あゝ、美味しい
1、最後の料理
冷蔵庫を開けると、わずかに残った肉が目に入った。量はちょうど一食分。ここまで来ると、選択肢はむしろ明確だった。
最後は、唐揚げにしよう。
これまで、いろんな部位の調理を試みてきた。
特に神経を使ったのは内臓。
時間との勝負。処理が遅れればすぐに質が落ちる。逆に言えば、きちんと扱えば驚くほど応えてくる。
最初にレバーでパテを作ったときのことを、今でも覚えている。血抜きをして筋を取り、玉ねぎとバターを炒めて加え、牛乳と少しの生クリーム、塩と胡椒、ブランデーもひとたらし。材料をフードプロセッサーで滑らかにして、火入れは中がわずかにピンクになる程度に抑えた。
口に運ぶと、滑らかにほどけ、レバーの風味が丸く広がる。手を止め、これはうまくいったと確信し、余計なことは考えず、ただただ味わう瞬間に喜びを感じた。
それからしばらくの間、朝はずっと同じ。
軽く焼いたパンに、そのパテを塗る。単調なはずの繰り返しなのに、不思議と飽きなかった。
セルヴェル・ムニエルを作ったときも感動した。
口に運ぶと、ふわりとした食感が舌の上でほどけ、バターとレモンの香りが優しい甘みを引き立てて、素材の持つ繊細さがそのまま生きている。
辛口の白ワインとの相性も抜群であった。
試しに写真を撮ってインスタグラムに上げてみたら、思った以上に反応があった。いいねの数が増えていくのを見ながら、少し誇らしくなる。画面の向こうにいる誰かと、この味がどこかでつながっているような気がした。
他にもいろいろな料理を試した。
香辛料の配合から自分で組んだソーセージと、時間をかけて仕上げたベーコンは、どちらも印象に残る出来だった。塩分や脂の比率、スパイスの輪郭を自分で調整できる分、既製品とは別物になる。
自宅でやるには手間がかかると思われがちだが、器具を揃えて工程を理解してしまえば、作業自体は単純だ。温度と時間、それから肉と脂の扱いを外さなければ、大きく失敗することはなかった。
気づけば、毎食のように口にして、ひと月も経たぬうちに、すべてがなくなってしまった。長期保存を願って作ったものだったのに、その思いはいつの間にか虚ろになって、残されるのは、静かに胸の奥をかすめる、儚い名残だけである。
赤身の多くは煮込みに回した。赤ワインでじっくり火を入れたシチューは、市販品とは比較にならない。香りの立ち方も、舌に残る余韻も違う。生姜焼きやフライのような、単純な料理にすることもあった。試せば試すほど違う一面を知ることが出来て、どの料理にしても、良かった。
無論、骨も無駄なく使った。ボーンマローでステーキソースやパスタ、ポトフも作った。スープにして、自家製で作ってみたラーメンも、暖かさが寒い夜には体に染み渡った。
ベランダのプランターには、ハーブや簡単な野菜が並び、日々の料理にそのまま使えるようにしてある。
使い終えた野菜くずや食べ残しは、捨てずに土へ戻す。
骨も時間を掛けて骨粉にして戻す。リン酸やカルシウムが入っていて、有機肥料として相性がいいと、彼女が言っていた。
食べきれなかったものが、土に分解されて、また次の食材になる。そして私の中に取り込まれる。
手間はかかるのに、不思議と無駄が減っていく感覚があった。
体に入るものだから、納得できる形で取り込みたい。
大好きだから、丁寧に味わいたいのだ。
目の前の肉の水気を拭き取り、ボウルに入れる。
醤油と酒を加え、すりおろしたにんにくと生姜を混ぜる。そこへごま油をほんの少し垂らし、手のひらでゆっくりと揉み込んだ。
香ばしい匂いが立ち上がる。冷えた肉が手のひらに吸い付き、柔らかく形を変える。その感触を惜しむように、私はしばらく手を止めなかった。
急ぐ理由なんてない。
せっかくの休みだから、今日は、ゆっくり味わうつもりなの。
時間を見て、肉を取り出す。軽く汁気を切り、衣をまとわせる。
