第二話 奪われた思い出の場所
俺たちの村は、王都から遠く離れた山間の小さな集落だ。
周辺には豊かな森が広がり、村の裏手には、古代の遺跡が眠ると言われる未踏のダンジョンも存在する。
俺が営む食堂「畑の恵み」は、そんな村の片隅にある、古びたけれど温かい店だった。レオン爺さんとセレスティア婆さんが長年心を込めて営んできた店を、俺が引き継いだのは数年前のことだ。
「タロウ! 頼むよ! あの魔物、俺たちの手じゃあどうにも手が付けられなくてさ!」
店の片隅で、顔を青ざめさせた冒険者たちが俺に訴えかけてくる。
彼らがダンジョンで仕留めたという、妙に禍々しいオーラを放つ魔物の肉を持ってくるのは、もう日常茶飯事になっていた。
「ああ、わかってる。ちょっと待っててくれ」
俺は慣れた手つきで、ドス黒い血を滴らせる魔物の肉をまな板に乗せ、手早く捌いていく。その肉からは、触れるだけで指先がピリピリとするような微かな魔力が感じられた。
普通の料理人がこれを焼けば、瘴気を含んだ生臭さで三日は寝込む羽目になる。
だが、俺の畑で採れた魔野菜と合わせ、適切な下処理をして調理することで、この毒々しい肉は彼らが言うところの「お守り」へと変わるのだ。
「こいつはタロウにしか無理だ。あの肉、俺たちじゃあどう調理しても生臭くて食えたもんじゃなかったからな」
「そうなんだよ。でも、タロウが作るとまるで別物になるんだ。香ばしい匂いと野菜の甘みが、魔物の肉の臭みを見事に消し飛ばしてくれる」
「ああ。それに加えて、食った直後から経験したことのないような力が漲ってくるんだぜ? 状態異常も治っちまうし。ルゥちゃんのブースト魔法ってやつのおかげかもな」
「馬鹿言え、魔法なんてもんは女の特権だろ? タロウのはまた別の、純粋な料理の腕前ってもんじゃないのか?」
「お前ら。おしゃべりも良いが、せっかくの料理が冷めるぞ。さっさと食っちまえ」
俺が呆れたように言うと、彼らは笑いながら一斉に匙を進めた。
彼らが俺の料理を「お守り」と呼ぶようになったのは、いつからだったろうか。最初こそ戸惑ったが、今では彼らの命懸けの冒険の片棒を担がせてもらっていることに、料理人としての誇りすら感じていた。
◆
そんな日常に、突如として終止符が打たれたのは、夕食の仕込みが済んだ昼下がりだった。
村の広場に似つかわしくない豪奢な馬車が到着したという知らせを聞き、嫌な予感を胸に村長室へ向かった俺は、扉の奥から聞こえてきた信じられない会話に、思わず怒りに任せて扉を蹴り開けていた。
「村長! いったいどういうことですか!」
室内には、困惑しきった顔の村長と、見慣れない金髪を巻き髪にした女、そして茶髪おさげで眼鏡をかけた女が二人が、上座の椅子にふんぞり返るように座っていた。
女性たちは派手な装飾が施された、いかにも高そうな貴族の服を身に纏っている。
「タロウ君、落ち着きたまえ……」
村長は困ったように眉を寄せ、白髭を撫でた。
しかし、その目には俺の怒りに対する同情の色はない。むしろ、厄介事から逃れたいという保身の色が透けて見えた。
「落ち着けって言うんですか! 俺たち兄妹の店が、明日から営業できなくなるって、どういうことなんですか!」
「兄様! 落ち着いて下さい!」
俺は掴みかからんばかりの勢いで村長に詰め寄った。背後からルゥが俺の腕を掴み、必死に止めようと体重をかけてくる。
「離せルゥ!」
だが、頭二つ分も小柄な妹の細腕を、俺はどうしても振りほどくことができなかった。
こんな怒りで我を忘れそうな時でも、こいつの規格外の馬鹿力は健在らしい。その場にギリッと足が縫い付けられたように押し留められる。
「タロウ、とやら。君の店の食材について、王都から正式な通達があったのだよ」
金髪の女が、羽虫でも見るかのような冷たい視線を向けて言い放った。その声には、一切の感情がこもっていないように感じられる。
「王都からの通達? 何のことです!」
「君の店で使っている、その『畑で採れた野菜』だが……あれは、我々が管理する『魔力食材』に指定されたのだ」
「魔力食材っ!? そんな馬鹿な!」
俺は思わず叫んだ。あの魔野菜が多少の魔力を持っていることは知っている。
だが、それが「魔力食材」? しかも、それを「管理」だと?
