表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

郵便局員さん、ごめんなさい。

作者: 支援BIS

ただの実話です。

 つい先ほどのことである。

 自転車で、郵便局に行った。

 振り込み一件、入金三件の用事をすませ、同じく自転車で帰宅した。

 机の前に座ると、紙袋から荷物を取り出し、整理した。

 振り込みの控えは、棚の引き出しに入れた。

 請求書の封筒はゴミ箱に捨てた。

 通帳はしかるべき場所にしまった。

 財布は、机の横の引き出しにしまった。

 文庫本の小説は、机の横のほうに片付けた。

 『新春歌会(酔いどれ小藤次留書)』だ。

 待ち時間に読もうと思って持って行ったのだが、運よく、ほとんど待ち時間がなかったため、読もうと思っていた部分が読めなかった。あとで読むことにする。

 そして、紙袋を片付けた。

 机の上に、ボールペンが一本残った。

 ライトグリーンと白のツートンカラーのボールペンだ。

「あれ? こんなボールペン、持ってたっけ?」

 不思議に思って手に取ると、名前の朱印を押した紙が、セロテープで几帳面に貼り付けてある。

 そして、その名前は私の名前ではない。赤の他人の姓なのである。

「うわっ! やっちまった」

 そういえば、今日は自分のボールペンを持って行かなかったので、振り込みの用紙に書き込みをするとき、局員の人の説明を受けながら、その人のボールペンを借りて記入した覚えがある。

 借りたまま持って帰ってしまったのだ。

 よく考えてみると、振り込みの用紙に記入したあと、入金の用紙に記入したときには、郵便局のカウンターに備え付けてあるボールペンを使った。その時点では、すでに、このツートンカラーのボールペンを、紙袋にしまい込んでいたのだろう。

「なんてこった」

 私の狼狽は、それにとどまらなかった。

 見覚えがあるのだ。その名前に。

 震える手で、机の右端に置いたペン立てをまさぐり、目的のものを探し当てる。

「……これだ」

 それは一本のボールペンだ。

 真っ黒いボールペンで、とても書きやすい。

 そしてそのボールペンにも、判子を押した紙がセロテープで几帳面に貼り付けてある。

 同じだ。

 二つのボールペンの判子は、名前も書体も、少し左に傾いた角度さえ、まったく同じだ。

 黒いボールペンは、何か月も前から、私の机の上のペン立てに入っている。いつ、どこから持って帰ってしまったのかわからず、したがって返しに行くこともできず、ずっとペン立てに入ったままだったボールペンだ。

 だが、今日わかった。

 この黒いボールペンは、郵便局員さんの物だったのだ。

 しかも、なんということだろう。

 私は、二度にわたって、同じ人物のボールペンを窃盗してしまったのである。

 走った。

 自転車で郵便局に走った。

 炎天下に猛スピードで走った。

 郵便局のなかに飛び込んで、つつつと目的のカウンターに進んだが、先ほど利用した窓口はクローズドになっていている。

「あの。そこの窓口の○○さんは、休憩ですか?」

 と隣の窓口で尋ねると、そうだという。

 私は事情を説明し、二本のボールペンを手渡すと、へこへことおじぎを繰り返してから、逃げるように郵便局を去った。

 そして今、机の前に座っている。

 もう、ペンケースに名前の貼ったボールペンを見るたびに、罪の意識にさいなまれることはないだろう。

 それはいいのだが、もしかしたら、今後郵便局に行くたびに、このことを思い出すかもしれない。

 郵便局員さん、ごめんなさい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ビショップ先生は悪いやつだ
[良い点] やった事はない筈なのに、異常なまでに共感できる文章の完成度 [気になる点] それは関係ないとあえて省いたのかもしれませんが、本文中に >見目麗しい女性のかたでした。 も入れてほしかった 俺…
[一言] 最初はただのオブジェに過ぎなかった自転車が、猛暑を駆け抜ける相棒に早変わりする疾走感。 同じ方から使いやすいものを、二度もお借りしたボールペンに寄せる愛着。 お探しの郵便局員はどんな方だと想…
2022/10/26 18:39 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