【転】の章③
ヴェリコルッセの入り口は、東西南北各所4ヶ所あり、それ以外から入ることは長壁のおかげ(せい?)で不可能だ。街で唯一の大教会は西入り口のそばにあり、僕らの宿屋からも比較的近く行きやすい。
キュナが急にそこへ行こうと言い出し、言われるままについていくことになった。
教会は、魔物の手に落ちてはおらず、聖職者たちのみで窮屈な生活を送っているという。そういえば以前教会にお邪魔した時は、一人の神父が無料で聖水をくれたものだ。神父に、「くれぐれも気をつけるように」と意味深な忠告をされたのを覚えている。
この前は、教会の受付付近で引き返しちゃったけど、今回はキュナに連れられて、奥の祭壇まで足を進めてみた。
中は荘厳な造りで、天井が何十メートルも高く、尖塔の裏側まで円錐に伸びている。天井画には、空や雲、キューピッド、それに天馬の姿も見える。いかずちを受けた悪魔が、退散している様子も窺える。天井全体が神の物語のようで、優雅で壮大な傑作といえよう。
大窓のステンドグラスを光が通過し、大理石の通路が七色に満たされている。歩くと気持ち仄かに暖かい。
奥の祭壇上には、法衣を纏った老齢の神父が、もう何十年も座して来たかのようにほぼ動かずじっと僕らを見つめている。他に信者の姿は無く、祈りの座席のどの列も無人である。はっきり言って虚しく寂しい以外に無い。神父たちもミサなんかできず退屈しているのかもしれない。本来ここを訪れる人々は、既に魔物に取り込まれてしまったのだろうか。
「あの神父様にお告げを頂きましょう!」
キュナが静けさを吹き飛ばすような高い声を上げて、スタスタと老齢の神父に近づく。
お告げか——。
神のお告げを聞くのは、ヴィッツァ村以来かな。あの時は、魔王討伐のまず第一歩として、ヴァルナ村を目指せと言われたっけ?
今回のお告げを頂く目的って? キュナが、さっき突然言い出した「何もかも終わりにする」ことと何か関係があるのだろうか。終わりの仕方を神から教わろうというのか。それにしても「終わり」って、一体何を終わりにするんだろう——?
「これはこれは、随分お若い来訪者じゃな」
老神父は、すっかり垂れ下がった白い眉を上に動かしながら、何とか視界に僕らを入れ、話し掛けた。
「神父様、こんにちは。あの、今日はどうか神様のお告げを頂きたいのですが」
キュナは恭しく、片膝を折り一礼する。これから舞踏会で誰かとダンスを始めるみたいなカッコだ。僕も倣って頭を下げる。
「ほっほっほ。礼儀正しいのう。御主らひょっとして例の御一行の方かの?」
キュナが「はい、そうです。こっちが勇者です」と答えると、神父はわかっていたかのように、何度もうんうんと頷く。
「そうか、噂通りの少年少女じゃな。どれ、もっと近くへ寄りなさい」
やや躊躇いながらも、老神父の言われた通り祭壇上に一歩踏み出し、そのシワシワの顔を間近で見る。片目が白く濁っている。失明だろう。それでも老神父は、僕の顔をまじまじと見つめる。
「ふむ。以前にもここへ来たことがお有りかな⁉︎」
何でもない問いのはずなのに、なぜかちょっと狼狽した。
「え、あ、はい。この街へ来て3日目くらいに。僕には場違いかなと思って、聖水を頂いてすぐに引き返しちゃいましたけど」
「何だ! あんた来たことあんの?」
そういえばキュナにも言ってなかったな。
「そうかい、そうかい。他の神父たちも、御主が通りすがりの旅人と勘違いし、中には招かなかったんじゃろうのう。いやいや再訪したのは、実に重畳というもの」
「あの、神父様。この街は一体何があったんですか?」
キュナの問いで、老神父のシワシワ笑顔がにわかに真顔に変わった。
「あれは、確か三週間ばかり前じゃよ。国王ルッセ15世が狩りに出て、行方がわからなくなったんじゃ。従者もいたんじゃが、彼らは何者かに槍のようなモノで突かれ、森で息絶えていたそうな。国王の身の安全も案じ、数多の警備兵が近隣を捜索したものの、結局見つからない。誰もが諦め掛けていたその時、街の東門に、ある日忽然と姿を現したのがなんと——」
「王ですか⁉︎」
思わず二人して声を上げてしまった。ここが教会だと気づけども後の祭りだった。
「ごほん、そうなんじゃ。多少身なりは汚れていたものの、服装は行方不明の時と変わらず、様子も至って普通じゃったそうな。ご本人曰く、森で魔物に襲われた際に崖から転がり落ちて、記憶喪失になってしまったらしい。何日も方々を彷徨い歩き、ようやく記憶を取り戻したので帰って来たというわけじゃな。ふむ、さてここまでの話を聞いてどうかの?」
と、なかなか納得できるモノではない。王の行動は記憶喪失による徘徊であり、魔物が存在する森で何週間も無事でいられるはずはない。記憶が突然戻るというのも何だか不自然だ。解せない。
「街の様子が変わったのは、王が帰還して以降じゃ。王は普段と変わらず元気ではあるのだが、民に対する演説の仕方がまず変わった」
「どんなことを言っているんですか?」と僕が尋ねても、老神父は少し間を置きすぐには答えなかった。
「今思うと王の帰還した夜から、街には謎の霧がよく立ち込めるようになったのう」
霧が立ち込める⁉︎
「あ、いやいや、申し訳ない。演説の内容じゃったな。それがわからんのじゃよ。王の言葉は、外国語のようにわしらの耳には理解できん言語を発するようになったんじゃ」
外国語を発する国王? 一体どういうこと?
「その『わしら』というのは、ここの教会にいらっしゃる方々ですね?」
「ほほう、お嬢さんはわかっているのかの。さよう、聖職者には、王の新言語は通じない。つまり魔族の言語はシャットアウトするんじゃね。一般の民は、あの濃い霧のせいで、大きな呪いをかけられてしまい、魔族の一員と化したわけじゃ」
国王の話す言葉が、魔族の言語だって⁉ そんな淡々と言われても、こっちは慌てるばかりなんだけど……。
でも、それなら僧侶のオリャホもかからないでいて欲しかったものだが、生臭坊主には効果的面だったらしい。一応恥ずかしいことなので、これは口には出さなかった。
「あたしは、まだ見習いの魔法使いなんだけど、謁見した時、王の様子が妙に馴れ馴れしくて怪しかったから、すぐに自分の周りに聖域を作ったんです。今もずっとその魔法がかけてあるの」
「ふむ。賢明な判断じゃと思う。ほぼ大多数の民が呪いにかかってしまったが、御主のように敏感な者は、自らに聖水をかけたり、街を出て行ったりした者もおる。そういった少数派のわしらで、何とか魔物どもに抗いたいところなんじゃがな。どうやら彼らも本腰を入れて来たようじゃて——」
それはつまり、僕らが入り込んで来たのがきっかけなのかな。
「ふふふ、お察しの通り、魔物の目的は勇者討伐であり、御主らが来るのは首を長くして待っておったのじゃ。魔物の頭領は、もちろんルッセ15世に化けたヤツで、魔の霧と魔族語とで日々民を操り、指示を与えている。勇者一行が現れたら、討伐計画を実行に移せという指示をな」
これは明確には言って来ないが、おそらく本当のルッセ15世は消されちゃったんだと思う。怖すぎて口に出すのも憚られた。それにしても——。
次回エピソードは、12月14日(日)掲載予定です。




