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2-3



 酔っているような、頭のどっかが麻痺している感覚――どうしてここにいるのかあやふやになっているのが気にならない。


 ただ、目の前には木刀を構えている先輩がいて。

 オレは向き合って備えている。あとは理屈なんていらないわけで……


 こちとら素手。振るわれる木刀を拳でたたきおとせるわけがなく圧倒的に不利だがそこはまぁ諦める。

 先手をとって剣を振るえないくらい接近できたらいいのだけどそこまで甘い相手じゃない。

 流石にほんき出されたら試合どころか稽古にもならないので手を抜いてもらっているもののそれでもまだ強いのだ。

 なので、何発かもらうことは覚悟してまずは一発入れることを目標にする。

 勝つなんてことは言っていられない。


 だというのに――!


「――――油断大敵だよ、エド」


 それは目の前にいながらの不意打ちだった。

 まるで対決前の柔軟運動のように木刀を動かしていた状態からすっぽ抜けたかのような投擲。

 顔面めがけて一直線に迫ってくる。

 槍が突き出されているかのような縦回転のまったくない軌道にうまく距離感が掴めない……というか、奇襲すぎてそもそも反応できるか。

 木刀を攻略することにし没頭していたのに真っ先にその前提条件を崩されたことで一瞬、頭が真っ白になっちまった。

 どうにか木刀だけは必死に避けたけどそのすぐあとに踏みこんできた先輩に対処が追いつかない。


「ち゛っくしょォ・・!!」


 容赦なく顔面に迫ってきた指先が目蓋ごと眼球を潰していき、目の中のどっかにひっかけ、アバターには疑似的にしかそなわっていない神経をぐりぐりとかき乱す。

 いっそ気絶してしまいたいと願いたくなる激痛。

 異世界交流なんていう名分がなければ真っ先に排除されているべき痛覚が鳴りやむことなく続いていく。

 地面で身もだえていると無事なほうの涙まみれの視界にエフェクト光が差し。


「君にはまだ教えていなかったけど……手刀でも剣術スキルを発動させることはできるんだよ」


 先輩は座学のときと変わらないトーンでそう言っていた。

 あの、流石にここまでやられると<ゲート>行きになるんですけど……

 どこまでも容赦がなかった。


 と、いう夢を見た。









「ゴーストは喋らないって…………」


 明晰夢というやつがある。夢を見ていることを自覚できている夢のことだ。

 先輩に虐殺されるという悪夢から跳ね起きたと思ったらまだなんか眠っている気がする。

 なんつっーか、サガで動かしているアバターはまだ眠っているけど、ゴーストたちを動かしている仮想世界では目覚めている変な状況だった。


 ちょっと離れているところでは、木刀の刺突を喰らったのかなんか顔面が半壊しているオレのゴーストが転がっている。

 ややしたら全回復するように設定しているとはいえいい気分じゃないな。

 間違いなく悪夢のタネはこれなわけだし。


 ということで寝ている間は先輩のゴーストから木刀を没収しておくことにする。

 それだけじゃ足りなさそうなことは思い知ったのでついでに剣術関係は禁止っていうことに。

 体術バージョンも、先輩が手本見せてくれるときに十分観察していたわけだから行動パターンはなんとなくイメージできるのでどうにかなりそうだ。


 さっと手を振ることでオレのゴーストの復活をはやめる。

 向こうも「悪いな」っていう感じで手を振ってきたのをスルーしつつ今度は指ぱっちん。これで先輩の手元から木刀が消える。ついでに手刀無双もしなくなった。

 まぁそれでもまだ敵いそうにないので、もう一回指ぱっちんをして今度は受け身に徹するようにする。

 これでボクシングでよくやっているミット打ちっぽい形になるだろう。

 やっぱ、寝ている間はこっちにもダメージがくるようなのは寝心地が悪くなるので一方的に仕掛けることにしておく。

 今度は気持ちよく眠れそうだった。


 一応、最終チェックということでオレと先輩のゴーストにやらせてみる。


(なんだこれ……全回避されているな)


 先輩のほうは反撃しないようにしているだけだからありえるっちゃありえる行動だけど、こうも相手にならないとは。

 無意識のうちに疑似的なステータス――数値的な身体能力に差をつけてしまっているのだろうけど、それはあんま関係ない。

 なんかゆったりとした動きだからAGI(敏捷性)の問題ではなく、力比べにもなっていないからSTR(筋力)でもなく一発も当てれないからタフさのVIT(生命力)というでもない。そして、このゴーストたちを動かしている仮想世界ではまだ霊能世界におけるシステムのアシストは再現はできてないのでスキルの熟練度も無関係。というか、第一に先輩のスキルなんて見せてもらってないから知らない。

