ご都合主義を作り出す男〜捨てられた私に手を差し伸べた魔導士様は、とんでもないヤンデレでして〜
「誰よ、その女…っ!!」
「ラウラ!?なんでこの時間に帰ってきたんだ」
体調不良でギルドを早退させてもらった日、私は結婚間近だった婚約者に浮気されていることを知った。
爽やかで、背が高くて、剣の達人で、いつだって任務に真面目な勇者ディオン。
私から猛アタックして付き合い始めて、「俺の家で一緒に暮らそう」と言われた日は天にも昇るような気持ちで、ご両親にも挨拶を済ませて…
なのに、浮気されていただなんて。
「最っ低…!」
家を飛び出し、体調不良のせいなのか浮気現場を見てしまったせいなのかガンガン痛む頭を抱えながら、倒れ込むように不動産屋さんのカウンターに座る。
「どのような家をお探しでしょうか?」
「…今日から住める家を。北ギルドに近いとありがたいです」
「それならちょうどいい家がありますよ。家具付きなのですぐ生活を始められますし、場所的に出勤も楽かと」
「前の入居者さんが、室内とてもきれいにお使いで」「南向きで明るくて」なんて、不動産屋がペラペラとその家のいいところをまくし立てながら、鍵を差し込んでドアを開けると…
「え…っ?」
室内は水浸しだった。浴室から水が溢れてきている。
「…これは住めないですね」
「…ええ、すみませんお客様」
「他に今日から住める家はありますか?」
「それがないんです。最近は出稼ぎ労働者も増えていて、賃貸物件はどこもほとんど満室です。だからここを契約だけして、水漏れが直るまでご友人のお家などで過ごされては?修理は一週間くらいでできると思いますから、他の部屋を探すより絶対早いですよ」
「でも…」
「水漏れさえ直れば、こんないい部屋はありません。今日決めていただかないと、この部屋は他のお客様にとられてしまうかも」
言われるまま圧に負けて賃貸の契約書にサインし、「一週間くらいなら、職場の仮眠室を使わせてもらおうか」とギルドに向かおうとしたとき、「…ラウラ」と低い声がした。
「アラン様?」
私が受付嬢をしているギルドに所属する、優秀な魔導士様。
声が小さくて「…うん」「…違う」みたいに最低限しか話さないし、応答には変な間があるし、黒くて長い前髪でほとんど顔が見えないから物理的に顔に影があるし、その髪から覗く赤い目は睨んでいるようだし。
そんなわけで受付嬢の先輩たちは彼を怖がっているのだけれども、彼が攻撃的な態度をとる人ではないのもまた事実。だから私は「何をされたわけでもないのにこっちが怖がってたら、嫌な思いをさせてしまう。だからできるだけ明るく対応しよう」と心がけてきた。
そのおかげで、今はアラン様と普通に近い会話ができるようにまでなったのだ。
「どうしてこんなところに。あ、そう言えばお土産ありがとうございました」
そのお土産を食べた直後に体調が悪くなって早退したせいであの浮気現場に遭遇してしまったわけなので、本当はありがたくなんてない。けれど一応お礼は言っておかないと。
「…いつもラウラにはお世話になっているから…今、何に困ってる?」
「あ、わかりますか?まいったな」
私は簡潔に説明する。アラン様に長々説明しても、しょうがないし。
「事情があって今すぐ新しい家を借りたいんですけど、部屋に問題があってすぐには入居できなくて。ギルドの仮眠室に泊めてもらえるよう頼むつもりです」
するとアラン様の唇がゆるやかなゆるやかな弧を描いた。
「…ギルドの仮眠室は勇者や魔導士や聖女用」
「確かに。じゃあルイーズ先輩の家に泊めてもらおうかな」
「…ルイーズは新婚」
「た、確かに迷惑かも…」
アラン様は「…大丈夫」と、またほんの少し笑った。
「…浴室の水漏れが直るまで、うちに泊まればいい」
「え!?でもそれこそアラン様にご迷惑じゃ…?」
「…部屋は余っているから迷惑ではない…僕は困っている女性を見捨てる男になりたくない」
アラン様は赤い目をちょっと細めた。
「ううう…では一晩だけ!一晩だけ泊めてください!」
「…うん」
そう言って連れていかれたアラン様の家は、庶民の私には想像もできないくらいの超豪邸だった。
そうだった。忘れていたけど、アラン様は貴族のお坊ちゃまだった。
