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いつつめの話

 そこは周囲一面が本棚で埋め尽くされた場所。そんな場所に桃香はいつの間にか立っていた。

 彼女はまず、自分の服装を確認する。身に纏っているのは寝るときに着たパジャマではなく、いつも戦ってる時に着ている赤い服だった。

「えっと、つまり……」

 そう呟きながら、彼女は右手をゆっくりと上げていき、そのまま小さめの槍を出した。

「やっぱり……でも、今日は日曜じゃないよね?」

 彼女は少しだけ状況を察してそう呟いた直後、

「それはですね、まぁ、いろいろとあるのですよ」

 そんな声が彼女の後ろから聞こえてきた。彼女が振り返ると、そこには茶色いフードを目深に被った茶色い外套を身にまとった女性が立っていた。

「なぜあなたがここに来てしまったのかを簡単に説明しますと、うっかり、といったところですかね。ちょっといろいろと調整していたら、まさにうっかりという感じであなたの精神を巻き込んでこっちに引っ張り込んでしまった、というのが現状です。詳しく話したいのは山々なのですが、調整中に誰かを引っ張り込んでしまったこと自体が私にとっても初めての状況なので、他に説明のしようがなくて申し訳ありません」

 説明が続いくのを無言で聞いていた桃香の様子に、その女性はふとあることに気付き、

「あっ、自己紹介がまだでしたね。そうですねぇ……とりあえずこの図書館っぽいところにいるということで、司書、とでも呼んでください」

 彼女は自分のことをそう名乗った。

「あの、ここってやっぱりこっち側ですよね?」

「こっちがどっちかという問題がありますが、それがあなた方が普段戦っている側だと位置付けるなら、間違いなくそうですよ」

 戸惑いながら話しかけた桃香の言葉を、司書と名乗った女性はそう肯定する。

「とはいっても、いつも戦っている場所とはまったく違う場所ですけどね」

「それは見れば分かります。それにしても、こっちってどこもこんな極端な風景なんですか? いつもは辺り一面真っ白で頭が痛くなりそうな感じですけど、この周りに本がぎっしりとした風景も、正直言って頭が痛くなりそうな……」

「慣れるとわりと平気ですよ」

 桃香の呟きに司書は笑顔でそう言い返した。

「それで……私はここで何をどうすればいいんですか?」

 桃香は司書にそう尋ねてみた。

「特にやってもらうようなことは、ひとつもないですよ。そもそも突発的な出来事で、明確な目的を持ってあなたを呼び出したわけではないですから」

「……それ、相当暇な一日を過ごさないといけないですよね」

「その辺は大丈夫ですよ。今回はイレギュラー的な感じでこっちに来てしまったのですから、おそらく目が覚める頃には精神は向こう……つまりあなたの身体に戻っているはずです」

 桃香の言葉に司書はそう説明をし、

「あ、それとできれば向こうに戻った後も、この場所と私のことは他の人には内緒にしておいてくださいね。私にもいろいろと都合があるのですよ」

 そう付け加えたのだった。


 ふと目を開けると、そこは自分の見慣れた天井だった。そしてゆっくりと桃香は起き上がり、

「……えっと……夢?」

 しばらくしてからそう呟いていた。


 窓際のベッドの上、静かに本を読んでいる奏の耳にドアをノックする軽い音が聞こえてきた。

「やっほー」

 彼女がドアの方に視線を向けると、開いているドアのところにはユキが立っていた。

「なんでここが……」

「ふっふーん、優等生が本気を出した時の情報収集能力を甘くみないことね」

「いや、これはもうそういうレベルの問題じゃない気がします」

 ユキの答えに、彼女は呆れに近い感じの表情をしながら言い返していた。

「いや、考えてもみなさいよ。さすがに中学生が自殺未遂とかぶっ飛んだことをかましてるんだから、ネットあたりにはなんかしらの形でニュースとして出てくるでしょ。それである程度は調べる情報の範囲を絞って、その辺を重点的に調べた結果、ここに辿り着いたってわけよ。どうせこの辺の情報なんか、あなたと同じ学校通ってる頭のユルい奴があっさりとネットに書き込んでるだろうから、こうやって簡単に見つけられるわけよ。それで病院まで特定できれば、あとはもう名前を知っている以上は病院内で聞くだけでこうやってあなたの前に現れることができるんだって」