 単純に技量の差ってわけで。


(おかしいだろ、それは)


 先輩のゴーストは別に先輩に繋がっているわけじゃない。オレとだ。

 つまり、どちらもオレが無意識に動かしているのに、オレがオレの行動パターンと思っているものとオレが先輩の行動パターンと思っているものに優劣ができてしまっている……おかしいことになっている。ちゃんと先輩の動きを学習できているということになるのか、それが身についていないということなのか。よくわからないな。


 ともかくこれは放っておけることじゃない。


 それに――オレの分身が殴りかかったり蹴ったりしているのに全部空振りしているのを眺めるのは気分が悪い。

 こんなのを延々と繰り返させたまままた眠ったら、翌日にはスランプになってるって。

 夢の中なんだけどまじに腰をすえて分析することにしてみる。


 まずは自動になっていたオレのゴーストをちょっとコントロールできるようにして、殴らせてみる。

 大振りの一撃は軽々と避けられてしまう。

 シャブみたいに牽制目的の軽いのを連打してみるけどこれまたダメ。

 腕を使って弾かせることすらできていなかった。


(なんだ、コレ……?)


 拳が近づいてきてからあわてて回避しているという感じではない。

 なんか、元から予定していた行動がたまたま回避に繋がっていた……みたいな自然すぎる動きに見える。


(一人じゃんけんみたいな状態になっているのか――いや、先輩のゴーストは設定した行動パターンに従うようにしているからそれはない)


 オレのゴーストがどういう行動をしようとしているのかが無意識経由でバレているのかと思ったけど、どうも違っている。

 思えば、本物の先輩もこういった動きはみせていた。

 ただそのときは「先輩は凄いなー」とぼんやりと思っていただけだから意識はしていなかったが。


 けど――


(オレの作ったゴーストなんだ、オレに分析できないわけがない!)


 ――憧れていればそれでいい先輩ではなく、あくまでオレのやったことなのにわかっていないのはなんとも悔しい。

 

 この雲を掴みとろうとしても手の中にはなにも入らないような現象は、漫画とかじゃ、流水とか、円の動きとか、見切りとか、先読みとか、制空圏とか……飽きるほどに描写されてきている。けど、そういったものの理屈を把握しているかどうかは別問題なわけで。こんなに近くで、こんなに何回も披露されているというのにさっぱりとわからない。