粉が均一に付くように。余計なことは落として……美味しくなぁれ。美味しくなぁれと、呪文のように願いを込める。
菜箸を入れてると小さな泡が上がってくる。それを確認すると静かに一切れずつ、鍋に落としていく。
ジュッと音が立ち細かな泡が広がった。
これで、ひと通り終わる。そう思うと、少しだけ手放しがたかった。
狐色に揚がったものをひとつずつ返しながら、火加減を調整する。最初は中火。衣の奥まで熱を入れ、最後に強火へ切り替えて、一気に仕上げる。
油の中で弾けていた音が、変わる。ぱちぱちと鳴っていた細かな音が、次第に乾いたものになってゆく。鼻先をくすぐる香ばしい匂いが濃くなり、もう頃合いだと教えてくれる。
美濃焼の黒い皿に、ベランダで育てたベビーレタスと共に盛りつけると、衣の茶褐色と柔らかな緑が鮮やかに映えた。
写真を一枚撮って、インスタグラムに投稿する。
「いただきます」
ご飯と味噌汁、自家製の胡瓜の漬物、そして唐揚げ。
ひとつ箸でつまんで口に運ぶ。衣はしっかりと固まり、噛んだ瞬間に音を立てる。すぐに内側の油がほどけて、熱と一緒に口いっぱいに広がった。
あゝ 美味しい。
——加奈子、愛してるわ。
2、コールドプレス
マッチングアプリの画面にある黒髪ロングヘアの女性の写真をみつめた。
私が女性同性愛者ということを知っている唯一の友人から「君なら、この人と合うと思う」と、勧められたのだった。
ネットでの出会いに興味がなかったが、見せられた女性の写真は凛としていて、目が離せなかった。
プロフィールはシンプルにまとめられていた。
ヴィーガン、趣味は森林浴と書かれているだけだった。余計な説明はなく、書かれていない余白が彼女そのもののように思えた。
試しに連絡を取ると、返事はすぐに来た。短いが、途中で途切れることはない。
「こんにちは」
「こんにちは。初めまして、加奈子です」
「写真を見て惹かれて、連絡しました」
「ありがとうございます。そう言っていただけるのは嬉しいです。ただ、すぐに会うことは考えていません。やり取りを重ねて、違和感がなければ、そのときにお願いします」
「わかりました。まずはメールできたら嬉しいです」
「はい。無理のない範囲で続けられればと思います」
断るときも、そこで終わらない。拒否と代替提示が同時に来るタイプの言葉選びだった。
やり取りは淡々としているのに、不思議と行き止まりにならなかった。
こちらが差し出したものをそのまま受け取ることはないが、別の形に置き換えて返してくる。
その繰り返しで、会話だけが、少しずつ続いていく。
受け入れるものと、そうでないものが、最初から分けられているようだ。
やがて、やり取りの内容よりも、その返し方のほうに意識が向くようになった。拒むことと、残すことが、同じ文の中に収まっている。その整い方が、どこか印象に残る。
メールでのやり取りが半年ほど続いた。
最初は、天気や見かけた花の話。
桜が散ったこと。ゴールデンウィークでどこに行っても人が多くて困ったこと。
汗ばむ季節が早くなったこと。紫陽花を見るために寺院に行ったこと。
加奈子は夏が苦手だと言うこと。紫外線と暑さ対策の話をしながら、猛暑が過ぎるのを待った。
暑さが和らいできた頃、加奈子と会うことができた。
加奈子は食べられるものが限られるため、加奈子に選んでもらったカフェで会おうということになった。
駅の近くにある白が基調のカフェで待ち合わせた。いった事がない場所であったが、すぐにわかった。小さな音でRadioheadが流れる。“|Subterranean Homesick Alien”の浮遊感と少しの異世界感の中で待っていると、加奈子は時間通りに現れ、静かに席に着いた。
白いシャツワンピースに透き通るような肌が重なり、黒髪は後ろできっちりと結ばれ、光を吸い込むかのように艶やかで、輪郭を一層くっきりと際立たせていた。肩先にかかる髪の束が微かに揺れるたび、静かでありながら凛とした存在感が漂っていた。
