃げ出していた奏の姿をあり、そう叫んでいた。
「節足動物がダメだって言ってたけど、これもダメかー」
逃げ出した奏を見たユキはそう呟き、
「さて、しょうがないから私たちだけでどうにか……」
彼女がそう言葉を続けた直後にそのカニから何かが発射され、それに反応する形で小百合がユキの前に差し出した鉄板に当たり、それは地面に落ちた。
「……鮎……のようね」
「タコの時もそうだったが、海産物は魚を吐き出さなきゃいけないルールでもあるのか?」
「そもそも、なんで海産物が川魚を吐き出してるんですか!?」
それを見たユキの呟きの後に、小百合と桃香がそんなことを言っていた。
「とりあえず奏は当てにならないということで、あのカニは私たち三人で頑張って仕留めるようにしましょう」
ユキは桃香と小百合にそう言った。
「……あれ、カニなんですよね」
「まぁ、見た目はカニだよな」
「何が?」
そのカニを見ながら呟く二人にユキはそう聞き返し、
「カニにドリルなんてありましたっけ?」
「ハンマーもあったとは思えないんだけど」
そのカニのハサミがあるはずの箇所には、二人がそう言う様に右にドリル、左にハンマーが付いていた。
「もう手がハサミじゃなくてもカニでいいから! とにかくいくわよ!」
そう言ってユキがカニに向かって駆け出した直後、カニの腹の部分が左右に扉のように開き、そこから再び何かが射出された。それを右に飛ぶことでかわし、ちょうどさっきまで彼女がいた辺りの地面にそれは突き刺さった。
「今度は秋刀魚!?」
「なんでさっきと違う種類の魚を吐いてるんだ、あのカニは!」
地面に突き刺さった魚を見て、ユキと小百合はそう声をあげた。
「それにしても、飛び道具まで備えてるってどんだけハイスペックなんだよ、あの甲殻類は」
振り下ろされたハンマーの方の腕を避けつつ、再び吐き出した魚を鉄板で防ぎながら、小百合はそう呟いた。
「今度はオニカサゴね」
「だからなんなんだよ、あのカニの吐き出す魚ってのは!」
ユキの言葉に対して小百合がそう叫んだところで、彼女は嫌な予感を感じて自分の姿が隠れるくらいの大きさの鉄板を自分の正面に出し、
「……うわ……あぶねー……」
その鉄板からカニのドリルの先端が突き出したのを見て、軽く恐怖を感じながら彼女はそう呟いた。
「桃香ちゃん、ちょっとこっち……いい……これでいくわよ……」
一方のユキは桃香を引き寄せると、小声でそう話し、
「……せーの!」
短い打ち合わせをした後、ユキの掛け声に合わせて二人は駆け出し、ユキがカニの足元に到着すると、勢いよく足の間接部分に剣を叩きつける。するとそのカニの足が音をたてて折れ、地面に転がった。
「おー、結構脆いわ」
それを確認して言ったユキの呟きを小百合が聞いた直後、
「それじゃ、いきます!」
そんな桃香の声が響いた。その声がした方に小百合は視線を向けると、カニの背を駆け上がっていたらしく、目のある辺りに剣を手にしている桃香の姿を確認した。
「あいつ、何やってんだ? というか、なんで剣を持ってるんだ?」
「ちょっと試したいことがあるから、私の剣を渡して頼んだのよ。私じゃあそこまで上るの無理だし」
小百合の疑問にユキがそう答えたところで、桃香はカニの目と思われる突起部分を手にした剣で両方斬り落とした。するとそのカニは急に暴れ出し、上に乗った桃香を振り飛ばした。
「うぉわぁ!」
「……うわー、マンガみたいに落ちてったなー」
そう叫びながら顔面から落下した桃香を見て、小百合が淡々とした口調でそう言っていた。
「でも、これで知りたいことはひとつ分かったわ。あとは……」
いつの間にかカニの足元から移動していたユキがそう言っている途中で、暴れているカニに視線を向け、
