レタス「胸の鼓動をもう一度」
「ひっ!」
「おら、逃げてんじゃねーぞ」
校舎に響く声。頭を伏せ、制服のスカートも気にする様子もなく逃げる琴葉。一方、竹刀を振りまわし琴葉を追う体育教師の一樹。
授業も終わった放課後、琴葉は校舎を走っている。
ほとんどの生徒は「またか」と、鼻で笑う。誰も琴葉を庇る者はいない。
それもそのはず。悪いのは、琴葉なのだから。
「や、こ、ころ、殺され、る。はぁ、た、すけ………うげっ」
自分のクラスから始まり、職員室を抜けて、現在、隣の旧校舎。
そこで琴葉は、盛大に転倒した。
どうやら原因は、腐った廊下板らしい。
「あっ、はははっは! 痛そうだな? 大丈夫か」
琴葉の腕を支え、優しい仕草で一樹は、制服についた木屑まで払ってくれる。
「………ありがと、ございます」
琴葉の声は、とても小さい。
それでも、一樹には届いたらしい。
「……泣かないんだな。いつもなら、大号泣して、会話もできずに終わる」
琴葉は俯いたままだが、それでも、会話ができるだけ良い。
恐らく、一樹の優しい部分に触れたからだろう。
それでも、恐怖はある。今だって、手が震えてる。
「………聞いてもいいか?」
いつもより静かで、優しい一樹の声。
琴葉も無言で頷く。
「何で、俺の授業だけ出ない?」
それは、ここ一年で感じた一樹の一番の疑問。
一樹の体育では、必ずと言っていいほど琴葉は見学する。
以前、一樹が体調を崩したとき、代理教師の授業では「頑張っていた」と聞いた。
思春期の女子生徒だからと見学を許していたが、何故か納得いかない。
「そ、れは……こ、こわい」
「怖い? 俺が?」
琴葉は、何度も頷く。
その様子をしばらく見ていた一樹は噴出した。
「あははっ!! 俺が、怖いって。ほんとかよ。俺、童顔だし身長低いし、初めて言われた。………ごめんな、怖がらせて」
それだけ言うと、一樹は満面な、そう、子供の様な笑顔を琴葉に向けた。
そして、頭を優しく撫でた。
その笑顔に、何故か鼓動が早くなるのを感じた。
「どうだ? 怖くないか?」
琴葉は、頬を赤らめながら無言で頷く。
この胸の鼓動を、琴葉は以前も感じた。
そう、これが、ある生徒と教師の恋の始まり、かもしれない。