第三話 仕組まれた審査と、大草原への旅立ち
結局。俺は彼女たちの提案を受ける事にした。
カンッ、トトトトトトッ……!
隣町の商人ギルド。
その広々とした厨房に、俺の振るう包丁の小気味よい音が響き渡っていた。
普段使い慣れた「畑の恵み」の厨房とは、まるで勝手が違う。用意された大理石のまな板は固く、火魔石を組み込んだ最新式のコンロも、火力の微調整が妙にシビアだ。
だが、そんな言い訳は通用しない。
俺は額に滲んだ汗を手の甲で拭い、目の前の食材と真剣に向き合っていた。
「ふん。手際『だけ』は悪くないようだがね。所詮は田舎の食堂のコックといったところか」
背後から、昨日村長室にいた金髪の貴族女の嘲笑う声が聞こえる。
厨房と隣接する審査員席には、高価な扇子を揺らす彼女と、記録係らしき茶髪の女役人、そして渋い顔をして腕を組む、この隣町のギルドマスターが座っていた。
「兄様……がんばって……」
厨房の隅では、ルゥが両手を胸の前でギュッと握り締め、祈るように俺を見つめている。
今回の試験において、ルゥの『ジェム・マジック』によるサポートは一切禁じられていた。「純粋な調理技術と、食材の魔力引き出し能力を見るため」という、もっともらしい理由で。
集中しろ。俺の料理で、ルゥとあの店を守るんだ……!
俺は深く息を吐き、まな板の上の肉を睨んだ。
ギルド側が用意した課題食材は、「下級フォレストボアの肉」。
筋張って固いうえに、特有の強烈な獣臭さと微量の瘴気を孕んでいるため、熟練の冒険者でも好んでは食べない厄介な代物だ。
これを「特級の魔法料理」に仕上げろというのだから、最初から落とす気満々の嫌がらせとしか思えない。
だが、俺にはレオン爺さんから教わった技術と、村から持ってきた「俺たちの畑の魔野菜」がある。
俺はボア肉に細かく隠し包丁を入れ、繊維を徹底的に断ち切った。そこへ、持参した『月光生姜』と『赤炎唐辛子』をすりおろして揉み込む。
俺の畑で採れたこれらの野菜は、魔物の瘴気を中和し、肉を柔らかくする特質を持っていた。
「よし……」
下処理を終えた肉を、熱した厚手のフライパンへ投入する。
ジュワァァァッ!!
激しい音と共に、香ばしい脂の匂いが立ち昇った。獣臭さはすでに消え失せ、食欲を暴力的なまでに刺激する濃厚な香りが厨房いっぱいに広がる。
そこへ乱切りにした魔野菜をたっぷりと加え、強火で一気に炒め合わせる。
野菜の持つ微かな魔力が熱によって活性化し、鍋の中で極上のソースへと変化していくのがわかった。
「完成だ」
俺は手早く皿に盛り付け、湯気を立てるそれを審査員席へと運んだ。
「お持ちしました。『ボア肉と魔野菜の香味炒め』です」
艶やかな琥珀色のソースが絡んだ肉と野菜。見た目は完全に大衆食堂のメニューだが、立ち上る香りは紛れもなく一級品だ。
「……ふむ」
最初にフォークを伸ばしたのは、恰幅の良い中年のギルドマスターだった。彼は胡散臭そうに肉を口に運び、咀嚼した瞬間――カッと目を見開いた。
「なっ……美味い!!」
ギルドマスターが思わず声を上げる。
「フォレストボア特有の臭みが完全に消え去っているどころか、肉の旨味が極限まで引き出されている! それに、この野菜の甘みと香辛料のピリッとした刺激が絶妙に絡み合い……なんという奥深さだ! しかも、食べた傍から体の底から活力が湧いてくるのを感じるぞ!」
彼は夢中になって二口目、三口目とフォークを進めた。
俺の料理を正当に評価してくれたことに、胸の奥で安堵が広がる。
これなら、いけるかもしれない。
だが。
「……大袈裟な。たかが下級ボアの肉でしょう」
金髪の貴族女は冷ややかな目でギルドマスターを一瞥すると、優雅な手つきでフォークを取った。
肉片を口に含む。
その瞬間、彼女の肩がビクッと跳ねた。
瞳孔が開き、頬がほんのりと紅潮する。口の中に広がる圧倒的な旨味と、魔野菜がもたらす幸福感に、彼女の表情が抗いようのない「恍惚」へと歪みかけた。
しかし――彼女はハッと我に返ると、無理やりその表情を冷酷なものへと塗り替え、ガチャン! と乱暴にフォークを皿に投げ捨てた。
「……下品な味だわ」
「なっ……!?」
「確かに腹は膨れるし、小手先の技術で臭みは誤魔化せているようね。でも、それだけよ。王都の特級認定を出すには、魔力食材の純度も、料理としての気品も到底及ばない。これはただの『家庭料理』……いや、労働者の餌に過ぎないわ。不合格よ」
「お待ちください、特使殿!」
たまらずギルドマスターが身を乗り出した。
「この料理は素晴らしい! これほどの魔力調和を引き出せる料理人は、この街にはおりません! これを不合格にするなど――」
「黙りなさい、田舎のギルド長風情が」
