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Edition.Ⅱ 『白の指輪と空間災害』

「別に行く義理はねえだろ」


 対する優の言葉は、淡々としたものだった。


「そうかよ。やるぞ、お前ら」


「何だリンチするのか? 自分一人じゃ何もできないのか、よっと」


「うるせぇよ!」


 途中で殴りかかって来たので、体をずらして紙一重で避ける。

 一人程度ならなんとかなりそうだが、さすがにこの数は多い。

 これは黙って殴られるのが正解か、と優は思うが、それでも何もしないのは癪なので相変わらず殴り続ける男の足に、自分の足を引っ掻けて転ばせた。


「ぎっ」


「潰れたカエルみたいな声だな、がっ!」


 唐突に飛び掛かってきた男が、優の腹を殴る。優は衝撃を逃した後、尻餅を着いた。


(さて、これで良い)


「よっしゃ、殴れ殴れ!」


「ははっ、顔が台無しじゃないか!」


 案の定男達は倒れた優を囲み、好き勝手に殴り、蹴り始める。

 優は全身を殴られながらも、無感動なその目の奥には確かな哀れみがあった。


(醜い、な)


 嫉妬。軽蔑される感情ながら、人が絶対に持つもの。美徳と悪徳の悪徳に属す、人を構成する絶対要素。

 しかしそれに従い、悪徳のままに動く――。それは獣であり、理性という『枷』を持つ人間ではない。

 今の彼らは『獣』。嫉妬という感情に振り回され、嫉妬する相手をいたぶることを悦びとする存在だ。

 なればこそ、優は彼らを哀れむ。


 優は自分がどれだけ痛めつけられようと、それが最善であり、尚且つ彼自身が定めたものに反しない限り反撃しない。

 逆に言えば、それに反した瞬間に、彼が反撃してくるということ。

 そして彼が定めた誓約は——


 スル、と。

 彼の人差し指から、指輪が引き抜かれた。


「……ぁ?」


 小さく、優の口から声が漏れる。

 そしてぼやける視界の中、優の目に入ったのは——


「これさ、売ったらどんくらいになる?」


「さあな。だけどまあ、かなり高い値がつくのは間違いねえだろ」


 暴力行為をやめた二人の男が、優の指輪を欲望に滾った目で見つめていた。

 白銀に竜が廻り、その竜に天使が座すという神秘的な文様が刻まれている指輪。唯一優が執着を示す、たった一つ形として残された家族との証。

 それを、赤の他人が持っている。


 何故?

 それは二人が、優の指から抜き取ったから。


 どうして?

 嫉妬のまま振る舞う『獣』だから。


 どうする?

 取り返す。


 どうやって?

 殺してでも——奪い取る!


 ——ドクン。


 一瞬で自問自答を繰り返した優は、胸の中心、心の奥に、何かが芽生えるのを感じた。

 それは、熱く輝く塊。激情、劇物にも似たそれは血流に乗って全身を巡り、その『熱』が細胞の一欠片まで浸透する。

 傷付いた腕が、青痣の目立つ白い体が——一つ残らず、超速で再生された。

 その『熱』はそれだけにとどまらず、修復された身体の隅々まで行き渡り、もう一度作り直していく(・・・・・・・)


 根本より改善するが如く。

 筋肉の密度、質ともに再構築され、生物としての——否、存在としての『格』が変わり始める。

 常識より非常識へ、非常識より埒外へ。

 抑え込まれていたような劇的な改変は、本来なら激痛を伴う。

 しかし、彼の中には。

 その激痛すら霞むほどの万能感、そして怒りが湧き上がっていた。その衝動に身を委ね、優は立ち上がる。


「お、おい、なんだよ」


「なんかおかしいぜ……こいつ」


 それを見て、何故か威圧感を覚える男達。

 そんな事は気にもかけず、優の口から言葉が出る。


「……なぁ」


「ひっ、な、なんだよっ!」


 怯えながらも、なんとか虚勢をはるリーダーの男。優は頭を上げ、その男の顔を視界に捉える。そしてそれを見て、男の口から情けない悲鳴が漏れる。


「なんで、放っておいてくれないんだ? どうして、関わってくるんだ? 俺が何か、したのか?」


「お、お前が、お前がいるからいけないんだ! 俺は何も悪くねえ!」


 虚無を湛えた瞳に魅入られ、支離滅裂な事を叫ぶ男。周囲の男は困惑を頭に浮かべ、優と男の間で目線を往復させる。


「俺の存在が悪いのか。こんな俺の存在が、悪いのか。お前らみたいに不自由なく生きられる人間に疎まれるほど、俺はいちゃいけない存在のか」


「く、来るな、あぎっ!?」


 優が男の目の前に現れ、男の腹を殴って昏倒させる。足で蹴り転がすと、優はその腹を全力で踏み潰した。


「お"え"、がっ」


「俺だって愛されたかった。お前みたいに、愛されたかった。当たり前の愛を求めて何が悪い。等身大の愛を求めて何が悪い」


 グリグリと足をねじり、男の腹を抉っていく、既に男は虫の息だが、優の目には入っていない。その問いに、答えなど求めていないのだ。


「や、やめ、ああっ!?」


「顔もいらない。女もいらない。何もいらない、贅沢は言わないから、愛が欲しい。俺一人だけを見てくれる人が欲しい」


 男の腹を抉りながら、優は近づいてくる別の男の髪を掴んだ。そのまま相手の体重を一切感じさせない挙動で持ち上げる。元々身長差があるので自然と同じ目線になり、今度は掴まれた男が虚無に魅入られた。