「…でも僕は愛人の子だから、家族に疎まれて…本館には入れてもらえないから離れで暮らしてる」
そう言うアラン様は、寂しそうで。
「…使用人たちもここにはいたがらないから、僕がいない間に家事を終わらせて、本館に帰る…だからいつもご飯も冷めていて…ラウラに温かいものを用意できない」
きっと小さいころから寂しい生活をしてきたに違いない。
かわいそうすぎる。
「アラン様、明日の朝は一緒に温かい朝ごはんを食べましょう!泊めていただくお礼に、私が作りますから!」
「…本当?」
アラン様の赤い目が、前髪の奥で、見たことないくらいにぱあっと輝く。
豪華な部屋のふわふわなベッドで爆睡して、翌朝冷静になって考えて、「私が一から作るよりも、お屋敷で働いている料理人さんが作ったものを温めなおしたほうが美味しいんじゃ」と後悔したけれど、アラン様は私の作った朝食に喜んでくれた。
「…美味しい」
「お口に合ってよかったです」
「…毎朝食べたい」
「ふふ、でもいつまでもお世話になるわけにはいきません。あの家の水漏れさえ直れば、すぐにおいとましますから」
◆
けれど、なぜだか水漏れはなかなか直らなかった。
いつまでも居候するわけにはいかない私も焦ってきて、つい不動産屋さんを詰問してしまう。
「もう一週間経つのに、まだ直らないんですか?」
「それが、直しても直しても、翌日にはなぜだかまた壊れているんです」
「ええ!?家自体がもうだめなんじゃないんですか?そんな家に住むのは怖いので、契約は解除させてください。もう他の不動産屋さんをあたります」
だけどどの不動産屋さんで相談しても、「北ギルド勤務のラウラさん?あなたに紹介できる物件はありません」と、紹介してもらえない。
「もしかして私、ブラックリスト入りしてます!?家賃滞納したこともないのに!もしかして、あの不動産屋さんにきつく言っちゃったからですか!?」
「理由は申し上げられません」
仕事帰りに不動産屋さんを回っては、門前払いされてとぼとぼと豪邸に帰る日々が続く。
「アラン様、長くお邪魔してしまって本当に申し訳ありません。部屋探しがうまくいかなくて」
「…気にする必要ない。いつまでもいてくれていい」
「せめて家賃と食費を払わせてください」
「…いらない」
この状況で親切にしてもらえるのは助かるけど、申し訳なさが勝つ。家族でも婚約者でもない独身の男女がひとつ屋根の下だなんて、よくないに決まってるのだし。
同じ居候なら、女性の勇者様や魔導士様、あるいは聖女様にお願いしたほうがいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、どこか落ち着かない気持ちで仕事をしていたら――
「ラウラ、機密キャビネットに入っていたディオン様の身上書を持ち出したでしょう?ちゃんと戻しておいてよ」
「…?私は持ち出してませんよ」
「でも持ち出しリストにはあなたのサインがしてあるわよ?」
「そんなはずは…」
リストには、確かに私の名前があった。
「最近ぼーっとしてたから、持ち出したのに忘れちゃったんじゃないの?」
身上書にはギルドメンバーの魔法属性や弱点などが記されている。悪意をもつ人間の手に渡ったらギルドメンバーに危険が及ぶ可能性もあるので、とても大切な書類なのだ。
「身上書を持ち出して忘れるなんてありえませんよ」
「じゃあディオン様に浮気された腹いせに、わざと持ち出してライバルに流した?」
「やめてください、ルイーズ先輩!冗談でもそんなこと言うの」
否定したけれど、あっという間に「ラウラが重要書類を紛失した」「いや、実は振られた腹いせに流したらしい」という話がギルド内に広まって、私はギルドマスターに呼び出された。
「ラウラ、これはディオンを危険にさらし、ギルドの利益を損なう行為だ。わざとなのか!?他のギルドに情報を流したのか!?」
「そんなことしません!絶対に!」
危険な任務に挑んでこの国の平和を守ってくれているギルドメンバーのことは、尊敬している。そんな彼らを危険に晒すようなこと、絶対しない。
少しでも彼らの力になりたくて、要望にはできるだけ早く対応したり、仮眠室によく眠れるアロマを入れたり、私なりに心を尽くして頑張ってきたんだから。
