Edition.Ⅵ 『制服と出会い』
黒鉄流初伝。
見たことも聞いたこともないその武術の流派、その記憶が、優の頭に刻み込まれ——そして、体にも、変化を及ぼしていた。
今まで忘れていたものを、体が覚えていたような、そんな感覚。
しかし優は、それを知らない。そのはずなのに、体だけははっきりと覚えているのだ。
その初伝の動きや……まだ記憶にない、その先の動きも。
「大丈夫、優君?」
「……はい。大丈夫です。ちょっと立ち眩みがしただけで」
後で検証しなければ。そう思いながら、優は立ち上がった。もう痛みはない。初伝も、おそらくは擦り合わせを少し行えば扱えるようになるだろう。
これも、指輪に仕込まれたギミックの一つ。心器覚醒と同時に武術の記憶を覚醒させるという、荒いが有効的な仕込みである。
(それにしても、名前は日本風なのに、使う武器は西洋剣、ロングソードって)
突っ込みどころは多いが、それも父母の気遣いだろうと無理矢理納得させた。いくら優れた身体能力を持っていても、それを扱える技巧がなければ、意味がない。それと同じだ。無茶苦茶に剣を振り回しても、体の負担は大きいし、本来なら自分より弱い者に倒されてしまう。武術とは、弱者が強者に勝つため、己の力を補うものなのだから。
とは言っても、強者が武術を習えばそれ以上に強くなるのは事実。要約すれば、技巧は磨いてなんぼという事である。
「ちょっとだけ、時間をくれますか」
「? ええ、いいわよ」
エアリスから許可を貰ったところで、それでは、と優は一つ前置きしてから、指輪にマナを流し込んだ。
先程よりも速く、正確な流動だ。漏れ出た光の粒子も一瞬で朧気な剣の形に変わり、凝固されてロングソードを形作る。
優はそれを上段に構え、一拍。
「はっ――」
静かに一閃、体が覚えている動きの通りに、剣を降り下ろした。空気を切り裂く音が、優の耳に届く。
これは覚えている体の記憶と、頭で覚えている記憶、その二つがあってこそ可能な動きである。それでも少し記憶の齟齬があったが、それも何度も繰り返して擦り合わせていく。
やがてすべての動きを把握し、擦り合わせが完了した。既に、その動きは熟練に等しい。
ある程度満足した優は剣を消し、額に浮かんだ汗を拭う。
「凄いじゃない。もしかして、それも指輪のギミックの一つかしら?」
「そうみたいですね。心器覚醒と同時に、俺に記憶を刻みつけるギミックみたいです。あとは、何故か俺の体が覚えているその動きと、記憶を擦り合わせればこのくらいで扱えますよ」
「なるほど、記憶定着術式か。珍しいわね」
なぜ珍しいのかと言うと、わざわざ負担を掛けて覚えるより、普通に学んだ方がいいという事だった。天魔は脳のスペックも優れているらしく、一度習えばほとんど忘れる事なく、維持し続けるらしい。記憶力も高く、利用されないのも道理であった。
「優君、その指輪、私の親友に預けてみていいかしら」
「仕込まれているギミックを探るため、ですか?」
「そうよ。私より解析に特化しているから、私にはわからないこともわかるかもしれないし」
「……正直不安ですが、エアリスさんの親友なら多少は信用できますね。わかりました、お願いします」
多少は、というところが、優の人間不信を表しているだろう。いくら信用している人物の友人であろうと、同じく信用できるとは限らない。優は、それを親戚にたらい回しにされた一件で思い知ったのだ。
「それでいいわ。次に制服を仕立てて、その後に会う予定だから、優君も同行させるわね」
「はい」
優とエアリスは部屋の秘匿モードを解除し、鍛錬部屋から退出した。
優とエアリスは鍛錬場から出ると、彼の学生服を発注する為の店舗へと向かった。
店舗は商業区にあるようで、今いる中心の学生区から外周付近へと歩く。ゼロスは外周が商業区、中心部が学生区となっており、優達のいた鍛錬場は学生区にある。なので、その距離をエアリスが案内しながら歩くことになった。
「あそこら辺が優君の住居予定ね」
「え、あれですか? ……とても大きいような」
エアリスが指差したのは、本土で言うと高級高層マンションと呼ばれるような、近代的で美しい建物だった。
今までぼろい寮でなんとかやり繰りしていた優には、とても身が重かった。
「実際の部屋の大きさは空間歪曲術式で大きくしているから、外見より豪華よ」
「……俺に、耐え切れるでしょうか」
「優君は将来有望だからね。ちなみに、ダブルSの子もここに暮らしてるわ。生活設備とか、最高水準だから」
果たして庶民な自分に耐えられるかと、優は不安になった。
それはさておき、学生服を取り扱う店舗に着いた優とエアリスは、その中に入った。
その中にいたのは——。
「いらっしゃい。あ、エアリスさんじゃない。ここに来るなんて珍しいわね?」
普通の店員さんだった。それでも十分美女であるが。
