みっつめの話
「さぁ、今日も張り切って頑張ろー」
「「おー!」」
四人が現れた直後のスフィアによる掛け声に、桃香とユキが元気にそう応えた。
「そのハイテンションはなんなんだよ」
「元気がなけりゃ、何もできないわよ!」
「うん……まぁ、そうなんだろうけどな……」
そんなユキの答えに、小百合は曖昧な返事をするしかできなかった。
「さー、そんな張り切ってるみんなに朗報だよ。もう第一波がそこまで来てる」
「いくらなんでも早いわ!」
間髪入れずに発せられたスフィアの報告に、小百合は即座に言い返していた。
「私がこっち来た直後にもう来てるってどういうことだよ!」
「そんなこと言ったって、向こうがこっちの都合なんて考慮するわけないじゃん」
小百合の文句にスフィアは口調を変えずにそう言い返し、
「文句は後で言えばいいから、今はあれをなんとかすることよ」
そんな小百合にユキは近付いてくるエレメントの大群を指してそう言い、その言葉が合図になってそのまま彼女たち三人はエレメントの大群に突入していった。
そんな感じで早くもやって来たエレメントを、各自適当に迎撃していったところで、
「あーもー、細かい上に数が多いのがめんどくさい!」
「どっちかというと、鉄板を振り回して戦うっていうのが大変なんじゃないかな? とりあえず……そうそう、フライパンみたいに持つところを付けたやつを出してみたらどうかな?」
「それわりと最初のころにやろうとしたけど、できなかったんだよ」
小百合の愚痴に対して桃香はそう提案し、小百合はすぐにそれを否定した。
「どうも、本来の形から逸脱するようなものは出せないみたいなのよね」
二人の会話にユキがそう言いながら加わってきた。
「私もいろいろと試してはみたんだけど、やっぱり剣の形から逸脱するような形状をしたものは出せなかったし」
「たぶん私の場合はあくまで盾という形だから、持ち手を端に突起させるのは無理なんだろうな」
ユキの説明の後を小百合が引き継ぐ。
「私の場合は槍を超えてこんな虫取り網が出ましたけど」
「たぶんそれ、見た目が槍ってことで認識されて出来たんじゃないかな?」
桃香が前にカブトムシを捕まえる時に出した虫取り網を掲げながら言った言葉に、ユキはそんな意見を口にした。
「でもまぁ、武器の形はともかくとして、やっぱ細かいのばかりだとナミダの集まりも大したことないよな」
足元に転がっているナミダを拾い始めながら、小百合はそう呟いた。
「とはいえ、先週の戦車みたいな大物が出てくるのも問題よ。ああいったものは確実にどうにかできるって保障がないんだから。だから小物でも確実に集められる方がいいと私は思うわよ」
「あー、そういう考え方もあるんだな」
そんなユキの説明に、彼女はそう納得し、
「数が多い分、拾うの大変ですけどね」
「次が来るまでの暇つぶしにはなるけどね。実際に拾い終わった後はしばらく暇になるんだし」
桃香がナミダを拾いながら言ったことに同意しつつも、ユキはそう付け加えた。
「う~ん……やっぱり増えてるような実感は沸かないですね」
そして桃香は視線の高さに上げ、小瓶に落ちていく雫を見ながらそう呟いた。
その直後、羽根を動かさずに飛んでいる一匹の蝶が、そんな桃香の目の前をゆっくりと通り過ぎていった。
「あ、それが第二波で、さらに第三波も接近中」
「今日は忙しいな、おい!」
スフィアがそう説明するのと同時に、小百合が蝶を追いかけるために駆け出した。
「これ……今日だけで何波くるんだよ……」
現れた第三波のエレメントの集団を撃破したところで、小百合がそう呟いていた。
「日によって回数が違うからねー、そんなの分からないよ」