貴族女の冷たい一瞥と、背後にある王都の権力。その重圧の前に、ギルドマスターは奥歯を噛み締めながら、悔しそうに俯くことしかできなかった。
「……最初から、落とす気だったんですね」
俺は低い声で言った。
どれだけ美味いものを作ろうが、どれだけ魔力を引き出そうが関係ない。こいつらは最初から、あの畑の利権を奪うために俺をこの場に立たせたのだ。出来レースの茶番劇に。
「約束通り、君の店と畑は我々が管理することになる」
茶髪の女役人が、感情のない事務的な声で宣告した。
「明日までに、店から立ち退きなさい。抵抗すれば、王国軍への反逆とみなします」
ふざけるな。
レオン爺さんとセレスティア婆さんが残してくれた、あの店を。俺たち家族の思い出が詰まったあの場所を、こんな奴らの懐を温めるためだけに奪われるのか。
握りしめた拳から、血が滲みそうだった。怒りで目の前が真っ赤に染まる。
その時だった。
『――警告。管理者が指定エリア(畑の恵み)の所有権を喪失したと判定しました』
昨晩、「ブツダン」の前で聞いたあの無機質な声が、突如として俺の脳内に直接響き渡った。
同時に、視界の端に半透明の文字が浮かび上がる。
『これより、当該エリアと【クッキング・ダンジョン】の魔力リンクを切断します。対象の畑は、四十八時間以内に一切の魔力を失い、通常の土壌(枯渇状態)へと移行します』
「……え?」
俺は呆然とその文字を見つめた。
魔力リンクの切断? 四十八時間で枯渇する?
その瞬間、俺の中でバラバラだったパズルのピースが、カチリと音を立てて組み合わさった。
あの畑の土壌が特別だったわけじゃない。
レオン爺さんが管理し、彼が亡くなった後、知らず知らずのうちに俺が引き継いでいた『クッキング・ダンジョン』という隠しスキルの恩恵。それがあったからこそ、あの畑の野菜は規格外の魔力を帯びていたのだ。
つまり――俺という「管理者」が手放せば、あの畑はただの石ころだらけの荒れ地に過ぎなくなる。
「……ふっ、くくっ」
怒りも、絶望も、嘘のようにスッと引いていった。
代わりに込み上げてきたのは、目の前で勝利を確信してふんぞり返っている愚かな貴族たちへの、深い憐憫だった。こいつらは、時限式のガラクタを大金叩いて奪い取ったことに気づいていない。
「何を笑っているの。気でも触れたのかしら?」
貴族女が不快そうに眉をひそめる。
「……いや。わかりました。店も畑も、あんたたちにくれてやる」
俺は静かに言い放ち、着ていたエプロンを無造作に調理台へ投げ捨てた。
「兄様……!?」
ルゥが不安そうに駆け寄ってくる。俺は彼女の小さな手を、しっかりと強く握り返した。
「行こう、ルゥ。あそこはもう、俺たちの居場所じゃない」
「でも……レオン爺さんたちの……」
「大丈夫だ。本当に大切なものは、全部俺たちの中にある。こんな奴らに渡したりしないさ」
俺はルゥを連れて厨房の出口へと歩き出し、最後にもう一度だけ、ギルドマスターと貴族女たちを振り返った。
「あの畑を奪ったこと……後悔しても遅いからな」
それは負け犬の捨て台詞などではない。数日後に必ず訪れる未来への、事実としての忠告だった。
背後から投げつけられる嘲笑を背に、俺はギルドの重い木の扉を押し開けた。
◇
外には、抜けるような青空が広がっていた。
俺たちは一旦村へ戻り、必要最低限の荷物と調理器具だけを背負って、足早に故郷を後にした。
「兄様……これから、どこへ行くの?」
村が見えなくなった街道の分かれ道で、ルゥが不安そうに俺の袖を引く。
「……王都だ」
俺は迷いなく答えた。
「あいつらは俺の料理を『王都の基準に満たない』と見下した。なら、その王都で俺の料理がどこまで通用するか、試してやろうじゃないか」
それに、あの脳内に響いた『クッキング・ダンジョン』という謎の声。レオン爺さんの遺した力の秘密も、王都のような巨大な街に行けば何か手がかりが掴めるかもしれない。
「王都……! うんっ、ルゥも行く! 兄様のお料理が世界一だって、ルゥが証明してみせるんだから!」
妹の純粋な笑顔と、ぴょこぴょこと揺れる銀色のケモ耳に、重かった心が少しだけふっと軽くなる。
「王都へ行くには、この先にある広大な『サバンナ』を越えなきゃならない。危険な魔物も多いらしいが、大丈夫か?」
「へいきだよ! ルゥがドーンってやっつけちゃうからね!」
俺たちは顔を見合わせ、声を出して笑った。
住み慣れた故郷を追われたというのに、不思議と足取りは軽かった。
前方に広がるのは、見渡す限りの地平線まで続く大草原。
俺たちの新しい旅が、そして世界の食を揺るがす未知なる食材との出会いが、今、ここから始まろうとしていた。
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