なのに、どうして信じてもらえないの。
「最近ディオンと別れたそうだな。復讐という動機がある」
「そんなことしないのに…」
悔しくて涙がこぼれそうになったとき、アラン様がふわりと現れて、私とギルドマスターの間に立った。
「…紛失したという身上書を見つけた」
「なんだって!?どこで」
「…フランクが持っていた」
「フランクだって!?真面目な雑用係がどうして…」
「…お金に困って、情報を売ろうとした」
「そんな…!」
「…フランクが真面目ならラウラも真面目…ギルドとメンバーを支えてきた彼女が書類を盗み出すなんてありえない…疑われるとわかっていて自分の名前をサインする馬鹿もいない…そんなことも考えつかないなんてギルドマスターの資格ない…」
「…すまなかった、ラウラ」
◆
広くてふかふかのベッドに寝ころんで、目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、私を信じてくれて、私の働きぶりも評価してくれて、ギルドマスターに対して怒ってくれた、アラン様。
胸がとくんと鳴る。
「いつもどおりに言葉はたどたどしかったけど、逆に素敵だったかも…」
それにこんな素敵な部屋にも泊まらせてくれて、「ずっといてもいい」って言ってくれて。
「冗談っぽい感じじゃなかったし、本当にずっといてもいいのかな…?」
ここまで親切にしてくれるんだから、きっとアラン様だって私のこと「ただの同僚の受付嬢以上」には思ってくれてるはず。だったら、このまま私がここで暮らしていたら、いつか私たちは次の段階に…
「やだやだ、私ったら!何考えてるの、もう!」
私は声にならない叫びをあげて、ベッドの上で身体をゴロゴロ揺らす。
「でも実はあの日あの部屋が水漏れしてて、ラッキーだったのかも」
目を開けてそう口に出した瞬間、ざらりとした違和感が胸を撫でた。
――なんだろう。なにか気になる。
「…っ!?」
私はがばりと飛び起きて、口を押さえた。
《…浴室の水漏れが直るまで、うちに泊まればいい》
あのときアラン様は確かにそう言った。
でも私は、彼に「浴室から水漏れした」とは言ってない。「部屋に問題があってすぐには入居できなくて」としか説明していないはずだ。
「なんであの部屋が水漏れしてることを知ってたの…?しかも浴室からって、正確に…」
おかしい。
それにあの日、私はアラン様からもらったお土産を食べて体調を崩して早退して、浮気現場を見ることになった。そして家を失い、新しい家にも住めなくて、困っていたところをなぜかタイミングよく通りかかったアラン様に遭遇して、助けてもらった。
きっかけをつくったのも助けてくれたのもアラン様だなんて、偶然にしてはできすぎている。そんなことが、本当に起こるのだろうか。
「…調べてみないと」
私が借りるはずだった部屋の「なぜか何度も壊れる配管」を調べてみると、何度も人為的に壊した跡があった。
でもまだ、アラン様がやったとは断定できない。
「他に不自然だったことは…そうだ!不動産屋さんのブラックリストに入ったことだ」
私を門前払いにした不動産屋さんたちはなかなか口を開かなかったけれど、「弁護士に相談する」と脅したら、「私に家を紹介しないようにと命じたのはアラン様だ」と認めた。アラン様は水増し請求や手抜き工事など、弱みを握って彼らを脅していたのだ。
「手抜き工事も、脅されたからって私をブラックリストに載せたのも最低…」
さらにディオンの身上書を盗んだことになっていたフランクさんも、アラン様とつながっていた。
「娘に病気が見つかって、でも俺の給料じゃ治療を受けさせてやれなくて。そんなときにアラン様が声をかけてきたんです。書類を盗んだと嘘の証言をすれば、娘をいい病院に入れてやるって」
牢屋でフランクさんはそう言って泣いた。
実際には書類を持ち出して隠したのも私のサインを偽造したのもアラン様で、みんなの目が私に向いたタイミングで「真犯人はフランクだった」と嘘をついて、フランクさんに嘘の自白をさせたのだ。
「でもディオンと浮気相手が家で会うタイミングは、どうやってわかったのかしら」
