Edition.Ⅶ 『魔眼と強制定着』
今回から、主人公の心の声は、
——そうだ、アニメ見よう。
的な、成田さん方式になります。
天羽が出て行ってすぐ、エアリスが店の奥から出て来た。
「待たせたわね。制服は出来次第届けるわ。他の靴とかもね」
「確か一週間でしたか。それくらいなら」
見た所軍服は複雑なので、それくらいの時間はかかるものなのだろう。優は頷くと、エアリスと一緒に店から出た。
「ここは日本の運営するティアティラ第四学園の制服などを取り扱っていてね。七つの学園に対応した、それぞれの店舗があるのよ」
「なるほど。ちなみにデザインは?」
「お楽しみに」
少しだけ残念に思ったが、自分が着るわけでもないのだから別に良いかと優は思い直した。自分達の着る服が格好良いので、他のは別に良いと思っているとも言える。
「優君にあの制服は似合うわねー。白色で、冷たそうだし」
「それは褒められているんでしょうか?」
「褒めてるわよ。氷の軍人、なんて呼ばれたりして」
「光属性なんですけどね、俺は」
それでも、手袋をはめて無表情なまま光を放つ優の姿は、若干見たくないでもない。絵になるには確実であろうからだ。
エアリスが、優が住む予定と話したマンションに入る。優も外観に気圧されながら、恐る恐ると言った様子で中に足を踏み出した。
「うわっ……」
視界に広がるのは、綺麗で清潔なエントランス。
天井にはシャンデリアが取り付けられており、エンドラン全体を淡い光で上品に包み込んでいる。奥にはカウンターが見え、そこには事務員が常駐しているようだ。その左右には、エレベーターと階段も見える。
呆気にとられる優を見て、エアリスがくつくつと笑った。
「驚いたかしら?」
「……はい、とても」
「正直ね、良い事よ。生活費は支給されるから、バイトとかはしなくてよし。個人的な出費も何十万レベルじゃなかったら生活費の残りで可能。それ以上は貯めるかバイトね」
「天国ですね、本当に……」
前までの劣悪な生活環境との違いに、思わず目が遠くなる優。
なんせ一週間の内五日がバイトに費やされていたのだ。勉学は地頭の良さでなんとかなっていたものの、休日はベッドに倒れ込み、泥のように眠る日々。
そんな日常に、優は疲れを感じていたのだ。まるでブラック企業に勤める、若いサラリーマンのような。あながち間違っていないのが、なんとももの悲しい。
そんな気を知ってか知らずかはわからないが、エアリスがぽんぽんと優の肩を叩いた。
「昔は酷かったのは知ってるわ。けど、灰斗さんとの約束で私達こちら側はあなたに関わることができなかったのよ。今更それで済む話じゃないけれど、ごめんなさい」
「……いえ、大丈夫です。それだけで、嬉しいですから」
少しだけ、優の顔に笑みが浮かんだ。それすらも、すぐに消えてしまったが。
今まで味方という存在が一人もいなかった——否、存在を知らなかった優にとって、その言葉は笑みを浮かべるに値する程の価値がある。
優ができる最上級の感謝であり、また、最高の敬意でもあるのだ。
「それなら、良かった。あ、いたわよ」
「誰……ああ、エアリスさんの親友ですか」
先程、服を発注したら会う予定だと聞いた優。それで、エアリスに聞く前に正解を導き出した。
しかし、ここで待ち合わせるというのは、元々彼を合わせる予定だったのだろうか。少なくとも、二人だけで話すのには向いていないだろう。
——誰にでも話せる内容という事か。つまりはこの学園にいる全ての天魔が知っていると考えたほうがいい。もしかしたら何も話さない可能性もあるし、ここで一旦落ち合って別の場所に移動する気なのかもしれないな。まあ、今考えても仕方のないという事はよくわかる。
優は小さく息を吐くと、奥のソファーに踏ん反り返って座っている人物に目を向けた。
その人物は女。白衣を着ていて、白髪黒目で眼鏡をかけている。白い肌には化粧をしていないが、むしろ邪魔な気がする。
顔そのものはエアリス並みに整っているが、目の下の隈と退廃的な雰囲気のせいでなんとも言えない色香を醸し出している。
「お前が天ヶ瀬優、ウリエルの子か? 俺はエレン・アーカディア。そいつの同僚だ」
キツそうな目に、優の姿が鏡のように写る。
「はい。そうらしいです」
「そうらしい、ねぇ……。自分の事は正確に認識しとけよ? いつか足を掬われるかもしれねえからな」
鋭い眼光だが、優の目には違ったものが見えた。
橙色。心配の色だ。つまり、この女性、エレンは自分を心配してくれていると言う事。外見と内面は違うのだなと、優は思った。今までそんな人、見た事がなかったからだ。悪そうな顔なら悪い奴、人の良さそうな顔なら良い人。そう言うわかりやすい人しか、今まで会ってこなかったのである。
「心配してくださって、ありがとうございます」
