【結】の章②
「何、その険しい顔?」
「いや、別に」
まあキュナの予感に期待してみるのもいいだろう。装備品を手に入れられるかどうかは別として、とにかくこの宝玉探しには嫌悪感など無いのだ。成り行き任せでやっていこう。そう捉えるしかない。
「今日も夕暮れ時ね。結局、また見つからなかったね。さ、早いとこ街に戻りましょ。暗くなると道もわかんなくなるからさ」
沼がぼうっと輝き出す。無数のゴールデンフロッグたちが沼の底にいる証だ。蛙たちの腹部が金色に光り、それが水面に映えて来る。水の中でよくお互い感電しないなと不思議に思ったりする。だが、決して沼に足を入れようとは思わない。
『深緑の涙』を手に入れるにはここの蛙を根絶やしにし、沼底を一切合切に浚わないとダメなのだろうか。
そんなことをやっている間にも、世界は魔物の手に堕ち、人間たちは滅んでしまうのではないか。それはそれでやっぱり困ることなんだろうなあ……。
ふと、さっきキュナが言った「この宝玉探しは、神の意志」という言葉を思い出し、一つの疑問が湧いた。
「なあ、キュナ。神の意志が、同時に僕たちをどこかへ導くレールとなっているなら、今回の宝玉探しだってその例外じゃないって思ってるんだろ。神の意志の下で、こんな何週間も探しているわけだろ。だったら、つまり——」
「そうよ。いずれは『深緑の涙』は見つかることになっているのよ、きっと。つまり、これも神の創造の下のイベントってわけ。あたしは、最初そんなつもりなかったんだけどね。こんなシステムに抗うつもりで蛙狩りを始めたんだけど、この数週間考えているうちに、やっぱりこれも神の手のひらの上なのよ。悔しいけど認めるしかないわ。それでさ、たぶんゴールデンフロッグ何百匹につき一個の宝玉を落とすとかって設定があるのよ。それか若しくは時間的なカウントかなとも思ったの。あたしたちが旅立ったのが約6週間前。この街を脱して宝玉探しを始めたのが約3週間前。つまりさ、3週間ごとに大きなイベントが起きているのよ。だから、『深緑の涙』もそろそろかなって」
そうか! だからキュナは、神の意志の下なのになかなか宝玉が出ないからイライラしていたのか。と、妙に納得する。
その時、沼底から大型のゴールデンフロッグ3匹が飛び出して来た。
「予感的中かもよ!」
「モアフレイムは⁉」
「まだ魔力はちょっとある!」
もう森はすっかり暗くなっているのに、蛙たちの腹の輝きのお陰でよく見える。損な体質だ。
最初の頃は、レアの内臓を見るのが嫌だったせいか、先にキュナがモアフレイムを唱え、その後に僕が剣で攻撃をしていたが、今では逆パターンが定着している。
バリバリバリバリッ!
