【承】の章③
酒場の外に出ると、やはりここも地獄絵図だった。
上空に舞うエビルドラゴンが、同じく口から火を噴き出し、建物は一部炎上を始めている。中央の水道には既に焼け焦げた水死体が浮かび、炭焼けた人形のようだ。
道の向こうでは、ドラゴンから降り立ったと思われる身の丈3メートルのギガジャイアントが、路上の人間たちを鉄球で潰している。黒々と髭を伸ばし筋骨隆々の巨人だが、その背の高さからもわかるように決して人ではなく、上下の歯は異常に尖り、また紫色の長い舌や灰色の肌は、魔物と十分言える。
「何てことじゃい!」とオリャホがまたたじろぐ。「何だって、あんなハイレベルな魔物ばかりが出揃うんじゃい! わしらじゃ、全く太刀打ち出来ん敵どもじゃないか。おまけにガーゴイルの奴は、先発隊と言っておった。これからも、またどんどんやって来るということではないのか⁉︎」
「うるせえぞ、爺さん! グダグダ泣き言言ってる暇はねえ! 奴らは、この街をぶっ潰す気なんだ! だったら脱出するしかねえだろうが!」
ゴルナは宿屋の方に向かって駆け出す。僕たちもこれに続く。上空のエビルドラゴンは、真反対に顔を向けていて、教会目掛けて火を吹いているところだ。
ああ、教会のあの人は大丈夫だろうか。建物が焼かれ、また修繕費が嵩むんだろうな。などと悠長なことは言っていられない。
街の裏路地に入り、宿屋の入り口に辿り着く。ここはまだ無傷だった。受付も廊下も無人で、猫の子一匹の気配すらない。
「キュナ! 帰っているのか⁉︎ 居たら返事しろ!」
ゴルナの声が虚しく響くだけで、応答は無い。僕たちは急いで二階の自室へと戻り、装備品や道具の確認をした。
ゴルナは革の鎧を装備し、オリャホは僧侶の法衣を纏い、僕は新品の旅人の服に手を通す。剣や杖などを片手に持つと、いよいよ町を脱出する構えとなる。
「薬草、毒消薬、食い物なんかも忘れるなよ! 爺さん、タルノ、用意はいいか?」
僕たちはコクッと頷く。
「町の入り口をまず目指すぞ。そこにキュナがいることも賭ける。いなかったら、明朝まで町の外で待機して、奴らが消えた後で捜索開始だ」
ゴルナのテキパキとした段取りに、こんな状況下でも流石だなと尊敬と感心と、ちょっとの嫉妬心を抱く自分に、また嫌気がさした。
もうやめよう! こんな怖い思いと僻んだ心を抱いては、魔王退治なんかできるもんか。この町から無事に出ることができたら、勇者なんかやめてやる。命がいくつあっても足りやしない(と言っても、金次第でまた命がもらえるみたいだけど)。
ゴルナに勇者の権利を譲ろう。彼だって、導かれし者の一人だ。神だって、それくらい融通を利かせてくれるはずだ。
その時、部屋の二つの窓ガラスが木枠と共に破壊され、大火炎が室内に放たれた。
「エビルドラゴンだ! ここもダメだ! さっさと出るぞ‼︎」
階下も既に火の海となり、黒煙で前が見えず、喉に焼け付くような痛みが走る。まるで息が出来ず、涙目を堪えながら、何とか階段を降り外へと脱出した。
身体中が熱く水道に飛び込みたかったが、死体があちこちに浮かび、恐怖でそれが出来ない。
エビルドラゴンに見つからないよう建物の屋根の下を選び歩いて行くと、やがて町の入り口門が見えて来た。
「止まれ!」とゴルナが手を上げる。
見ると、先程まで町の中心を荒らしていたギガジャイアントの巨体がある。その足元には門兵らしき鎧を纏った二人が倒れている。鎧と兜が離れているところを見ると、胴体から首がもぎ取られてしまったのか。
ギガジャイアントは抜け出す奴が居ないように、見張り番の役目を務めているようだ。
「ここはダメだぜ。回り道してでも、他の出口を探すしかねえよ!」
