第52話 決まるXデー
肩慣らしの訓練もほどほどに終了した時期である8月20日。中里が穏やかでない話をする。
「中国の偵察機がフィリピン海に進出しているらしい」
「中国がフィリピン海にってことは……」
「おそらく、プロキシマ・ケンタウリの偵察だろうな」
「何考えてるんでしょう? まさか独断専行でプロキシマ・ケンタウリの破壊をもくろんでいるとか……?」
「いやぁ、ありえる」
その発言に、神崎は頭を抱える。
そして何かを思い出したかのように、パソコンでSNSを開く。
「もしかしたら、ネット上にいるOSINT有志が何か情報を上げているかも……」
「やめとけ。今の環太平洋情勢でOSINT活動している連中なんていないだろうよ」
「ですが……」
反論しようとした神崎だが、それ以上の言葉が出てこなかった。中里の言葉に重みを感じたからだ。その重みの理由は分からなかったが。
「神崎。そんなことよりも、来るスパローリング作戦のための準備でもしておけ。俺たちは作戦空域での映像記録任務に入るからな」
スパローリング作戦。それは、アメリカ軍で策定された「国籍不明勢力から環太平洋地域の空域を奪還することを主目的とした一連の軍事作戦」の名称である。日本における信濃計画第二段階に相当する。
この作戦では、以前から確認されていたように、日本の山部島を中心とした空母打撃群相当艦隊、アメリカのカンバーランドの航空戦力、アメリカ第3艦隊所属のジェラルド・R・フォード級航空母艦「ドリス・ミラー」を中心とした空母打撃群という、3つの部隊によって攻撃を行う予定である。
これらが協力してプロキシマ・ケンタウリを無力化するのを最低目標としているのが、スパローリング作戦の大まかな流れだ。
「この作戦だけで、F/A-18とF-35が合わせて50機近くも参加するんですよね?」
「そうだ」
「自衛隊がいる意味あります?」
「何バカ言ってるんだ。今回は日本が参加しないと意味ないんだよ。フィリピン海は中国が第二列島線として設定している海域だ。もしここで中国が出しゃばってきて、プロキシマ・ケンタウリを無力化させてみろ。戦後になったら中国が太平洋に進出する口実を作っちまう。フィリピンとしてはそれを阻止したいが、軍事力で中国に勝てない。だからこそ、フィリピンは日本との同盟関係を使って、日本に肩代わりしてもらおうと狙っている。我が国も中国の太平洋進出は好ましくない。だから、日本が歩調を合わせたうえで、他国も巻き込んだ活動をするしかない」
「はぁ……」
「とにかく……、もろもろを勘定すると、今回の場合、日本は積極的に自衛隊を動かす必要があるんだ」
中里の話に、神崎は適当にうなずくしかなかった。
そして防対本がアメリカ国防総省経由で、第一次スパローリング作戦の決行日を通達する。最初のXデーは、日本時間8月24日午前8時だ。
「そういうわけで、改めて民間飛行隊諸君に説明を行う」
梅香隊のほかにも、日本全国から民間で組織された飛行隊が集結している。そんな彼らに対して、ブリーフィングが行われた。
「第一次スパローリング作戦は、フィリピン海に鎮座している目標のプロキシマ・ケンタウリを攻撃し、無力化する。この無力化の工程は米軍側が主体となって行う。我が方、特に君たち民間飛行隊の任務は、出現した敵機をただひたすら墜とし続けることだ。詳細を述べる。まず君たちは山部島と目標の中間あたりで待機してもらう。行動範囲は目標の北150km地点を中心とした東西200km。この範囲で敵機を迎撃する。分かりやすく言えば、目標の北側付近に進出してきた敵をできる限り墜とすことだ。そのほかの範囲は、第3飛行隊と第306飛行隊が担当する。難しいことは考えなくていい。日本に接近してくる敵機を落とせばいいだけだ」
中里がそのように話をする。
梅香隊の3人は中里の話を真剣に聞くが、彼女らの近くにいた別の飛行隊のパイロットが小声でおしゃべりする。
「梅香隊って彼女ら? 第二次世界大戦で使ってた日本の軍用機を改造して使わせてもらってる贔屓部隊とは聞いていたが……」
「旅客機を飛ばしてた俺らのほうがよほどお似合いだと思うけどな。なんで未成年に重要な飛行機を渡したんだろ?」
「いわゆるプロパガンダの一つじゃないか?」
「昨今の常識じゃ考えられないな。若い女だからって甘やかしてもらってちゃ困るよなぁ」
ぼそぼそとだか、当然のように彼女らの耳に入ってくる。
「なんか後ろでアタシたちの話してるー?」
「そうね~」
「聞くだけ無駄です。この作戦で成果を出せば勝手に黙ってくれますよ」
「そうかもね~」
そんな話をしていると、中里の説明が終わっていた。
「さて、話は以上だが、質問があるやつはいるか?」
「はい」
そういって手を上げたのは、後ろで梅香隊の陰口を叩いていた連中だ。
「この作戦で、明らかに浮いている飛行隊がいますが、その部隊の飛行機に乗り換えることは可能でしょうか?」
「どういう意味だ? 機種転換の話でもしようって話か?」
「まぁ、おおむねその通りです」
「却下だ。機種転換訓練も受けずに出撃しようなんざ死にに行くようなものだ。許可できない」
「しかし未成年が俺たちよりも性能が上の飛行機に乗っているんですよ? おかしいとは思いませんか? その機体を寄越してくれれば、素晴らしい戦果を持ち帰れます」
「君、どこの飛行隊だ?」
「エミュー隊です」
「西日本側の部隊か。何度でも言うが、許可できない。座ってくれ」
「しかしですねぇ!」
彼の語尾が強くなった時、その肩を掴む者がいた。
「あぁ!?」
「失礼、カソード隊の者だ。あまり彼女たちを侮辱するものではない。実力は本物だ」
「なんだと……?」
今にでも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな感じだった。それを見通していたのか、中里の合図で数人の自衛官が双方の抑え込みに入った。
「喧嘩するくらいなら、戦果を上げてからにしてくれ。ほかに質問がないなら、ブリーフィングは終了する。解散」
そういって中里は演台から降りる。それに続き、神崎、梅香隊も部屋を出た。
なんとか大事にならず、神崎は心の中で安堵する。
こうして、勝負のXデーを迎えるために、山部島は移動を開始した。目指すは大海原のフィリピン海である。




