16話 幕間
涼介が眠りについて数時間後――。
笑一太は買い物袋を下げて部屋へと帰ってきた。
静かだ…。兄は…どうやら寝ているようだ。と笑一太はなるべく物音を立てないように気配を消してそっと近寄る。
寝息を立てる兄の寝顔を見ているとなぜだか穏やかな気持ちになる。
先ほど抱きしめられた感覚を思い出す。
…突き放されなくて良かった
…とりあえずは
そんなことを思いながらしばらく眺めていた。
外が薄暗くなった頃、涼介は目を覚ました。
…よく寝た。今何時だろ…
スマホを探そうと横を向いた時、意外な姿がそこにあった。
「……」
片腕を枕にして涼介の方を向いて目を閉じていた。
―…えーた…寝てる。
涼介は弟の無防備な寝姿に目元を緩めた。
……
『えーた…、出てかない……?』
『出てくの……?』
急に眠る前の自分が思い起こされて涼介は頭を抱えた。
…えーた、やだったかもな
あの時、涼介は一方的に一気に距離を縮めてしまった。
しかし全て今更だ。時間は巻き戻せない。ならば開き直るしか自分にはない。と瞬時に自分を受け入れることにした涼介。
そうだ、あのホラー映画をみた夜も同じようなものだ。うんうん、と涼介は全面的に自分を肯定した。
…こいつだって、嫌なら本気でキレるだろうし
いまだ目を覚まさない弟に涼介は目を向ける。
…何か俺えーたといると…変
…いや身内だから気を許してるだけ
…あんなもんだよな、
涼介は枕の方を見渡しスマホを手に取る。
与恵達から届いていたメッセージに返事をしようとした。が涼介は母からも来ていたことに気づく。
"熱は下がってきてるって聞いたけど温かくして、きちんと治しなさいね"
"あんまり心配はしてないけど仲よくするのよ"
涼介は傍らで眠る弟を見る。
「……」
涼介は徐ろにカメラを起動してその寝顔に焦点をあてた。
撮ったものを確認する。
…何となく撮ってしまった
涼介は返事がてら母にこれを送ってみようかと考える。
…えーた怒るかな
そう思ったとき、もぞりと弟が動いた。
「…ん、…」
涼介は画面から目を離し寝起きで目を瞬かせる笑一太へと視線を移した。
「おはよ、…看病ありがとな」
びくっとして、涼介が起きていた事に今気づいたようだった。
弟は何か言おうと口をためらいがちに開いて「別に…」とそっぽを向いた。
涼介はそんな弟に笑いつつ「なあ、」と呼びかける。
何だよ、と横目で笑一太は兄を見た。
「母さんにえーたの寝顔送っていい…?」
「ッはっ…?」
「仲直りしたって教えたいから」
そう言って画面を見せた。
それを取ろうとした笑一太の手を涼介は避ける。
眉を寄せて涼介のことを理解できないという風に首を振る。
(何でそれ送って仲直りしたことになんだよ、意味分かんね)
「…、だめだ送るな…それ消せ」
「……わかった。でも消さない」
(…もったいない)
「ッ…消せよ」
涼介はスマホを守るように隠して言い放つ。
「イヤだ」
「…っ、勝手にしろッ」
そう言って笑一太は立ち上がるとキッチンの方へ行った。と思ったら戻ってきて、ややふくれっ面で涼介に言った。
「作ったら何か食べるか」
「くう。…さっき食べたばっかな気がするけど」
その言葉に笑一太の表情がホッと和らいだ気がした。
「待ってろ」
そう言うとまたキッチンへ戻っていった。
涼介は待つ間に先ほどしようと思っていた返信をしていく。
それを終えると立ち上がって軽く首や腕をまわす。当たり前に動くいつも通りの身体に嬉しくなる。
体を伸ばしつつ涼介は風呂場へ直行した。
シャワーを浴びてさっぱりするついでに風呂場をピカピカに磨く。
ふー、と涼介は満足気に一息つく。
風呂から上がり適当に鏡の前でいつもの支度をして適当に整える。途中、涼介の鼻が食欲を唆る香りを嗅ぎ取った。
すんすんと勝手に鼻が動き匂いを嗅いでいるとお腹が鳴る。
…お腹空いた
涼介が洗面台を出ると「出来た」と弟の声がした。
…いい匂い
釣られるように近づいて出来上がった料理を見るとまたお腹が鳴った。
…美味しそう
ネギと梅の入りのおろしうどんと小鍋に浮かぶ湯豆腐。
よだれが出そうになるのを堪えて涼介は急いそと席につく。
テーブルに並べられた料理に手を合わせた時はたと思った。涼介は笑一太をみる。
「食べよ、一緒に…」
そこまで言いかけて涼介は思い直す。
「あ…まだ完治してないかも、やっぱ今のナシで」
へらりと笑って言った。
そんな涼介に、笑一太はどこから出したのか体温計を「ん」と差し出した。
少しびっくりしながらも涼介は渡されるまま体温をはかる。
しばらくして音が鳴った。
…36.8
見ていると笑一太に体温計を取られた。
「……」
笑一太は自分のうどんを盛り付けると涼介の前にやってきた。器をテーブルに置くと言った。
「食え」
「…うん、いただきます」
涼介が食べ始めると笑一太も小さく手を合わせ食べ始めた。
…、そーだ
涼介はこの際に考えていた事を笑一太に訊いてみようと思った。
「なあ、えーた」
二人で住むにあたっての決まり事が必要だと思った。
特に今回のことは意思の疎通、コミュニケーション不足だ。会話をする機会を日常的に取り入れれば解決するんじゃないか…
「まあ、できる範囲でさ…これから一緒に住むだろ…?決め事、ルールみたいなの作らないか」
笑一太は膨らんだ頬を動かしながら続きを促すように涼介をみてきた。
「例えばだけど…週に何回か今みたく一緒にご飯食べるとか……」
…あとなんだろ、もし…またケンカしても長引かせないように…
……思ってることは溜め込まないで伝え合うとか…?
涼介が考えていると笑一太が言った。
「………いんじゃね」
「えーたは、何かある…?」
「…――今は、特に…追々付け足してけば」
「…そうだな」
――これから、




