第7話 閑話:高慢な魔法使いの悲劇と、天災という名のゲップ
王都へと続く広大なサバンナ。その道中から少し外れた、身を隠すには絶好の入り組んだ岩場。
そこには、王都の裏社会と深く繋がり、暗殺や略奪を生業とする闇ギルド『毒薔薇の棘』の秘密拠点が設営されていた。
「まったく。このカーミラほどの優れた魔法使いが、どうして辺境のネズミ一匹のために、こんな土埃の舞うサバンナくんだりまで出向かなきゃならないのよ」
夜のような闇の中、魔石のランタンに照らされた粗末なテントで、過剰に露出の多い真紅の魔導服を纏った女リーダー――カーミラが、不機嫌そうに足を組み替えた。
彼女の足元には、薄汚れた十数人の男たちが跪き、機嫌を取るようにへらへらと卑屈な笑みを浮かべている。
この世界において、大気中の魔力と交信し、魔法を操れる才能を持つ者は十中八九が女性である。
ゆえに、強力な魔法使いの女は貴族と同等の特権階級として振る舞い、魔法の使えない男たちはそれに傅くのが、表の社会でも裏の社会でも絶対的な常識だった。
「も、申し訳ございませんカーミラ様! しかし、王都の特使様からの直接のご指名ですぜ。カーミラ様の炎の魔法なら確実に仕留められると、特使様も大層な期待を寄せておられましたし、何より報酬が破格で……」
「わかっているわよ。……標的はこの黒髪の男ね」
カーミラは、テーブルの上に投げ出された手配書を、長く塗られた深紅の爪でコツコツと叩いた。
そこに描かれていたのは、黒髪の青年と、銀髪のケモ耳少女の人相書きだ。
依頼主である金髪の特使によれば、この男の持つ『特殊な料理の技術』が王都に入ると、特使が独占しようとしている魔力食材の利権にとって大きな邪魔になるらしい。
だから王都に辿り着く前に、サバンナの道中で確実に始末しろ、というわけだ。
「へっ、料理の技術だぁ? 魔法も使えねえ底辺の男の分際で、小賢しいマネしやがって」
「全くだ。男なんざ、カーミラ様のようなお美しい魔法使いの奴隷として泥水を啜っていればいいものを。身の程知らずにも程がある」
部下の男たちの露骨なヨイショに、カーミラは満足げに吊り上がった唇を歪めた。
彼女は自身の魔法の腕に絶対の自信を持っている。その威力は、王都の宮廷魔術師にも引けを取らないと本気で信じていた。
実際、彼女の放つ炎の魔法はこれまでに数多の魔物や敵対組織を灰燼に帰してきたのだ。
「こんな田舎の定食屋上がりなんて、アタシの『焦熱の業火』で一瞬で黒焦げにしてあげるわ。隣にいるケモ耳の小娘の方は珍しい獣人だし、高く売れそうだから生け捕りにして王都の裏オークションに流すわよ」
「ヒャハハッ! さすがカーミラ様! 俺たち男には一生かかってもそんな凄え魔法撃てねえっす!」
「さっさと片付けて、王都で美味い酒でも飲みましょうぜ!」
悪党の男たちが下卑た笑い声を上げ、剣や斧を手に立ち上がった。
標的の兄妹がサバンナで野営をしているという情報は、すでに彼らの情報網で掴んでいる。
ここからなら一時間もかからない距離だ。カーミラの圧倒的な魔法の力で、何の力もない哀れな兄妹を蹂躙してやる。
誰もが自分たちの圧倒的な勝利を疑わないまま、カーミラたちは意気揚々とテントの外へ出た。
その、瞬間だった。
「……ん? なんだ、急に風が強くなってきたわね」
見張りに立っていた部下の一人が、不思議そうに夜空を見上げた。
雲一つない、満天の星空。天候は極めて穏やかで、嵐の気配など微塵もなかったはずだ。
しかし、空気を切り裂くような異様な地鳴りが、サバンナの彼方から急速に近づいてくる。
ゴォォォォォォォォォォォォォォッ……!!!
