郵便局員さん、ごめんなさい。
ただの実話です。
つい先ほどのことである。
自転車で、郵便局に行った。
振り込み一件、入金三件の用事をすませ、同じく自転車で帰宅した。
机の前に座ると、紙袋から荷物を取り出し、整理した。
振り込みの控えは、棚の引き出しに入れた。
請求書の封筒はゴミ箱に捨てた。
通帳はしかるべき場所にしまった。
財布は、机の横の引き出しにしまった。
文庫本の小説は、机の横のほうに片付けた。
『新春歌会(酔いどれ小藤次留書)』だ。
待ち時間に読もうと思って持って行ったのだが、運よく、ほとんど待ち時間がなかったため、読もうと思っていた部分が読めなかった。あとで読むことにする。
そして、紙袋を片付けた。
机の上に、ボールペンが一本残った。
ライトグリーンと白のツートンカラーのボールペンだ。
「あれ? こんなボールペン、持ってたっけ?」
不思議に思って手に取ると、名前の朱印を押した紙が、セロテープで几帳面に貼り付けてある。
そして、その名前は私の名前ではない。赤の他人の姓なのである。
「うわっ! やっちまった」
そういえば、今日は自分のボールペンを持って行かなかったので、振り込みの用紙に書き込みをするとき、局員の人の説明を受けながら、その人のボールペンを借りて記入した覚えがある。
借りたまま持って帰ってしまったのだ。
よく考えてみると、振り込みの用紙に記入したあと、入金の用紙に記入したときには、郵便局のカウンターに備え付けてあるボールペンを使った。その時点では、すでに、このツートンカラーのボールペンを、紙袋にしまい込んでいたのだろう。
「なんてこった」
私の狼狽は、それにとどまらなかった。
見覚えがあるのだ。その名前に。
震える手で、机の右端に置いたペン立てをまさぐり、目的のものを探し当てる。
「……これだ」
それは一本のボールペンだ。
真っ黒いボールペンで、とても書きやすい。
そしてそのボールペンにも、判子を押した紙がセロテープで几帳面に貼り付けてある。
同じだ。
二つのボールペンの判子は、名前も書体も、少し左に傾いた角度さえ、まったく同じだ。
黒いボールペンは、何か月も前から、私の机の上のペン立てに入っている。いつ、どこから持って帰ってしまったのかわからず、したがって返しに行くこともできず、ずっとペン立てに入ったままだったボールペンだ。
だが、今日わかった。
この黒いボールペンは、郵便局員さんの物だったのだ。
しかも、なんということだろう。
私は、二度にわたって、同じ人物のボールペンを窃盗してしまったのである。
走った。
自転車で郵便局に走った。
炎天下に猛スピードで走った。
郵便局のなかに飛び込んで、つつつと目的のカウンターに進んだが、先ほど利用した窓口はクローズドになっていている。
「あの。そこの窓口の○○さんは、休憩ですか?」
と隣の窓口で尋ねると、そうだという。
私は事情を説明し、二本のボールペンを手渡すと、へこへことおじぎを繰り返してから、逃げるように郵便局を去った。
そして今、机の前に座っている。
もう、ペンケースに名前の貼ったボールペンを見るたびに、罪の意識にさいなまれることはないだろう。
それはいいのだが、もしかしたら、今後郵便局に行くたびに、このことを思い出すかもしれない。
郵便局員さん、ごめんなさい。