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影の航空機━ノベライズ━  作者: 紫 和春


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第34話 おおよそ弾丸旅行

 その日の晩、加藤と浜口が岡井に話をしていると思われる。


「うまくやってくれますかね……?」


 神崎は中里に呟くように聞く。


「まぁ、彼女たちの仲を考えれば問題はないだろう」

「ところで、命令をした時に何かメモを渡していたようですが、何が書いてあったんですか?」


 加藤と浜口に命令を下した時に、ポケットサイズのメモ帳の紙を渡していた。それを神崎は横目で見ていたのだ。


「あぁ、事務処理に必要な書類の一覧だ。おそらくこれまでの服薬の履歴、いわゆるお薬手帳があるはずだ。今はスマホで見られるだろうがな。それと障害者手帳と自立支援手帳の有無だ。これがあると必要書類が増えるんだよなぁ」


 そんなことを言う。


「とにかく、二人が岡井さんのことを説得するのを祈るしかないか……」


 そうして夜が更けていく。

 翌朝。神崎たちが庶務室に出勤すると、加藤と浜口がやってきた。


「説得に成功しました。『必要な書類があるなら、自分も動きます』と言ってましたよ」

「そうか。正直個人情報の山だからな。その心意気やよし。ちなみに自立支援手帳はどこの病院が書いてあった?」

「えと、柏田病院です。石川県にある病院です」

「分かった」


 中里は加藤からの報告を聞いて、神崎の方を見る。


「神崎、車を出せ。新幹線の手配もだ。今すぐ石川に行く」

「は、はい」


 神崎は言われるがまま、新幹線のチケットを手配するためパソコンに向かうのだった。

 その日の午後、中里と神崎、岡井の3人は、石川県へ向かうために車を最寄り駅まで走らせていた。当然運転は神崎である。


「岡井、体調は大丈夫か?」

「はい……。頓服用の薬が少し残っていたので、それを飲みました……」

「余っていた薬か。……正直もうちょっと早く相談して欲しかったな」

「すみません……。なかなか言い出しにくくて……」

「まぁ、そうか。精神疾患ってカミングアウトするのは難しいもんな」


 そして静寂が訪れる。一種の気まずさのようなものだった。

 そのまま最寄り駅の石岡駅に到着する。常磐線に乗って東京駅まで出て、そこで北陸新幹線に乗り換える。

 夕方になれば、石川県の金沢駅へと到着した。駅前にあるビジネスホテルで一泊する。

 翌日にはレンタカーを借りて、小松市に移動する。全日本航空高等学校金沢は小松空港の近くにある。そして岡井は小松市に戸籍を移動していた。

 自治体が発行する障害者手帳と自立支援手帳は、当然ながら市役所でしか変更することはできない。

 その関係でわざわざ石川県まで来たのだ。

 市役所の福祉課で手続きをして、正午ごろに解放された。


「さて、なんとかなったな」

「ほとんど中尉が公権力を行使してただけじゃないですか」

「今は緊急事態宣言下だからな。ようやくこの日本でも軍人の優越権が浸透してきて嬉しい限りだ」

「それ喜んでいるの中尉だけですよ?」

「そもそもだな、自衛官は日本のために身を粉にして働いているんだ。もっと感謝されてもおかしくはないだろ」


 そんな話をしながら市役所前の通りを歩いていると、岡井がふと立ち止まる。


「ん、どうした岡井?」

「いえ……。ありがとうございます。ここまでしていただいて」


 そういって岡井は頭を下げる。


「別に問題ない。これも仕事の一つだからな。まぁ、それだけではないがね」

「え、なんか急にデレた?」

「おう神崎曹長。喧嘩売ってるのか? 買ってやるぞ」

「そこまで言ってませんよ。あの、黙って拳上げるのやめてください」


 本当に拳を挙げる中里。その時、ふと岡井の方を見る。


「そうだ、岡井。せっかく石川に来たんだ、何かしたいことはあるか?」

「……せっかくの気遣いありがとうございます。でも、今日は疲れちゃいました」

「そうか。少し無理させたか。帰るか?」

「はい、そうします」

「分かった。神崎、帰るぞ」

「はい」


 拳を下した中里は神崎に指示する。

 こうして石川県への弾丸旅行は弾丸のまま終わった。

 百里基地に戻ってきた数日後の6月29日。百里基地に一人の民間人がやってくる。


「初めまして。精神科医の大井です」


 中里が呼んでいた精神科医が来たのである。ここでも自衛隊と防衛省のコネと権力を利用して呼んできたのだ。ちなみに石川県小松市で書類を提出していたのは、この精神科医の受診で自己負担額を1割にするためである。

 そのまま宿舎で診察し、処方箋をもらうと、これまた連絡していた近くの薬局で薬を受け取る。

 こうして、精神科医の駐在と薬局での特別扱いを行ったことで、岡井はその後1週間で体調を回復させるのだった。

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