第5話【タイトルマッチ】
コシコシシロ―はタイトルマッチ当日の朝、初代コシコシシロ―に勝利を誓うべく、初代コシコシシロ―が眠り続ける病院の集中治療室を訪れていた。
「おやじ、ついに今日、約1年ぶりのジュニアヘビーのタイトルマッチだ」コシコシシロ―は再び目を閉じて眠り続けるようになった初代コシコシシロ―にいった。「オレなりに新しい戦法も考えて練習したし、いい結果が出ると思うぜ」
初代コシコシシロ―が植物状態になってから10数年。コシコシシロ―のファイトマネーだけでは治療費をまかなえないので、コシコシシロ―はレスラーの傍ら様々なバイトをかけもちして働き続けていた。
プロレスは大好きだが、残念ながらあまり才能に恵まれなかったピーチ太郎にいわせれば、そんな環境で幾度もタイトルマッチまで行けるコシコシシロ―は天才としかいいようがないという。
「おやじ、オレがチャンピオンになればファイトマネーは今の数倍だぜ。今よりもっといい治療が可能になるだろう。早く治して退院しような」
そしてコシコシシロ―は買ってきたばかりのドリアンをナイフで切って皿に乗せ、初代コシコシシロ―の枕元にそっと置いて集中治療室を出ていった。
━━この日のどんぐりプロレス(略してどんプロ)の会場も満員御礼だった。コシコシシロ―のファンははっきりいって少ないが、今日のタイトルマッチをものにして多くのファンを獲得したいと思っていた。
そして、そのときはやってきた━━。
リング上で対峙するチャレンジャー、コシコシシロ―とチャンピオン、ミスター・ダイナマイト。コシコシシロ―のセコンドにはピーチ太郎やDoctorコンバットの姿が見える。
「2代目、練習どおりに落ち着いてやれば大丈夫っすよ!」と、ピーチ太郎。
「チャンピオンになって、おやじさんの果たせなかった夢を実現するんだ!」と、Doctorコンバット。
コシコシシロ―は無言で拳を握りしめた右手を上げて答えた。
そして、ゴングは鳴った。カーン。
四角いジャングルの中を狭しと走り、飛び、暴れ続けるコシコシシロ―とミスター・ダイナマイト。
ミスター・ダイナマイトはミステリアスな覆面レスラーで、キャラ作りのためかほとんど発言もしないのだが、その誰もが認める強さから会場には多くのファンが詰めかけていた。
ダーイナマイ!ダーイナマイ!━━ダイナマイトコールに会場が揺れる。
そのとき、ミスター・ダイナマイトのストマック二―がコシコシシロ―に炸裂し、ダウンしたコシコシシロ―にミスター・ダイナマイトはS・T・Fを仕掛けた。
「あぁぁぁぁ!2代目!」ピーチ太郎は悲鳴を上げた。
絶体絶命のコシコシシロ―。しかし、首を長くして待ち続けてきたタイトルマッチ。そうあっさりと音をあげるわけにはいかない。
コシコシシロ―はリングのほぼ中央からほふく前進で少しずつロープに近づき、苦痛に歪む必死の形相でロープをつかんで難を逃れた。
30分1本勝負のジュニアヘビー級タイトルマッチ。いよいよ後半の25分が経過した。このまま引き分けではミスター・ダイナマイトの防衛に終わってしまう。コシコシシロ―は強引にでも勝ちに行く必要がある。
意をけっしたコシコシシロ―はミスター・ダイナマイトにつかみかかり、渾身の力を込めてロープにふった。そして今日1発目のヒップアタックを発射した!
が━━リングの中央には尻餅をついているコシコシシロ―がいるだけだった。ミスター・ダイナマイトはロープをつかみ、跳ね返りを阻止していたのである。
しかし、この場合の対策もしっかり練習してある。コシコシシロ―は背後を見せて尻餅をついたまま、ミスター・ダイナマイトが仕掛けてくるキック系の攻撃に神経を研ぎ澄ませた。
が━━ミスター・ダイナマイトが仕掛けてきた攻撃は、コシコシシロ―の予想の範疇を大きく飛び出したものだった。
ミスター・ダイナマイトは後ろ向きで尻餅をついているコシコシシロ―の後頭部に、なんとダイビングヘッドを仕掛けてきたのである!
コシコシシロ―はキック系の攻撃に対してしか練習をおこなっていないので、このミスター・ダイナマイトの攻撃には完全に度肝を抜かれた。両手でかろうじてガードしたものの、直撃をなんとか防ぐだけでせいいっぱいだった。
しかし、そのときコシコシシロ―の頭の中に、また新たなイメージが誕生しはじめていた……。
残り時間あと1分。誰もがミスター・ダイナマイトの防衛成功を予想したそのときだった。再びコシコシシロ―がミスター・ダイナマイトをロープにふり、再びヒップアタックをくり出すもののまたもや空振りに終わってしまった。
そして待ち受けていたのは恐怖のダイビングヘッドだった。
万事休す━━セコンドのピーチ太郎もDoctorコンバットも、そして会場の誰もがコシコシシロ―の敗北とミスター・ダイナマイトの勝利を確信した瞬間だった。背後を向けて尻餅をついたコシコシシロ―は、自分の後頭部に迫ってくるミスター・ダイナマイトのダイビングヘッドのタイミングを計り、ミスター・ダイナマイトの顔を両手でががっとキャッチしたのだ。
そしてコシコシシロ―はむくっと立ち上がり、そのままダイヤモンドカッターへと移行した……!
ダウンするミスター・ダイナマイト。そのチャンピオンにコシコシシロ―はすかさずスモールパッケージホールドを仕掛ける。
やや離れたところから戦況を見守っていたレフェリーが、ふたりのそばにぴよーんとカエルのように飛び跳ねて接近し、渾身の力を込めてマットをたたいた。
「ワン!ツー!スリー!」
ゴングが鳴るカンカンカン。次の瞬間、コシコシシロ―の勝利を告げるアナウンスがこだました。
「ジュニアヘビー級タイトルマッチ、29分53秒、スモールパッケージホールドでコシコシシロ―の勝ち」
あまりのことに唖然としてしんと静まり返る会場。しかし、それから徐々に拍手と歓声が沸き上ってきた。気がつくと会場中がコシコシコールをおこなっていた。
コッシコシ!コッシコシ!コッシコシ!コッシコシ!……。
ついにコシコシシロ―は、念願のチャンピオンになったのである。
セコンドのピーチ太郎とDoctorコンバットがリングになだれ込み、コシコシシロ―を肩車してリング上を暴れまわった。そしてコシコシシロ―は満面の笑みを浮かべて観客にガッツポーズを見せた。