珍しく敵が先制のエレクトを放ち、僕の身体は感電してしまった。全身がヒリヒリし、目が乾き痛みを覚えた。すかさずもう一匹も、僕にエレクトを唱え、さっきよりも痺れた。というよりも体の焦げる匂いがし、目が飛び出しそうになった。
こいつらやる気だ。こんなダメージが大きいのは久しぶりだ。
この戦闘は、多少イベント化してやがる! 何だかいつもより手強いから。ってことはもしかして、こいつらの腹に⁉
そのまま、僕はうつ伏せに倒れる。
「タルノ!」とキュナが叫び、3匹まとめてモアフレイムを浴びせた。でかい蛙たちは、あっという間に火だるまになったが、うち1匹は取り逃がした。
その一匹が、僕の身体に蛙落としを仕掛けて来た。
「ぐああぁぁっ!」
予想以上に重く、左腕と背中を打撲した気がした。痛みが走る。
そのままそいつはエレクトを仕掛けようとしてきたが、僕の剣がゴールデンフロッグの顎から脳天へと貫通し、絶命となった。
「タルノ、大分ケガしてるじゃん! はやく教会に戻ろう!」
「大丈夫、大丈夫、これくらい。それより、こいつらの腹を探ろう。今回はありそうな気がするんだ」
それよりも、さっさとメディーマで身体を治癒してもらいたい! 全身が痺れて、胸がズキズキしてかなわない。
だけどキュナの手前、泣き言を言わないようやせ我慢をした。小さな器だなと、己を嘆く。
その腹いせか、いつもより強く激しく蛙の腹を切りつけて、中身をゴソゴソと乱暴に引きずり出した。
「うわぁ、何だかタルノ、いつもよりも荒々しいわね。集中攻撃されたのがよほど悔しかったの?」
キュナの発言は無視し、残り1匹となった蛙の腹に剣先を差し込んだ。最後の1匹は焼かれずに死んだので、どろどろの内臓が雪崩のようにずり落ちてきた。
キュナはそれを予感していたので、いつのまにか後ろを向いている。僕は、いささか麻痺していたので、前述のように吐くことはなかった。何の自慢にもならないんだけどね。
剣で胃袋を引き千切ると、中から大量の緑色の固まり、大玉虫の死骸がドドドっと出て来た。その中をよく見てみたが、『深緑の涙』はやはり無い。
僕は悔しい気持ちで、土壌に思い切り剣を突き刺すしかなかった。
「ねぇ、嘆くのは、ちょっと早いんじゃない?」
キュナの目線の先にあるものは、地面に盛り上がった黒い塊。そう、今やっつけたゴールデンフロッグの一匹が、戦闘中に排泄した糞だ。
「え、ちょっと待って! これってもしかして⁉︎」
その糞の中心部分から何やら鈍い光。金ではなく、緑色にぼうっと輝きを見せている。
「ちょっと、その剣でつついてみなさいよ!」
排泄物に剣を入れるのは、内臓を抉り出すより嫌なもんだが、手よりはマシだった。
恐る恐る慎重に糞を分け、中のものをほじくり出す。
硬いモノにコツッと当たった。
手応え有り! 剣先で掬い取るように手前にゆっくり寄せる。それに伴い、辺りが緑色の明かりに照らされていく。
出て来たのは、握り拳大の緑の宝玉。まさしく『深緑の涙』そのものに違いない。王妃の逸話は、伝説などではなかった。
「やったー!」
思わずキュナと抱き合い、笑い合った。
「すげえよ、キュナ! 本当にこの沼から宝玉が出て来た! すげえ、すげえ!」
「喜ぶのは、まだ早いわよ! これが本当に『深緑の涙』かどうかまだわからないでしょ! 神父様だけが見たことあるんだから、まずは教会に行って確認してもらわなきゃ!」
その時、宝玉からの緑の輝きが次第に威力を失っていき、あっという間にただの石ころになってしまった。
「なんだこれ、どういうこと⁉︎」
「知らないわよ。たぶん、外気を吸うとなんかの作用で光を失うとかじゃないの⁉︎ 今まで輝いてたんだから、単なる石じゃないことは確かよ!」
キュナは自分に言い聞かせるように、正論を決め込む。
「なあ、キュナ。やっぱり教会よりも先にカジノへ行こう! カジノの人だって、石を欲しがっているんだ。わかる人が見れば見分けがつくはずだろ。善は急げだよ!」
しばしの沈黙——。