 ユキはそう呆れている奏に説明をした。

「ところで、今日は間違いなく平日ですよね。あの、学校は?」

 ユキの説明を聞いている途中で、彼女はそんな疑問をふと口にした。

「優等生はね、一日くらい学校をばっくれても許されるものなのよ」

「いや、それは間違いなく許されてはいないかと」

 そんな答えに、彼女は今度は本当に呆れながらそう言い返した。

「それよりも、あんたがあっちに行くようになってから来週で一ヶ月ってところなのよね……それでまだ入院してるってのを知った時は、どれだけ重症なのか心配してたけど、思ってたよりは元気そうね」

 ユキはそう言いながら病室を見回し、

「お、見事な鉢植えじゃん。いやー、まさにザ・イジメって雰囲気大爆発ね。嫌がらせに使うんだったらそこら辺の雑草引っこ抜いて植えたもので十分だっただろうに、こんな園芸店で売られてそうな本格的なものを持ってくるなんて、無駄に金がかかってる分だけいじめる側としては三流ね」

 ユキは室内に三つ並べて置かれている鉢植えの植物を手に取りながらそう言った。

「……なんか平然ともの凄いことを口走ってませんか?」

 鉢植えを手にしながら言ったユキの言葉を聞いて、奏は引きつった笑顔でそう彼女に言っていた。

「そうそう鉢植えといえば、私が入院してるときにお見舞いに来た叔父が鉢植えを持ってきやがってさー。『何を持ってきてるんだ』って私が文句言ったら、『鉢植えだって引っ張れば引っこ抜けるんだから、退院するまでのんびり待つんじゃなくて、少しでも早く退院できるように頑張れ』なんて言ってたのよ。オチとして、看護士さんにまで『なんで鉢植えなんて持ってきてるんですか』って怒られてたよ」

 ユキは鉢植えを手にしたままそう話し出した。

「あ、これ三つもあるんだったら、ひとつ貰ってっていいかな?」

「別に構いませんけど……それより、なんでわざわざここに来たのですか?」

 ユキの最後の言葉の後に、奏はそう言い返していた。

「そりゃ、病院に来るってことはお見舞いに決まってるじゃない。どちらかというと、この先の不安要素を払拭しに来たってのが本音だけど。なにしろ自分の命まで賭かってるくらいだからね。そうでなければ、わざわざ神奈川の片隅から東京の片隅にまで出向いてくるってのも変な話でしょ」

 奏の疑問を聞いたユキは、間髪いれずにそう答えていた。

「それに、向こうで話をしようとしても、ことあるごとにスフィアに遮られそうじゃない?」

 そのまま言葉を続けながら、ユキは近くにあった椅子に座った。

「確かに、そういうタイミングでエレメントが現れてるような印象がありますね」

「だからこっちでいろいろと話し合おうって思ってここに来たわけよ。なにしろ、この先また戦ってる最中に死のうとか考えられても困るからね」

 苦笑しながらそう言い返す奏に、ユキはそう説明をした後、

「それで、あのカジキ相手にした時は、あなたは明らかに死ぬ気でいたでしょ。それがイチゴの時は吹っ切れてくれてちゃんと戦ってくれたけど。そこで聞くけど、今のあなたはこの先どうするつもりなの?」

「質問が抽象的過ぎて、どう答えたものかよく分からないですけど……さすがにもう死にたい、みたいなことは考えてないですよ。どうせ今のままだと、まともな方法じゃ死ねそうにありませんし」

 ユキの言葉の後に、一呼吸おいてから奏はそう答えた。

「……あ、そういやまだ詳しくは話してなかったっけ、私と小百合が向こうに行くことになった理由を」

 その答えを聞いた後にユキは真剣な表情でそう話し始め、肩からかけていたカバンの中から紙の束を取り出した。

「これは……新聞、ですか?」

 その紙の束である新聞を渡され、奏はそう呟きながらその新聞の記事に目を向けた。

「……まさかとは思いますけど、この一面に載ってる事故ですか? これ結構テレビとかでも取り上げられてたので、私もまだ憶えてますけど」

 それを見た奏がユキにそう話しかけると、

「……死者十八名、重軽傷者二十五名、うち三名重体、という高速での車の多重追突事故よ。もっとも、犠牲者の数は私が意識を取り戻すまでの情報だけど。それで、その重体にカウントされていた三人の内の二人が私とあいつ」

 ただ淡々とユキはそう語り続け、

「しかも私もあいつも両親が死者の方にカウントされてるのよね。つまり、少なくとも私たちは不幸の底辺は垣間見てるわけよ。だから、あんたの自殺を考えるレベルの不幸なんて、私たちの足元にも及んでいないってことは、ちゃんと認識はしておいてね」