「さすが甲殻類、やっぱり再生するのか」
叩き切った足が生え始めたカニの様子を見ながら、彼女はそう言葉を続けた。
「……カニが脱皮すると、もげた足もまた生えてるって話は聞いたことあるけど、脱皮を省略してそのまま生えてくるとか反則だろ……本当にエレメントってのは常識が全く無い存在だな」
暴れるカニの手足を避けながら桃香の右足首を掴んで引きずってきた小百合が、再生するカニの足を見ながらそう呟いた。
「……あの、もう少し丁寧に扱ってほしいんですけど……」
「状況が状況なんで、そんな余裕はまったく無い」
顔を抑えながらゆっくりと立ち上がる桃香の苦情に、小百合は視線をカニに向けたままそう答える。
「それで、あのカニの目を切り落としたことで、何が分かったんだ?」
「いや、エレメントって動物とそうじゃないのとがいて、動物っぽいのは目が付いてるから、それで視界を確保してるのかなって思って。切り落としたら防衛本能として外敵を寄せ付けないように暴れだしたんだとしたら、間違いなく視界がシャットアウトされたのでしょうね。つまり、あの目はただの飾りじゃない」
「なんでまた、そんなどうでもいいようなことを調べようと……」
ユキの答えに小百合がそう聞き返そうとしたところで、不意に暴れていたカニの動きが止まる。
「……あの、目までまた生えましたけど……」
「でしょうね。足が生えるなら、目が生えても不思議じゃないわ」
カニの様子を見ている桃香の言葉に、ユキはカニの方に視線を向けながら呟いた。
「で、ここからどうすんだよ?」
「そうねぇ……そういえば、背中の甲羅の方はどうだった?」
「すっごい硬いんですよ。剣も槍もまったく刺さりません」
そんなカニの様子を見た小百合の疑問に対し、ユキは桃香にそう尋ね、桃香は槍を振りながらそう答えた。そこに、
「あのー……早くどうにかしてくれないなら、とりあえず上から矢をシャワーのように降らせますけど!」
「それ私らまで巻き込むつもりでいるだろ! つーか、お前そんな余力残ってるのか!?」
離れた場所で弓を構えながら大声で言う奏に、小百合もまた大声でそう言った。
「で、頑張りすぎて疲れているはずなのに私らをいつでも狙い撃てるのが急かしてるけど、どうするんだ?」
小百合が奏の方に視線を向けたまま、ユキにそう尋ねた。
「どうするのかと言われても、殻が固くてどうしようもないとなると……」
ユキが小百合にそう答えようとしたところで、カニの腹の部分が開き、そこから魚の頭が見えた。それに反応するように小百合が鉄板を出すのと、桃香がカニに向かって駆け出すのがほぼ同時だった。そして、
「そっこだー!」
その魚の頭目掛けて桃香が掛け声と共に槍を突き出し、そのまま魚を押し込みながらカニの腹の中に突き刺さった。直後、その部分が爆発を起こして桃香を吹き飛ばした。
「お前な、いくらなんでもあんな至近距離で爆発するのを使うなよ」
「今のは普通のですよ! あの爆発は私のせいじゃないです!」
小百合の言葉を聞いて、桃香は立ち上がりながらそう反論する。
「ということは、あの爆発って……」
「あのカニ自らによる自爆……といけば楽だったのにね。それにしても、あの部分が消し飛んでも再生されるのって、生態的にもうおかしいレベルなんだけど」
「ここで生態がどうのこうのって言うの、無駄を通り越した何かって感じがするな」
「それにしても……これ、もうバラバラに切り刻むくらいしないと倒せないんじゃないかしら?」
「いや、なんかもう粉微塵にするレベルじゃないとダメなんじゃないか?」
そう会話を続ける二人の視線の先では、カニの腹部に開いた穴がゆっくりと閉じていく光景だった。
