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よっつめの話

(……気まずい……)

 翌週、決して視線を合わせようとしないユキと奏、そしてその二人の間で戸惑っている桃香。そんな状況を見た小百合の心の中の第一声がそれだった。

「ちょっと桃香、こっち来い」

 小百合は小声で桃香にそう声をかけ、そのまま腕を引っ張って連れていく。

「あ、あの、なにか?」

「いや、あのあからさまに険悪な空気が正直きつくて。つーわけで、どうにかできる方法、考えてくれ」

「そ、そんなこと言われても……思いつくならもう思いついてますよ」

 小百合の無茶振りに、桃香は戸惑いながらそう言い返した。

「さー、今日も張り切っていこー」

 そんな状況の中、スフィアが突然現れてそう言った。

「くっそー、まったく空気を読まないこいつに、この気まずい空気をいくらか払拭されて微妙に救われた感があるのが凄いムカつく」

 緊張感のないスフィアの声を聞いて、小百合はうな垂れながらそう呟く。

「それじゃ、何かが来るまで適当に待っててねー」

「あまり救われてなかったですね」

 スフィアの言葉を聞いて、桃香は小百合にそんなことを言っていた。


 結局、それ以降は沈黙が辺りを包み込み、

「だー! やっぱりこのヘビーな空気に耐えられない!」

 その沈黙を破ったのは小百合だった。

「まったく、落ち着きなさいよ」

「この空気を作り出した元凶がなに言ってやがる!」

 たしなめるユキの言葉に、彼女はそう言い返した。

「だいたい先週のあれだって、私を止めに入った勢いでそのままお前が奏にケンカ売ってたような感じじゃん」

「しょうがないでしょ、ああいうの見ると本気で腹が立つんだから。不可抗力よ」

「おかげで今、こっちは雰囲気が最悪で居心地も最悪なんだよ」

 小百合とユキの二人は、小声でそんな会話をしていた。

「さーて、最初のがそろそろ来るよー」

 二人の小声による会話を遮るように、スフィアはそう声を発した。それから間もなく、桃香が何かが向かってくるのを見て、

「……なんか犬っぽいものがこっちに来ますね」

「犬?」

 彼女の言葉を聞いて、小百合もそっちに視線を向けた、そこには大型犬の形をしたものがゆっくりとこっちに向かって移動していた。

「……犬っちゃ犬なんだろうけど、でかい上にピンクいな……」

「なんか色彩ミスしたぬいぐるみに見えるわね」

 その犬を見た小百合とユキはそんな感想を述べていた。

「あの犬は……間違いない、田中さん家のジローです!」

「「はぁ?」」

 桃香の唐突な言葉に、ユキと小百合の二人は同時にそんな声を発した。

「えっと……そのジローって、ピンクなの?」

 ユキが恐る恐る桃香にそう尋ねてみた。

「いえ、普通の茶色い犬ですよ。でも、あの顔はジローです!」

 桃香がそう言った直後、小百合に犬の形をしたものが駆け寄ってきて口を大きく開けた。それを見た小百合は鉄板を出し、それに犬を噛み付かせる。

「そうやってすぐに人に噛み付こうとするあたり、やっぱりあれはジローです!」

「ちょっと待て! むしろそのジローとかいう犬の方がいろいろと問題あるだろ!」

 笑顔で話す桃香に、小百合は振り向きながらそう大声で言った。

「それで、この犬どうすんだ?」

 鉄板に噛み付いているピンクの犬と戯れながら、小百合はそうユキに尋ねた。

「そりゃ、倒すしかないでしょ」

「ジローを倒すんですか!?」

 ユキの返答の後に、そんな桃香の声が辺りに響いた。

「どう倒そうか……」

「普通でいいんじゃない?」

 桃香の声を無かったことにしつつ、小百合とユキは再度そう話し出した。次の瞬間、三人の立っている間を青い光が突き抜けていき、小百合が抑えている犬を貫いた。そして犬は姿を消し、小百合の足元には少し大きめのナミダが転がっていた。