 どういうトリックなのか。凄い。凄すぎる。

 もうゲームの領域を超えていて武道の達人といった貫禄があった。


 だとしても、どんな相手だろうととにかく一発当てられないようだったら話にならない。


 ふと思い出す――素人が刀を使うとき、一番命中率のいいのはヤクザ映画のごとく腰だめに構えての突進だという説を。

 なにかのラノベで得た知識だったけどそれを参考にしてオレのゴーストに「体当たり」をさせる。

 当然、そんな思いつきのどたばたした攻撃はひらりと避けられる。

 けどかまわない。こっからちょっとずつ修正していく。


 ――先輩にぶつかるとき、ちょうど最高速度に達するように調整する。

 ――回避される。


 ――ぶつかる直前にちょっでも軌道をかえられるように歩幅を調整する。

 ――回避される。


 ――軌道をさせら曲げれるように重心をもっと低くに調整する。

 ――回避される。


 ――先輩の重心、ど真ん中の部分を見極めてそこに突っ込むように調整する。

 ――回避される。


 ――最後の一歩でいっきに加速できるように調整する。 

 ――回避される。


 ――視線などでフェイントを入れるように調整する。

 ――回避される。


 ――とにかく調整する。

 ――回避される。


 ――何十回に一回は跳び蹴りをするように調整する。

 ――回避される。


 ――数分間ぼーっとさせてからいきなり突撃するように調整する。

 ――回避される。


 ――千鳥足になるように調整する。

 ――回避される。


 ――側転をしていくように調整する。

 ――回避される。


 ――先輩の悪口を言いながら突撃するように調整する。

 ――回避される。


 ――ネネさんの声真似をしながら突撃するように調整する。

 ――殴られる。


 ――筋肉のリミッターを解除するように調整する。

 ――回避される。


 ――原点に立ち戻るように調整する。

 ――回避される。





 何度、体当たりしにいったことか。

 もう数えられない。

 この何倍速かもわからない世界でいったい何やっているんだが。

 なんだがムカついてきた。


「もう雲みたいだなんて言ってやるものか……」


 霞を食っている仙人様はそんなに偉いのかっつう話で。

 どんな術を持っていようが所詮は人だろ。

 手の届かないわけがない。


 これまでやってきたちょっとずつ微調整していく方法はいったん止めにする。

 最近多少は訓練は受けているとはいえ武術のド素人の思いつきで先輩に追いつけるはずがなかったんだ。

 だからとにかくデータをとっていって数値にまとめていく。

 データのまとめかたなんか知らない。

 けど、とにかく記憶していって気まぐれにリストアップしていけば見えてくることもあるわけだ。

 

 先輩はどのタイミングでどう動いたのか。

 コンマ単位で、ミリ単位で。

 いや、もっと細かく小さく見逃していたものまで。

 意識の網にはひっかかることのないちっせぇものまで漏らすことなく引き上げて。

 そうしたうえでの突破口を――


 考えろ。

 必死になって。

 

 脳がガリガリ削られるまで回転させるくらいのフルで。

 その解がみつかったらあとはもうぶっ倒れてもいいってくらいの勢いを。

 走馬灯見ちゃうくらいの。

 何かの何か。

 天から降ってくる光を小瓶に閉じ込めるように。

 世界のルールをひっくり返して。

 オレには与えられていない才を傍若無人に手に入れる。


(武術の真髄とかじゃなく)

(猿真似でもない)

(だっと流れるコードなんかでもなくて)

(用意されている道から外れての)

(独創を)


 きっと真面目に練習していったらいつかは身につけられる技能だとしたって。

 オレは今ここで。常識外れのチャンスを掴む。

 考えて。

 掴む。


「君はさ、きっと僕たちは違う視点からこのサガを眺めているんだろうね。このゲームが作られた目的とはズレているところを見ているからさ、この先、世界からの支援をまともに受けられずに苦労することもあると思うよ。他の人と同じステータスで同じスキルを使っても効果が低かったり、普通にアイテムを使っただけなのに不発だったり。けど、それでも今見ているものを見えるままに歩いていけたのなら――――君は、」









「その井戸、使っている人はじめて見たわ」

 

 緋翔亭の庭にはオブジェクトとして小型の井戸が置いてある。

 けど、部屋には――というか自室として設定しているところからだけ行けるようになっているプライベートルームては普通に蛇口から水が出てくるためにそんなものを使う必要はない。だから、これまで緋翔の翼メンバーに使おうとする人がいなくなって不思議ではない。手桶とタオルを持ってきて、ここで水汲んで顔を洗う必要なんてまったくないのだから。


「こー、滑車が回ってロープの軋む音を聴いたり、水くんだらぐんと重くなる手応えを感じて、桶の中に揺れる水面を見て……そうやっていると目が冴えてくる気がしません?」

「目が覚める、じゃなくって?」

「オレは冴えてくる気がするんですよ、ネネさん」


 ふーんとつまんなさそうに聞き流される。

 けどじっと見られていて。


「あんた、なんかあったの?」

「なにがですか」

「なんとなく違っているじゃない」


 かな? 心当たりはない。


「そういえばなんか夢見たような気がします。悪夢だったような、いい夢だったような……なんかお宝手に入れたみたいで大喜びしたっぽいんですけど…………忘れちゃいました」

「なんなのよソレは。夢の中でどんな大金やレアアイテム手に入れたって意味ないじゃない。なのにそんないい顔してバカじゃない」

「バカなんですかねー、オレって」

「あいつと同じくバカの類よ。あたしが言うのだから間違いないわ」

「先輩をずっと見てきたネネさんが言うならそうなのかもしれないっすね」


 なによその言い方、とぼやきながらネネさんはランニングにいってしまった。

 毎朝の日課なのだろうかその動きは軽快だ。

 一人残されたオレはなんとなく水桶の中身すべてを頭から浴びてみる。

 つめたかった。水滴が庭に染みていく。

 なんかすっきりとした。


「夢の中では意味ないか。そうか」


 それが当たり前で。

 普通のことだ。


 それでもオレは……オレは。


「この世界はたくもまぁ面白いってか――今さらか」



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