1話
「えーた、お前飯は?」
涼介は洗面台にいる弟をのぞき込んで呼びかける。
鏡越しに一瞬だけ目が合うと、髪を整えていた弟は振り返るなり「バイトあるからいい」と、涼介の前を通り過ぎていく。
こちらに見向きもせずに出て行く弟。
「あ…っそ」
ずっとこんな調子でやってけんのか…どういうつもりだ、ばか。
涼介は物悲しさをすこしだけ感じながら心の内でつぶやく。
先週から高校を卒業した弟が部屋にやって来た。
同居する事に、親は安心した様子だったが、涼介は違った。
今まで弟と接する時、どうしていたか、あまり記憶にない。
いや、思い出したくない、とでも言ったほうがしっくりくる。
まだ思春期で、弟に辛くあたっていた昔。
それからは、弟とあまり会話という会話もせず互いに上手く噛み合う気配もないままやって来た。
今更一緒にだなんて、少々無理がある。
そんなことを思っても、あれよあれよと言う間に荷物は運び込まれる。やがて本人もやって来る頃には諦めて受け入れる姿勢でいた。
しかし、今のような、あまり関わらず生活をしたいという、露骨な態度はいささかくるものがある。
まあ、自業自得なんだろうけど…
もう少し喋ったり、コミュニケーションをとろうという気持ちが窺えればなんとかやれそうな気もするのに。
今更そんな事を言っても…どうもならない事は目に見えている。
涼介は長い溜息をついて、自分も大学に行く準備をし始めた。