梟の心細くなるような低音の声だけが辺りに降り注ぐ。キュナは何を考えているんだろう。
「やっぱりまずは教会へ行くべきだと思う。一応さ、あたしたちを導いてくれた神父様にもお礼を言おうよ。タルノだって怪我してるんだし、今日は教会で一泊してカジノは明日にしましょ!」
まあ確かに明日にしたって、カジノは逃げやしない。
それにキュナ同様、自分も何だかそんな選択の方が良いような気がしてきた。
ヴァルナでキュナが夜の散歩に出たおかげで、町から脱出できたこと。ヴェリコルッセの道場で襲われているところを、キュナが偶然助けに来てくれたこと。どれも彼女の予感から次への道が開けた行動だ。彼女への信頼や期待は小さくない。
宝玉は腰の鞄に納めて、僕らは森を後にした。
「それでは、導かれし勇者タルノ殿、魔法使いキュナ殿に神の御加護があらんことを」
老神父は恭しくそう発すると頭を軽く下げ、旅立ち前のお祈りを終えた。
昨日は帰ってから早速宝玉を老神父に見せたわけだが、「たぶんのぅ」と曖昧な返事をもらうだけだった。オルセン家で見た深緑の涙は、幾片にも削り取られた加工済みの物で、今回のような原石は初めて見たという。
「何にせよ、光り輝いたのじゃから、ただの石ではあるまい」とキュナ同様の言いっぷりで、自己納得していた。
ともあれ一泊し、朝の祈りを済ませたら、何だか心が幾分晴れた感じになった。というより気を紛らせたとでも言うべきか——。
実を言えば、昨夜から今朝にかけて、何かとてつもない運命が自分を待ち受けている気がしてならなかった。神への信仰心など殆どないわけだが、今朝は殊更注意深く神父の説教を聞き、両手を強く胸に当てた。
「タルノの感じたことは、あたしにもわかるわよ。しかも今回のは、今までとは違った何だか想定外な感じなのよね」
カジノへ行く道中、前を歩くキュナが不意にそんなことを言い出す。
「昨夜カジノへ直行しないで、教会へ行ったのは想定内。あたしたちはしっかり導かれているんだと思う」
キュナの言う導かれるべきイベントのことだろう。
「でも今日起こることは、神すらも見えていない驚天動地的な出来事である気がするの!」
街の外れにある井戸の前で僕らは立ち止まっていた。ここから地下通路を通っていけば、ヴェリコルッセの外へと出られ、西に向かって進めば、娯楽の聖地「カジノ城」に辿り着く。
キュナは散々その場所に通っていたわけだから、行き方に迷いは無い。が、行く覚悟に迷いが生じているようだ。
「き、驚天動地的なことって。良くないことなの?」
「わかんない。でもそれを知るにはカジノへ行くことが鍵となるの。あの『ゴールデンメタル装備品』を手に入れるかどうかが全ての鍵になる。あたしの中にはそういう意識が根強くあるの!」
『深緑の涙』と引き換えに、その『ゴールデンメタル装備品』が手に入れられる。
だが先日の話では、ポーカーディーラーとポーカーをやって勝たなくてはならない。
驚天動地というのなら、それはポーカーに勝つということなんじゃないのか。相手がどの程度強いのかは知らないが、よほどの強敵だとしたら勝つのは容易ではないはずだ。
ちなみに僕はポーカーなんてしたことがない。最低限のルールだけ本で見知った程度のど素人だ。
キュナの予知夢的なものが当たるとすれば、それは僕が即興でポーカーをやって手強い相手に勝ち、『ゴールデンメタル装備品』をしれっと獲得すること。まさに想定外の驚天動地な出来事である。
「まあとにかくあたしの直感だと、カジノで何もかもが終わりになるってこと。あたしももうこんなレールに敷かれた旅なんて止めにしたい。前にも言ったけど、頭は逃避状態だよ。もう魔物も魔王もこりごり! だから行くしかないの。行こう! ポーカーなら任せて!」
キュナは井戸のつるべに乗っかり、カラカラと縄を握りながら底へと降りて行った。
何もかも終わりにすることには、引っかかるところはあるけれど、とにかく魔王退治を止めにするのには僕も賛成だ。落としたつるべを急いで巻き上げた。
次回の更新は、12月27日の予定です。