彼女は指先を丁寧に拭い、それからグラスの縁に目を落とし、わずかに顔の角度を変えながら、同じところを繰り返し確かめていた。
触れる前に確かめる、という順序が崩れないまま続き、その動きには長年蓄積された地層のように見えた。
「ヴィーガンで重度の潔癖症……めんどくさい女でしょ? 」
加奈子は自虐的に小さく笑った。
お互いに軽く挨拶を交わした後、私は珈琲を、加奈子は水を頼んでいた。
彼女がヴィーガンであることはプロフィールで知っていたが、その彼女が食肉処理に関わる仕事に就いているという事実は、互いに背反しているようにしか見えず、理解が追いつかない。一瞬、反応が遅れ、結局は曖昧に頷くしかなかった。
彼女の手元に目がいき、短く整えられた爪や、指先にわずかに残る色の沈み方が妙に気にかかったが、それが何によるものか確かめる術もなく、時間が過ぎた。
加奈子は、テーブルの上のコップには最後まで手を触れず、近づけることすら避けているように、必要以上に距離を保ったまま一度も視線を落とさなかった。
その存在自体を初めから排除しているような振る舞いが、不自然なほど徹底されていた。
矛盾している、と思った。
だが彼女は、その矛盾を説明しようとも、隠そうともしない。淡々と、線を引くように、自分の領域を守りながら生きている。それでも、視線が交わるたびに、加奈子の存在は静かにこちらの世界へ入り込んでくる。
初対面であるはずなのに、私にはその境界が曖昧に映り、硬さを保っていた内側が、知らぬ間にゆるんでいく。
聞こえてくる”How to Disappear Completely”の繰り返す浮遊感が、私の輪郭をわずかに希薄にしていた。
私はヴィーガンについてあらかじめ調べていたものの、動物由来を避ける理由、思想や信条、あるいは習慣としての選択。けれど、どれも彼女には当てはまらない気がした。そんなものに当てはまらない。加奈子は、説明の中には収まらない。そんな枠に収まらない加奈子の境界の曖昧さに釘付けになった。
「彼らみたいになりたいの」
ヴィーガンとして生きる理由として、加奈子はそう言っていた。
彼らとは何を指しているのか、わからず私は曖昧な返事をしてしまったことを覚えている。
一度会ってから、私たちは少しずつ会う頻度を増やしていった。
もっと知りたい。加奈子に会いたい。
彼女と過ごす時間が重なるほど、私はその矛盾や制約さえも、ひとつの魅力として受け入れていくようになっていた。
私は小さな会計事務所で事務員として働いている。帳簿の数字を確認し、伝票を仕分け、入力された金額に誤差がないかを照合する。すべては規則に従い、決められた形式の中で処理されていく。
仕事の合間を見つけては彼女に連絡をし、休日があれば彼女に会いに行く。
画面に並ぶ数値は常に整合を求められるのに、私の内側では、加奈子に触れるたびに何かがずれていく。そのわずかな逸脱が、むしろ心地よく感じられた。
それほどに加奈子は魅力的だった。
ベジタリアンの調理法を徹底的に調べ、家で得意な料理を振る舞った。だが、加奈子を家に招くためには、料理の腕前だけでは不十分だった。重度の潔癖症を持つ彼女が安心して過ごせるように、家中を細部まで確認し、床や棚、机の角まで埃や髪の毛を念入りに拭き取り、台所の調理器具や食器は使う直前に蒸気で消毒した。
まな板や包丁は野菜用とそれ以外で厳格に分け、ダイニングや洗面所まで、加奈子が触れるかもしれない場所は隅々まで整えた。換気や空気の流れ、微かな匂いにも注意を払い、いつもよりも整えられた空間で彼女を迎えた。
それでも、料理を振る舞う時間は喜びに変わる。彼女と一緒なら、野菜と穀物だけの食事も素晴らしく美味しく感じられた。私にとって、加奈子の声がスパイスのようだった。抑揚のない話し方をするのに、確信をつく。そんな加奈子のためなら、食事の制限や掃除の手間さえも苦にならなかった。
