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Edition.Ⅷ 『素晴らしき社会地位』

「成功したか?」


 優が刻まれた記憶を整理していると、エレンが優の顔を覗き込んで聞いてきた。優は記憶の整理を継続したまま、意識の一部を割いて返答する。


「そのようですが、一言何か言ってからお願いします」


 ただ、一言文句を付けて。頭に響く痛みは、慣れたとは言えあまり経験したいものではない。それが何の断りもなく、いきなりだとすれば尚更だ。

 そんな優の当たり前の文句に、エレンは頭をぽりぽりと掻いた。


「あー、悪かったな。一々説明するの、面倒だったから。まあ許せ、な?」


「まったく……。あんまり変な事、しないでくれるかしら」


「いいですよ、別に。もう過ぎた事を論じても無駄ですし」


 優が言うのなら別にいいか、とエアリスも論じるのをやめた。それでも、警戒するような目はやめなかったが。まあ、友人関係とは言え、同じ友人の子供である優にいきなり記憶定着という荒い真似をしたのだから、無理もないだろう。

 エレンもそれはわかっているのか、やめろとは言わなかった。


「……記憶の整理、完了しました」


 優は頭の中を一旦であるが整理すると、わずかに逸らしていた視線を元に戻す。これでやっと集中できんと思ったからだ。


 ——本格的な整理は後で行うとして、今は話に意識を傾けるのが妥当か。この学園、中央エリアゼロスを統率するのがDIVA(ディーヴァ)という超巨大組織という事と、()の事、あとは普通の知識か。


 優は頭の中に、敵についての知識を映し出した。

 敵、それはこれまでも何度か出てきた単語、邪獣(じゃじゅう)。世界を破壊する害獣にして、人間の生み出したあらゆる文明の産物が効かないという天敵だ。

 そして天魔も、邪獣と同じく人間が因果に絡むものは効かない。核兵器だろうが、何だろうが。

 天魔は人間を守るために生み出され、その文明否定を相殺して邪獣を殺し、散っていく。散った天魔は輪廻へと戻り、親の天使と悪魔が再臨し、その子を作る。


 優はこれを認識した時、少し気分が悪くなった。天魔は人間を守るためだけに存在すると言われて、彼の両親の想いが汚れるような気がしたからだ。

 天魔は子供を作る機能が存在せず、行為自体は可能。それは完全な単一生命体——原初の存在、天使(アダム)悪魔(イヴ)の因子を色濃く受け継いでいるからなのだそうだ。その特性は人間の因子を持っても変わらず、特に四大天使と一部の魔王には寿命が存在せず、いつまでも一定の姿で存在できる。それは、優も例外ではない。

 つまりは戦い続けるのかと、優は小さく息を吐いた。(ウリエル)が遠ざけたのも頷ける。死ぬ危険性が高いのだ。我が子を愛すればこその選択だったのだろう。彼はそれに、親愛と敬意を抱いた。

 自分が子を作れないので、受け継ぐ事は出来なさそうだが。そこで一旦、それに関する思考を打ち切る。今は目の前の女性との会話に集中しなければ、と。


「まあ、本当に基礎だから、詳しい事は学園で学んでくれや」


「やり方はともかく、これで入学、というよりも転校ね。それの知識面での準備は完了したわ」


「知識面、ですか? ……ああ、本土の家」


 優は納得したように、目を僅かに開いた。確かにあれと、学校の件を何とかしなければいけないだろう。この都市——学園国家に移住するためには。

 エアリスも肯定するように頷くと、腰のポーチからキーボードだけを取り出す。


「……キーボードだけ?」


「いつもはアーカイブでやるんだけど、ここじゃあ設備が不十分だからキーボードを使わないと無理なのよね」


「どれだけ進んでるんだ、ここは」


 優が、改めて天魔の不思議技術に感嘆したような、呆れたようなどっちつかずの声を出す。少なくとも数十年の時が必要と言われた、空中に光るスクリーンを浮かび上がらせるものが、ここでは使えてしまうらしい。

 本土で使われていないのは、明らかに技術力が追いついていないのに、何故こんなものを使えるのかと言われれば天魔の力を借りているとしか答えられなくなるからだ。それでは隠蔽も何もない。

