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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

朱色のタライ

掲載日:2026/06/05

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お~、こーちゃん。ようやく洗濯が終わったかい?

 珍しいなあ、君がそこまで時間をかけるなんて。シャツ一着に何十分もとか……よっぽど嫌なものでもついていたのか、あるいは大事に使いたいお気に入りなのか。

 まあ、これからの暑い時期はどうしても汗やその他のものが衣類にしみついちゃう時季。きれいにしておきたい気持ちも分かる。毎年のことだが夏日は長いからな、シャツたちも汗を吸うのに大忙しだろう。

 生きているだけでも、我々は何かを働かせている。体の臓器たちはもちろんだが、社会で生活していくためには衣食住を整えなくてはならない。生まれたままの姿で街中をうろつくわけにもいかないからな。

 服はまぎれもない大功労者だし、そのコンディションを整えてくれる洗濯手段たちもしかり。むろん、こーちゃんが先ほど使ったタライもだ。

 歴史ある道具のひとつ、タライ。これにまつわる話がたくさんあるのも、こーちゃんならすでにご存じだろう。

 その中にひとつ、新しいネタをくわえてみないかい?


 朱色のタライ、と私の地元では伝わっている。

 むかしむかし、地元で人々が暮らすようになって間もないころ、川で洗濯をしていた男がはじめて出会ったものとされている。

 当時は水風呂などというものはなく、毎日のように体を洗う習慣は存在しなかった。大幅に体を汚してしまったり、行事などの前で特別に清める必要があったりするときなどに限られていたという。

 その日の川は、昨晩に嵐が通り過ぎたばかりなのに、不思議と水かさが増えたように思えず、流れも清いままだったそうな。当初はおっかなびっくり、出水の被害がどれほどのものになるかと不安がっていた男も、つい拍子抜けしてしまうほど。

 それでも水場へ近づくときの常として、家からタライのひとつは持ってきている。今のうちに家の汲み置きを増やしておこうと、川のふちへかがみこんだところで。


 ふと視界の端に、朱色のものが入り込んだ。

 このあたりの景色を構成するのは、空の青、木々の緑、小石の灰が大半。そこへ朱が飛び込んでくるならば血か、あるいは危ないものか。

 顔をそちらへ向ける。川の上流から波に揺られて上下しつつも、何かがこちらへ向かってきた。男が目を凝らしている間に、その輪郭もはっきりと定まってくる。

 タライだ。

 自分が手にしているものと同じ、木を束ねて作ったと思しきもの。ただし、その全身は黄色を主とした自分のものに対し、朱色に染め上げられているのが大きな違いだったそうな。

 男は手元まで流れてきたそのタライを手に取り、しばらく待った。持ち主が誤って流していたならば、これを追って上流から姿を見せるかもしれなかったからだ。もし、そうであったなら、すみやかに返す腹積もりだったという。

 だが、半刻ほどその場にとどまっていたものの、それらしい者は現れない。かといって、このまま自分が持ち帰るような真似をしたら、いよいよ持ち主とタライがめぐり合う可能性は無に近づいてしまうだろう。

 男はあたりを見やり、人が腰かけられるほどの大きさの石の影に、この朱色のタライをしまい込んだ。一見しては分かりづらいが、少し注意深く観察してみれば探り当てることは可能なあんばい。

 どうか、持ち主の元へ届きますようにと、男は予定通りの水を汲んで、いったんは帰宅。さらに底の深い桶へ切り替え、時間をかけて5往復ほどする。

 その都度、岩の下を見たものの朱色のタライは、そこへとどまり続けていたそうな。


 それから数日。

 男はタライのことを誰にも話さず、また近辺に寄ることも避けた。

 下手にうろついているのが察知されると、回収する側としては行動を起こしづらいだろうし、話せば絶対に漏れると経験からわかっている。あくまで持ち主と水入らずの再会を遂げてほしい、というのが男の願いだったんだ。

 しかし、タライを置いて7日が過ぎたころ。男の住んでいる村で事件が起こる。

 村の赤子たち四名が、そろって姿を消してしまったというのさ。しかも、そろって夜明け前、母親が胸に抱いていたところから、するりとだ。

 奇怪な一致に神隠しかとざわめく村民たちだが、母たちの心中を思えば、探さないわけにもいかないだろう。みなが方々に散り、男は例の川近辺の担当となったのだとか。


 そこで男と、同じ担当である数人は目撃する。

 男がかつてタライを隠した、大きめの岩。それのあるべき場所が、岩とほぼ同じ大きさの朱色のタライに置き換わっていたこと。

 中にはタライと同じ、朱色の水が満たされていて、その中に行方知れずとなっていた赤子たち四名の姿があったことを。

 四人とも息をしていたものの、いずれも盛大に鼻血を出していた。布などで栓をしても、たちまち生地を染めきって垂れ流させる勢い。鼻の頭をぎゅっとつまんでも、口へどんどん回ってくる始末。

 みなが赤ん坊の処置にてんやわんやしていると、例の巨大なタライがにわかにずるりと岸を滑った。

 中身の朱水を飛び散らせながら、流れへ飛び込んだタライはみるみるうちに小さくなり、男が最初に見たくらいの大きさへ落ち着く。そうして流れに乗って、さらに下流へ去っていってしまったんだ。


 赤子四人の鼻血はしばらくして止まり、村へ連れていかれて無事に母たちの元へ戻った。

 この四人はいずれも男だったが、大きくなったあとに全員が職人の道を志す。様々なものを作った彼らだが、生涯で一番多く作ったのはタライだったそうな。

 いずれも質が良かったものの、製作者が亡くなるとほどなくそのタライは朱色に染まってしまう。みんなが気味悪がるや、風に乗って飛ばされたり、落ちてころころ転がったりして、あちらこちらへ旅立ってしまったのだとか。

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