「気を使わなくても良いのよ。たまにはお肉も食べたいんじゃない? 」
その言うたびに、加奈子が抱える孤独や不自由を目の当たりにした。ヴィーガンであることや潔癖症を面倒だと思う友人が少しずつ離れていく話や、職場で浮いてしまう話を聞くたびに、加奈子は友人の目にも、職場の喧騒にも触れず、私だけの世界にいるように思えた。
加奈子を独占している。私は体の奥から震えるほどの喜びを覚えていた。
3、ブレゼされる境界
床や棚に埃が残っていないかを確かめ、同じ場所を何度も拭き上げる。キッチンには使い慣れた道具を一つずつ並べ、位置と間隔を揃えながら整えていく。食材は流水で丁寧に洗い、手のひらでなぞるたびに、目に見えないものが剥がれ落ちていくのを確かめる。
それでも、触れようのない空気の層が降り積もってくるように感じられ、拭き終えたはずの場所へと手が戻る。同じ動作を、順序を変えずに繰り返す。
加奈子が来る前のこの一連の反復は、彼女が安心して存在できる状態へと空間を捧げるための、静謐で清らかな儀式のようだった。
加奈子は指先でグラスに軽く触れると、わずかに顔の角度を変えながら、確認を繰り返し、わずかに手を止めて次の動作に移る。安心できる空間だと分かれば、触れることも許される──彼女の潔癖症は、そんな微かな予測可能性に従い、少しずつ緩んでいっていた。
オリーブオイルににんにくを落とし、弱火でゆっくりと香りを引き出す。焦げる手前で大豆ミートのミンチを加え、水分を飛ばすように炒めた。続いて刻んだ玉ねぎを入れ、透明になるまで火を通す。
白ワインを注ぐと、立ち上る酸の匂いが一瞬だけ空気を緩める。アルコールが抜けたところで細かく刻んだトマトを加え、ローリエとローズマリーを落とした。さらに、味噌と濃口醤油をわずかに加え、輪郭だけを整える。
煮詰めていくにつれ、水分は静かに失われ、代わりに濃度と香りが凝縮していく。仕上げに黒胡椒を強めに挽くと、サルシッチャを思わせる、わずかに野性味を帯びた匂いが立ち上った。
かぼちゃのニョッキにソースを絡めると、加奈子がフライパンの中を覗き込むように、すぐそばへ寄り添ってきた。その距離の近さに、わずかな体温が伝わる。
最初は、ただ同じ空間で食事をするだけだった加奈子は、少しずつ許容する範囲が広がり、やがて映画を並んで観ることも許されるようになった。知り合って一年半が過ぎる頃には、加奈子は時折、家に泊まるようになっていた。
触れること、同じ空間で過ごすこと。その一つ一つに安全が積み重なることで、彼女の心理的な抵抗は、ほんのわずかずつ、しかし確実に溶けていった。
「屠殺は、淡々と進む、無表情の工程なの」
加奈子はヴィーガンなのに、食肉加工の仕事をしている。その矛盾を抱えながらも、時折寝る前になると、仕事のことを詳しく話してくれた。
「まず、ボルトガンで頭を打って気絶させるの。脳が一瞬止まるから、苦痛は最小限に抑えられるのよ。その後、頸動脈を切って血を抜く。これを放血と言うわ。心臓が動いているうちに行うから、豚だとおおよそ数分で血が抜けるの」
彼女は手元をほんのわずかに動かすだけで、話す声には抑揚がなくとも、瞳が光り、唇が微かに動くたびに艶やかさが増した。
「気絶処理は建前としては苦痛を減らすためだけど、実際には肉質にも影響するの。だから、結局は人のためなのよね。美味しい肉を届けるための」
その言葉を紡ぐたび、加奈子の体が少し高揚するのがわかる。目の奥が光り、微かな笑みが浮かび、説明を聞くこちらの胸まで、静かに熱を帯びていく。まるで彼女の内側で生まれた感情が、そのまま私の中へ流れ込んでくるようだった。
言葉の後、彼女は体をほんの少し擦り寄せる。
「生きているのに、生きていないみたい。でも心臓が動いているから早く血が抜けるのだから、生きているのよね」