「そうかしら? まあ、そうかもしれないわね。早速だけど、この子の制服を仕立ててくれるかしら?」
「この子? おー、見たことないくらい綺麗。さては上位天使か悪魔の子ね?」
「ああ、はい。天ヶ瀬優と言います。歳は十六で、親はウリエルらしいですね」
「ウリエルぅっ!? ちょっとエアリスさん、最上位じゃない!」
「煩いわよー。最上位なのは否定しないけどね。何しろ、私以上の階級だし。ほら、さっさと調べる」
店員が仰け反ったので、優は少し面食らった。やはりウリエルはエアリスの言う通り、最上位に属する天使なのだろう。疑っていたわけではなかったが、それでも実感がなかったので、遅まきながら実感した。
「わかったわよ……。身長百八十三センチ、体重は言わない。体格はやや痩せ気味の少しだけ筋肉質、身長伸びる余地はあり、足の大きさは二十五センチと。はい、採寸完了。一週間くらいで仕立てるわ」
「どうやって測ったんですか?」
「私の力よ。いやー、一々測る必要なくて楽ねー」
そう言いながら、店員は奥に引っ込んでしまった。どうやら早速仕立てるらしい。
「私は色々彼女に予定があるから、優君はこの制服を見ててちょうだい」
エアリスも奥へと入り、表には優だけが残される。優は少し静寂に身を任せていたが、飽きたのか足音を立てて店内を物色し始めた。
店内には白い制服ばかりである。靴なども置かれており、その類の感覚がわからない優でも分かるほど、洒落ている。
「というか、これって完全に軍服……」
動きやすそうであるが、それはどうなのだろうか。優はそう思ったが、格好悪くなかったので不満はなかった。むしろ逆である。格好良い。
女性用のものはスカート付きの軍服であり、男子達が言っていた「乳袋」などというものもないようだ。こちらも格好良いと言った感じで、凛々しい。
前の学校の制服は格好悪くはないが、格好良くもなかった。なので、こういうのは地味に嬉しいのだ。
「君は、転校生かな?」
「え? あ、はい」
突然隣に現れた男性は、そう優に聞いた。優も突然な登場に若干驚きながら、それに答える。
彼は優と同じ程の背丈の、金髪碧眼の優しげな美少年と言った容姿だ。エアリスのような年齢詐欺もいるから油断できないが、敬語を使っていれば間違いないだろう。
優はそう考えて、声を出した。
「あなたは?」
「僕? 僕も学生だよ、十六歳二年生」
「なら、同い年ですか」
「敬語はいいさ。同い年でしょう?」
「それなら、わかった」
優が普段の口調に戻したところで、会話が途切れた。気まずい雰囲気になる中、優が内心話題がないか探っていると。
「ねえ、君の親はどんな天使か悪魔なの? 教えてくれないかな」
「それって、教えていいものなのか?」
下手したら、能力がバレかねない。そう懸念しての優の言葉であったが、青年は少し笑って、ないないと手を振った。
「主属性なんて、すぐにバレるさ。大事なのは特属性だよ。バレる危険性は使用しなければないし、名前がわかったとしても効果を推測するしかない。だから大丈夫さ。
あ、僕を言ってなかったね。僕の親はサキエル、七大天使に値する天使だよ」
「……お前が言ったんだから、俺も言わなきゃ不公平だな。俺の父親の名前はウリエル。熾天使で四大天使、らしい」
「……へぇ、凄い」
その時、彼が怪しい気配を帯びたが、優は視界に入れず、気の所為かと気にしなかった。
「……おっと、もう時間だ。最後に一つ、名前は?」
「天ヶ瀬優。十六歳でこっち側に関してはど素人。よろしく」
「僕は御薬袋天羽。親が薬師をやっているから、薬物に関しては自信があるよ。物入りの時は、是非うちをご贔屓に」
「近いうちにご贔屓になるかもしれないな。じゃあな、天羽」
「じゃあね、優」
この時、この瞬間こそが。
後に、世界に多大な影響を及ぼす二人の青年、その最初の邂逅だとは、当事者以外、まだ知る由もなかった。
アランさんはリストラされました。理由? 名前を頻繁にアレンと間違えるからだよ(爆) まあそれもありますが、他にも色々ありますのでご容赦いただければと。
すまないな同志たちよ。
エアリスさんのカソックを含め、父袋はなしだ。でも安心しろ、水着回はあるから。気にしてる人はリメイク前の旧作「神光の救世主」のお風呂回を見てね。もれなくヒロインの変態的な痴態が付いてくるけど。
乳袋なしの件については、仕方なかったんだ。
だって、乳袋あるのに着痩せしてるとか意味わかんねぇもん。体の線露わになってんだから着痩せも何もないだろうが。
私は着痩せにロマンを感じる。脱がさねばわからぬ至高の肢体……最高じゃあないか。だから乳袋はなしだ。むしろ軍服に乳袋は邪魔だ。
ああ、明日の俺が「深夜テンションでぶっちゃけちまった」と絶望する未来が眼に浮かぶぜ。だがすまないな月曜朝の俺よ、日曜夜深夜の俺はとまらないぜ。
……学校、嫌だなぁ。暑いし。