朝の一コマ
「よく避けるようになったのう。」
カイゼルさんはサンドマトンの拳をいなしながら体を捻ってサンドマトンの体を蹴り壊し、その余波で俺を攻撃してくる。精霊の加護のもとでカイゼルさんの魔法を妨害するだけでも魔力がゴリゴリ削られていくので次第に疲労と汗が酷くなってきた。
「疲れが見えてきたのう、そろそろとどめをさすか。」
カイゼルさんはそう言うとまるで息を大きく吸い込みそして突風のように息を噴出した。
『グォォォォ?!』
サンドマトンの体が一瞬で粉砕される。その際にサンドマトンに篭めていた魔力が根こそぎ吹き飛ばされ
失血したようなふらつきが俺を襲う。
「うっ・・・!」
体から血の気が引くような感覚に陥り意識が一瞬ブラックアウトする。がっくりと膝を突いた俺にカイゼルさんがゆっくりと近づいてくる。
「ふい~、まだまだじゃのう。」
「・・・疲れた・・・アルスに代わります。」
魔力の枯渇に伴い俺の意識が遠のき、アルスの意識が目覚める。アルスは魔力も意思も弱いが善良で素直ないい子だ。そしてアルスが動いている間は俺はアルスの世界を傍観しながら魔力の回復を行える。
「アルスの面倒はちゃんと見とくからお前もちゃんと休めよ、シャドウ。」
返事も億劫なので笑顔で返事をすると俺は目をゆっくり閉じた。
「ん・・・おじいちゃん?」
「おお、起きたかアルスよ。」
僕の名前はアルス。 10歳のときにお父さんに捨てられてここにやってきた。
あのときから僕の頭の中に知らないお兄ちゃんが話しかけてくるようになった。知らないのにずっと昔から知っていたような懐かしい声。
僕が悲しくて我慢できなくて耐え切れなくなったときにお兄ちゃんは僕の眼と耳を塞いで僕を安全なところまで連れて行ってくれた。お兄ちゃんは僕にできないことを僕の体を使って簡単にやってのける。精霊の力を借りて戦ったり、おじいちゃんと鍛錬したりシシリアお姉ちゃんと料理をしたり。
姿形は見えないけどたった一つだけ見えるお兄ちゃんの姿。それは暗いところに浮かぶように光る鳶色の瞳だけ。青色の僕の瞳とは違う、不思議な色の瞳。
シシリアお姉ちゃんが作ってくれた獣ステーキのサンドイッチを頬張りながら考えているとお姉ちゃんに溢していると怒られてしまった。
「お兄ちゃんはいったい何処の誰なんだろう?」
そう呟くと二人はいつも難しい顔をしている。僕自身の能力は本当にどこにでも居るような能力で魔法も使えはするけど優秀でもないらしい。
体力に至ってはどういうわけか普通の子よりも小さくて9歳くらいで止まっている様に見えるらしいけど
これは栄養がちゃんと足りてなかったかららしい。
お兄ちゃんが体を鍛えてくれてるお陰で僕自身もずっと楽になった気がする。 すくなくとも日常生活では息が切れたり、めまいがすることもなくなった気がする。
逆に言えばお兄ちゃんが鍛えてくれなかったら僕は一人で生きていくことすら出来なかった・・・役立たず。
暗い気持ちがぐるぐると頭を駆け巡ってどうしようもなくなる。そんなとき、おじいちゃんの指が僕の頭をデコピンした。
「あうっ!」
「アルスよ、またいらんこと考えておったじゃろう。」
額を押さえておじいちゃんを見るとおじいちゃんはめずらしく厳しい顔をしていた。
「何度も言わせるでない。 お前はなにも悪くないのだ。」
「でも・・・。」
「ええい、シャドウもワシもシシリアもお前を邪魔だと思ったことは
ないのじゃ! これ以上いうと承知せんぞ!」
駄々っ子のようにがーっ!と叫ぶとおじいちゃんは拗ねたようにソファに横になった。 シシリアお姉ちゃんも僕をぎゅっと抱きしめるとやさしく頭を撫でてくれる。
「アルス、私もカイゼルと同じ意見だ。嫌いなヤツの面倒を此処までみるほど私達はお人よしではない。」
「・・・。」
「シャドウもどんなにお前の体を自由に使うことができても必ずお前が自由に動ける時間を作ってくれている。」
シシリアお姉ちゃんから掛けてもらう言葉がとても嬉しくて悲しくないのに涙がこぼれてくる。
皆は僕のことを大事にしてくれている。それが実感できて安心できたのかな。
「皆でアルスを守るから、安心して大きくなれ。」
ありがとう、たったこの一言を言いたくて頑張るけれど嗚咽が邪魔して上手にいえない。けど、きっと、きっと強くなる。お兄ちゃんが安心して僕を表に出せるように。二人が安心できるように。
そして、いつかちゃんとありがとうって言うために。




