15話
涼介が笑一太に視線を向けると、音が聞こえそうなくらい高速で顔をそらした。
「えーた」
「な、んだよ自意識過剰か。み、見…」
「?水が欲しかったんだけど…だよな、それくらい自分で取り行く」
と、涼介は無意識に自分が笑一太に甘えていた事に気が付いた。
立ち上がりかけて、それは自分に言ったものか涼介に言ったのか、あほかと笑一太の呟きが聞こえた気がした。
見ると、笑一太は澄ました顔で言った。
「持ってくるから寝てろ」
「……」
また布団の中に戻り、手持ち無沙汰な涼介。
…なんか、ひまだ…
全快とはいかないものの、横になる事に飽きてきた。
「……あ」
…おれ、何を呑気に看病されてんだ…。えーた、出てくかもしれないのに
「水」
「ありがと…。えーた、」
涼介が話をしようと名前を呼ぶと、笑一太が頭を下げた。
「ごめん」
「え」
「まずは薬。ん」
「…」
笑一太が謝る理由は気になったが、それは何に対してだろうか。知りたいけれど、合わない視線に涼介の不安は広がる。
とりあえず渡された薬と共に一気に水も飲み干す。涼介が向き直ると笑一太は言った。
「悪かった…。逃げよう、として…自分の事ばっかで、」
そう言って涼介の姿を見て、笑一太はまた瞳をそらした。
たったそれだけで、涼介には笑一太からうかがい見れた何かがあった。
少しは涼介のことも考えてくれたようだ。不思議と弟の不安だとか落ち込んでいる様が感じ取れた。気づくと自然と笑一太へ腕を伸ばしていた。
「えーた、」
「…っは、な何」
「どーどー」
落ち着きなくわたわたとしている弟の身体を抱きしめる。
「は、何で、おい」
「よしよし」
「ふざけてんのか」
「大マジです……。そう言えば、おれ風呂入ってないからくさいかも」
笑一太から仄かに香る匂いに何だか癒される反面、自分の体臭も気になってきた。
今更だよな…、けどえーたに今必要なんじゃないかと思うと…カラダが勝手に…と、涼介はハグしたままそんな事を考えていた。
「……」
涼介の言葉に笑一太は胸元ですん、と匂いを嗅ぐ仕草をした。予想外の行動に、今度は涼介が身体を離した。
「うあ、やめろって」
「別に匂わねーよ、汗のにおいしか…」
逆に距離を詰められ、いつの間にか後ろに笑一太の腕がまわっている。
伏し目がちに言ったまま黙る笑一太の顔を見下ろしながら妙な雰囲気を感じているのは自分だけのはず…
と涼介は落ち着かない気持ちで、まごつくのを隠そうと、笑一太の肩に手を置いて言葉を絞り出す。
「それ、…くさいってことだろ」
「…ちげぇ」
変に脈打つ胸の鼓動に内心首を傾げつつ、涼介は言いたかった事を伝えようと口を開いた。
「なあ、えーた。…俺もごめん、お前に誤解させるような事」
言って、と続ける前に笑一太に遮られる。
「べつに。俺が勝手に…ひとりで、突っ走ってただけってわかったし…昨日」
「きのう……?」
「憶えてないならいい」
ツンと顔を横にそらす笑一太に、涼介は昨日の事を思い出そうとした。
……んん…?思い当たる節が、…
『俺…やっぱ出てくわ』
深夜、小さな明かりが灯る部屋の中
笑一太は涼介を見て静かに言った。
涼介が口を開く前に言葉を重ねる。
『俺がいたら、やっぱ、』
(何でそーなんだよ…)
『何で』
『自分で他部屋探す。だから、次の住む場所が決まるまでここに置いて、下さい』
頭を下げる笑一太を見つめる。
『俺、えーたと仲良くしたいんだけど』
『…』
涼介の言葉にそろそろと顔をあげ、笑一太は眉を寄せて訝しげに涼介をみた。
『お前って俺の言う事全然聞かないのな…。…お前は俺が出ていけって思い込んでるみたいだけど…逆…。そんな事、思ってない。えーたが住みづらいなら出ていくのも自由だ。けど、俺はえーたと、住んでみたい』
……、あれって――
「ごめん…夢かとおもってた…」
寝ぼけたことを言う涼介に笑一太は呆れた様に視線を投げつけた。
「んなわけねーだろ…」
涼介は笑うしかなかった。
そうだ…あれも聞いてみよ…
「あのさ…俺がお前を嫌ってるって思うようになったきっかけ、昔の俺のせい……?」
「いや、俺もガキだったし…嫌われても仕方ねーし、転がり込まれてうぜーだろうなって。昔の事は…忘れろ」
「……、ごめん……!」
「はあ…?おい、何でまた」
「えーたぁ、」
「おいっなんで抱きつく必要が」
「えーた…、出てかない……?」
「…、それ今関係あるか…?放せよ」
「出てくの……?」
「いい加減にしろ…!出ていかねーよっ!」
「えっ…」
涼介の体が一瞬浮いて、倒される。
衝撃に身を固めたが、沈んだのは布団の上だった。
「大人しく寝てろ、治るまで」
そう言うと涼介の顔を一度見てドスドス音を立てて何処かへ出かけた。
…えーた、出てったけど、出ていかないって言ってた
涼介は、どうやらここに留まることを決めたらしい弟にホッとすると、去り際にちらりと見えた赤い耳を思い出した。
薬が効いてきたのか、久しぶりにご飯を食べたからか、はたまた安心したからか、だんだんと眠くなる。
良かった…
明日からまた…