「最近新しく制定された法なのだが……まさか知らんとは言わせんぞ? 一般の者が特級の魔力食材を無資格で扱うことは、法で厳しく禁じられている。王都の貴族様が君の畑の作物の異常な魔力純度に目をつけられ、今回、我々による厳正なる調査が入ったのだ」
金髪の女は、他人事のように告げた。
まるで俺たちの食堂が、そしてこの村の生活基盤がいかに些細なことであるかのように。
「しかし、この野菜は、俺たちがこの村の畑でずっと育ててきたもので……!」
「事実として。君の店は、無許可で国境レベルの魔力食材を使用していた。故に明日までに、魔物調理師の『特級営業許可証』を提出できなければ、店と畑は全て国が差し押さえとなる」
「明日まで!? そんな……!」
突然すぎる話に、頭が真っ白になった。明日? 一体、どうしろというんだ。
「これは、あまりにも理不尽です! あの魔野菜は、レオン爺さんたちが……!」
「理不尽だと? タロウ君、君の得意料理はただの『家庭料理』だそうだが。それが、この王国の魔力資源流通を混乱させる可能性もあるのだよ。無論、その異常な野菜が育つ畑の土壌も含めてな」
「魔力資源……」
王都の貴族連中が、俺たちの畑の野菜にそんな大層な名前をつけて、利権を貪ろうとしているなんて知る由もなかった。
「しかし、試験を受ける機会は与えられているのだろう?」
困惑していると、ここまで黙っていた役人らしき茶髪の女性が、事務的な口調で静かに言った。
「そうだよ、タロウ君。明日の正午、隣町の商人ギルド出張所に我々が赴く。そこで特別に『魔物調理試験』を受け、我々を唸らせる料理を作れれば、特級資格を与えなくもない。ただし、期日は……明日までだ」
明日まで。隣町までは急げば半日で行けるが、試験の準備をする時間は皆無に等しい。
それは、あまりにも短すぎる期日だった。まるで、最初から俺に資格なんて取らせないとでも言いたげな態度だ。
「そんな……」
俺は言葉を失った。
レオン爺さんとセレスティア婆さんが、どれほどの想いを込めて、あの店『畑の恵み』を、そして畑を俺に託してくれたことか。
それをこんな形で、見ず知らずの貴族に強引に奪われそうになっているなんて。
「兄様……」
ルゥが、俺の肩にそっと手を置いた。その微かな震えが、俺の背中にも伝わってくる。
「大丈夫、兄様。きっと……なんとかなるよ」
ルゥの強がるような言葉が、今の俺には空虚な響きに聞こえてしまった。
どうすればいい? 明日までに、どうやって彼らを納得させる「特級の料理」なんて作れるっていうんだ。
「ああ、そう言えば、タロウ君。君の妹さん、ルゥ君は確か珍しいブースト魔法が使えると聞いている」
金髪の女が、品定めのようないやらしい目でルゥに目を向けた。
「こんな田舎の小娘が魔法を使えるとはね。しかし、残念ながらブースト魔法は我々が求める『魔力食材』の資格には、直接関係しない。ただの小手先の誤魔化しだ」
そこで話を切ると、金髪の女性は横目で茶髪の女に合図を送る。
「もし、店を失って就職先を探すのなら、私の方から王都の貴族様に斡旋しましょうか? 妹さんのその魔法と愛らしい容姿なら、観賞用の魔法具として生活費くらいなら稼げますよ?」
ルゥが悔しそうに唇を噛みしめている。
