第四話 大草原の古代遺跡と、空から降ってきた腹ペコ女神
「村を出てから、今日で三日目か……」
見渡す限り、地平線の彼方まで続く黄金色の海。
夕暮れの陽射しを浴びて風に揺れる大草原――サバンナを歩きながら、俺は小さく息を吐いた。
理不尽な審査で店を奪われ、俺とルゥが故郷の村を後にしてから三日が経過していた。
王都を目指して歩き始めたのはいいが、この草原、想像以上にデカい。道中、俺たちの背丈ほどもある大蛇や、牙を剥いてくる野犬の魔物なんかに遭遇したものの、それらはすべてルゥが物理的に(ステゴロで)追い払ってくれたおかげで、怪我一つなく進めている。
本当に、うちの妹の筋力と身体能力はどうなっているんだろうか。
だが、今の俺たちには魔物よりも深刻な問題があった。
「きゅるるるるぅ〜……」
隣を歩くルゥのお腹から、とても可愛らしい、けれど切実な音が鳴り響いた。
「あはは……ごめんね、兄様。ルゥ、お腹すいちゃったみたい」
銀色のケモ耳をぺたんと寝かせ、ルゥが恥ずかしそうにお腹を押さえる。
無理もない。急いで村から持ち出した干し肉や固焼きパンの備蓄は、育ち盛りで運動量も規格外なルゥの胃袋を満たすには少なすぎた。俺の分を多めに回してはいたが、それも今日の昼で完全に底をついてしまったのだ。
「謝るなよ。俺も腹ペコだ。……よし、そろそろ日も沈むし、今日はこの辺りで野営にしよう。晩飯の食材は、俺がなんとか現地調達してやる」
「ほんとっ!? やったぁ! ルゥ、お肉がいーな!」
「お前なぁ……まあ、罠でも仕掛けてみるか」
パァッと表情を輝かせる妹の頭を撫でながら、俺たちは野営できそうな少し開けた場所を探して歩き出した。風を遮れる岩場か、木立があれば最高なのだが。
「あ、兄様! あそこ! なんか大きな石があるよ!」
ルゥが指差した先。
大人の背丈の何倍もある長い草をかき分けた先に、それは唐突に姿を現した。
「……なんだあれ? 遺跡、か?」
それは、周囲の大自然とは明らかに異質な人工物だった。
風化し、びっしりとツタや苔に覆われた巨大な「石造りのアーチ」が、草原のど真ん中にポツンと佇んでいたのだ。周囲に他の建物はなく、ただその門のような建造物だけが存在している。
「野営の風除けにはなりそうだけど……なんか、嫌な気配はしないな」
俺は周囲を警戒しながら、そのアーチへとゆっくり近づいていった。
石の表面には、見たこともない古代の文字のようなものがビッシリと刻まれている。何気なく、そのひんやりとした石の表面に手を触れた、その瞬間だった。
『――アクセス権限を確認。未知の【クッキング・ダンジョン】接続ポイントを検出しました』
「なっ……!?」
ギルドでの試験の時と同じ、あの無機質な声が直接脳内に響き渡る。
『管理者の接近により、空間ロックを解除します』
直後、ただの空間だったはずの石のアーチの『内側』が、ぐにゃりと陽炎のように歪み始めた。
そして、淡い光を放つ水面のような膜――空間の扉が、俺たちの目の前に出現したのだった。
「……ここにも、入り口があるのか」
あの畑の下にあったものだけじゃない。レオン爺さんが遺した『クッキング・ダンジョン』という謎の力は、世界中と繋がっているということか。
「兄様、これ……」
「ああ。中に入ってみよう。何か、食えそうなものがあるかもしれない」
俺はルゥの手を引き、揺らぐ光の膜へと足を踏み入れた。
◇
ポータルを抜けた先は、一見すると外と同じサバンナの景色だった。
だが、肌を刺す空気の質が全く違う。大気中に満ちている魔力の濃度が、外の何十倍にも跳ね上がっているのが、魔法に疎い俺にでもわかった。
「兄様! 見て! 牛さんが、空を泳いでるよ!」
「……は?」
ルゥに言われて上空を見上げると、俺は自分の目を疑った。
はるか上空。夕焼け空を背景に、巨大な黒い影の群れが悠然と空を飛んでいたのだ。
猛禽類のような翼が生えているわけではない。ただの巨大な水牛のような見た目の獣が、四肢に風の魔力を纏わせ、まるで海の中を泳ぐように大空を駆け抜けている。
『――対象食材をスキャン。【天駆牛】。風属性の魔力を帯びた極硬繊維質の魔物です』
脳内のシステムが親切に解説してくれる。どうやらあいつが、このダンジョンの「食材」らしい。
だが、あんな高いところを飛んでいる魔物を、弓も魔法も持たない俺がどうやって狩れというのか。
「お肉だね、兄様!」
「お、おう。そうだな。でも、どうやって落とす――」
「ルゥに任せて! えいっ!」
ドンッ!!