私は指を絡ませ、加奈子のしっとりした手のひらが吸い付く感覚に身を任せる。
加奈子と付き合うようになってから、精肉や鮮魚のコーナーには足を運ばなくなった。加奈子が来ない日でも、私はヴィーガン食を摂り続けた。その食事を続けることで、まるで彼女とつながっているかのような感覚があり、心が静かに落ち着いていく。
私はインスタグラムに投稿を重ね、他のヴィーガンの人のページも覗いてみる。
画面に並ぶのは、鮮やかなサラダボウルや整然と盛られた雑穀プレート。赤や黄、緑の野菜は光に映えて輝き、ナッツやハーブが美しく散らされている。透明なグラスにはスムージーが層になり、見るからに冷たく瑞々しい。
整然とした写真には「#ヴィーガン」「#healthy」といったハッシュタグや、工夫の説明も添えられている。理屈上の満足感はあるものの、指先で触れる感触や口に運んだときの温度や香りまでは伝わってこない。
良いレシピがあれば、アレンジして……加奈子が喜ぶかもしれない――そんな想像を膨らませていたが、どの写真も加奈子と目の前で食卓を囲む幸福や、肌や息遣いを伴う満たされる感覚には到底及ばない。
画面の中の反応は色鮮やかでも、冷たく、どこか現実感を欠いていた。
その欠落を意識した瞬間、私の思考は、食材が辿ってきた現実の過程へと引き戻される。
スーパーの生肉コーナーに並ぶものは、消費を前提として外部により給餌と運動を統制されていた個体の、処理後の残存である。
加奈子の手によって頸動脈を切られ、放血され、枝肉へと加工される。血液は家畜飼料や肥料、骨や内臓はペットフードやゼラチン、皮は革製品や化粧品の原料として再び利用される。脂は石鹸や工業用に回されることもあるようだ。
加奈子が奪った命の一部は、こうして食肉以外の形で生き続け、私の周りに静かに広がって侵食している。その循環を知るたび、加奈子の行為が生み出す命の存在感に、胸の奥からじんわりとした喜びが広がり、知らず知らずのうちに、加奈子は私の世界を静かに形作っていた。
まるで加奈子という大きな海の中に身を委ね、そこに漂うすべての命や感覚に包まれているような
――そんな感覚だった。
4、コンフィの時間
加奈子と出会って二年ほどが過ぎ、気がつけばほとんど一緒に暮らしていると言っていい状態になっていた。
彼女は、ベランダに家庭菜園用のプランターを置き、私は浄水器を設置した。プランターには、ミニトマトやバジル、ルッコラ、ラディッシュといった葉物や小さな果菜を二人で植えた。
加奈子はベランダのプランターに手を伸ばし、小さな袋を指先でつまむ。粉末の微かな香りが、鼻腔にじんわりと染み渡る。
「この肥料、知ってる? 動物の骨粉を混ぜると、リンやカルシウムが豊富で、土と相性がいいのよ。野菜がよく育つの」
加奈子の声は、抑揚をほとんど感じさせない淡々とした口調だ。しかし、その静けさには、耳を傾ける者の神経をゆっくりとくすぐるような余韻があった。
「羽毛粉や魚粉も使うといいの。窒素や微量元素のバランスが整って、葉も果実も元気に育つのよ」
加奈子は袋の中身を混ぜる。羽毛粉のふわりとした軽さ、魚粉のしっとりした感触――どちらも微かな匂いを伴い、生命の循環を手のひらで伝えてくる。彼女の動作の一つひとつが、この空間と私たちの関係を形作るのだと、胸の奥で静かに実感する。
ふと思う――このプランターの土、育つ野菜、私の手で切った材料、そして加奈子自身の存在までもが、私たちの手と知識で作られているのだと。日々伸びる爪、黒髪の艶、微かな息づかい、排泄されるものまでも――すべてが共同作業の結晶となり、彼女を形作るものは少しずつ私の手を経るようになっていった。
その声には、野菜を見守る静かな熱意が宿っている。説明を聞きながら、加奈子の知識の深さと、命を感じる手つきに、自然と視線が集まるのを止められなかった。
