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【承】の章①

——旅立ち12日目

乳香が鼻をくすぐり、思わず込み上げて来るモノ。

「っきしょい!」

また、もう一度。

「っくしょんっ‼︎」

収まったが、まだ鼻がむず痒い。三度のくしゃみが出るかも。

いや、そんなことを気にしている場合じゃない。

僕はむくりと起き上がり、ここが教会で自分が棺桶に眠らされていたことを知った。壁には神のイコンが掛けられ、蝋燭の燭台には、長年垂れ落ちた蝋が今でもこびり付いている。 金属の容器の穴からは乳香の煙が立ち昇り、視界を薄らと白く染めていた。

その先には開かれた扉。外界の陽射しが逆光となりシルエットしか確認できなかったが、いつもの三人であることが何となくわかった。

「やっぱり今のくしゃみ!」

キュナの震えた声。

「神の祈りが通じたんだぜ、チクショウ!」

ゴルナも動揺している。

「神にも蘇生の奇跡を起こす力があるとは、何ともはや!」

いつも神に寄り添っているオリャホが、今回ばかりは懐疑的にモノを言う。

「何を言われますか。タルノ殿、いえ、貴方方は天に導かれし者。神の救済はいつだって有るのです。現にほら、タルノ殿はすっかり蘇生されていますぞ。我が教会からも、神はちゃんと貴方方を見ておられるのです」

この教会の神父と思われる男性の声が背後から聞こえ、それと同時に仲間3人が僕の方に駆け出して来ていた。

「もう心配したんだから! あたしを残してって何やってんのよ!」

「この野郎、勝手にあの世行っちまいやがって!」

「いやはや何という奇跡だ。よく戻って来たな」

キュナ、ゴルナ、オリャホが代わる代わる抱きついて来た。僕には何がなんだかわからなかったけど、みんなから愛されているんだってことはわかり、温かい気持ちになった。

「ちょっ、待って! みんな、これはどういうこと? 確か僕はポイズンモスの毒にやられて、ゴルナに運ばれてたんじゃ?」

「お! 生前のことも覚えてんのか⁉︎ こりゃ大発見だぜ!」

「生前って、まさか僕は...」

思わず唾を飲み込んだ。

「そうよ! タルノ、あの時死んじゃったんだよ! 出血が酷くてさ。何としても間に合わせようとヴァルナまで急いでったんだけど、魔物で足止め食ったり、道に迷ったりして結局——」

キュナは言い切れないうちに再び涙腺が緩んだらしく、ポタポタと涙が垂れ、言葉を詰まらせた。

「まあまあ、それでも神父様の祈りのお陰で、こうして無事に生き返ったんだ。これでヨシとしようじゃないか」

オリャホが年長者らしく、場を収めるような言い方をする。

「ちょっと待って下さい。でも、何で僕は生き返れたんですか?」

「いや、だから言ったろ! ここの神父様が祈ってくれたんだよ」

ゴルナが指差した先は、先程後ろから一言発した男性で、神父らしく落ち着き法衣を纏っている。少し笑い、歯に噛んだ様子だ。

「いや、祈るって、たったそれだけで、人が?」

ゴルナが思わず舌打ちし、

「あのなぁ、何度言えばわかんだよ! 俺たちは導かれし者、つまり神に司られし聖なる使者なんだよ! そんじゃそこらの一般民とはワケが違うんだぜ!」

まさか——。たったそれだけの理由で、しかも祈り一つで人が生き返れるのか。そうだとしたら、これはもはや奇術の類でしか言いようがないじゃないか。

でも待てよ。この世には魔法があり、復活の呪文も存在すると聞く。まだお目にしたことはないけど、この神父はその謂れし魔法を唱えてくれたんじゃ——。

「あの、神父様は魔法使いですか。まさか僕にレヴェナント(復活魔法)を唱えられたんでしょうか?」

神父は穏やかな笑みを湛え、優しく首を振る。目尻に小皺が出来たが、そこがまた柔和なイメージを醸し出していた。

「いいえ。私は魔法使いではなく、そんな高等な魔法を唱えることなど到底できませんよ。私は、ただ祈ったのです。貴方のために、皆様のためにね。勇者無くして平和の訪れはありませんから」

もっともらしく聞こえるが、自分にそんな特別な価値などあるのか、今になってもピンと来ない。神のお告げなど直に聞いたこと無いし、夢枕に仙人みたいな賢者が出て来た試しすらない。

ただ、現に自分は死んで、そして蘇生された。

いや、待てよ。これはまさかドッキリ演出の類じゃないのか? みんなで間抜けな僕をからかって、頃合いの良い頃(例えば狼狽して、既に治った吃音が出始めた辺り)を見計らい、パーティ大爆笑が巻き起こる展開だ。何とも酷い話じゃないか。つくづく自分が嫌になるな。このニコニコ顔のヒゲ神父様も、その辺の酒場で拾って来た浮浪者かなんかに仮装と演技を依頼した偽物野郎なのかもしれない。

僕は、そこまでの思考に至ると、つい神父を上目遣いで睨んでしまった。当の本人は、「おやっ」とキョトンとしているではないか。これは僕の杞憂なのか?

