ふたつめの話
「ところで、次はいつ来るのでしょうか?」
桃香と奏の二人に対しておおまかな説明が終わってから少し時間が経って、奏がそんな疑問を口にした。
「んー……毎週来る回数もタイミングも違うからな。下手すると今日はもう終わり、なんてこともあるぞ」
その疑問に小百合は少し考えてからそう答えた。
「来るときはちゃんとこのエレメント探知機スフィア君が教えてくれるから大丈夫よ」
「そんな道具みたいに呼ばないでほしいなー」
そう気軽な感じで言うユキに、光る球体ことスフィアはそんな苦情を声にした。
「あの……」
「どした?」
不意に桃香が小百合に話しかけてきて、
「カブトムシ捕まえたんですけど、これなんなんですかね?」
桃香が捕まえた彼女の拳くらいの大きさをした橙色のカブトムシの形をした物体を見て、他の三人はほぼ同時に身構えていたのだった。
「ちょっと待て! お前は何を捕まえてるんだよ!」
小百合は桃香と距離を取りつつそう叫んだ。
「だから、カブトムシ……」
「普通そんなのがここにいるわけないだろ!」
「あ……確かに、木がないから樹液は吸えないですよね」
「そういう問題じゃねーよ!」
桃香がカブトムシを捕まえたまま、二人はそんな会話を交わしていた。
「ひょっとして、虫は苦手?」
そんな会話を眺めながら、ユキが自分の後ろに隠れている奏にそう尋ね、
「虫というより、節足動物がダメなんです」
奏は目を閉じたままそう答えていた。
「えー、こんなに可愛いのに」
「可愛い!?」
桃香の呟きに対して、小百合がそう驚嘆の声をあげていた。
「可愛いかどうかは別として、とりあえずそれはどうにかしなさい」
「えっ、どうにかって……」
そんなユキの言葉を聞いて不思議そうな表情をした桃香の不意を突く様に、掴まれているカブトムシの形をしたものが突然暴れだし、そのまま桃香の手を振りほどいて宙に飛び出した。その後、桃香に勢いよく突っ込んでいき、彼女の額に激突する。
「何かしらの明確な形を持ってるエレメントって、結構凶暴なのよね」
「…………それ、先に言ってください」
ユキの呟きに、額を押さえつつ涙目で桃香はそう言い返した。
「それにしても、次の波が来る前にあんなのが来るのって珍しい……」
「うわー!」
宙を飛び回っているカブトムシの形をしたものを槍を振り回して追いかけ回している桃香を見ながら呟いた小百合の声は、響き渡った桃香の叫び声に遮られた。その声に反応するように他の二人が桃香の悲鳴が聞こえた方に視線を向けると、そこには大きなカブトムシの背が割れて、そこから小さなカブトムシが大量に噴き出しているという光景が展開されていた。
「うわっ、なんだあのグロ映像」
それを見た小百合の第一声がそれだった。
「親から子供がわらわら出てくるのってカブトムシじゃなくてクモでしょーがー!」
桃香がそう叫んだ次の瞬間、その小さなカブトムシの大群に、桃香がいつの間にか出していた虫取り網を叩きつけ、それが小さなカブトムシのほとんどを捕獲していた。
「えっと……なにそれ?」
「分からないんですけど、こういう時は虫取り網が欲しいなって思ったら出てきました!」
ユキの質問に桃香はそう答えた。そして、
「それより、早いところこれをどうにかしてください! 押さえつけてるのどうにかしないと、網から逃れたちっちゃいのがちょいちょいぶつかってきて、なんかちょっと痛いんですけど!」
「あー、ごめんごめん!」
そう言葉を続けた彼女の声を聞いて、小百合はそう謝りながら虫取り網の上から鉄板を勢いよく落とした。
「あれだけの大群になったのに、落とすナミダは一個だけですか……」
「たぶん最初の大きいのが本体で、小さくなったのは分裂体みたいな感じだったのかな? それで、合わせて一体ってやつ」
そう呟きながら足元に転がっていたカブトムシのものと思われる黄色いナミダを拾い上げた桃香に、ユキはそう説明した。
「なんか二人とも、あのカブトムシのことについて知らなかったっぽく聞こえるんですが……」
「「だってあんなの初めて見たんだもん」」
そのナミダを小瓶の上に乗せながら言う桃香の言葉に、ユキと小百合は同時にそう言い返していた。
「……普通のより大きい感じでしたが、それでも五滴だけですか」
黄色いナミダが吸い込まれた小瓶を軽く振りながら、桃香はそう呟いた。
「まぁ、あの大きさならそんなものでしょ」
「このペースで、本当に一年でどうにかできるんですか?」
ユキの言葉に彼女はそう言い返した。
「なんかさ、さっきのカブトムシの件あたりから、やさぐれてきてないか?」
そんな二人のやりとりを見ていた小百合が桃香にそう聞いてみた。
