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Edition.Ⅴ 『心器とキオク』

「お、おおー」


「ねえ、その顔って動かせないの?」


 無表情のまま感嘆の声をあげた優を、バッサリとエアリスが切り捨てる。意趣返しのつもりなのだろうか。

 対して優は気にした様子もなく、しかし変える気もないようで無表情のまま言い返した。


「動かせますけど、疲れるのでやりません」


「まあ優君の性格からしたら、無表情の方が似合ってるのかしらね。まあいいわ、とりあえず付いて来てくれる?」


 確かに無愛想な優の性格だと、ころころと変わる表情より変わらない人形のような顔の方が相応しいかもしれない。

 それに普段無表情な人が無理やり表情を作ると、おかしくなるというのは自明の理であろう。


「というか、ここってどこですか?」


「アポカリプトフロントエリア。正確には総合住居エリア・筒状花(ゼロス)の中の、ね」


「総合住居エリアってことは、学生はここに?」


「ええ、そうよ。半径五キロメートルの中心部ゼロスに、

 第一学園エリア・一葉(ウノリア)、第二学園エリア・二葉(ドュエロス)、第三学園エリア・三葉(トレイル)、第四学園エリア・四葉(クワトロ)、第五学園エリア・五葉(クイン)、第六学園エリア・六葉(セイレン)、第七学園エリア・七葉(セッテ)。それら七つの花弁のようなものが引っ付いているの」


「そうなんですか」


 噂には聞いていたが、かなり広大なようだと優は嘆息した。確かに国家という表現も、あながち間違いではないのだろう。


「あなたが通う学園は、日本が運営するクワトロの中にあるティアティラ第四学園よ」


「ちょっと待ってください。俺、ここに通うんですか?」


「そうよ? ここは天魔の教育施設であるのと同時に、保護施設なの。本土に優君みたいな知識はないのに権能は一丁前みたいな人がいると、危ないのよ」


「そんなに危ないんですか、俺は」


「そうねー、優君が光を放ったら、戦術級の破壊力が期待できるわね。しかもマナの操作も危うく、鍛錬も何もしていない状態の今で」


「……歩く人間兵器じゃないですか」


 成長したら戦術級ミサイル並みの威力が出せるようになるのだろうか。平和な日本、否、全体的に平和な世界で使うとは思えないが、それならば何故鍛錬するのかはわからない。

 もしかしたら、自分達が強くならないと対抗でもできない相手がいるのかもしれない。そんな馬鹿なと一蹴する事もできるが、自分達というそれこそ非常識の照明のような存在がいるのだから、そんな事は出来なかった。


「とにかく、色々と手続きがあるのでまだ勘弁してください」


「それくらいはわかってるわ。それじゃ、付いてきてくれる?」


 そう言うと、エアリスはゼロスの中心に向かって歩き始める。優も素直に付いていった。

 ゼロスは学生が多く、そしてほぼ全ての人間が美しかった。天魔は親が天使と悪魔という人外である影響か、種族全体的に見目が麗しい。優レベルの容姿は中々いないものの、世が世なら顔だけで食っていけるほどの容姿を持つ者が大半だ。

 容姿レベルも親の階級で変わるらしく、熾天使であり四大天使であるウリエルの子の優がそれほどまでに美しいのは、ある意味当然の事らしい。


 優はそれをエアリスから聞きながら、街の容貌に目を向けていた。

 雑多としてはいないが、それでも充分人がいる。天使と悪魔はかなりの数がいたはずだが、その全てがこのエリアにいるのだろうか。しかしそれではパンクしてしまうだろう。ならば、本土にもある程度このような施設があると見ていい。

 確か日本には環境保全課という名目でかなり大きな建物があったはずだ。外国にも、それに類似する課目があったように思える。学園という事は勿論卒業もあるのだろうし、その後の就職は何処に行くのかと問われれば首を傾げざるおえない。優は天魔の力を封印されていたからこそバイトができていたのだ、それが解放された今、本土に仕事があるとは思えない。