 三人がゆっくりと後ろを振り返ると、そこには弓を構えた奏が立っていた。その視線に気付いたところで、彼女はそのまま無言で振り返る。

「先週まで消極的だったのに、今週は随分と積極的じゃない?」

 怪訝な表情をしたまま小百合がナミダを拾ったところで、ユキは腕を組みながら奏にそう話しかけた。しかし奏はそのまま答えることはなかった。

「……一応は、やる気にはなったのでしょうか?」

「いや……あれ絶対にこっちでワイワイやってるのが目障りでぶっ放したやつだろ」

 桃香の小声での呟きに、小百合はため息混じりにそう小声で言い返した。

「いわゆる八つ当たりね」

「ああ、先週の終わりがけにさゆりんがやってた巨大鉄板三連発のようなやつですね」

 ユキの一言の後の桃香の言葉を聞いて、

「あれは細かいのをどうこうするのが面倒で……さゆりん?」

「あ、つい勢いで」

 怪訝そうな顔をした小百合に、戸惑いながらそう言い訳する桃香。

「いや……まぁ、いいんだけどさ……」

「なるほど、これがツンデレというやつか」

「待てやこら! 全然違うって!」

 勝手に納得したユキに、顔を赤くしたまま小百合はそう言いながら睨んでいた。

「さー、第二波が来るよー。頑張れー」

「とりあえず、お前のその空気の読まなさはやっぱりどうにかした方がいいっていう結論が、今この瞬間に私の中で生まれたぞ」

 二人の間に現れてそう言ったスフィアに、小百合は早口でそう言い放っていた。

「そういえば、あの犬が倒された時は特になんのリアクションもしなかったんだけど、あれってあの犬に謎のこだわりを持ってた桃香的にはどうなんだ?」

 ふと疑問に思ったことを、小百合は桃香にぶつけてみた。

「いえ、いつものことなので」

「そうか……いやちょっと待て、いつものことって、そのジローって本当になんなんだ?」

 彼女の答えに、小百合はそう返事をした少し後にそう言い足した。

「それよりも、なんかいろいろなのが飛んできてますけど」

「わりと近くまで迫って来られてた!」

 桃香が飛んでくる大量のエレメントを指差しながら言い、小百合がそれに気付いて驚いた声をあげる。

「小物ばかりだから、特に問題ないわよね」

「問題ないっちゃ問題はないけど、不意に近くに何かいたら驚くだろ!」

 そんなユキの言葉に、小百合はそう反論をした。

「あのー……それよりもなんかやってきそうな感じが向こうの方から」

 二人がそう話していた横から、桃香がそう言いながらある方を指差した。

「……おい、本気かよ……」

 そこにはエレメントのいる方に向けて弓を構えている奏の姿があった。

「あれひょっとするとやばいやつだ! 巻き込まれる前に逃げるぞ!」

 小百合がそう叫びながら桃香の手を引いて駆け出すのと、奏が青い矢を放つのがほぼ同時だった。そしてその矢は、飛んでいく途中で無数の青い光に分裂し、エレメントめがけて降り注ぐ。

「あ……あっぶねー……」

 その光景を目の当たりにして、小百合は表情を強張ったまま呟いた。

「いやー、いつ見ても圧巻ね」

「というか、なんであいつがあれ出来るの知ってるんだ?」

 青い光が次々とエレメントを打ち落としていくのを見ながら呟いたユキの一言に、小百合はそんな疑問を持った。

「あれ、何なんですか?」

「大量のエレメントを相手に一体ずつ射抜くのが面倒になった時に思いつく必殺技、といったところかしら。前にここで戦ってた人も、あれを思いついてやってたからね。たぶん彼女は死ぬ気でいたにしろ、いろいろと思案はしたんでしょうね」