「って、おいおいどうしたんだよ、タルノ! もっと自分に自信を持てよ! 俺たちだって、お前のことを支持してるから、こう何日もかけて金を稼いだんだぜ!」

ん? 金?

金の絡みについては、金銭欲のあるキュナに思わず視線を向けてしまった。見られたキュナは、既に涙の跡だけ頬に残し、眉間に皺を寄せている。

「何よ、その怪訝な顔は! いくら勇者様だからって、お祈りはタダじゃないんだからね。ちゃんと代金があるんだよ。金貨18枚。銀貨だと54枚。銅貨だったら、…まあいいや。まあ、それが今のあんたの価値なのかもね!」

と、最後はクスッと揶揄されてしまった。

つまり、今の僕の蘇生代ってことだ。

まあ言い換えると金払って祈るだけで、今の身分の僕は生き返れるんだ。(更に言い換えると、僕が更に価値ある人間に成長すれば、その分蘇生代が嵩むのだろうか。また魔王がこの世から消えた場合、僕の特別蘇生サービスというシステムはどこへ行くのだろう?)

上目遣いで、今度は悲しげな目を神父に向けてしまった。当の本人は、また「おやっ」と目を丸くしたが、そしてすぐに苦笑の表情に変化した。

「いや、誠に申し訳ないね。この教会も大分年季が入っていてね。修繕費やら、再建築費などで費用が嵩んでしまいましてな。勇者様御一行から、お布施を頂戴するのも少し考えたんだけどね。お連れ様からは理解を頂き、この度は頂戴したというわけです」

いやいやと面目無さそうに、法衣の右袖の上からポリポリ掻いている。

悪い生臭坊主の類ではない。人の良い、気さくな聖職者なんだ。

いや、そんなことはどうでもいい。僕が聞きたいのは——!

「ふむ、わかっておるタルノ。どこから蘇生代を捻出したかだろう? そりゃ当然みんなの物を質草に入れたのさ」

ここで、自慢気にオリャホが発言する。

「質草? でも僕たちは、そんなに旅の荷物なんか持ってなかったじゃないですか?」

「馬鹿ね! あんたがスヤスヤ死んでた頃、あたしたちはその辺の森や谷に入って、薬草摘んだり、鉱石拾ったりして、物を集めてたのよ! んでもって、それをこの町の質屋に売ってたの! 三日三晩かかったんだからね‼︎」

キュナが魔法の杖で、僕の頭をコンと叩く。痛い。痛みはある。やはり生きている。

「お陰でよ。力もついたぜ。モンスターがゴロゴロ現れてよ! 怪我もしたけど、バッサバッサと切り倒し、キュナが魔法で加勢して、オリャホの爺さんが救援してくれてさ、連携プレイ文句無しだぜ!」

ゴルナが、ムキムキの片腕を鎧の肩パッドをものともせずに、見せびらかす。確かに以前より筋肉が付いた感じだ。

僕の心境は、何だか複雑になった。

「ねえ、タルノ! あたしもさ、フレイムの他にイシクル(氷柱魔法)とエレクト(電撃魔法)を覚えたんだよ。イシクルは、天からツララが降って来るやつで、エレクトは手から電気が出てさ、敵を感電させるんだ」

さも嬉しそうに話すキュナに、じゃあ「エレクト」を僕の心臓に当てたら蘇生出来たかな、そしたら金は浮いたかもと一瞬変な冗談を思ったけど、ここで言ったら嫌われるだろう。冗談は思い浮かんでも、時と場所がチグハグなのが相変わらず不器用この上ない。

「タルノ! ワシもな、メディーマを覚えたぞ。ずっとメディーを使っていたら、更にもう一回り大きな回復魔法に進化したんじゃな」

オリャホさん。あなたは本当に僕の救急隊員です。ありがとうございます。

「ま、ってことでさ。あんたのために、みんな汗水流して金稼いだってわけ。もっともあたしは利息分で新品の服買ったんだけどね」

見るとキュナの魔法使いが着るマントがなくなり、絹製のローブに変わっている。物が幾らかは、敢えて聞かない。

「皆様、本当にご苦労様です。魔王退治の上に、資金繰りとは、どれほど大変なことでしょう。本来は、守られている我々が旅の路銀を出したいところなのですが、なかなかどうして。この町の税金も大分高くなりましてね。町長さんにも減税を求めているんですが、どうにも実現は厳しそうです。この町も人口が減り、治安を守る者もいなくなり、それに反して魔物は増える。魔物が増えれば、船が壊され、魚は捕れなくなる。海から森からの襲来に備え、町を守るため軍費は嵩み、税は増すばかり。昔は神職、神殿、教会、寺院には税を課さなかったんですが、今では軍費徴税の他に固定資産税やら町民税やらが発生して、やりくりに参ってます」