ゴルナはイラつきを隠せない。
「むうぅ、こりゃまずいな。しかし、見たところ魔王軍の先発隊は、あのデカブツとお空の龍と、酒場のガーゴイルの三匹だけじゃないのかな。ほれ、海の方面を見ろ!」
オリャホが指差す方向の空は、黒ずんでいた。いや、それは魔物の群れのせいで、星や月を消し、暗雲の如く天を闇に染めていたからだ。
それは、無数のガーゴイルやエビルドラゴン、その他の強敵モンスター達だろう。その暗闇が、みるみる手前の星空を飲み込んでいく。恐らく5分と経たずにヴァルナの町に到着し、跡形も無く町は破壊され灰燼に帰してしまうだろう。
「ヤバいよ! このままじゃ僕たちも殺される。オリャホさん! テレスキーラ(瞬間移動魔法)は、まだ修得していないんですか?」
一番冷静でいなきゃいけないであろう自分が、すっかり臆病者となり逃げることだけしか、もはや考えていなかった。いや、そんなことに構うもんか。あの時の死ぬ間際の激痛を味わうのは、もう二度とゴメンだった。
オリャホは、つれなく首を横に振る。少し呆れさせてしまったのかもしれない。いや、もう考えるな!
「ああヤバいなあ。せめて、それに代わるものがあるといいんだけど!」
ゴルナが、僕の言葉に反応したらしく、すぐにこっちを振り向き、「そうだ! その手があったじゃねえか! しかも一石二鳥だぜ!」
と、言い放つ。
ゴルナは踵を返し、元来た道を腰を屈め歩き始めた。やはり同じように僕たちも後に続く。ていうか、僕には意味がさっぱりわからなかった。テレスキーラに代わる移動方法など思い付くわけもなく、しかも彼の言う一石二鳥って一体——。
まあ、もうどうでもいい。ちっとも理解できないのだが、考えても仕方がない。実質リーダーシップはゴルナにある。今は沈黙し、この大きな背中に付いて行こう。
周りは、火の海だ。
建物から建物に炎が移り、モクモクと黒煙があちこちから上がっている。人の姿は見えない。殺されてしまったか、人家の中で隠れているのかもしれない。
ゴルナは、露店のような作りの店で立ち止まった。辺りに魔物の気配は無い。エビルドラゴンもどこかへ飛んでいってしまったのだろうか。
「この露店は、何ですか?」
「見りゃわかんだろがっ。武器屋だよ。店主がいねえからちょうどいい!」
ゴルナは、カウンターの後ろに掛けられている一番重厚そうで飾りの派手な剣を手に取った。初めて見た。鋼の剣だ。
「掻っ攫うんですか⁉︎ 金貨何十枚もする武器を!」
僕は、魔物以外となるといきなり偉ぶるようになり、ゴルナを咎めることができた。
「ガタガタうるせえよ! こうでもしないと、相手に勝てねえんだよ!」
窃盗をまるで気にしてない様子だ。いや、こんなふうに凄まれる(酔った勢いもあるのだろう)と、気弱な僕はやっぱり怯んでしまう。だからもう何も言わないことにした。
それにしても相手とは——。
着いたのは、再びあの酒場だ。既に建物は3分の1程燃え広がり、半壊状態である。
「おい、ゴルナ。まさか、お前さん——」
「ゴルナさん、相手って——」
「煙吸い込まねえように気をつけろよ。奇襲するぞ!」
ゴルナは、盗んだばかりの鋼の剣を両手でしっかりと上に掲げ、火の海の店内に突入した。
「おい、タルノ! わかったぞ! 奴の翼だ!」
翼⁉ そうか、ガーゴイルの翼が目的だ。『魔物白書』か何かで読んだことがある(実を言うと、魔物や世界の事情については、結構興味のある方で、村の図書館の本や、先生の話なんかはよく吸収していたと思う)。
確か、ガーゴイルの翼は特別な効力を持っており、手に入れた者が念じる所、物、或いは人を目的地とし、そこまで翼が飛び連れ立ってくれるという——。