「バラバラにするのも粉にするのも絶対に無理ですよ。叩いてみて分かりましたが、硬すぎました」
「それはさっきも聞いた。だから困ってんだよ」
桃香の反論に小百合はそう言い返し、
「ところで、ここまで無傷のままにしてたあのドリルとハンマーが本体って可能性、どれくらいあると思う?」
「皆無じゃないけど、あんなぶん回してくるものが本体だとはどう考えてもなぁ……なんかやってみて違ったらたぶん絶望する気がする」
二人がそう話しているところで、腹部の穴が完全に塞がったカニがゆっくりと動き出し、彼女たちに向かってきていた。
「ところで、あれをどうやってぶっ潰すんだ?」
そのカニの腕を指して、小百合はユキにそう尋ねる。
「各自任せる」
「無責任の最上級の言葉を言いやがったな」
それぞれそんな答えとそんな文句を言った後、それぞれ左右に分かれて跳んでいた。その直後、さっきまで二人がいたところに、カニのハンマーが振り下ろされてくる。
そんなハンマーが地面に着弾したところで、ユキは間接の部分を狙って剣を振り下ろした。その剣は間接の部分に食い込み、
「小百合!」
そう彼女は小百合に声をかけ、その声を聞いた小百合は素早くユキの剣の上に鉄板を出し、勢いよく剣に叩きつけるように落とす。その衝撃でカニの腕は音を立てて間接部分から折れた。
「桃香ちゃん、お願い!」
そしてそう言った後にユキは跳ぶ様にハンマーから離れ、それを見た直後に桃香は手にした槍を残されたハンマー目掛けて投げた。その槍がハンマーに着弾した瞬間、そこで爆発が起こり、その爆風でユキが吹っ飛ばされていた。
「ユキさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だけど……思った以上の爆発だわ」
飛ばされたユキを見てそう声をかけた桃香に、ユキは起き上がりながらそう答えた。
「けど、これでハンマーの方はどうにか潰せたわよね」
「ハンマーだけはな」
そんなユキの言葉に、小百合はため息と共にそんな答えを返した。
「となると、次はドリルか……」
そう呟きながらユキがカニのドリルの方に視線を向けた瞬間、そのドリルの根元を青い光が貫いていき、そこから折れるようにドリルが下へ落ちていく。
「節足動物が嫌いだっていうのに、よくやって……いや、力尽きてるな。大丈夫か?」
ドリルが下に落ち、ゆっくりと崩れていく状況を確認した後に三人が視線を向けた先では、奏がうつ伏せの状態で倒れていて、小百合が声をかけたところでゆっくりと右腕を上げていた。
「あの、奏さん大丈夫なんですか?」
「力尽きてはいるけど、死んではいないでしょ。まぁ、バテかけてたところで最後の力を振り絞った感じでしょうから、体力……というか、精神力的に限界でしょうけど」
桃香の疑問にそう答えつつ、ユキは視線をカニの方に移していて、
「で、ちょっと絶望的なことになってるんだけど、どうしたらいいかな?」
カニの腕がゆっくりと生えてきているのを見ながらそう呟いていた。
「あと、あのカニでぶっ潰してない箇所ってあるか?」
「ないから困ってるのよ」
小百合の疑問に彼女がそう答えていたところで急にカニの腹部が開き、そこから何かが発射される。それに反応するように小百合が鉄板を出して自分の正面で構えた瞬間、そこで爆発が起きて近くにいたユキと桃香と一緒に吹っ飛ばされた。
「……ば、爆発したぁ!?」
「間違いなくこれです! さっきのあれは私が爆発させたわけじゃないって証拠ですよ!」
「うん、それは分かったから、ちょっと落ち着こうね。そういう話をする状況じゃないから」
三人はそれぞれそう言いながら起き上がる。
「つーか、なんだっていきなり爆発するようになったんだよ。そのせいで何の魚か分からないじゃんか!」
