森の中
怒りが収まらない、大人の男ならいざ知らず。今の俺は、いや、俺の中で怯えている少年はたった10歳の子供だ。
「信じられない・・・この扱いじゃあ下男の居候だ。」
ステーキを残らず口に放り込むと怯える料理人たちを無視して席を立った。そしてドアに手をかけて出る間際に思い出したようにこういい残してやった。
「俺は近いうちに家を出るが・・・これまでのことは忘れないよじゃあね。」
怒りを押し込め、笑顔で答えてやると料理人たちは青ざめた顔をさらに青くして固まっていた。腹が膨れたところで屋敷からめぼしい私物をまとめると鞄を担いで屋敷を出ることにした。
使用人たちは皆俺に気にも留めない。すれ違う人達も、誰も俺をしらない。友と呼べる存在もない。母は俺を捨てて故郷に帰った。俺もどこか知らない場所に。そして父も俺を捨てると言った、そして俺に剣を向けた。夕暮れが街を包み始める。けれど俺に行くところなんてない。宿にはベッドも食事もあるだろう。けれど今の俺にはそんなことはどうでもよかった。
屋敷を出てしばらく街を彷徨い歩き、俺は精霊化を使って壁をすり抜けるとサルーン領を出た。
とりあえず人のいない場所へ場所へと歩を進める。とにかく人がいない場所がよかった。
木々を潜り抜けてどんどんと森の奥へ奥へと進む。木の種類がなんとなく変わってきたのがわかったので
俺は程よく見つけた木の洞に体を潜り込ませる。
洞の中は思った以上に暖かかった。孤独な今の自分にはその温もりがひどく貴重に思えた。
「あったかいな・・・。」
持ち出したマントに包まって目を閉じるとその夜だけは悪夢を見ずにすごせた。
「起きろ。」
そんな声が聞こえて来たのは朝日が昇った頃だった。目を擦って見上げると褐色の肌をした女性が俺を見ている。
「だれ?」
「それはこっちの台詞だ。 お前はだれだ?」
「アルス・・・。」
女性は俺が名乗ると立ち上がって木の洞から出てくるように告げた。女性はとても端正な顔立ちをしており、引き締まった体と顔の端に走った一筋の傷が表情に厳しさを見せている。身長も高く、腰まで伸びた白い髪が風になびいている。
「お前見たところ人間だな。どうしてここにいる?」
「・・・両親に捨てられました。」
俺がそう言うと女性は驚いた様に眼を見開くと大きくため息をついた。そして頭をガシガシと掻いた後、改めていろいろと聞いてきた。
「此処から先はエルフの居留地ということも知らんのだな。」
「・・・ごめんなさい。」
「謝る必要はない。しかしこのままお前を放置することはしきたりとしても個人的にも看過できん。」
「僕を・・・殺すんですか?」
恐る恐る聞いてみるとエルフらしい女性は大きなため息をついて俺の頭を乱暴に撫でた。
「バカを言うな私が撃つのは獣と夜盗だけだ。」
「あぅ・・・。」
「ついてこい。」
女性はそう言うと俺についてくるように言って歩き始める。その先は木造の家が並ぶ小さな村のようだった。その顔ぶれは様々で耳の長いエルフの男女や、身長が低いががっしりした体格の男性がいる、おそらくドワーフだろう。
「ここはエルフやドワーフ、獣人の住む村だ。」
人間のほうが少ないかもな、と女性はいう。それは本当なのかこちらを見る好奇の視線がこちらに突き刺さる。
「・・・。」
「どうした? 怯える必要はないぞ、此処の奴らは皆気のいい奴だ。」
視線を居心地悪く感じて女性の後ろに隠れると女性は大丈夫だ、と安心させてくれる。 幾分軽くなった足取りで村の一番大きな建物に到着した。
「此処が村の頭目が住む家だ、お前を此処に迎え入れていいか頼んでみよう。」
「ありがとうございます。」
そういわれて俺は女性に続いて建物の門を潜った。