 エアリスがキーボードに文字を、とてつもない速さで打つ。人間では天才ハッカーとか、プロの領域にいなければ不可能なレベルだ。こういうところでも、人間と天魔の基礎能力は違うのだと思い知らされる。


「何してるんですか?」


「今、こいつはお前の法的なデータを弄くり回してる。例えば住所とか、そう言ったもんだな」


「……いじれるもんなんですが?」


 例えできたとしても、かなりの無茶だと思うのだが。優がそう思いながら問うと、エレンは何でもない事を言うように、答えた。


「こいつ、権力で言えば国家の宰相は……は言い過ぎだが、そこらの大臣よりも上の権力を持ってるから、このくらいは簡単に出来るぞ」


「エアリスさんって、何者なんですか?」


 少し顔を引きつらせた優が、エアリスをちらりと見て言う。まあ、普通に接してきた相手が格上の身分だと知ったら、大体こうなるであろう。

 エレンはニヤリと口を歪め、大層面白いと言った様子で口を開いた。


「お前の通う予定の学園国家、その七つの学園の一つ。日本が運営するティアティラ第四学園の、理事長を務めている。更に天魔が世界のために運営する組織、DIVA(ディーヴァ)。そこのアジア圏における、全権利を持つ最高責任者、総司令官様さ」


「……まじですか」


 先ほど手に入れた知識の中にあった、超巨大組織ディーヴァ。それの支部を任せられるほどの幹部級なら、それほどの権力も持っているのだと、実感させられた。


「正確には、総司令官兼上級守護者ね」


 エアリスがキーボードを打ち、宙に展開されている画面を見ながら訂正する。


「そんな人と友人関係、つまりエレンさんも」


「アジア圏総合技術長兼上級守護者よ。私に次ぐ権力を持つ、と言えばわかりやすいかしらね……。っと」


 最後に、パチン、と音を立ててキーボードを打ち、エアリスが息を吐いた。作業が完了したようだ。


「これで優君は正式に住所がアポカリプト名義になり、学園に在籍する事になったわ。他の細かいのもがするから、優君は部屋を見てきなさい」


「社会地位って、素晴らしいですね」


 優が抑揚のない声で、ぽつりと呟く。エアリスは、苦笑いだった。




 ——ガチャリ。


「うわ……」


 思わず、そう声を漏らす優。短い声の中には、隠しきれぬ感嘆がこもっていた。

 彼はエアリスからもらった鍵、それを使って自分の部屋の扉を開け、中に入った。まず最初に飛び込んできたのは、柔らかく淡い光が満ちる、清潔感溢れる玄関だ。

 ここだけでも、かなり高級感が溢れている。


「空間歪曲で広くなっていると聞いたけど、ここまでとは」


 確かに、外観よりもかなり大きい。ベットはキングサイズでふかふかだし、書斎その他諸々が広く、開放感に満ちている。


 優は一通り部屋を見て回り、寝室に戻るとベッドに倒れこんだ。仰向けに態勢を変えると、綺麗な天井を見る。

 そして、小さく呟いた。


「父さん、母さん。俺、やるよ。死なないため……いや、生きる為に」


 言い終えた後も、何かを想うように虚空を見つめていたが、疲れが出たようで目がとろんとしていき……いつの間にか、眠ってしまったのだった。



 優が眠った頃——。

 既にエレンがいないロビーで、エアリスはパソコンで誰かとメールをしていた。


『あなたのパートナー、見つかったわよ』


 パートナー、それは優の事だ。その相方と言う事は、メールをしている人物は——。


『……何を』


 ダブル、Sである。


『四大天使で、あなたと同じダブルS。良い人だと思うけど?』


『ふざけないでください。誰が、そんな相手と』


『少しは考えて答えなさいな。そうでなくとも、いつも冷静沈着なあなたらしくないんじゃない?』


 もっとも、相手——優君の方も、いつも冷静だけど。そう、エアリスは一人思う。


『……一度、それだけです。それ以降は、呼び出しにも答えませんので』


『それで良いわ。それじゃ、再来週に会いましょう。じゃあね』


 それを最後に、返信は来なかった。

 エアリスは笑うと、背(もた)れに体を預け、小さく息を吐く。

 パソコンのディスプレイの中で光る文字、そのメール相手の項目には——。


『シルヴィア・B・シグルヴァディ』


 と、表示されていた——。

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