ケール「表と裏」
警部×情報屋の話です。
警部が一途過ぎて、私も困ってます。
「こんばんは。安藤咲子さんですね」
職場の帰り、見るからに警察官に、呼び止められた。
二人組で、微笑み、愛想を良くしているが、図体のでかさといい、威圧感しかない。
「……そう、ですけど」
警察官は続ける。
「ここ最近、妙なことはありますでしょうか? と言うのもですね、近所で殺人事件があったのは、ご存知ですよね?」
「……はあ、まあ。ニュースでやってますし」
「聞き込みを行っているんです。こういう事件、増えましたしねえ。昨夜はどちらに?」
疑われている。そう思った。
緊張感が全身を包む。
いや、私が犯人なわけではない。
だが、真っ当な人間か、と言われれば、イエスとはいえない。限りなく、黒に近いグレー。
殺し屋の手助けをする情報屋など、そんなものだ。
「……昨夜は、家で、録画していたドラマを」
「お一人で?」
「……はい」
家族と住んでいない、というのも、調査済か。
「そうですかー、いやね、昨夜、貴女を見たって言う人がいるんですよ……心当たりは、ありませんかね?」
「……さあ、見間違えでは?」
おかしいですねえ、と警察官は、首を捻る。
疑われている。
昨夜、部屋にいたのは間違いない。どこの誰か知らないが、私を嵌めようとしているのか?
目撃証言まで……潰そうとしている、私を。
情報屋を煩わしく思うのは、同じ情報屋、だな。
このままでは、私が犯人になりかねない。
「あの、もういいですか? お腹、空いてるんで」
「申し訳ない。まだ、お話がありまして……もう数分、お付き合いください」
何も答えなかった。
ただ、呆れたように息を吐けば、警察官の表情が苛立った。
「あのですね」
警察官が何か言う前に、小走りで寄ってきた人影が見えた。
「おい、ここはもういい」
清潔そうな、潔癖そうな、そんな男だった。神経質そうで、制服をきっちり着込んでいる。
そのわりに、色気のあるような、誘惑するそうな、そんな色男にも見える。
「駒崎警部!」
警部? 見るからに男は若く、なんなら私と大差ない。
この若さで警部? 何か特殊なコネかな? と、調べたい情報屋の血が騒ぐ。
「こんばんは、安藤さん。すみません、執拗な質問ばかり。先ほど、犯人と思われる人物が浮上しました」
憎らしいほど、爽やかな笑顔が私に向けられる。
同時に、警察官二人組は、驚きを露にしている。連絡がいっていなかったのだろう。
「ほ、本当ですか、警部」
「ああ、連絡、遅くなってすまない」
見るからに年下であろう警部に、警察官はへこへこしている。組織の嫌な部分だ。
「もうすぐ調査報告があると思う。二人も会議に出ると良い。俺は……安藤さんを家までお送りする」
はい! と、声を揃えた二人は、いまだ緊張した面持ちで、去っていった。
駒崎は、というと、私に笑顔で向き合い「お家はどちらです?」と車のキーを手にした。
「いえ、結構です。そんなに遠くないですし」
「ご迷惑をかけたお詫びです、どうぞ、遠慮なさらずに」
遠慮してねえよ!
