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story box  作者: 海堂莉子
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嗚呼哀哉

 わたくしには解りません。

 わたくしと彼女、どちらが不幸であるのかななんて。

 わたくしが彼女の立場であったなら、きっと身の切るような苦しみを味わったのでしょう。それと同様、彼女がわたくしの立場であったなら、彼女はきっと苦しみの闇に支配されたでしょう。

 どちらが悪いわけではない。わたくしは彼女を恨んでなどいない。きっと彼女もわたくしを恨んでなどいないでしょう。

 わたくしたちは、どちらも幸せになることなど出来ないのかもしれませんね。


「王妃様、どうかお部屋にお戻りください」

 侍女がわたくしを気遣わしげに声をかけます。けれど、侍女が気遣っているのは決してわたくしではありません。わたくしが風邪を引いてしまったときに罰せられる自分を気遣っているのです。それは十分に承知しているつもりでおりますが、侍女の些細な気遣いがわたくしを癒してくれるのです。

「解ったわ」

 わたくしがバルコニーへ出るのを、侍女や侍従、騎士らは良く思っていないのでしょう。その筆頭であるのは王であるあの方でしょうね。

 あの方はわたくしがバルコニーへ出る理由を知っているのですから。

 遠く遠く遥かに見える彼方の家々の中に彼女の家はあるのでしょう。

 王であるあの方が唯一心を傾けた彼女の家が。

「王妃様、今夜は陛下がこちらへいらっしゃるとのことでございます」

「そう」

 あの方と見合う身分であったがために選ばれたわたくしを、皆が敬います。けれど、その笑顔の裏側にどんな想いを隠しているのかわたくしは解っているつもりでいます。

 わたくしなど、あの方には勿体ないと思っているのでしょう? わたくしなど、身分だけが高いだけの能無しだと思っているのでしょう? わたくしもそう思っています。けれど、けれどね、わたくしはあの方をお慕い申しているのです。あの方が今もなお彼女の姿を追い求めているとしても。離れとうございません。


「可愛い私の姫。今日はいったい何をしていたのかな?」

 姫などと言って下さらなくってもいいのです。わたくしはただ、あなたといられるだけで幸せなのですから。

「朝は歴史の勉強を、午後はバルコニーで本を読んでおりました」

 部屋に入ってすぐに人払いをし、わたくしを膝の上に乗せたあなたは、優しい瞳で笑ってくれます。

 なんてお優しい。わたくしのことなど愛してもいらっしゃらないのに、こんなにも大切に扱ってくれるのですね。

 心が躍るほど嬉しいのです。それと同時に心苦しくもあります。彼女のものであったあなたの笑顔をわたくしが奪ってしまったのですもの。彼女は今頃泣き濡れているかもしれませんわ。

 そう思うとあなたの笑顔に答えることもできずに俯いてしまうのです。

 俯いてしまったわたくしの顎を持ち上げて、あなたは優しく唇を塞ぐのですね。彼女を愛しているというのに。



**********



 私の姫はとても可愛い。

 だが、一つだけ困ったくせがある。

「陛下。本日の設定をお知らせいたします。陛下は下町に住む身分違いの娘と恋に落ちましたが、身分違い故王妃様とご結婚なされた。今も陛下の心の中には下町娘がおり、王妃様はそんな陛下をそれでも愛しておられます」

「以前にもその設定はやったのではなかったか?」

「ええ、そうなのですが、どうやらお気に召したようでして」

 王妃付の侍従が毎夕伝えにくる設定。私はそれを聞き、それ通りに動かねばならないのだ。


「可愛い私の姫。今日はいったい何をしていたのかな?」

 今すぐにキスをしたいのを我慢し、他の誰かを愛する罪な男のふりをする。

「朝は歴史の勉強を、午後はバルコニーで本を読んでおりました」

 可愛らしく俯く王妃を見て、私はいつも設定を忘れそうになる。

 私はこんなにも王妃を愛しているのに。君はなんて酷い女性なんだ。私が君以外の誰かを愛するわけがないというのに。

 抑えきれずに王妃の顎を揚げ、その唇を塞いだ。

「陛下。わたくしを捨ててくださってもいいのです。陛下がお好きな方のもとにお行き下さい」

「ああ。もうダメだ。君の口からそんな言葉を聞いただけで、私は狂いそうになる。私の可愛い姫。私を苛めるのは止めてくれ」

 情けない声を上げると、王妃はにっこりと微笑んで私の唇に可愛いキスをした。

「もう、だらしないですわ。まだ、たったの5分しかたっていませんのよ? けれど、そんなあなたがわたくしは大好きでしかたないのです。許して差し上げますわ。ただ、本当にわたくし以外の女性に心を奪われたりしないでくださいね?」

「当たり前だ。私には君しか見えない。愛しているよ」

「わたくしも愛していますわ」


 二人は知っている。

 扉の向こうに今日も呆れ果てた人々がいるだろうことを。

 だが、彼らもまた知っている。

 そんな呆れた二人であるが、最高に仲睦まじいということを。

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