確かな敬意を宿し、優が礼を言うと、僅かにエレンの目が見開かれた。色も驚愕を表す黄色に変わり、後ろでも、エアリスが驚く気配がした。
「……驚いたわね。まさか今の言葉を聞いて、心配だとわかる初対面の人がいるなんて」
「うっせ。なんでわかった、天ヶ瀬?」
一言悪態を吐いてから、優に向き直る。今までの態勢ではなく、正面から向き合う形だ。優は見透かすような目から逃れるように少し目を逸らし、髪を弄りながら言った。
「俺、人の感情を色として、目で捉える事ができるんです。前までは漠然とした、あやふやな色でしたけど……今では明瞭にわかります。今、興味の黄色になりました」
「なるほど、魔眼持ちか。感情で揺れ動くマナを、色として捉える。地味だが有効な魔眼だが……これならどうだ?」
「え? ……うわ」
突然、エレンの色が無色へと変わった。興味がない事を示す色は灰色なので、ただ単に見えないだけだ。しかし今までこんな事はなかった。大きかろうが小さかろうが、どんな人間でも色は浮かんでいたからだ。
「もしかして、何かしましたか?」
「その通り。今、俺は体内のマナを停止させた。そのせいで、お前は色を捉えられなくなったんだよ。こんな事、誰でもできることじゃないが……」
「ちなみに、私もできるわよ」
優がエアリスの方を見ると、彼女の色もわからなくなっていた。
「あと、その魔眼……そうだな、色彩の魔眼と名付けるか。それ、制御できるなら戦闘時以外発動を控えろ。誰でも、自分の感情を見られたくないと思うのが自然だからな」
「はい……こうか?」
優が目にマナの蓋をしてエレンを見ると、無色という何かのぶれも消えていた。どうやら、制御できたらしい。
「出来たみたいね。もしも常時発動型なら、魔眼封じの眼鏡を貸したんだけど」
「常時発動型には、どんな種類が?」
「凍結とか、発火に麻痺がメジャーね。そういうのは、自分のマナで御せるものじゃないから」
「俺も、常時発動型の魔眼持ちだな。名称は怠惰の魔眼。見た存在の思考、動作を止める魔眼さ」
かちゃ、とエレンが少し眼鏡を下げ、僅かに光るその瞳の中に優を捉える。すると、優は少しだけ体が鈍くなるような感覚を覚えた。
それでも頭上に疑問符を浮かべながら、手を握っては離してを繰り返している。その開閉スピードも、少しだけ遅い。
エレンはそれを見て、眼鏡を戻しながら溜息を吐いた。
「なぁ、こいつの対邪抗体のランク、なんだ?」
「あぁ、言ってなかったわね。ダブルSよ」
「……さすがSランク。眼鏡を完全に外さなかったとは言え、魔王級のノーヴルサイトをその程度に軽減するとは」
「軽減? 対邪抗体って、天魔に対しても有効なんですか?」
「有効よ。私はA+ランクだから、優君ほどじゃないにしろ軽減できるわね」
ランクによる判定には、+の判定も含まれる。
例えば■+ランクだとすると、+が吐いているので■の二倍という判定になる。エアリスはA+なので、通常のAランクの二倍の力を持つと言うことになるのだ。
そしてSランクは、A+ランクの二倍の力、つまりAランクの四倍の量を表す。それだけの、隔絶した力の差があるのである。
「ま、眼鏡を外して全力で使ったらどうなるかはわからねえけどな」
「ノーヴルサイトは強力であればあるほどマナを使うし、身体能力も低下するの。優君くらいだと自然放出で賄えるレベルで身体能力も下がらないけど、エレンクラスの魔眼になるとかなりの量を使うのに加えて、身体能力も私より低いわ。それでもA+ランクだから、充分すぎるほど強いんだけどね」
優の魔眼も、敵の思考をある程度読め、予測できるという点では強力だ。しかしエレンの魔眼は直接的に相手に影響する。それがデメリットなしで扱えるなら、石化や麻痺、停滞の魔眼持ちが世界最強になっているだろう。
「なるほど、よくわかりました」
納得した優がそう言うと、エレンが頭をかりかりと掻いた。
「にしても、基本知識がないのは面倒だな……。仕方ない」
面倒臭そうに息を吐き、優の頭に手を添える。
優が首を傾げ、それを見たエアリスが慌ててエレンを制止しようとするが、一歩遅かった。
「あっ、エレン、それは——」
「転写術式・起動」
その言葉が紡がれた瞬間、優の頭に痛みが走った。しかし、少し顔を顰める程度の痛みだ。まあ、優が顔を顰めるというのは、普通だとかなり痛いのだが。
だが、それ以外にも、その程度の痛みで済んだのには理由がある。
——これは、経験した事がある。そうだ、さっきの指輪、あれの記憶の定着の痛みだ。
ならば、この痛みは記憶の強制定着によるものなのだろうと当たりをつけた優。実際、それは当たっていた。
痛みが収まった時、彼の頭には、先程までなかった知識——天魔の基本知識が、刻まれていたのだから。
補正報告
あははっ、やばい間違いしちゃった。
天井には理想郷が取り付けられており、だとよ。なんか面白い。