 そんな桃香の疑問に、ユキは苦笑しながらそう答えた。

「絶対に私らを巻き込む可能性すら考慮してないだろ……これ、下手すりゃエレメントより厄介な敵になるかもしれないぞ」

 ユキの答えを聞いて、小百合はため息の後にそう呟いた。

「あの……ひょっとして、これだと私が一番の役立たずに……」

「いやいやいや、なんでそっちはそっちでそんな悲観的になってるんだよ」

 そんな彼女の横で涙目でそう言う桃香に、彼女は戸惑いながらそうフォローしていた。

「そもそも使ってるのが槍だから、遠くを狙ってどうこうするってのが難しいんじゃないかしらね?」

 落ち込む桃香にユキはそう話をした。

「そういえば、ユキさんも遠くをどうにかできなさそうですよね?」

「んー……やろうと思えばできるんだけどね」

 桃香の疑問にユキがそう答えたところで、

「あー、そろそろ第三波が来るっぽいねー」

「ナイスタイミング……なのかしらね」

 スフィアの割り込み通知を聞いて、彼女はそう呟いた。

 それから少しして、ちらほらとエレメントが見えてきたところで、

「というわけで、私がどうやって遠くのエレメントを倒すのか、ちょっと実践してみるわね」

 そう言いながら彼女は剣を出し、

「とぉぉぉりゃぁぁぁぁ!」

 そんな掛け声と共にその剣を思い切りぶん投げた。

「とまぁ、こんな感じで遠くのエレメントは倒せるわよ」

「効率最悪だけどな」

 投げた剣がエレメントに直撃したのを確認したユキが言った後、小百合がそう付け足した。

「なるほど、私もやってみます!」

 今度は桃香がそう言って、出した槍をぶん投げた。

「あのさ、槍って普通は槍投げみたいにこう投げて、一直線に飛んでいくよな? なんでフリスビーみたいに横回転して飛んでってるんだよ」

 回りながら飛んでいく槍を見て、小百合は桃香にそう尋ねていた。

「あー……でもわりと巻き込んだわね」

 回りながら飛ぶ槍にエレメントが次々とぶつかってるのを見て、ユキはそう呟いた。

「結果オーライです!」

「どっちにしろ、それでも効率は最悪なんだけどな」

 桃香の言葉に小百合がそう言い返した直後、

「あまり遊んでられても困るんだけどなー」

「お前にだけはそれを言われたくなかった」

 今度はスフィアの発した言葉に、小百合はそう言い返していたのだった。


「さて、第三波も無事に撃退できたわね」

「結局、ほとんど奏が撃ち落としたけどな」

 ユキが軽く伸びをしながら言った後に、小百合がそうため息混じりに呟いた。

「私と桃香ちゃんは接近戦向きの武器しか出せないから、遠くからどうにかされちゃうと何も出来なくなるのはしょうがないのよね」

「そうですよね」

 ユキの言葉に桃香は同調し、

「それより、さゆりんも先週みたいに大きな鉄板出して落とせばいいのに、やりませんよね?」

「あれ、本気で疲れるんだよ。そんなポンポンと気軽に出せるわけないだろ」

 その後にそんな疑問を小百合に放ち、そういう答えが返ってきた。

「んー……なんか第四波が来るっぽいんだけど」

「もうかよ! 早ぇよ! 少しは休ませろよ!」

 唐突なスフィアの言葉に小百合はそう言い返し、

「だから、あっちがこっちの都合なんて考慮してくれるわけないじゃん」

 それにスフィアがそう言い返していた。

「ちょっと大きいですよね、あれ」

 桃香がそれに気付いて、そう言いながら指を差した。

「「「イチゴ?」」」

 遠くに浮かんでいるそれの形を確認できたところで、三人がほぼ同時にそう呟いていた。

「あの形は確かにイチゴですよね、色があからさまにおかしいですけど」

 そのイチゴの形をしたカラフルなマーブル模様をしたエレメントを見た桃香はそう呟いていた。

「イチゴ……小百合、ちょっと私たちの前に私たち四人みんなからあのイチゴを隠せるくらいの鉄板出して」