人の良い神父は、やつれ気味だ。燭台から何から神具の物を質に入れるわけにもいかないのだろう。

僕はようやく腰を上げて、棺桶から脱出した。この上等な金枠の木の棺桶も、教会の備品として購入したのだろうか。

「みんな迷惑掛けてごめん。ところで、ここって——」

ゴルナがニンマリし、

「港町ヴァルナの教会だ」


港町の夜は美しかった。周りのガス燈に明かりが灯されたヴァルナの町は、放射線状に道が縦横に伸び、メイン通りには水道が流れ、海へと繋がっている。

眼前に海を臨み、船上からはランプの明かり、また船乗りの音楽や歌が聞こえ、幸せの固まりがこっちまで届いて来るようだ。

通りの水道に停泊している各ゴンドラには、赤ら顔の男たちがガラス瓶を片手に談笑に耽っている。みんな楽しそうで、健全に見えた。増税中の町だと聞いたが、そんなものが垣間見られる気配すら無い。嫌なことを後々まで引っ張らない気質の人々なのかもしれない。

「いやあ、みんな軽快じゃねえか! どうだお前ら! タルノの復活祝いに一杯やらねえか⁉︎」

ゴルナはそう言うと、前方の酒樽にワイングラスの絵が描かれた看板を指差した。港町の酒場だ。さぞや船乗りたちが、ワイのワイのと騒いでいるのだろう。

「ちょっとぉ、オリャホさんは良いとして、あたしとタルノはまだ未成年なんだからね。ゴルナも二十歳になったばかりでしょ、あんま羽目外さないでよね!」

「馬鹿言うな! 二十歳で酒飲んで何処が悪い⁉︎ お前らだって舐める程度なら良いだろ。今日はめでたいんだからよ!」

「まあまあキュナちゃん。今日のところはゴルナに合わせようじゃないか!」

オリャホまで乗り気だ。そういえば、オリャホさんは僧侶だけど酒好きで知られている。

僕はといえば、自分のために飲んでくれることを思うと悪い気はしない。だからダンマリを決め込む。

「もう、あと金貨3枚しかないんだからね! 今晩で使い果たしちゃったらどうすんの⁉︎」

キュナは、まだ批判が飽き足らないようだ。

僕は、もうどうでもよかった。

「かっかっか! そん時はまた薬草集めさ! さっ、行こうぜ!」

酒場の木扉を開け、ゴルナとオリャホはさっさと店内へと姿を消していった。

「なあ、キュナ。僕たちも入ろうよ。ジュースか、ジンジャーエールくらいあるよ」

「そういう問題じゃない。宿屋代だって馬鹿にならないし、ここにあとどのくらい滞在すんのかもわからないのにさ!」

確かに大部屋に宿泊しているが、自分の村の宿賃よりは物価が高い。おまけに洗濯代や食事代も必要で、遊興費は慎むべきだが——。

それにしても——。キュナは僕が復活したことを酒は別として、「祝う」という気があまりないのだろうか。

「ったく。馬鹿馬鹿しい酒盛りなんかに付き合ってられないわ! あたし、夜の町を散歩して来るね。あんたはどうするの?」

やれやれだけど、僕はどちらかといえばゴルナたちと付き合いたかった。祝われたいという欲求もあったけど、生き返ってから飲まず食わずだという理由も根底にあった。教会を出た後は、すぐに宿屋に向かい風呂に突入。三日以上死んでたせいで、何だか体が臭ったし、服もドロドロだったわけだ。

それから、(今まで長く眠ってたといえばそうだが、)入浴後に自然と眠気が起こり、部屋のベッドで仮眠をし、目覚めたら夜だったというわけだ。

それにしても、キュナがここまでケチくさい、否、お金に細かい女の子だとは思わなかった。金に対しては非常に敏感だが、それはどう「貯める」かではなく、どう「使う」かに傾く。

つまり娯楽費には最も融通を利かせ、下手すると散財も厭わなくなる。今身に付けているおしゃれなデザインの絹のローブだってそうだ。幾ら掛かったのか恐ろしくて聞けやしないのだ。

残り金貨3枚と言っても、キュナにとってはまだまだ潤沢のうちに入るのではないか。

なのに、どうして今はみんなでパーティーをするのを拒むのだろう。一番ドンチャン騒ぎが好きなタイプのはずなのに。

言い知れぬ雰囲気に包まれ、それを払いのけるようにキュナはさっさと港の方へと歩いて行ってしまった。

ふとキュナの頭上、遥か遠く、沖の空を臨むと星が瞬く隙間が広くなっている。つまり星の数が反対の空よりも少ない。海上の空は、雲が多いのだろうか。

キュナの後ろ姿を気にしながらも、僕は酒場の方向に足を向けていた——。




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