ディオンのいない間に彼の部屋を探ると、魔力で動く盗聴器が出てきた。鑑定してもらえば、動力源がアラン様の魔力だとわかるだろう。
「…全部アラン様が仕組んだんだ」
◆
私は調べたことをアラン様につきつけた。
彼はディオンを盗聴し、配管を壊し、不動産屋さんを脅迫して、フランクさんに嘘の自白をさせた。立派な犯罪だ。
「どうしてこんなことを」
「…好きだから…ラウラにも僕のことを好きになってほしかった」
婚約者の浮気を見せて私に住まいを失わせ、新居を水浸しにしたうえで、偶然通りかかったふりをして快適な家を提供。
「…ラウラが困ったときに助けてあげたら、好きになってもらえると思った」
職場では私が機密を流出させたと疑われるように仕向け、私を庇って鮮やかに解決。
「…世界中が君の敵になっても、僕だけは味方だって言いたかった」
熱っぽい目の彼に両手を両手で握られて、ぞっとして思わずひっこめる。
「あなたは味方なんかじゃない、一番の敵です」
お土産になんか知らないけど薬か何かを盛って、私をふらふらにさせて。帰りに事故にでもあったらどうするつもりだったの。
職場でもみんなに疑われて辛い思いをして、何もなければうまくやれてたのに、あのせいでギルドマスターのこともルイーズ先輩のことも嫌いになっちゃって。
「散々私に辛い思いをさせたじゃないですか。本当に好きな人に、そんなことするなんてありえません。そもそも言いたいことがあるなら、普通に口で言えばいいじゃないですか。こんな無駄な労力使って、周りを巻き込んで…ほんとにありえない」
アラン様の赤い目から、涙が溢れてくる。
「…やり方が悪かった…今ならわかる…でも僕は臆病で馬鹿で…認めるからやり直そう、ラウラ」
やり直すもなにも、私たちは始まってもないんですけど。
「放して!もう私に近づかないで!」
私は調べたことを騎士団に報告し、アラン様は捕らえられ、いくつもの罪に問われた。
もちろん手抜き工事や不正会計をしていた不動産屋さんたちも捕まった。アラン様にお金で頼まれて偽証したフランクさんは、偽証の罪は消えないけれど、事情を考慮されて罪が軽くなったらしい。
そして私は、ようやく新しい部屋を探せるようになった。
「南ギルドの近くで、水漏れしない家を探したいんです」
「でもラウラさんは北ギルドにお勤めではなかったですか?」
「転職予定なので」
何かあったときに私のことを露ほども信じてくれない人たちと働くなんて、もううんざりなのだ。いくら謝罪されても、不信感は消えない。
だから南ギルドに応募書類を出したら、これまでギルドメンバーのためにやってきたことも評価されて、いい条件で転職が決まった。
「そうでしたか。では、こちらはいかがでしょう」
◆
引っ越しを済ませ、ギルドマスターとルイーズ先輩に涙ながらに引き留められながらも引き継ぎの書類を用意し終えたとき、「ラウラ」と聞きなれた声がした。
「何か御用ですか、勇者ディオン様」
「他人行儀はやめてくれよ、俺たちの仲じゃないか」
「どういう仲でしょうか。浮気した男と、浮気された女?」
ディオンはぴたりと動きを止めた。
「聞いてくれ。あれはアランが仕組んだことだったんだ」
私とディオンが別れてしばらくしてから、彼女もディオンの元を去ったのだと言う。そのときに彼女から「私は赤い目の魔導士に雇われた女優よ」と言われたのだとか。
ため息しか出ない。
だからなに。
「アラン様が仕組んだことだとしても、その罠にほいほいと引っ掛かったのはあなたでしょ」
「軽率な行動で君を傷つけて、心から反省してる。それに君の大切さも痛感したんだ。君を裏切ったことについては両親にも散々叱られて…それに君が俺の両親のことを大切にしてくれたことも知って…君はなんて優しい女性なんだって思った」
彼が目に涙を浮かべながら、逞しい腕を私に伸ばす。
まるでロマンス小説のワンシーン。
「戻ってきてくれたら、俺のすべてをかけて一生大切にすると誓うから…」
「はっ…」
あっさり浮気した男があっさり改心して、涙ながらに永遠の愛を誓う…?
たちの悪い魔導士の策略で婚約者と別れることになったけど、最後には仲直りして元通り…?
――ちゃんちゃらおかしい。
「お断りよ。都合のいい話は、もう信じられないから」