「え? あー、まぁいいけど……」

 そう呟きながら、小百合はユキに言われた通りに大きな鉄板を出した。次の瞬間、大きな音と共にその鉄板のあちこちが凸凹に変形していた。

「えっと……何が起きたんですか?」

「見た目がイチゴでしょ。で、イチゴにはゴマみたいな粒々があるでしょ」

 桃香の疑問にユキがそう説明を始め、

「まさかとは思うが、それを無差別に一斉掃射かましたってことか!?」

「おそらく……あいつがその粒々を『弾』として撃ち出した、その結果がこれよ」

 何かを察した小百合の言葉の続きを言うように、ユキが鉄板を指差しながら答えを口にした。

「粒が弾だっていうなら、向こうはもう弾切れしてんじゃないか?」

 小百合が言ったことに対して、ユキはゆっくりと首を横に振り、

「たぶんそれはないわね」

「なんで断言できるんだよ」

「ちょっと周りを見てみて」

 ユキに促されるように、小百合は自分の周囲をぐるっと見回し、

「ナミダが落ちてるな」

「つまり前に出てきた戦車と同じで、発射された弾が全部エレメントだということよ。それを考慮すると、ああいうエレメントを弾にして撃ってくるのって、エレメントを自分の体内で自力生成してるんじゃないかって気がするのよね」

 ユキがそう説明した直後、再び大きな音と共に鉄板のあちこちにあった凸凹が増えていた。

「散弾してるから狙って撃ってはこないのはいいとして、それでも鉄板をぶち抜かれなかったのは運が良かったわね」

 小百合が凸凹になった鉄板を消し、新しい鉄板を出したのを確認したところでユキはそう呟いた。

「で、これからどうすんだ?」

「あいつも次弾を発射するまでに多少の時間が必要みたいだけど、ここまでの状況からして、戦車と違って全周囲に無差別に弾を射出してるみたいだから……」

 ユキはそう呟きながらいろいろと分析をして、

「うん、無理」

「諦めるの早いわ!」

 イチゴが弾を発射して、それが着弾する音を聞きながら呟いたユキの言葉に、小百合はそう大声で言い返した。

「なら、私がこれを投げます!」

 そこで桃香が槍を出してそう言った。それを聞いた小百合は鉄板からゆっくりと顔を出して、イチゴの大きさを確認し、

「いやいやいや、それでどうにかなる気がしない! あれいくらなんでも大きすぎるだろ!」

 桃香にそう早口で言った。

「いつもとは違う槍っぽく念じて出したので、ひょっとしたらいけるかもしれません!」

 桃香はそう言いながら鉄板から身を出して、そのまま握っていた槍をカラフルなイチゴに向けて全力で放り投げた。

「はい、投げたらすぐに戻るように!」

 槍を投げた後の桃香の手を引っ張りながらユキはそう言った。その直後、イチゴのいる辺りから大きな爆発音が響き渡った。

「……な……なにが起きたんだ?」

 爆発音が鳴り響いた後、小百合のその呟きが沈黙を破った。

「普通に出して投げても効率が悪いっていうから、爆発でもしないかなって感じで作ってみたのですが……」

「本当に爆発したみたいね」

 桃香の説明をユキの一言が引き継ぎ、

「でも、これであのイチゴもなんとか……」

 小百合がそうまとめようとしたところで、また大きな音と共に鉄板がさらに凸凹に変形し、

「まだ生き残ってる!」

 彼女はそう叫んでいた。

「なら、何度もやればいつかはいけます!」

「ポジティブな考え方は評価するけどな、それで持久戦に持ち込むのは勘弁して欲しいんだよ」

 再び槍を手にした桃香の言葉に、小百合はため息と共にそんな言葉を漏らしていた。

「どっちにしろ、やるとしたら次の砲撃が来た後よね」

 ユキがそう言ったところで次の砲撃が起き、その音が辺りに響き渡った。その直後、桃香が勢いよく鉄板の影から飛び出し、槍を投げようとした瞬間、彼女は自分の方に飛んでくる小さな点に気付き、それを避けようとして鉄板の影に再び身を隠そうとした。