「そんな重い話を笑顔で言われましても」

 最後に笑顔で話したユキに対して、引きつった笑顔で奏はそう言い返し、

「いやもー、さすがに四ヶ月も経つと不幸話も笑いながら話せるんだから、時の流れって残酷よね」

「いえ、聞いてる方はあらゆる意味で笑えないですよ」

 ユキの言葉を聞いていくうちに、奏は呆れたような表情を浮かべていた。

「ちょっと話は変わるけど、病院食ってはっきり言って私の口には合わなかったわ」

「ちょっとどころでは済まないくらいの話の変え方をしましたね」

 そこで唐突に話を変えてきたユキに、奏は呆れた表情のままそう言い返す。

「だって真面目な話をするの苦手だからさ。さっきまで重い話をしていた反動みたいなものかな?」

「はた迷惑な反動ですね」

 そして返ってきたユキの答えに、彼女はそう言い返した後、

「……そういえば、向こうで気になることを言ってましたよね。私の思いつきでやった必殺技みたいなのを見た後に、前の人もやっていたって」

 少し間を空けて、そんな質問をしていた。

「それ話してた時、だいぶ離れた所に立ってたと思うんだけど、よく聞こえてたわね」

「ただでさえ雑音のようなものが聞こえてこない場所ですから。それよりも、前の人ってどんな人だったんですか?」

「天然……少なくとも小百合はそう評価してた。確かにおっとりしているように見えて、唐突にとんでもない言動をするような人だったけど」

 会話の中で出た奏の疑問に、ユキはそう答えた。

「そう考えると、どっちかというとあなたより桃香ちゃんの方が近いのかもしれないかな」

「確かに聞いた感じでは、そんな感じはしますね」

 そこで一度会話が止まり、

「そういえば、私と桃香ちゃんは同じタイミングで向こうに行くことになったのですよね。私の前の人がいたってことは、桃香ちゃんの前の人もいたってことですよね?」

 そう奏が疑問を口にし、

「ちなみに、ここにバナナがあります。お見舞いの品として買ったのをすっかり忘れてたわ」

「なぜそこで唐突にバナナ!?」

 突然カバンからバナナを取り出しながら話すユキに、奏は再び呆れたような表情になりながらそう言った。

「さっきも言ったけど、私って真面目な話をするのが苦手だからさー」

 そんな呆れている奏に、ユキは再びそう言い訳をしていた。

「さっきのって、真面目な話だったのですか? というか、向こうではわりと真面目な話も普通にしてましたよね?」

「あっちだと真面目な話をしていても、エレメントが来てそれどころじゃなくなってるから」

 奏のそんな疑問にユキが答えたところで、

「そういえば確かに、エレメントと戦っている時は余裕なさそうでしたね」

 奏は苦笑しながらそう言っていた。

「そうなのよ! あなたは遠くからたくさんのエレメントを一斉に撃てるし、小百合は大きな鉄板でまとめて潰せるし、桃香ちゃんは仲間だと思ってたらなんか爆発するようなの出せるようになってて、私だけそういうのがないのよ! おかげで一体一体頑張って斬ってて……私にもそういう余裕が出来そうな手軽な大技が欲しい!」

 その言葉を聞いたユキは早口でそうまくし立ててきた。

「……なんと言いますか、しっかりしているようで時々壊れますよね」

「学校でもよくそう言われる」

 そんなユキを見ていた奏の呟きを聞いて、ユキは胸を張りながらそう言った。

「なぜそんな自信満々に……」

「これが優等生ゆえの自信というものだよ」

「前から思っていたのですが、自分で自分のことを優等生って言うの、恥ずかしくありません?」

「まぁ……私にもいろいろとあったからね、気が付いたらこれが口癖みたいになっちゃってたのよ。おかげでもう慣れた」

 苦笑する奏の様子を見て、補足するようにユキはそう言葉を続け、

「でも、優等生なのは本当のことだから。伊達に中間テスト学年二位の座には付いてないわよ」

 そう付け加えた。

「一位じゃないのですね」

「……あんたまでそれを言うか……」

 奏の呟きにユキがそう言い返し、少ししてから二人の笑い声が室内に響いたのだった。


 そこはあたり一面が本棚で埋め尽くされた場所、そんな場所に桃香はいつの間にか立っていた。

「……あのー、今日もなんですか?」

「……すみません、またうっかりやらかしてしまったみたいです。申し訳ない」

 照れ笑いをしながらそう答える司書の言葉に、彼女はただ呆れるしかなかった。


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