私の空間を侵食していく度に、彼女との一体感は徐々に、しかし確実に形を帯びていく。キッチンで私が手にしたナイフやまな板の手触り、器の冷たささえも、彼女がそこにいることを意識させる。
加奈子は私の作った料理を口に運び、何度も咀嚼し、静かに嚥下を繰り返す。口元に浮かぶ微かな笑みや、食べるたびに目を細める仕草からは、その時間を心から味わっていることが伝わり、その様子を見つめているだけで、胸の内に静かな幸福が染み渡っていった。
咀嚼音、わずかに動く唇、飲み込むたびに揺れる喉元――その一つひとつが私の意識を強く引き寄せる。彼女が食べたものはやがて彼女の身体となり、その身体は私が育て、私が調理したもので形作られていく。その循環を思うたび、私自身もまた彼女の内側へ入り込んでいくような錯覚に包まれた。
同じ食材で構成された体が、目の前で繰り返し消費されていく。その光景は奇妙でありながら、抗いがたい充足を伴っていた。取り込まれていくものと、それを見つめる私との隔たりは曖昧になり、やがて区別そのものが意味を失っていく。胸の奥が静かに熱を帯び、身体の内側が満ちていく感覚だけが、確かなものとして残った。
食べるという行為は、私たちの身体を静かに近づけていく。だがその重なりの中には、確かに「私」と「加奈子」の境界が薄れる感覚と同時に、どこか不穏な緊張が息づいていた。完璧に同じものを摂取しているはずなのに、微かに感じる違和感──それは身体的な結合がもたらす幸福感の影に、いつしか潜む影のようだった。
彼女の体は、自らの選択で作られた、美しい精密な構造物のようだった。キメの細かい白い肌、無駄のない太腿、柔らかな二の腕――計算されたように整っていながら、化粧品は不思議なほど最低限しか持たない。
「同じものを食べているなら……あなたは、触れても大丈夫」
その潔癖症の彼女が、私を拒まず受け入れた瞬間、私はようやく彼女の内側へ入ることを許された気がした。
唇を重ねることはまだ許されなかったが、その細く白い首筋にそっと口を添えるたび、頬を赤く染める加奈子。肌の温度、柔らかさ、髪や息の微かな香り――直接の体液の交換はなくとも、触れ合うことで伝わる存在感が、私の中で少しずつ確かなものになっていく。微かな震えや吐息のリズムに、互いの距離感を意識しながらも、肌で感じる一体感がゆっくりと広がった。
その瞬間、彼女はもはや精巧な造形物ではなく、呼吸し、感覚を持つ生きた存在だと、確かに感じることができた。息遣いと指先の感触、そして温もりが交わるたび、加奈子という個のリアルさが、鮮明に刻まれていった。
私は、そっと手を伸ばし、彼女の肩や背中にそっと触れながら、その温もりを感じた。
加奈子は微かに身をすくめるけれど、決して離れようとはしない。その小さな抵抗と、受け入れてくれる事実の微妙な均衡が、胸を熱くした。
「……ここなら、いい?」
私は声を低く落とす。
「でも、よくないことだわ」
加奈子は少しだけ首を傾け、うなずいた。その動きはわずかで、でも確実に私の心に触れた。
唇を首筋に這わせるたび、絡み合う指先がさらに強く熱を帯び、彼女の呼吸が変わるのが分かる。
小さな震えが、私の指先へと伝わってくる。
それは、私たちが幾つもの約束を守り続けた末に、ようやく触れられた時間だった。
私は、加奈子の内太腿の柔らかさを胸に刻みながら、柔らかく唇で包み込むように、軽く歯を立てた。
「加奈子……ひとつになりたい」
彼女は目を閉じ、頬をさらに赤く染めた。
拒む力と受け入れる意思の間で揺れるその表情を見たとき、私は初めて、加奈子が一人の人間として息づいているのだと実感した。
もっと加奈子を感じたくなった。
皮膚一枚が、あまりにも遠く感じられた。
私は、加奈子の腕を抱き寄せ、予期せぬ衝動で唇を奪った。身体がぶつかり、熱が一瞬で迸る。加奈子の驚きとためらいの息が耳に届く。しかしそのまま、二人の存在は混ざり合い、誰も止められない瞬間が過ぎた。
