そんなあなたを好きになったのです
一緒に残業を重ねる中でわたしはリヒトさんの新たな一面をたくさん発見した。
彼は仕事は遅いが、誰よりも真面目で誠実だ。
そして、時々見せる、ちょっと抜けているところや困ったような表情もまた愛らしくもあり、彼の魅力の1つでもあった。
「リヒトさん、モテますよね?」
「え? エレノアさんがそんなことを言うなんて珍しいね――――モテないよ。どうしてそんなこと聞くのかな?」
「え、え……いや、他意はないです」
(彼の顔はよく見ると本当に整っているからさぞ女性から声をかけられるんでしょうね……なんて言えないよね)
そんなことを言ったらわたしはまるで彼のことが好き、みたいなことになってしまう。
(別に好きとかじゃない……)
そうだ。ただ仕事ができないから助けてやっているというだけ。
エリートコースの彼を助けたら、いずれわたしを引き上げてくれるかもしれない。
そう、単に出世のために唾をつけているだけなのだ……。
(この人、わたしがいないとダメなんだな……)
そんな感情がわたしの心に芽生えた。
それは、かつて貧しい農家で病弱な父と小さな弟を支えようとしていたわたしが抱いた感情にどこか似ていた。
(え、でもこの感情ってまるで……)
彼のことをもっと知りたい。
彼のためになにかをしてあげたい。
そんな、これまで抱いたことのない特別な感情がわたしの心を支配していく。
――――わたしは知らず知らずのうちに、彼に心惹かれていたようだ。
「エレノアさん。少し、話があるんだ」
ある日の深夜。
残業を終え、誰もいなくなった執務室でリヒトさんが突然、真剣な顔でそう切り出した。
わたしの心臓がドクンと脈打つ。
「な、なんでしょうか……?」
彼はわたしの手をそっと握りしめた。
彼の指は少しだけ震えている。
彼の碧い瞳がわたしをまっすぐに捉えている。
その瞳には真剣な感情が宿っていた。
「俺は……君のことが好きだ。エレノアさん。俺と結婚してほしい」
彼の言葉が夜の静寂に響き渡る。
その声は熱っぽくそして、ひどく優しい。
「え……」
わたしはあまりの衝撃に言葉を失った。
――――結婚。
わたしの人生には結婚なんて、絶対にありえないはずだった。
キャリアを追求し、権力と金を掴む。
それがわたしの人生のすべてだったはずだ。
「そ、そんないきなり結婚なんて……」
「だ、ダメかな……?」
(でも、この人がきっかけでわたしの価値観は変わってしまったのかもしれない……)
リヒトの真摯な告白はどうやらわたしの心に深く染み渡ってしまったみたいだ。
彼と出会ってからわたしの日常は時間をかけて温かく、そして、彩り豊かなものへと変わっていった。
「わ、わたしで……よろしければ……」
気がつけば、わたしは無意識にそう答えていた。
彼の瞳に安堵とそして、喜びの光が宿る。
「ありがとう、エレノアさん! 本当にありがとう!」
彼はそう言って、わたしを強く抱きしめた。
彼の腕の中でわたしは彼との結婚を決意した。
――――この人がわたしの価値観を、人生を変えてくれたのだから。
こうしてわたしたちは、無事結ばれた。
________________________________________
結婚後、リヒトは以前よりも、自分の外見に気を遣うようになった。
髪を整え、清潔な服を身につけるようになると彼の隠されたイケメン要素が周囲に知られるようになったのだ。
「あら、リヒトさんって、あんなに素敵だったかしら?」
「そういえば、最近、雰囲気が変わったわね!」
「なんだか、急にモテ始めたんじゃないの⁉」
王宮の女性職員たちが口々にそう囁く。
彼に次々とアプローチをかける女性たちを見るたびにわたしは心の奥でかすかな嫉妬を感じそうになる。
(わたしにもこんな感情があったのね……)
噂話ばかりで仕事が進まないのはよろしくない。
そう判断したわたしは彼女たちに散会して仕事に戻ってもらうことにした。
「あなたたち、早く仕事に移ってください」
「「「す、すみません! 女官長さま!」」」
そう。わたしはつい先日、女官長に出世した。
これでわたしに対していびり倒してきたあの女官長と肩を並べたわけだ。
(このままあの女よりも上に行ってやる!)
仕事への熱意は変わらなかった。
けれども、仕事以外に使う時間はこれまでと比べてずっと増えたと思う。
その時間は彼と過ごすためにある。
「エレノアさん! 今日の夕食は君の好きなものを作ろう!」
「エレノアさんがいてくれるだけで俺は幸せだ」
仕事終わり、彼はそう言うと決まってわたしの手を強く握りしめ、優しく微笑んでくれる。
「あ、今日のあれごめんね。いろんな女性から声かけられて……心配させてしまって申し訳ないよ」
「気にしないで。大丈夫だから」
と、自分では言いつつも内心誰かに取られてしまわないか、冷や冷やしていたりする。
「大丈夫。愛しているのは君だけだから」
そうやって彼はわたしを安心させてくれる。
今日のは……ちょっと彼としては珍しい言葉だけれど。
「ふふっ。無理してない?」
「か、からかわないでくれ……」
彼らしからぬ甘く、しかし揺るぎない言葉がわたしの心を温かくしてくれた。
なんて幸せな結婚なんだろう。
少し前の自分では予想もできない未来に毎日驚きつつも、その幸福を享受する。
――――わたしの人生に結婚はなかった……はずなのに。
お読みいただきありがとうございました!
もしよろしければ、
・ブックマークに追加
・広告下にある「☆☆☆☆☆」から評価
をしていただけるとうれしいです!
自信がついたら長編とかにも挑戦しようと思っていますのでよろしくお願いします!
※この作品はカクヨムでも連載しています。