「にしたって、次がくる間隔が短すぎるだろ。少なくとも、私がこっちに来てから第三波が来た最短記録更新してるぞ」
「確かに、私がこっちに来るようになってから、こんなに短い間隔で押し寄せることってなかったわよね」
スフィアの言葉に彼女が言い返した後、ユキがそう続けた。
「でも、たくさん来るってことは、たくさん集められるってことですよね!」
「元気だなー、田舎っ娘は」
そう言った桃香を見て、小百合はため息と共にそう小声で呟いていた。
「さーて、盛り上がってきたところで、第四波来るよー!」
そこでまたスフィアが元気な声でそう言った。
「盛り上がってるわけじゃねーっての! たく……これが社会だったら労働基準法違反で訴えてるところだっての」
「一般的な女子中学生の発する言葉じゃないわね」
「荒んでるねー」
小百合の言葉に、ユキとスフィアはそう話していた。
そして第四波をどうにか一掃し、
「……あーもー! ここまで忙しくなってるってのに、お前はなんで見てるだけで何もやってないんだよ!」
小百合はそう大声で、少し離れた場所に立っている奏に言った。
「八つ当たりは良くないわよ?」
「八つ当たりじゃねーよ! 本当に何もやってないじゃんかよ!」
戸惑う奏をかばう様にユキはそう小百合に言い、小百合は奏を指しながらそうユキに言い返した。
「とにかく! ここには私ら四人しかいないんだよ! だからこいつ一人が何もしてないと、その分の負担が私ら三人に丸々のしかかってくるんだよ!」
奏をかばうユキに、小百合がそうまくし立てる。
「確かに小百合の言う通りなんだけどね。それ以上にこのまま何もせずにいくと、あなただけタイムオーバーになりそうなのよ」
ユキは自分の小瓶を出しながら、奏にそう言った。
「大丈夫です! ちょっと本気で頑張れば間に合いますよ!」
「ちょっと待て! 明らかに論点がずれてってるぞ!」
最後の桃香の言葉に対して、小百合はそう大声を上げた。
「あー、盛り上がってるところ悪いんだけど」
「別に盛り上がってるわけじゃねーよ!」
相変わらずな口調で話しかけるスフィアに、小百合は大声のままそう言い返す。
「第五波が来るんだけど、なんかちょっと大きめのが来るんだよね」
「マジか!」
「ちなみに君たちは実感してないだろうけど、今日はもう半日以上経過してるからね」
「本当に時間の経過がおかしいな、ここは!」
「漫才みたいね」
スフィアと小百合が会話をする様子を見ていたユキはそう呟いていた。
「……おー、見えてきました」
遠くを眺めながら、桃香はそう呟いた。
「なるほど、ちょっとだけど大きめね」
「どれどれ……なんか見たことある上に、すっごい物騒な形をしてないか?」
ユキの言葉の後、形が分かるくらい近付いてきたそれを見た小百合の感想がそれだった。
「……カジキマグロ……ですよね、あれ」
「群馬県民でも分かるのか!」
「それはさすがに海無し県だからって馬鹿にしすぎですよ」
驚く小百合に、桃香は少し怒るような口調でそう言い返した。
「それで、あれ、どうするんだ?」
小百合がゆっくりと近付いてくるカジキマグロを指しながらそう尋ねた。
「どうするって言われても、倒す以外の選択肢はないでしょうし」
「そうだけど、どうやって倒すのかだよっと!」
ユキの言葉に小百合がそう言い返したところで、彼女はカジキマグロの進路を遮るように大きな鉄板を出現させた。その直後、その鉄板に穴が開き、そこからカジキマグロの突端が飛び出していた。
「なんであのなんでもないようなタイミングで鉄板を出すなんて思いついたの?」
小百合が出した鉄板の状況を見ながら、桃香がそう小百合に尋ねた。