「やさぐれ……んー、どちらかというと怒りというか、悔しさというか……」
小百合の言葉に桃香はそう言い返し始め、
「これでも地元じゃ虫をほぼ無傷で捕まえる実力から『生け捕り桃ちゃん』と呼ばれてたんですが、ついに生け捕りに失敗してしまい……」
「いや、あれさすがにノーカンだろ、いくらなんでも」
「そもそもあれは虫じゃないわよ」
桃香の言葉にフォローを入れようとする小百合と、冷静にツッコミをいれるユキ。
「ところで、虫取り網って、槍に分類されるのか?」
「見た目は似てるから、そういう概念に当てはまってるんじゃない?」
そんな二人は桃香にそう言った後、小声でそう話し合っていた。
「あー、のんびりしているところ悪いけど、そろそろ第三波が来そうだよ」
そこにスフィアが割り込むように現れてそう言った。
「第三波って……なんで第二波の時は前もって言ってくれなかったのかしら?」
「そんなこと言っても、あんなの一個だけが来たんじゃ、反応が小さ過ぎて至近距離に来るまで気付けるわけないよ」
笑顔のままでそう詰め寄るユキに、スフィアはただそう答えるだけだった。
「ん~……なんか大きいのがこっち来ますよ」
そんなユキの横で遠くを眺めながら、桃香はそう呟いていた。
「まさか、ここで大型が来たのか!?」
そう言って小百合がそっちに視線を向け、
「……戦車?」
「戦車っぽいですね」
小百合と桃香がそう呟く通り、黄色い色の戦車がゆっくりと近付いてきていた。
「キャタピラを回さずに走るなんて、常識を超越した戦車ね」
「問題はそこじゃねーよ」
ユキの呟きに対して、即座に小百合はそう言い返していた。
「どちらかというと、走ってるんじゃなくてホバー移動しているような」
「そういう問題でもねーよ!」
今度は奏の呟きに小百合がそう言い返していた。
「それよりあれ、どうやって倒せばいいんですかね?」
そしてすぐに桃香がその戦車に視線を向けながら、そんな疑問を口にしていた。
「ひょっとして、叩けば壊れるんかな?」
小百合がそう呟いたのとほぼ同時に、ユキは桃香を突き飛ばし、その反動で自分はその反対側に跳んだ。直後、周囲に轟音が響き、さっきまで桃香が立っていた場所を何かが高速で通り抜けていった。
「やっぱりあの砲身、飾りじゃなかったわね」
「…………それはいいんですけど、何も言わずにいきなり突き飛ばすのは勘弁してください!」
戦車に視線を向け直しながら呟くユキに、顔を抑えつつ起き上がりながら桃香は苦情を言った。
「とりあえず威力を確かめてみるか。小百合、板張って」
ユキが小百合にそう提案し、小百合はその指示を受けてから間髪入れずに大きな鉄板を戦車と自分たちを遮断する形で作り出した。
それから少しして、再び辺りに轟音が響き渡り、
「……うっそだろ……」
穴の開いた鉄板を見て、小百合はそう呟いていた。
「て、鉄板じゃ止められそうにないな」
「みたいね」
鉄板の穴を見ながら呟いた小百合の言葉に、ユキもまた同意するように呟いていた。
「……あの……これ……」
「ナミダか、やっぱりそうなのね」
桃香が見つけたものを見てユキがそう呟いた直後、再び轟音と共に鉄板に新しい穴が開いた。その後に半透明な石が足元に転がってきたのを見て、
「やっぱり、あいつもエレメントを砲弾にして撃ってるのか!」
小百合はそう結論付けた。
「やっぱり、とは?」
「ああ、前にも戦ったことがあるけど、ああいう飛び道具を使ってくるのはエレメントを弾にしてくることがあってな。前に戦ったのは、ショッキングピンクな十本足のタコがイワシを飛ばしてきたっけか。どうやら今回もその類らしい」
奏の疑問に、小百合は戦車のいる方に視線を向けたままそう答えた。
「そんなことより、これからどうする? 鉄板の穴の位置から考えて、あの戦車は明らかに射角をずらしながら照準を変えてきてるから、このままだと鉄板越しに打ち抜かれるのも時間の問題だぞ」
「連射はできないっぽいのが唯一の救いかしらね。とはいえ、あいつに接近するにはさすがにクールタイムが短いし……接近できればいいんだけど、どうしたものかしら」
小百合の疑問にユキが答えたところで、
「近付ければいいんですよね?」
「そうだけど、それができないから困ってるのよ」
桃香の言葉にユキが答えた直後、轟音と共に鉄板にまた穴が開いた。
「それじゃ、いってきます!」
「え?」
その直後に唐突にそう言って鉄板の陰から飛び出していく桃香を、ユキは呆気にとられた表情で見ているだけだった。
「ちょっと待て! なにいきなり飛び出してんだよ!」
「大丈夫です! 連射できないなら、すぐには撃ってこないはずです! それなら狙いを定められないように走り回ればいいんです!」