凄まじい踏み込みの音と共に、地面がクレーターのように陥没した。
ルゥの小さな身体が、まるで砲弾のように一直線に上空へと跳躍する。
彼女は何十メートルも空高く飛び上がり、一番下を飛んでいた天駆牛の角をガシッと掴むと、そのまま強引に体重をかけて地上へと引きずり下ろした。
ズドォォォン!!
「もっ、もぉぉぉぉぉっ!?」
「とったどー!」
……うん。うちの妹が一番の規格外かもしれない。
地面に叩きつけられて目を回している巨大なバッファローの横で、ルゥがVサインを作っている。
「よし、ルゥ! よくやった! さっそく解体して……って、硬っ!?」
俺は持参した業物である解体用の包丁をバッファローの首元に突き立てようとした。だが、刃先がグニャと沈んだ、と思いきや弾かれるような感触と共に、甲高い音を立てて弾き返されてしまった。
なんだこの肉は。刃が全く通らない。常に空を飛び、風の魔力を纏い続けているせいで、筋肉の繊維が異常なまでに硬質化しているのだ。これじゃあ、いくら煮込んでも食えたもんじゃないぞ。
『――管理者権限により、調理補助スキル【概念包丁・絶対繊維断ち】を一時解放します』
その時、俺の握っていた包丁が淡い光を帯びた。
不思議な感覚だった。肉のどこに刃を入れればいいのか、繊維の継ぎ目がどこにあるのかが、手に取るようにわかる。
光を帯びた包丁を再びバッファローの肉に当てると、今度はまるで温かいバターを切るように、スゥッと刃が沈み込んでいった。
「……すげえ。これがダンジョンのスキルの力か」
俺は感動しながらも手早く解体を進め、見事なサシが入った極上のブロック肉を切り出すことに成功した。
◇
「よし、外に戻って焼こう」
俺たちはホクホク顔でブロック肉を抱え、再びポータルを抜けて元のサバンナへと帰還した。
すっかり日が落ちかけ、空は深い藍色に染まり始めている。
石のアーチのすぐそばで焚き火を起こし、持参した厚手の鉄フライパンを火にかける。
十分に熱したところで、分厚く切り分けたバッファローの肉を投入した。
ジュワァァァァァァッ!!
けたたましい音と共に、肉から溢れ出した良質な脂が弾け飛ぶ。
風の魔力を蓄えたその肉は、熱を加えることで閉じ込められていた旨味が爆発的に解放された。
獣臭さは一切なく、ただ純粋に食欲を暴力的なまでに刺激する、濃厚で香ばしい匂いが周囲に立ち昇る。
そこへ、俺は村から持ってきた『赤炎唐辛子』と岩塩を砕いて振りかけた。
「ルゥ、仕上げを頼む」
「うんっ! 美味しくな~れ、萌え萌えキュン♡! 『ラブ・エンハンス』!」
ルゥの額の紅い宝石が光り、愛情の魔力がステーキに降り注ぐ。
その瞬間、肉の表面は黄金色に輝き、ジュウジュウという音はまるで極上の音楽のように響き渡った。
匂いだけで堅パンが三つは食えそうな、悪魔的なまでの飯テロ空間がサバンナに完成したのだ。
「よし、完璧だ。さあルゥ、熱いうちに――」
俺が皿に肉を移そうとした、まさにその時だった。
ゴォォォォォォッ……!!
頭上から、空気を切り裂くような異音が聞こえた。
見上げると、夜空に輝く星々を隠すように、巨大な黒い影がものすごいスピードでこちらへ向かって落ちてくる。
隕石か!? いや、違う!
「ルゥ、伏せろ!」
「えっ、きゃあっ!」
俺はルゥを抱え込み、焚き火から力一杯飛び退いた。
ズドォォォォォォォォン!!!
大地が激しく揺れ、凄まじい轟音と共に土煙が舞い上がる。
俺たちがついさっきまで立っていた場所から十メートルほど離れた野原に、巨大なクレーターが穿たれていた。
「ゲホッ、ゴホッ……な、なんだ一体……魔物の襲撃か!?」
俺は包丁を構え、土煙の立ち込めるクレーターの中心を睨みつけた。
やがて煙が晴れると、そこにいたのは巨大な魔物でも、隕石でもなかった。
ボロボロの布切れのような衣服を纏い、頭から黒曜石のように鈍く光る『二本の角』を生やした、長い黒髪の女だった。
歳は俺と同じくらいだろうか。土埃に塗れてはいるが、目を奪われるほどの絶世の美女だ。
だが、その美女は立ち上がる気力もないらしく、四つん這いのままズルズルと地面を這ってこちらへ近づいてくる。
その焦点の合っていない虚ろな目は、俺でもルゥでもなく、焚き火のそばに置かれた『バッファローの極厚ステーキ』だけを真っ直ぐに見つめていた。
「……あ、あぁ……」
角の生えた美女は、口の端からツツーッとよだれを垂らしながら、枯れ果てたような涙声で呟いた。
「……その匂い……たまらん……。頼む、肉を……我に、肉を食わせてくれ……餓死する……」
それが、後に俺の料理に胃袋を完全制圧され、勝手に妻を名乗ってあちこちで騒動を起こすことになる規格外の存在――龍女神ライラとの、あまりにも締まらない出会いだった。
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