テレスキーラは、念じれば場所と場所の移動が可能になる魔法だと聞いたが、ガーゴイルの翼は、念じた者に馴染みのある物や人のところへも飛べる。つまり、ゴルナが念じようとしているのは、キュナのことではないのか。
しかし、だとしてもキュナがどこにいるかなんて——。
「おい、タルノ! 何をしている、早く来い! ゴルナの奴、すごいことになってるぞ!」
気が付くと、オリャホは酒場の中に入っていた。煙でよく見えないが、カウンターの方を指差している。
物凄い黒煙で息がほとんどできない中、僕は泣きそうになりながらも突っ走った。
奥からは、魔物の喚き散らす声。
「ぐぎゃぎゃあああぁぁぁ! 何しゅるんだらわああ! てめえのチュラは、死んでもわしゅれねえぇえらあああぁぁ……!」
泥酔しきったガーゴイルは不意を突かれたらしく、喉元と頭から大量に黒い血を流していた。ゴルナの鋼の剣が深々と刺さったのだ。酩酊状態であったため、本来の力を出し切ることなく、ガーゴイルは斃されてしまった。
相手が絶命したことは間違いなく、ゴルナが鋼の剣で、片翼をゴリゴリと切り取っていく間も、微動だにすらしなかった。
何という体のデカさ。何という翼の大きさ。
ゴルナは、鋼の剣を背中の鞘に収め、切り取った片翼を両手に持つ。
「タルノ! オリャホの爺! キュナの元へ行くぞ‼ 早くこっちへ来い!」
既にキュナを念じたためか、ガーゴイルの翼は黄色く光り輝きだした。今にも飛び立たんとしている。
煙と炎の熱にやられそうだ。ぶっ倒れる前に、ゴルナの体に抱き付くしかない。
だが、待てよ。
飛び立つって、一体どういうこと⁉
瞬間移動魔法ってよくいうけど、あれは一瞬にして行きたい場所へ移動できるんだよね⁉
でも、こっちは翼なんだよね。僕たちは、もぎ取った翼と共に飛び立つのかな? そりゃ僕だって、空を飛ぶのは夢だった。大海原を渡り、山のてっぺん(エビテの頂上はごめんだけど)まで昇ってみたい。
だけど、こんな町中の狭い所で飛び立ったりしたら、途中で障害物とかが邪魔で失敗するんじゃ。
「早くしろー‼」
ゴルナの必死の怒声! もう考えるよりも何も、僕たちは走り幅跳びの要領で彼に跳び付いた。と、同時に体が黄色い光に包まれ、ふらふらーっと浮かび上がる。
いや、浮かび上がるのではない。急上昇と言っていい。一気にさーっと上がる感じだ。
案の定、酒場の天井の梁に、体がでんっと当たる。
「痛てえっ!」
思わず呻き声。
「くそっ! なんて乱暴な飛翔だ、こりゃ!」
「まいったのう、背中を思い切り打っ——」
空中への物凄い引力。宇宙へと引っ張られるんじゃないかと思うぐらいの未知なる力。
天井の梁が顔を擦り、その梁をも突き破るくらいの甚だしい力だ。
「くくくっ! 体が、梁に喰いこんで、このままじゃ皮膚が切れちゃうよ!」
この痛みから逃れられるなら、天空に弾け出されて、海に捨てられた方がましだ!
ゴルナの両手はガーゴイルの翼に貼り付けられているようで、絶対に翼から手を離すことはなかった。その翼が、出口を求めるようにグリグリと天井を這い、ゆっくりとだが確実にガーゴイルが開けた天井の穴へと近づいていく。
「この翼、まるで意志を持っているようだぜ!」
ゴルナが馬鹿みたいに感心したところで、翼は穴から外へと脱出。
僕たちも当然巻き込まれて、空中へ一気に舞い上がる。
「うわあああああぁあぁあ! もう嫌だぁあぁ、こんな勇者なんかいやだぁあぁ!」
梁のせいで擦り傷だらけの顔になったであろう僕は、空高く舞い上がり、ヒイヒイ泣き叫びながら、そして大きくアールを描きながら、パーティは目的地へと飛んで行った。