「……私を、一滴も無駄にしないでほしいの」
言葉を小さく漏らしながらも、彼女はそっと唇を重ねてきた。
——瞬間、私は理解した。理解してしまった。
加奈子がベジタリアンである理由。そして潔癖症である理由を。
「加奈子……それこそいけないことだわ」
彼女は、微かに笑ったような表情で私を見上げた。
「終わりを選べないのは、人の最大と不幸だと思わない?」
私は加奈子を抱きしめた。細く白い首筋をなぞり、浮き出た鎖骨に唇を軽く触れさせながら、ゆっくりと胸元へと顔を近づける。唇が豊かな胸に触れ、温もりと柔らかさを感じながら、互いの呼吸が静かに重なり合う。
しっとりとした陶器のような肌が指先や頬に触れ、微かな汗や皮膚の脈動が、私の全身へ静かな熱を伝えていく。触れ合うたび、加奈子と私の区別は少しずつ意味を失っていくようだった。
そのまま、自然と内太腿へと頬を滑らせる。温かさと柔らかさが密着するたび、心理的な独占感と満たされる多幸感が、胸の奥から身体全体に広がった。加奈子の静かな震えや微かな吐息が、互いの存在の深さをさらに強く感じさせる。
もっともっと深く。
私と加奈子は互いしか見えなくなり、その幸福はごく自然なものとして私たちを包み込んでいた。世界の外側の秩序など関係なく、私たちはただここで――呼吸を合わせ、肌を重ね続けた。
互いを全身で感じながらも――なお満たされない領域が、私の底から確かにせり上がってくるのを否定できなかった。
加奈子の指が、私の背中をゆっくりと撫でていく。肩から背へ、確かめるように指先が移ってゆき、そのたびに身体を預ける重みがわずかに深くなる。
まるで、自分がおさまる場所を探しながら、そこに触れて確かめているようだった。
完
今回は「『あゝ 美味しい』」をお読みいただき、また多くのコメントをいただきありがとうございました。
当初は企画として百合のストーリーを想定しており、第1話がその原型にあたります。「骨噛み」から着想を得て構成しました。
予想以上に反応をいただけたこともあり、加奈子との関係性をさらに掘り下げたいと考え、あわせてカクヨム10テーマ小説コンテストへの応募も視野に入れ、一万文字程度まで物語を拡張しました。
「加奈子と一つになりたい」
好きな相手と同一化したいという欲求は、誰しも程度の差はあれ抱きうる感情だと思います。
作中で加奈子が語る「彼らみたいになりたいの」という言葉は、屠殺される食肉を指しています。愛する相手に一滴残らず取り込まれたい、自分が相手の一部になりたい——その発想の延長として、彼女はヴィーガンという選択に至っています。
なお、この設定は「肉食の家畜は味が落ちるらしい。それならベジタリアンの方が美味しいのではないか」という雑談から着想を得ています。
物語は淡々と進行しながら、二人の関係は後戻りできない段階へと深まっていきます。内面としては「澄んだ水のような愛」が描かれていますが、それはあくまで当事者の認識に過ぎないのかもしれません。
最後に肉を食べ終えた後も、そこで終わりではありません。
残されたものは土に還され、そこから育ったものを再び取り込む。そうして「私」は、繰り返し加奈子を体内に取り込み続けます。
この循環を美しいと感じるかどうかは、読み手に委ねられる部分だと思います。
現実的に考えれば、「私」は相当な栄養失調状態にあるはずです。「今日は休みだからゆっくり味わう」と語っていますが、それが社会的な意味での安定した生活を示しているとは限りません。むしろ、この時点で
日常生活は破綻している可能性もあります。
やがて土も痩せていくでしょう。
そのとき、「私」自身もまた同様に枯れていくはずです。
糞尿にまみれたプランターの土。
それを抱きしめるように座り込み、動かなくなっている「私」。
実際の光景は、決して美しいものではないかもしれません。