「……っ!」

 しかし、それを避けきれなかったらしく、桃香は左肩を押さえながら蹲っていた。

「おい、大丈夫か!?」

「いやー……ドジっちゃいました……」

 そう言いながら様子を見に近寄った小百合に、桃香は無理やりな笑顔を作りながらそう軽い口調で言っていた。

「やばい、急いでここを離れるわよ!」

 そんな桃香の様子を確認した後に鉄板の様子を見たユキは、イチゴが鉄板の近くにまで来ていたことに気付き、小百合と一緒に桃香を引きずっていく感じでその場を離れていく。そして離れて立っていた奏の辺りに到着したところで小百合はイチゴとの射線を塞ぐようにさらに鉄板を出し、それからワンテンポ遅れて再びイチゴが弾を発射したらしき音に辺りが包まれた。

「……ぬかったわ……てっきり全ての弾を同時発射してると思ってたけど、音の感じからして着弾のタイミングのずれが大きすぎる。ということはタイミングをわずかにずらして弾を発射しているみたいね。桃香ちゃんに当たったのは、そのずらして発射された最後の弾ってところか」

 その音に耳を傾けていたユキがそう分析していた。

「そんなことより、どうすんだよ! このままだとジリ貧になっていくだけだぞ!」

 そのユキの声を聞いて、桃香の様子を見ていた小百合がそう彼女に言った。

「あの……ひとつ気になったんですけど……」

 そこで桃香がそう言い始め、

「私の左肩に弾が当たったんですよね? なのに、なんか出血してる感じがしないんですけど……」

「そりゃ、こっちに来てるのは精神だけだからね。血液なんて物質的な代物なんか流れてるわけないよ」

 そんな彼女の疑問に、唐突に現れたスフィアがそう答えた。

「それどころか、撃たれたのが頭や心臓だったとしても、痛いっていうだけで死ぬってことがないのよ、ここではね。その代わり、どこをやられても身体中が痛いような感じになるけど」

「あー、そういやここに来て間もない頃に実際にそれを経験してたな、お前」

 スフィアの答えを引き継ぐ感じでそう説明したユキに、小百合はそう言っていた。その言葉に反応するように、奏がユキの方に視線を向け、

「どうやら察したようね。あの時、あのカジキマグロにあのまま刺さったとしても、あなたは痛い思いをするだけで死にはしなかったのよ。つまり先週、私が言った言葉は若干違っていて、ちゃんと生き返らないとすぐには死ねない、というのが正しい言い方ね」

 その視線に気付いたユキが彼女にそう説明した。

「そんなこと今はどうでもいいだろ! あれをどうにかしないといけないんだよ!」

「分かってるわよ。とはいえ、こっちはこっちで手詰まりしてるような状況なのよね」

 その話を遮る様に言った小百合の言葉に、ユキは視線をイチゴのいる方に向けながら呟くように答えた。

「大丈夫です……利き手の方の肩じゃないので、投げようと思えば投げられます」

「いや、お前は無理するな。当たったのが肩だけでも、痛みはほぼ全身からきてるはずだろ」

 蹲っていた桃香がそう言いながら立とうとしたところを、小百合がそう言って止めようとしていた。

「ひとつだけ……手があるといえばあるけどね」

 ユキのその呟きに桃香と小百合の視線が同時に彼女の方に向き、ユキの視線は奏の方を向いた。

「桃香ちゃんが怪我をして、小百合は守りに徹するので手一杯。私にいたっては完全に何も出来ない役立たずときた。この絶望的な状況であのイチゴに近寄らずにどうにかできるのが、今ここには一人しかいないってのは、少なくともあんたは理解してるわよね」

 そんなユキの言葉に対して奏はむしろ視線を彼女から逸らす。その直後、ユキは奏の服の襟を掴んで、

「目を逸らすなっての! 理解してるんだったら、せめて何かひとつかふたつくらいはアクション起こしなさいよ! さっきまでバカみたいにぶっ放してたでしょーが! こっちはね、もう私たち三人だけじゃ手に負えないっていう、これでもかっていうほどヤバい状況にまで追い込まれてるのよ! もうこの際、あんたが死にたかろうが、あんたが私を嫌いだろうが、そんなのどうだっていいわ! 私に力を貸せだなんて勝手な事を言うつもりもさらさらないわよ!」