「痛みは救いだ。だって、俺はここにいる。ここにいるから痛みがある。快楽も何もないけど、俺はここにいる。生きているんだ」


「ご、ごめんなざ」


「愛してくれ。誰でもいいから、俺を愛してくれ。たったそれだけでいい。なのに」


 掴んだ男を、他の男達に投げる。その男達は悲鳴を上げながら仲良く地面に倒れた。

 優は足を退け、最後に残った指輪を持つ男に近寄る。


「……なのに、お前らは奪った。俺から、俺に遺された愛の証を奪った。お前らは愛されているのに、なんで俺の愛まで奪う? 充分だろう? 愛されているのに、なんで俺から奪うんだ?」


「あ、お、おれ、は」


「いいやわかってる。愛に不足はないよな。いくらでも欲しいよなぁ、愛は。だけど俺は与えない。その愛は、俺の、俺だけのものだから」


 男の手から指輪を毟り取り、決して離すまいと握るしめる。そして一発、男の腹に全力で拳を打ち込んだ。倒れ臥す男を一瞥すると、他の倒れていた男を道の隅に転がし、寮に帰った。


 ◇◆◇


 次の日——

 優をリンチし、最後に彼からぶちのめされた男達は学校に来なくなった。優の言葉と暴力が効いたのだろう、布団に包まって震えているのが目に見える。

 問題は通報される点だが、そんな勇気はないだろう。あんなことをされてまだ反抗できるのなら大したものである。

 別に優としては、関わって来なければ学校にいてもいいのだが。


「まあ、どうでも良いか」


 自分から指輪を奪おうとした存在がどうなろうと、知ったこっちゃない。

 優は言葉の裏でそう呟くと、次の授業の教科書を広げ——


 ——直後、学校中にサイレンが響き渡った。


『緊急速報です。空間災害が発生します。ただちに生徒と教師は地下のシェルターに移動してください』


「マジかよ」


 空間災害。原理不明、原因不明の謎の災害だ。

 少なくとも人類が生まれた時から存在していると言われている。

 起きる被害は、突然大規模に空間が震動し、多数の物が破損する、というもの。

 酷いときは、町一つが住んでいた人と共に消え去ったという最早天災とも言える被害を出す。

 現在では空間災害の予兆を読み取れるようになり、それはサイレンで通知され、学校地下のシェルターに入って凌ぐ事になる。


「はーい、一列に並んでくださーい。慌てずにシェルターに向かいますよー」


 そんな呑気な教師の声に、生徒たちが談笑しながらシェルターに進む。

 既に皆、空間災害に慣れてしまったのだ。優もその一人だが、仕方ないだろう。

 経験もしていない熱さなど、忘れるどころではないのだから。


 優はシェルターの中に入ると、壁に寄りかかって床に座った。他のクラスの連中と話している人達もいるし、休み時間の延長と感じているのかもしれない。


「なあ、聞いたか? アポカリプトの噂」


「んー? ああ、学園国家の」


「そう。あそこさ、なんか変な合格基準らしいぜ」


「変?」


「例えば全国模試十位以内の生徒には推薦を受け取らずに、全国模試二十位以内の生徒を取るとか」


「なんだそりゃ。ウチにも全国模試三十位以内の奴いるけど」


「ま、ここにいるってことは断られたんだろうさ」


 全国模試三十位以内——それは優である。

 優の本来のスペックからすれば十位以内も狙えるのだが、いかんせん勉強に使える道具と時間が少ない。その分の差が出ているのだ。

 ここでも生活環境の差が響いている。


(世の中不公平だ)


 昨日と同じことを再び思う優。なんだかここ最近同じこと考えてるな、と優は気付く。まあ、改善する気は無いようだが。


 そうこうしているうちに、空間災害が終わったようだ。今回の空間災害はあまり強くなかったようで、教室にある備品がいくつか壊れただけのようである。

 他クラスの教師達が生徒達を連れて地上に出ようとする中、優も立ち上がった。そして地上へのドアに歩いて行く。


 ——トン。


「あら、ごめんなさい」


 トン、と誰かと肩がぶつかった。外国人のようで、金髪だ。

 優は軽く会釈すると、出口に向かって再度歩き始めた。


 ——————


「さて、これでいいかしら」


 物陰で、金髪碧眼の少女——優とぶつかった少女が、そう呟く。

 彼女は自分の腕に巻くバングルを外し、ポケットの中にしまい込んだ。

 すると——


 少女の服が解かれ、黒い男物のカソックへと変化していく。

 それだけではなく、少女の体も成長して行き、高校生から大学生へ、大学生から妙齢の美女へと変化した。

 背中まで伸びた美しい金髪を手で払いながら、女性は小さく言った。


「さて、彼はこちら側に来るのか否か。あなたの一粒種は、どちらを選ぶのかしらね」


 ねえ、灰斗さん——と。

 過去を懐かしむように、妙齢の美女はそう呟いた。

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