俺は咄嗟にルゥと貴族の間に割って入り、冷たく睨み返した。
「っ!? ……結構ですっ!」
地を這うような低い声で、ハッキリと突き返す。
俺たちは、この手で、この村の皆のために料理を作るのがただ好きなだけなのに。
これ以上ここで反論しても無駄だ。彼女たちの表情には断固たるものがあった。いや、それどころか、田舎者を嘲笑う歪んだ優越感すら浮かべている。
「強情なことだ。では、明日。隣町の商人ギルドで待っている。資格を取れなければ、あの店と畑は我々が適切に『管理』することになる。せいぜい、悪足掻きをすることだな」
女性たちはそう言い残し、香水のキツイ匂いを残して村長室を出て行った。残されたのは、重苦しい沈黙だけだった。
「……タロウ兄様」
ルゥが、泣きそうな顔で俺を見上げた。
「大丈夫だ、ルゥ。俺はルゥや村の皆のために、美味い料理を作る。それだけだ」
俺は、無理やり笑顔を作った。
でも、心の中は鉛を飲んだように重く沈んでいた。それを誤魔化すように、ルゥの銀髪をそっと撫でる。
彼女の銀髪は窓からの光を反射して輝き、ケモ耳はいつも通りに柔らかくて温かかった。
だが俺の頭の中は、焦燥感と絶望感でいっぱいだった。
明日まで。俺の手持ちの食材と技術だけで、王都の貴族を黙らせる料理なんて、本当に作れるのか?
◆
店に戻ると、噂を聞きつけた冒険者たちが俺の顔を見るなり、血相を変えて立ち上がった。
「タロウ、聞いたぞ! 王都の連中が畑を差し押さえるって!?」
「明日までに特級資格? そんなの、無茶苦茶だろ! 王都の宮廷料理人じゃあるまいし!」
「タロウ、俺たちも何か手伝えることはないか? いざとなりゃ、あんな貴族の馬車くらい襲撃してやるぞ!」
物騒な提案まで飛び出す冒険者たちは、皆、俺の料理に救われてきた者たちだ。
だからこそ、彼らの不器用な優しさが、俺の胸に深く響いた。
「ありがとう。でも、これは俺たち兄妹の問題だから。それに、お前たちを犯罪者にするわけにはいかないよ」
俺は、そう答えるしかなかった。
その夜。
俺は全く眠りにつくことができず、厨房の奥にあるレオン爺さんとセレスティア婆さんの墓に花をあげ、静かに手を合わせた。
この世界の、この村の皆は土葬され普通の墓に眠っているというのに、何故かレオン爺さん達の墓だけは「ブツダン」という木製の奇妙な箱に納められていた。
レオン爺さん。あんた、昔から周りと少しズレてたんだよな……。この墓の形式といい、ルゥに遺したジェム・マジックといい。
そして、あの異常な魔力を持った野菜が育つ畑といい。
「あんたは一体、何者だったんだよ……」
そうやって思いを馳せ、乾いた笑いをこぼしても、返ってくる言葉はない。
ただ、線香の煙が真っ直ぐに昇っていくのを見つめていると――不意に、俺の脳内に、今まで聞いたこともない「無機質な声」が響いた気がした。
『――条件をクリアしました。管理者権限を譲渡。隠しスキル【クッキング・ダンジョン】を起動します』
「え……?」
その声を聞いた直後、俺は急激な睡魔に襲われ、「ブツダン」の前でそのまま意識を深い闇の中へと落としていったのだった。
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