制止しようとする小百合の声に、桃香は走りながら大声でそう答えた。そんな様子を見ていたユキが、ふとあることに気付いた。
「桃香ちゃんが走ってるけど、それに合わせて戦車も回ってるわね、車体ごと」
「あの戦車、砲塔だけ回すってことができないのかよ……」
戦車の周りを走り回っている桃香と、彼女に砲身を向けようと旋回し続けている戦車という光景を、鉄板に開いた穴から見ていたユキの呟きに釣られるように、小百合も呆れたような声でそう呟き、
「それで、これからどうす……あれ?」
小百合は話しかけようとして横を向いたところで、さっきまでいたであろう場所にユキの姿がなくなっていたことに気付いた。
「周りを走ってれば……狙いを付けられないってところまでは……いいんですけど……これ、いつまで走ればいいんでしょーか?」
戦車の砲身から逃げるように走り回りながら、桃香はそんな疑問を呟いていた。そこに、
「もう十分よ!」
その声と同時に、桃香を追って向きを変えていた戦車の砲身を、突如戦車の後ろから現れたユキが手にした剣で斬り落としていた。
「そのまま、一気に突っ込みなさい!」
「りょーかいです!」
ユキの指示をなんとなくで理解した桃香はすぐに槍を出し、斬り落とした砲身の箇所に開いていた穴に勢いよくそれを突き刺した。その直後、金属をこすり合わせるような耳障りな音が辺りに響き渡り、そのままゆっくりと戦車の形が崩れていき、その後には握り拳大の赤く澄んだ石が転がっていた。
「いやー、この音は何度聞いても慣れないわね。とはいえ、久々の大物ね」
ユキはそう呟きながら、足元に転がった赤い石を拾い上げた。
「それじゃこれ、とどめを刺した桃香ちゃんにあげましょうか」
「え、いやいや、ユキさんの指示があったおかげですよー」
「こういう時はお姉さんの好意は受け取っておきなさいって」
「えー、でもー……」
「だったら大人しく分けろや」
ナミダを渡そうとするユキとそれを遠慮する桃香を見ていて、駆け寄ってきた小百合はため息混じりにそう正論をぶつけていた。
「仕方ない、それじゃこれ……そうね、せっかくだから四等分にして」
ユキはそう言ってナミダをスフィアに渡した。するとその球体の中に彼女の手渡したナミダが吸い込まれていく。
「それにしても、よくあれだけの指示であれだけのことができたな?」
「あー、あれですか。たぶんそうかなーって思って勢いでやりました」
小百合の疑問に、桃香はそう答えた。
「むしろ、よくあれを倒すような作戦をすぐに考えましたよね?」
「あー、あれ。勘よ、勘」
「……よく勝てたな、私ら……」
桃香の疑問にそう答えたユキを見て、小百合はそう呟いていた。
「ふっふ~ん、なにしろ私、これでも校内の学力テストで学年二位の優等生だからね、勘だけでもあれくらいのことはできるのよ」
小百合の呟きが聞こえていたのか、ユキは得意気にそう語った。
「一位じゃないんですね」
「…………そんなこと言うのはこの口かー?」
「ふぉ、ふぉふぇんふぁふぁ~い」
桃香の何気ない呟きを聞いたユキは、彼女の両頬を引っ張りながら笑顔でそう言い迫っていた。
「遊んでるところ悪いけど、分割終わったよー」
スフィアがそう言いながら、球体の中から四つに分けられた赤く澄んだ石を出してきた。
「ありがと。それじゃ、はい」
そう言いながら、ユキはその石を配り始めた。
「……これ、なかなか吸い込まれていかないんですけど」
「久々の大物だったからねぇ、四分割してもこのレベルかー」
小瓶の上に乗っている石を見ながら、桃香とユキはそう話していた。
「おー、そこそこな量が増えてくわ」
石が吸い込まれていく小瓶を軽く振りながら、小百合はそう呟いた。
「これなら思ってたより早くクリアできそうですね」
「あー……そうだな」
奏の言葉に小百合はなんとなくでそう答え、
「つーかお前、戦車の時に何もしてないのって、どうなんだ?」
「いえ、何かやろうとはしたのですけど、あまりにも状況が目まぐるしく変わっていって、頭の中で処理が対応しきれなかったというか……」
「あー……まぁ、まだ初日だしな」
奏の答えを聞いて、小百合は上を見上げながらそう呟いた。
「あー、今日もそろそろ終わりそうだね」
そんな状況の中で、スフィアが唐突にそう言った。
「もうそんな時間か。相変わらず、ここにいると時間感覚が狂ってく気がするな」
スフィアの言葉を聞いて、誰にともなく小百合はそう呟いていた。
「それじゃ、また来週ね。来週も穏便なままで終わらせたいわね」
「それ何気にフラグ立ててねーか?」
ユキの何気ない呟きに、小百合は間髪入れずにそう言い返していた。