爽やかな笑みをかけられれば、かけられるほど、こいつは危ない、と、危険信号が点滅する。
情報屋は、人と会う機会が多い。だからか、なんとなくわかる。こういうタイプは、胡散臭くて、計算高い。
つまり、頭の弱い方である私に、こういうやつは天敵に他ならない。
関わらない方が、安心、安全だ。
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「まあまあ、そう言わずに。どうぞ、乗ってください、モワーズレッガ」
瞬間、私の眉間に皺が刻まれた。
モワーズレッガ。私の情報屋としての名だ。
何故、警部が? と、見上げれば、変わらない笑みで、視線を返すだけ。
くそ、これだから、こういうタイプは苦手なんだ。
「ふふ、そんなに怖い顔しないでください。俺、口は硬いですから。誰にも言いませんよ」
言わなくても、お前は警察だろうが。
裏社会で生きているとはいえ、数年前に起こったサイバーテロも一枚噛んでいる私は、証拠さえあれば、即、牢屋行きだろう。
「……はあ、わかりましたよ、送って行ってください」
「任されました」
楽しそうに、車まで案内する。警察官のくせに、パトカーではなく、黒塗りの、警察とは無縁そうな車。
助手席を開け、待機しているので、私は素直に従った。
ゆっくりと、進む。
仕方がないので、景色を眺めていれば、見慣れた通りを、何も言わずとも走る。
「警部さんって、ストーカーなの? 私の家、わかるんだ?」
犯罪じゃない? と。
「んー、まあね……」
にこやかに、私を一瞥する。
そんな顔に腹が立つので、私は無言で再び景色に目を向けた。
「……俺さ、見てるだけで良いなって、思ってたんだよね」
何のことだ、と思いながらも、無言でいる。
駒崎は、恋人に問うように言った。
「初めて会った日、覚えてる?」
「……今日」
車窓を眺めながら、つまらなそうに答えた。にもかかわらず、駒崎は嬉しそうに、独り言みたいに話始める。
「五年前の夏、銀行強盗があったんだよ。都内でね。俺、あの場にいたんだ……咲子もいたよね」
いつの間に名前で呼ばれる仲になった?
否定して、怒鳴りたいが、銀行強盗、に思い当たりがあるため、話を進めさせる。
「俺、あの頃、今の咲子みたいな仕事してて。簡単に、強盗をどうにか出来たんだよ。でも、面倒くさくてしなかった」
こっそり、目を見張る。
殺しでもしていたのか……否、していたのだろう。
ますます、私が不利になる。
弱味を握られているだけでなく、何かあったときに、力の差でも勝てないだろう。
少しは、護身術に自信があったが、元、とはいえ殺しを職業にしていた者には、敵わない。
「咲子、ただの一般市民のくせに、吠えてたよね、強盗に」
くすくすと、おかしそうに、笑う。
「……覚えてないです」
「まあ、聞いてよ」
一目惚れだったんだ。
そう、突然、真剣な声を出した。
はぁ? 反射的に、聞き間違いか、と、振り向けば、ハンドル片手に、私を見つめていた。
「好きになったんだよ……でも、俺は、その時、職業柄、とても咲子に近づけなかった」
真面目な表情で言うものだから、私も視線を外すタイミングを失った。
「だから、こんなつまらない職業に、ここまでの地位まで来たのに」
深いため息を、吐く。
心底、残念そうに。
そして、視線は前に。車が動いて気づく。信号で止まっていたのか。
視線が外れたことに、安堵して、私も前を向く。
「……咲子が、情報屋をする日がくるなんてね。俺も、あの仕事を続けていれば良かったな。警察なら、咲子に接触しやすいし、好感も持たれるかなって、思ったのになあ」
まあでも、結果オーライだね。と、嬉しそうな声を上げた。
「いやいや、何が?」
そこで初めて、私はツッコミを入れた。
というか、こいつは何を言っている?
「だから、こうして、一緒にドライブできる日が来るなんて、警察も良かったってこと」
「いや、違うから! そっちじゃなくて」
この男、何を言っている? 初対面だよね?
……確かに、銀行強盗の件は、私も覚えてる。
吠えたよ。覆面の数名に「トイレ貸してくれないと漏らすぞ!」と、吠えたよ。
え? それで一目惚れ? やばいだろ、こいつ。
五年間も、警察やって、私に会おうとしてたわけ? 怖すぎでしょ。ホラーだよ。
執着やばすぎでしょ。え? それだけだよね? それだけで五年?
「ふふ、どうしたの? つん、とした咲子も可愛かったけど、よく話す咲子も可愛いね」
「は?」
「そうだ、お腹空いてたよね? 俺の気に入ってる店に行こうよ。美味しいんだ」
「は? は?」
いつの間にか、景色は知らない道を。
景色と隣で鼻唄を歌う男を交互に見ながら、私は不安しかない今後を、少しでも拭いたく、神に祈るばかりである。
とんだ死神に好かれてしまった。
どうした、私の人生。