 まだまだわからない事だらけだなと、優は小さくため息を吐いた。


 中心部には塔型の大きなスタジアムのようなものがあり、それの上部は管理棟になっているらしい。こことあといくつかのスタジアムでイベントが行われるようだ。


「イベントは本土に行けない天魔達のために、娯楽として提供されるものよ。商業区もあるけど、これが人気のエンターテイメントね」


「なんか嫌な予感がしますが」


 例えばそう、選抜とか。そう思ったが、賢明な優は口には出さなかった。




 更に進むと、四つの鍛練場を発見した。明らかに射撃とか、剣術とかを鍛練する場所だ。

 優は公開されている鍛練風景を見ながら、頬をひきつらせた。


「なんですか、この異能バトルは……」


「パートナー同士で鍛練しているのよ。使っているのは主属性に出た属性ね。優君は光よ?」


「下手なアニメよりも酷い」


 優が思わずそう思うくらい、目の前に広がる光景は凄まじかった。

 炎を発生させ、お互いにぶつけあっている。火傷はしないのかと思うが、生命属性保有者の回復なら治せるらしい。


「男の子の方は死滅属性だから回復は不得手。逆に相手側の女の子は生命属性だから回復が得意なのよ。優君も死滅属性だから、攻撃力に比重を置いてるわね」


「それよりも俺は、二人が剣や槍を持ったように見えたのですけど。完全に銃刀法違犯というか、そもそもどこから出したんです」


「微妙にキャラが崩れてるわよ、優君。それについても説明するから、付いてきて」


 観戦スペースから移動し、空いていた鍛練部屋に入る。エアリスがカチッとボタンを押すと、扉が閉まって秘匿モードに変わった。


「さて、これで説明できるようになったわね」


「先程の剣とかの事ですか?」


「そうよ。それは心の器——心器(しんき)と呼ばれているわ。己と因果の繋がる、想いのこもった物にマナを流し込む事で、その込められている想いを武器の形として具現化するという技。天魔が扱える唯一の武器にして、能力以外の邪獣への対抗手段よ」


「邪獣? それに、武器ですか」


 それが自分達が戦うものだろうかと思案する優。名称からして悪魔の尖兵とか、そういうものではないだろうと予測する。天使でもないので、その共通の敵であろう。

 それよりも気になるのが、心器だ。自分がその具現化の礎となれる物品となると、指輪しかない。


「俺の心器は、指輪ですか?」


「正解。充分どころじゃないくらい、想いが詰まってるわ。悲哀、赫怒、慈愛、親愛、怨念、執着……。負の感情、正の感情が入り交じり、一つに解け合っている。それならば、優君に一番合う形で具現化することでしょう」


 色々と恐ろしい感情も入っているが、想いならばなんでもいいのかと優は納得した。


「わかりました。マナ……この熱いものを流し込めばいいんですね」


「ええ」


 優は己の中にある不思議な感覚――マナを、動かし始めた。

 先程の『熱』、それはマナだ。それを動かし、覚醒したときに、彼は大体のコツを掴んでいた。彼は四大天使、人ならざるもの。この程度、既に造作もなかった。

 流れる水のように自然な動作で、指輪にマナを注ぎ込む。溢れないよう、ゆっくりと、静かに。


 指輪に流し込まれたマナは、それに込められた想いの色に染まっていく。愛憎(あか)悲哀(あお)安楽(みどり)慈愛(しろ)怨念(くろ)、幾多もの想いの色は褪せる事なく、溶け合い、交じり合い、一つの色へと昇華された。

 白銀。ただの無垢なる白ではなく、穢れを知り、それでも尚白く輝く強き白。何物も弾かず、受け入れ、己へと呑み込むその起源は貪欲。


 指輪から漏れ出た白銀のマナが、あるものを形作っていく。

 両手持ちの柄に、シンプルな十字形の鍔、そこから伸びる両刃の長い刃を備え、白く煌めいている。それは紛れもなく、ロングソードと呼ばれる長剣だった。


 それと同時に、優は何か、機械的な声を聞いた。


 〈天ヶ瀬優の心器覚醒を確認。指輪型媒体・天竜と呪福の指輪(ニーベルング)、起動。データファイルを解凍……完了しました。これより天ヶ瀬優本人のメモリーデータにアクセス。解凍済みデータファイルをコピー、インストールします……成功しました。記憶の定着を開始します〉


 ずきん、と。

 優の頭が、痛みを訴えた。一瞬ではなく、継続する痛みを。まるで、脳に直接何かを刻み付けられるような。


「ぐぅっ……!?」


 思わず呻き声を上げ、膝をつく。からん、と長剣が落ち、紐解かれるように光の粒子となって消えていくが、それに気をかける余裕すらない。


「優君?」


 エアリスが近寄り、優の頭に手を当てる。そこが痛いのではないかと、そう思ったからだ。そしてそれは、正解だった。


 頭に流れ込む、記憶。

 濁流のように流れ込み、全て余すところなく刻み込んでいく。脳への過負荷が痛みとなって優に現れているのだ。

 彼は天魔、脳のスペックも通常とは異なる。それに加え、優は熾天使。多少ならば記憶の定着も痛みなく受け入れられるが、その量が莫大ではさすがに痛みを感じてしまう。とは言っても、普通の人間なら即時廃人化の量なのだが。


 その数秒後、彼の頭から発生する痛みが、ゆっくりと鎮まった。

 ようやく考えられるようになった頭で、自分の記憶を探ると——。


「黒鉄流、初伝?」


 そんな、習った覚えのない武術の流派の初伝、その全ての記憶が、刻まれていた。

9/4

指輪の名前をニーベルングに変更。

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