「いや、ああいったのは攻撃パターンがほぼ確実に突撃ドーンしてくるタイプだと思ったから、進路ふさげばそれにぶつかって、あわよくばそれで終わってくれるかと思ったんだけど」
「で、先週の戦車に続いて、また穴が開いたわね」
小百合の説明の後にユキがそう言い、
「大丈夫、鉄でも穴くらい開きますよ!」
「それがフォローのつもりなら、まずお前の頭を疑うぞ?」
桃香の一言に、今度は小百合がそう言い返した。
「でも、鉄板に刺さってるなら今は身動きは取れないだろうから、今のうちになんとかすればいい……え?」
そう言いながら桃香が剣を出し、鉄板に近付いていこうとしたところで、その鉄板に刺さっていたカジキマグロの突端が唐突に消えた。
「やばいのが来るぞ!」
小百合が急いで伏せながら大声で桃香にそう言うのと同時に、ユキは素早く駆け寄って桃香を引っ張ってそのまま地面に押し倒した。その直後、カジキマグロがそのまま鉄板に大きな穴を開けて突き抜けていった。
「……あっぶなー!」
桃香を押し倒した体勢のままでユキは、カジキマグロがさっきまで自分のいたところを突っ切っていったのを見てそう呟いていた。
「……あれマジで串刺しにするつもりで飛んでるだろ!」
「そりゃ、あんな形をしてたらそれくらいしかできないでしょうからね」
小百合の言葉にユキがそう答えている間に、
「それより……追いかけていく必要がない代わりに、ちょっとやばい状況かもしれないですよ!」
飛んでいったはずのカジキマグロがゆっくりと自分たちの方を向き始めたのを見て、桃香は二人にそう言った。
「おい! エレメントってここを通って向こうに行くのが目的なんだろ! なんでこっちに敵意丸出しで戻ってくるようにターンしてるんだよ!?」
「そんなこと言われても、向こうの都合なんて知らないからねー」
小百合の疑問に、スフィアは変わらない口調でそう言い返しただけだった。
「来るわよ!」
そうユキが叫んだ瞬間に三人は同時にその場を跳ぶように離れ、ちょうど小百合がいた場所をカジキマグロが突っ切っていった。
「それで、これどうするんだよ!?」
「ちょっとどうするか考えるから、頑張って避けてて!」
「避けろったって……さすがにいつまでもってわけにはいかないだろ!」
再び突撃してきたカジキマグロの進路に出した鉄板を貫通されながら、小百合とユキはそう会話をしていた。
「あの尖ったのが無ければ、かっとばせるんですけど」
「あったらできないのか!?」
カジキマグロが通り過ぎていった後に槍を振り回しながら言う桃香に、小百合は次の突撃を避けながらそう言い返した。
「まいったわね……まずあの勢いをどうにかしないと……」
ユキがそう呟いた瞬間、カジキマグロはまたゆっくりと向きを変え、その先端の向いた先には奏がいた。
「マジかよおい! 今の今まで何もやってないお前じゃ何をやればいいのかどうせ分からなくてどうにもなりそうにないから、ただ素直にそのまま横に跳んで逃げろ!」
カジキマグロの動きを見て、小百合が奏に大声でそう指示を出した。しかし小百合の指示を無視するかのように奏はその手に弓を出し、カジキマグロに狙いを付ける。そしてカジキマグロが一気に奏に向かって飛び出した瞬間、
「ちょっ!」
「なっ!?」
そのまま両目を閉じた奏を見て、小百合とユキは同時に声をあげた。
「たーっ!」
そんな二人とは対照的に桃香はそんな掛け声と共に駆け出し、奏に向かっていくカジキマグロの横から槍を振り下ろして叩きつけていた。その槍の直撃を受けたカジキマグロはそのまま地面に叩きつけられ、バウンドした後にユキの足元に転がってきた。
「横から近付いて振り下ろす方法ならかっとばせました!」
「……まぁ、どうにかなったから、これはこれでなによりだわ」