 そう早口でまくし立てた後、ユキは一呼吸おいて、

「でも、せめてあの二人を助けるくらいはやりなさいよ……私がやりたくても、私じゃ出来やしないのよ……」

 最後は奏にしか聞こえないほどの小さな声で、呟くように言った。

「……前もって言っておきますが……どうなっても、私は一切責任は取りませんから、そのつもりで」

 ユキに聞こえるくらいの小さな声で奏はそう言って、ゆっくりとユキを振りほどいた。そして左手に出した弓をゆっくりと構える。

「お、おい……お前、こっちに弓を向けてるけど、ちゃんと私の上を狙ってるんだよな?」

「この鉄板の向こうにヤバイのがいるのですから、こうするのが一番簡単です!」

 その構えを見た小百合の言葉に、彼女は弦を引きながらそう答える。そして、

「ちょっといろいろとありすぎてイライラしてるので……みんなまとめて私の八つ当たりに付き合ってもらいます!」

「お前、単に吹っ切れてるだけじゃねーか!」

 そんな奏の声に小百合がそう声をあげたところで青い光が放たれ、そのまま小百合の頭上を通り過ぎていった。

「……うっそだろ……」

 少しして小百合が上に視線を向けてみると、そこには鉄板に大きな穴が開いていた。それを見た直後に金属をこすり合わせるような耳障りな音が辺りに響き渡り、耳を塞ぎながら彼女は鉄板の穴を覗き込むと、その先ではゆっくりと大きなイチゴが崩れていくところだった。

「うっわー……一撃必殺かよ……」

 それを見た小百合の呟きの後、

「お、思っていたより凄い威力なんですね、これ……」

 そんな呆然とした表情をした奏が呟いていた。

「怒り任せに全力ぶっぱすれば、あれくらいの威力にはなるでしょ。ま、とりあえずなんとかなったし、あの矢の威力も実感してもらったようで、なによりなにより」

「なにを丁寧かつ綺麗に纏めようとしてんだよ、これ間違いなく私が巻き込まれるギリギリの射線じゃねーか!」

 笑顔でそう言ったユキに、小百合がそんな苦情を口にした。

「どうせ狙った通りの軌道でしか飛んでいかないんだから、そうそうあなたに当たりはしないとは思ってたわよ」

 そんな小百合の苦情をユキは笑いながらそう返し、そのまま桃香に近寄った。そして、

「あー、こりゃ肩を貫通してるわね。今は身体中痛いかもしれないけど、向こうに戻ったら今度は肩が痛い感じになると思うから、少し覚悟はしておいてね。医者に見せても絶対に原因が分からないし、こっちで起きてることを説明しても絶対に理解できないだろうから」

「それはちょっと……日常生活がキツそうですね」

 心配そうに桃香の左肩の様子を確認するユキの言葉に、桃香は笑顔でそう応えた。

「とりあえず……まぁ、あれだ。いろいろと言いたいことはあるけど……今回は助かった」

 一方の小百合はイチゴから出たと思われる青いナミダを拾ってきて、奏とすれ違いながらそう言いつつ、それを彼女に手渡した。

「あの、これ……」

「いいから貰っておきなさい、あのイチゴを倒したのは間違いなくあなたなんだし。なにより、どうせあの子はあの子で先週の一件をまだ引きずってるんでしょうから、下手にあれこれ言わずに大人しく貰っておいてくれた方がまだ救われるわよ」

 手渡されたナミダを見ながら戸惑っている奏に、ユキは視線を向けることなくそう言った。

「あー、一息ついたところ悪いけど、第五波が来るよ」

 そこに、緊張感のない声でスフィアがそう言った。

「……まだ今日が終わってなかったのかよ!」

 そこで小百合の大声が辺りに響き渡ったのだった。


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