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story box  作者: 海堂莉子
4/6

依怙贔屓

 真昼間でも少し暗さを感じる教室の中は、夕方の日が沈みかけた時分では、電気を付けなくては文字が見えない。

 教室の中には、私だけが一人ぽつんと存在している。

 机の上に広げられたプリントの解答欄は未だ全て埋まってはいない。

 大きく伸びをして、一気に脱力した。

 友人たちが痺れを切らして私を見捨てて帰ってから、私は一人教室で取り残されている。

 別に赤点を取ったわけでも、宿題を忘れたわけでも、授業中におしゃべりや居眠りをしていたわけでもない。けれど、私の担任であるあいつは、毎日毎日課題を出す。それは、数学の時もあれば、現代文、英語、歴史、科学、物理など科目は様々だった。

 いつから毎日居残りさせられるようになったんだろう。

 高校2年生になって、最初の頃、まだクラス替え担任替えがあってクラス全体が浮足立っていたころにはなかったように思える。

 あれは、本当に突然だったように思える。

「おい。これを放課後までにやって持って来い」

 日直の仕事で職員室に出向いた際に、突然突き出されたプリントを思わず反射的に受け取ってしまった。

「え? あの、これ私だけですか?」

「一枚しかないだろ?」

 当たり前のようにそういうと、用は済んだとでも言いたげに、背中を向けてしまった。私の方では用は済んでいないといきり立った気持ちを不完全燃焼のまま胸の中にしまった。

 そう、その日から毎日私は何かしらやらされているのだ。

 友人たちは、それは私を大学受験に合格させるための学校側の配慮だと分析した。私が有名大学へ入学することは学校側の強い要望だった。私自身はあまり大学進学にそこまでの意欲はなく、有名大学よりも近くの大学で良いのではないかと考えていたのだ。親も私の進学については、本人任せで口出しをしたりはしない。

 今の私には、何が学びたいのかさえ解らないのだ。それが解らないのに、有名大学だからとそこに行けと言われても素直に頷くことは出来そうにない。

 とにかく、毎日手渡されるそれらの課題をこなし、職員室にいる担任へと提出するのだ。

 

 今日の課題は英語の長文問題だった。

 英字新聞の記事がそのまま抜粋されているようなのだが、科学的な記事らしく、とにかく専門用語がぞくぞくと登場する。辞書で引いても載っていない単語も多くあり、読み解くことに苦労していた。

 こんな専門的な文章がセンター試験で出るわけないよ。

 私への嫌がらせではないかと思われるその文章問題は、一向に終わる気配はなかった。

「ああっ、もう帰っちゃおうかな……」

「諦めて、投げ出すのか?」

「うわっ」

 完全に一人だと思っていたので、後方から聞こえた声に驚き、椅子ごと倒れた。

「何をしている。大丈夫か?」

「大丈夫なように見えますか? ちょっと見てないで手を貸してください」

 無言で近付いて来た担任が、軽々と私ごと椅子を持ち上げた。

「あ、ありがとうございます」

「ん。まだ、終わらないのか?」

 プリントを覗き込んだ担任の顔が、あまりに近くに感じて驚いた。ついつい体を逸らした私を見て、担任は不思議そうに私を窺う。

「どうした?」

「いえ、何でもありません。……、これ難しすぎやしませんか? こんなのセンターでも受験でも絶対出ませんよね?」

「センター? 受験? 何の話だ」

 眉を潜めた担任は、隣りの机の上に浅く腰掛けて私を見た。

「え? これって私が大学を受験するための云わば特別課題なんですよね?」

「別にそんなつもりで渡したつもりはない」

 じゃあ、いったい何のつもりで私は放課後毎日課題をやらされているのか。

 いくら考えても、答えらしきものは浮かんでこなかった。

「じゃあ、何のためですか?」

「お前ならどんな解答を出すか、単なる俺の趣味の一環だ」

 私がこれまでやらされていたプリントを思い出すと、とにもかくにも意地悪な問題が多かった。イヤらしいといっても過言ではない。引っ掛けがあるのは当たり前で、通常の授業や問題集では出されるような問題ではないのは明らかだった。

「趣味?」

「ああ」

 この毎日繰り返される面倒な課題が、担任の趣味。私は、担任の個人的な趣味に付き合わされていたというのだろうか。

「私が先生の趣味に付き合う利点は?」

「面白いだろ?」

 必ずしも否定できないことを知っているのだ。確かに私は、そんなイヤらしい問題たちに闘争心を感じつつもワクワクとしていた。

 今日はどんな課題が待ち受けているのかと、どこか待ちわびている自分がいることに気づいていた。

「……」

「俺はお前が難しい問題に直面した時の表情が好きなんだな」

 好きだなどと、担任という身分で生徒に軽々しく口にするなど言語道断である。

「俺がお前を思い出しながら、お前のためだけに毎日作ってる問題を解くのは嬉しくないか?」

 嬉しい。

 他の誰でもない、先生が私のためだけに作ってくれる問題を解くことが堪らなく嬉しいのだ。

「先生。私のことが好きなんですか?」

「そうだと言ったら?」

 普段生徒には決して見せることのない笑顔を、私だけに見せる。私も微笑み返し、こう言った。

「この問題難しすぎます。一緒に考えてください」

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