槍を何度も振り下ろしながら言う桃香に、足元に転がっているカジキマグロに剣を突き刺しながらユキがそんな呟きを口にしたのだった。
「だー! 今度ばかりは本気で文句言わないと、私の気が間違いなく済まないからな!」
ユキがカジキマグロの消えた後に出てきたナミダを拾っているところで、そんな声が響いた。
「やばいのが突っ込んでくるってのに、なに目を閉じてんだよ! そりゃまぁ確かに狙っても当たらないだろうけど! そもそもお前の矢はホーミング付きのチートだろ! だったら迷わず撃てよ! そもそもあれもう迷ってるどころか、完全に諦めに入ってなかったか!?」
ユキと桃香が声の聞こえてきた方に視線を向けると、小百合が奏に詰め寄ってるところだった。
「えーと……あれ、どうすれば……」
「とりあえず、私に任せておきなさい」
ユキは戸惑っている桃香に手に持ったナミダを渡しながらそう言った後、そんな二人に向かって歩き出した。
「だーかーらー! そっちで勝手にだんまり決められたって、こっちは困るんだって……ん?」
奏に怒鳴ってる小百合の肩を、ユキは笑顔で軽く叩いた。
「まー、とりあえずあなたは少し落ち着きなさい。それよりも……あなたは結局、何がしたいの?」
彼女は小百合をなだめながら、真顔になって奏にそう尋ねた。
「だーかーらー、黙ってたって……」
「だから少し落ち着きなさいって。ま、あなたが話さなかったとしても、私は薄々は気付いてるんだけどね」
そこでユキは一呼吸おき、
「あなた、自殺した挙句にここに流れ着いたって感じでしょ? 最初は死ぬのが怖くなってここに来てしまったけど、この一週間で何かしらがあってまた死にたくなった。そんなところかしら?」
ユキの言葉の後に辺りには沈黙が訪れ、
「えっと……え? マジ?」
「今日の彼女を見ていての推測だけど、ほぼ確信してるわよ」
戸惑う小百合にユキはそう答え、
「…………だっ……って……ですか……」
そこに奏の聞こえるか聞こえないかというレベルの小さな声が響いた。そして、
「だったらどうだっていうんですか!」
最初の小さな声から一呼吸おいた後、今度は大声でそう叫んだ。
「そうですよ! 確かにそういう感じで私は死にかけましたよ! だからなんだっていうんですか! そこまで分かったのなら放っといてください! 今だって私はなんだってあそこで素直に死ななかったのかって、本気で後悔してるくらいなんですから!」
彼女がユキに詰め寄りながらそう叫び続けたところで、不意に辺りに乾いた音が響き渡った。
「なにヌルイことを言ってるのよ!」
頬を押さえている奏に、今度はユキが大声でそう話し出した。
「自殺した挙句に死ぬのが怖くなったから、今はここにいるんでしょうが! それが今更やっぱり死にたい? なに寝ぼけたこと言ってるのよ! そもそも生き返るために戦っているっていうこの今の状況が、すでに半分死んでるようなもんじゃない! それでやっぱり死にたい? なにを中途半端な立場の奴が中途半端な状況で中途半端なことを言ってるのよ! そんなに死にたいのなら、まずはきっちり生き返りなさい! それから大人しく勝手に死ね!!」
彼女がそう言い終えた後、辺りは再び沈黙に包まれたのだった。
「……お前がキレてどうするんだよ」
そんな二人のやり取りを見て、冷静さを取り戻した小百合がそう呟いていた。
「あー、修羅場ってて楽しそうなところ悪いんだけど、そろそろ第六波来るよー……って、もしもーし」
そんな険悪な雰囲気の中に割り込むように、相変わらずの口調でスフィアがそう告げて、
「どいつもこいつも…………もうちょっと空気ってやつを読みやがれー!」
そんな小百合の叫びが辺りに響き渡ったのだった。