「分かる必要もないけど、確かに爆発させられるなら最初からやればいいような気はする……まさか……」
小百合の文句を聞いてユキはカニの方に視線を向け、
「ちょっと、あのカニの目を鉄板で両方とも一気に潰せない?」
「あれが硬くなけりゃ、やりゃ出来るだろうけど……やったらまた暴れ出すだろ」
「それで構わないのよ。ただ、あの腕が完全に生えきったらちょっと手に負えなくなるかもしれないから、早くやって」
そんなユキの指示に疑問を感じながらも、小百合はカニの真上に鉄板を出して勢いよくそれを落とした。それを確認するのと同時にユキはカニに向かって駆け出し、鉄板が上部に激突し、暴れ出したカニの足を避けながら横を駆け抜けていった。
その直後、暴れていたカニの動きが急に止まり、ゆっくりと体を横に半回転させていく。
「ちょっと待て、目はちゃんと潰れてるよな?」
「ここから見る限りでは目らしいものは見えないですから、たぶん潰れてます」
そう話している小百合と桃香とは逆に、ユキは後ろを軽く振り向きながらある種の確信を得ていた。
(目が潰されているこの状況で、私が横を駆け抜けていったことを認識して振り向いたのなら、間違いなく複数の視線が存在しているってことを証明しているってことよね……そして、今の段階でこっちを視界に捉えられる存在は)
「そこのお前だけだ! 刺さってる秋刀魚!」
そう叫びながら、足を止めることなく地面に刺さったままの秋刀魚をすれ違う瞬間に救い上げるように手にした剣で薙ぎ払う。その勢いで宙に舞った秋刀魚は二つに割れ、それが地面に落ちた直後に前にも聞いた金属をこすり合わせるような耳障りな音を響かせながら、カニの姿はゆっくりと崩れ落ちていく。
「何度聞いても慣れませんね、この耳障りな音は」
「確かに。頭に響いてくるな」
耳を押さえながらそう呟く桃香に、同じく耳を押さえながら小百合が答えるように言った。
「それにしても、本体が秋刀魚の方だっていうのも驚きだけど、それでナミダはカニの方から出てくるってのもあれよね」
崩れたカニの跡から拾い上げた握り拳大の青いナミダを見ながら、ユキが二人に近寄ってからそう呟き、
「確かに……今まで見たのに比べたら大きいですね」
いつの間にか小百合の近くで座っている奏がそれを見てそんな感想を述べていた。
「……お前、なにをちゃっかり戻ってきて話の輪に入ってるんだよ……というか、完全にバテてなかったか?」
「根性で這ってきました。とはいえ、流石に立ち上がるのはちょっとキツいです……」
呆れたような表情をしながら小百合が言った言葉に、奏は笑顔でそう言い返していた。
「いやー、でもドリルを撃ち抜いたのは見事だしありがたかったわ」
「いえいえ、考えてみたら狙ってなくても勝手に撃ち抜くので、ひょっとしたら目を瞑っててもみんなに当たらずにいけるかなと思いまして」
「ひょっとしなかったら私らに当たってたかもしれないという、とんだタネ明かしをしたな」
ユキの言葉にそう彼女は言い返していて、それを聞いた小百合はそう呟いていた。
「まぁ、結果オーライということでいいじゃない。それより、これを四分割してくれない?」
「りょーかーい」
いつの間にかそこにいたスフィアはそう返事すると、ユキが差し出した青いナミダを受け取り、それはそのまま身体の中に吸い込まれていった。
「ただ……今回は結果オーライだったけど、できれば次からは先陣きって逃げていくのは勘弁してほしいわね」
「わ……分かりました……というか、笑顔で徐々に詰め寄ってくるの、ちょっと本気で怖いです……」
そう言いながら笑顔で詰め寄るユキに、奏は表情を引きつらせながらそう言ったのだった。