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 歓迎会をしてもらっている――のか?

 木製のテーブルの一面を埋め尽くすように置かれている皿に疑問を覚える。

 それらすべてにはケーキやタルトが載っているからだ。

 普通、居酒屋みたいなところにいって乾杯とかが定番なんじゃないかと思うのだが……


「なんだぁ、新人。甘いものは苦手か?」

「いや、大好きですけど……なんでこんなに大量のデザートがあるんですか? ガイアさん」

「そりゃあうちが洋菓子店をやっていて今日が前々から予定されていた試食会の日だからだろうが」

「そうすっか」

「そうだ」


 なるほどなるほど。そういうわけですか。状況把握。


 先輩に連れてこられた『緋翔亭』は、商店街の外れにあるこじゃれた内装の洋菓子店だったようです。









「エドっていったけ? あんた、本気でうちのこと知らずに雇われたの? なにそれ、詐欺じゃない」


 ぐびっとグレープジュースっぽいのを飲みながらそう言ったのはネネさん。赤を基調とした神官服を着ているショートカットの美少女だ。

 なんというか、陸上部とかにいそうな活発っぽい人なので<僧侶>という職業には違和感を覚える。

 まぁこっちにはいろんな教義の宗教があるわけだから、僧侶=回復呪文というわけじゃないからありえるっていったらありえるわけだけど……なんだがなー。

 先輩の襟元を掴んでいる彼女を見るとどうしてもイメージと合わない。


「トウマ! やっていいこととダメなことくらい区別つけなさいよ! 騙すようにして契約させるなんてあんた恥ずかしくないのっ!?」

「やだなー、ちゃんと仕事内容と賃金は説明したよ」

「最大の問題はあんたが雇い主っていうことでしょうが! それを言わないなんて詐欺じゃない」


 なんというか、就職決まったその日なのにここまで不安になるやり取りを聞かされることになるなんて。

 そんなブラック企業なのか、まぁいいけど。

 このチーズタルトっぽいのうまいな。シンプルだけど何個食べだって飽きそうにない。


「あんたもなにをボケっとしているのよ!」

「いや、あの試食のマジ喰いを……違うか、マジ喰いにどうしてもなってしまうけどそれでも試食かな?」

「くどいし、どっちでもいいわ」


 ばっさりと切り捨てられて。

 ネネさんに鋭く――どこまでも鋭く、覗かれた。


「こいつは、『アンデッド』のトウマ・セキトは平気でプレイヤーキラーする人間よ。悪質なプレイをしていたやつだとか、バトルジャンキー同士の決闘だったとか、そういう名目はあるかもしれないけど本質的には斬るのが楽しくてしかたない危険人物なわけなのよ。サガでの殺人は本当に殺すわけじゃないけど、相手を廃人に追い込むこともないわけじゃないし、トラウマ持ちになることだって珍しくないわ。第一、PKは、<ゲート>に戻ったときにまとめて事情聴取されて、最悪捕まることもある犯罪行為よ」

「PK関係の法律は合宿中に聞きましたけど……二つ名の中の『人斬り』『斬殺愛好家』っていうのはそういうことなんですか」

「まぁね。剣に関連することだけはどうしても、ね――これまで"のべ"300人は斬り殺してきたかな」


 いくら<リアル>のほうの身体に物理ダメージはいかないとはいえ精神ダメージは重いわけで。

 オレなんかは絶対にもう二度と死にたくないと思うくらいきついんだけど。

 そうかー。先輩は殺す人なのか。

 このネネさんに落とされてしまいそうなほど首絞められている人間で笑っているけど。

 そうなのか。


「そういうやつと付き合いたくないっていうのなら今日明日くらいがラストチャンスよ。仕事はじまってからこそこそと逃げられるくらいなら今ここであたしが契約破棄してあげるわよ」

「ネネにそんな権限はないけどね。正直、あの技術には興味あるけどどうしてもって言うのなら僕とあまり会わない環境を用意するけど――どうする?」


 うーんと。

 さて、どうするもんか。


「ネネさんは、以前にそういうことがあったら今回ははやめにそう言っているわけですか?」

「そうよ――トウマは人によってはとことん恐れられたり嫌われたりする剣術馬鹿だからそういうことはこれまでにあったわ」

「ある種、自業自得の面もあるから僕はかまわないんだけどね」

「誰があんたのことを気にして言っているのよ。『あたしが』そういうのはお断りだって言っているのよ!」


 間違いなく付き合っていそうな二人は放っておいて、自分の気持ちを確かめる。


 これは実際に戦争に参加してきた軍人さんとも付き合えるかっていうことなのかな?

 それとも、対戦相手を殴り殺してしまったボクサーのほうが近いのか。


 よくわからないけど……まぁ、近いたとえを見つけたってそれでどうこうっていうことじゃないか。


 要するに――『人斬り』の先輩に嫌悪感を覚えるか、っていう問題なわけで。


 だったらそんな迷うことでもない。


「別にかまわないっすよ、別に」


 そう告げると、こちらの真意を探るような視線が三対寄せられる。

 ケーキを作ってくれたユミちゃんは席をちょうど外しているから先輩・ネネさん・ガイアさん。


「もう一度言うけど……PKは犯罪よ。それでもかまわないっていうの?」


「けど、それは日本のルールじゃないですか。ここはサガっすよ?」


 <サガ>は異世界から贈られたもの。

 現実世界とは位相の異なる空間にこれまでにないかたちで作成されたゲーム。

 どの国のものっていう場所でもない土地。

 そのために<サガ>にはサガのルールしかないってお馬鹿なオレでも知っていることだからな。

 異文化交流のためのゲームだっていうのに日本の常識に縛られていては意味がないし。

 個人的にはこっちでならそういう人種も許容できる。

 向こうじゃごめんだけど。


 それに――


「先輩は、<リアル>じゃできないことをするためにこっちにきたんすよね? だったら、オレには否定できないですよ」


(流されるままに進んできたオレなんかには)


 戦ってみたかったわけではなく、魔法を使ってみたかったわけではなく、モノづくりをしたかったわけではなく、経営をしたかったわけではなく、旅をしたかったわけでもない。


 ただ親父の誘いをなんとなく引きうけてきたオレがどうのこうの言えることじゃない、そう思えた。









 この日、オレは『緋翔亭』に雇われた。


 それは先輩のギルドに加盟したわけじゃなく、先輩らの仲間に認められたというわけでもない。

 金銭によって技能を提供するというビジネスな契約だった。


 それでもそれはオレにとってのはじまりだったんだろうなと後に振り返ることになる。



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