「なんだあれ……っ、カーミラ様! 今すぐ、お逃げ下さいっ! 」
部下が震える指で指し示した地平線の先。
そこには、緑色に淡く発光しながら、凄まじいスピードでこちらへ向かって一直線に突き進んでくる「巨大な竜巻」の姿があった。
「はぁ!? 竜巻!? なんでこんな晴れの日の夜に!?」
「ま、待て! おかしいぞ! あの竜巻、なんか……すげえ『いい匂い』がしねぇか!?」
暴風が近づくにつれ、カーミラたちの鼻腔を、およそ自然現象とは思えない暴力的な香りがくすぐり始めた。
極限まで熱された上質な獣の脂の甘みと、スパイシーな唐辛子の刺激、そして食欲を極限まで掻き立てる「極上の肉料理」の匂いだ。
「に、肉を焼く匂い……!? なんで竜巻からステーキの匂いがするのよ!?」
「ひぃぃっ! 古龍だ! 伝説の風属性の古龍が、腹を空かせて襲ってきたんだぁぁっ! 逃げろぉ!」
「慌てるんじゃないわよ、このポンコツ共!!」
パニックを起こして逃げ惑う男たちを一喝し、カーミラは前に進み出た。
彼女の高慢なプライドが、正体不明の風に対する逃走を許さなかったのだ。
彼女にとって、自分より上位の存在などこの世にいてはならなかった。
「ふん、ただの異常気象か、はぐれの魔物か知らないけど。アタシの魔法を舐めないことね。この程度の風、燃やし尽くしてあげるわ!」
カーミラは魔石の埋め込まれた杖を構え、自身の最大魔力を込めて詠唱を放った。
「大気を焦がし、灰と散れ!『焦熱の業火』!!」
彼女の杖の先から、周囲の空気を歪ませるほどの灼熱の巨大火炎球が放たれる。
闇夜を真紅に染め上げるその一撃は、間違いなくカーミラの生涯最高の魔法だった。
しかし――。
ズギュンッ!!!
「……え?」
腹ペコ女龍神ライラ・オブシディアが、タロウの作った極上のステーキに大満足して放った『食後のゲップ』。
神の権能と特級食材の魔力が圧縮されたその理不尽極まりない暴風の前に、カーミラの自慢の最大魔法は、まるで誕生日のロウソクの火のように「フッ」と一瞬でかき消された。
「う、嘘でしょ……? アタシの最大魔法が、息を吹きかけるように消え――」
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
「ぎゃあああああああああああっ!?」
寸分の狂いもなく拠点を直撃した竜巻は、強固な岩肌を飴細工のように削り取り、武器もテントも、そして悪党たちも、一切の抵抗を許さずに天高く巻き上げていく。
「お、俺たちの野望があぁぁぁ!」
「特使様ぁぁ! 田舎のコックなんて聞いてねえぞ! こいつら絶対、古龍かなんか飼ってやがるぅぅぅ――!」
「嫌ぁぁぁぁ! なんでアタシがこんな目に! しかもなんでこんなに美味しそうな匂いなのよぉぉぉ――キラーン☆」
高慢な魔法使いと、それに群がる男たちの悲鳴。
それは、ステーキの香ばしい匂いと共に上空の彼方へと吸い込まれ、やがて夜空でキラリと輝く星となって完全に消え去った。
後に残されたのは、綺麗に更地となったサバンナの岩場と、謎の肉の匂いだけ。
タロウとルゥを襲うはずだった命の危機は、彼らがその存在を認識するよりも前に、恐るべき神のゲップによって完全なる物理的浄化(消滅)を遂げたのである。
◇
一方その頃。
王都の高級住宅街にそびえ立つ白亜の豪邸。
その広々とした寝室の、ふかふかな天蓋付きベッドで眠りについていた特使――テローラ・ロルテーゼは、不意に背筋に悪寒を感じて目を覚ました。
「……な、なんなのよ、今のひどく嫌な予感は……」
金髪の縦ロールという特徴的な髪型をナイトキャップに押し込めた彼女は、窓の外、遠く離れたサバンナの方角を見つめながら冷や汗を拭う。
タロウたちが徒歩で何日もかけて踏破する過酷なサバンナを、彼女は高位の魔法使いや特権階級の貴族のみが使用を許される『空間転移門』を使い、審査の日の夕方には一足早く、優雅にこの王都へと帰還していたのである。
「……ふん、気のせいね。アタシは疲れているのよ」
テローラは自重するように首を振り、指先で自身の誇りである縦ロールの髪をくるりと弄った。
無理もない。ここ数週間、彼女はあの辺境の村で見つけた規格外の魔力を秘めた『特級の畑』の権利を確固たるものにするため、王都の派閥工作に駆け回っていたのだから。
彼女はまだ知らない。
自分が手に入れた「畑」の魔力が間もなく完全に枯渇し、明日の朝、王城の会議で「素晴らしい特級畑を確保しましたわ!」と大々的にドヤ顔で報告した直後に、現地から「畑がただの荒れ地になりました」という絶望的な急報が届くという、大恥と破滅の未来を。
そして、自分の利権を守るために口封じに差し向けた高慢な魔法使いの刺客が、腹ペコの神様の食後のゲップによって木っ端微塵に吹き飛んだというあまりにもふざけた事実を。
「明後日には、あの忌々しい底辺の兄妹が死んだという報告が入るはずだわ。私の完璧な計画は、誰にも邪魔させない……!」
暗い部屋の中でテローラは自らを安心させるように不敵な笑みを浮かべ、再び極上のベッドへと身を沈めた。
翌日、王都の騎士団が「サバンナに極上の肉の匂いを漂わせる未知の風龍が出現した」という報告に頭を抱え、自身の計画が根底から崩れ去ることなど、知る由もなかった。
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