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6 我が子ではない我が子を抱いて

(1)


この子の父は

私でないと

私自身が

知っていながら


妻をねぎらい

待望の子を

我が腕に抱く

この皮肉


この子の

真の父親が

誰であるかも

疑う余地なく

知っていながら


懐に抱いた

小さな寝顔に

せめて涙は

落とすまいと


人知れず

天を仰いで

祝福の声に

笑顔で応える

この皮肉


これこそが


遠い昔の

あの我が罪の

見事な流転


神仏が

私に負えと

今なお命ずる

峻厳な罰



(2)


---源氏よ


そなたも

ここへ来て見よ


歳の離れた

この弟は

そなたに

たいそう

よく似ている---と


その昔


生まれたばかりの

赤子を抱いて


両の目に

限りない

笑みをたたえて


我が父は

桐壺帝は


朝な夕な

飽かず眺めた


小さな命は

愛おしいと

頬ずりしては

飽かず眺めた


あるいは

あのとき

父上もまた

知っていたのでは

あるまいか


口にするさえ

まがまがしい

不肖の息子の

大罪 即ち


今は亡き

藤壺の宮と

この私が

秘かに通じた

不貞の罪を


のみならず


会う人ごとに

祝われて抱く

その赤子こそ


二人の

堕罪の

忌まわしき

証なのだと


知っていたのでは

あるまいか


知っていてなお

一切を

自分ひとりの

胸におさめて


最期の日まで

何一つ

知らぬ素振りを

貫いて

下さったのでは

あるまいか


時は下って


今や

あの日の

不肖の息子が


我が子ではない

我が子を抱いて


あの日の父の

無限の慈悲に

ただひたすらに

頭を垂れる


犯した罪への

恐懼と

悔悟と

慙愧の念に

おののきながら


仮借なき

罪の報いに

羞じてただ

頭を垂れる



(3)


紫よ


貴女と

夫婦に

なってのち


本音も

見栄も

行きずりの

恋の遍歴も


如何に私が

余すことなく

貴女に晒して

きたとはいえ


口の端に

上せるだに

今なお疼いて

狂おしい

遠い昔の

あの罪だけは


到底

貴女に

告げ得なかった


この先も

よもや

告げ得まい


さればこそ


悪因悪果の

この罰だけは


弱音を吐いて

貴女にすがる

図々しさも

度胸もない


父でない

父に抱かれて

我が懐で

眠る罪なき

この幼子は


この私が

生ある限り

己独りで

背負うべき罰


さればこそ


せめて私は

死ぬその日まで


何ひとつ

知らぬ素振りで


この子の父で

あらねばなるまい





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