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このゲームでは、死に戻るっていうことは別の意味を持つ。
中間世界<ゲート>に飛ばされて、サガ用とは別の、本物の身体と大差ない性能のアバターを操ることになるからな。
それで白衣を着た連中にカウセリングを受けるはめになるんだ。
――死の体験がトラウマになってないか?
――現実世界に戻ってもトラブルを起こさない健全な精神状態か?
――サガのほうに再度送っても大丈夫なのか?
加速時間でおよそ一週間くらいはそういうチェックを受けることになるんだ。
現実そっくりに再現されているゲートの街の中、異常行動をとらないか、監視をされてな。
元々の世界<リアル>に戻るにも霊能世界<サガ>に行くのもお医者様の最終チェックが通らないとどうにもならんこととになる。
そのときにサガでちゃんと生活していけているかっていうのもチェック項目にあるわけよ。
オレはこれまでに2回死んでいるけど、前回、警告を喰らっちまってる。
飢え死になんていう情けないことになったら間違いなく強制的にリアルに戻されることだろう。
当然、親父との約束もパーになるってことだ。
それくらいだったらてきとうなモンスターに特攻したほうが支援金貰って再チャレンジできるチャンスがあるんだが……
もう二度と殺されたくねー。
チキンと言われたってかまいやしない。
それぐらいなら緩慢な死を迎えてもう二度とサガに戻れなくなったほうがマシだった。
餓死がこれから先もっときつくなったら心変わりするかもしれないがな。
噴水に座りながら溜め息をついていたら、コツンと――ノックをするかのように立てられた足音が聞こえた。
その距離に近づいてくるまでまったく気配のなかったことに驚きつつそっちに視線を向けると、ざーとらしい青年がそこにいた。
服と鎧の一体化している防具を着用しているとか、武器を吊り下げているとかではなくて……なんといったらいいのやら。社交界をすいすいと渡り歩く若きエリート、医学部とかにいるボンクラじゃない優秀なほうの色違いというか。高身長にほどよく筋肉のついたイケメンのくせして常時笑顔を絶やすことのないうさんくさいやつだった。
少女コミックとかに出てきそうな、理想に近づけたままの生活を当たり前にできるくらい自分をコントロールできる切れ者っぽい。
「ちょっといいかな?」
義理の兄貴の友達にいた化け物に通じるもんを感じ取ってしまいオレの顔は強張った。
つい、後退りしながら「な、なんだよ」と反応を伺ってしまう。
が――それはやってはいけないことだった。
「いやね、さきほど歩いていたら面白いものを見てしまってさ。僕の知らない使い方をされているウィンドウなんてものがあるのかと驚いてしまったよ。悪いけど、どういう機能を持っているのか覗かせてもらっていいかな?」
笑顔を保ったまま否と言わせないペースで切りこんでこられた。
引いちまったことで、勢いで押し切れると判断されちまったようだ。
オレのミスだった……なにか予定のあるふりをして足早に立ち去るべきだったんだ。
というか、ウィンドウを自分以外には不可視にするモードに設定しとくべきだったわけで。ついこないだ電卓片手に値引き交渉するような使い方をしたときに設定弄ったまま、元に戻してなかったのは個人情報の秘匿という面においてははっきりとした失態だ。
しかし、どんだけ遠くから見られていたんだ?
噴水の中に潜っていたとでもいうのか。真後ろに立たれてウィンドウを覗かれていたなんてことは位置関係的にありえない。噴水の反対側くらいの遠くか、角度のきっついところからだったのか。
得体の知れない青年に気圧されながらもオレははっきりと言ってやった。
「かまわねーぜ」
……ノーと言える雰囲気じゃなかったんだもん。