第15話 王都の洗礼と、暗黒物質を錬成する令嬢
防塞都市ガルドから数日間の旅路を経て。
魔力喰いの暴牛の極上ステーキと牛骨スープで完全に胃袋を掌握された商隊は、誰一人欠けることなく、ついにこの国の中心たる巨大都市へとたどり着いた。
「タロウの旦那! 今回の旅は本当に最高だった! あんたの飯が食えなくなるのは寂しいが、王都で店を出したら絶対に顔を出すからな!」
「ああ、気をつけてな。あんたらの商売が上手くいくことを祈ってるよ」
王都の巨大な正門をくぐり抜けた大通りの一角で、俺はドワーフの商人たちと固い握手を交わし、商隊と別れた。
周囲を見渡せば、防塞都市とは比べ物にならないほど巨大で壮麗な白亜の建造物が立ち並んでいる。
道は綺麗に石畳で舗装され、空には魔力で動く煌びやかな飛行船のようなものが浮かび、行き交う人々の服もどこか豪奢で洗練されていた。
この国における、すべての富と権力、そして魔法至上主義の頂点が渦巻く場所、『王都』だ。
「わぁ……! おっきいお家がいーっぱいある! 兄様、あそこでお水が噴き出してるよ!」
「シャック! 良い匂いがするぞぉ! この街には、ガルドより美味い酒と肉がたんまり隠されていそうだな!」
ルゥが噴水を見て目を輝かせながら銀色の尻尾をちぎれんばかりに振り、絶世の美女の皮を被った酔っ払い女神のライラは、さっそく歓楽街の方向を鼻をヒクヒクさせながら見つめている。
俺も王都の城を見上げ、小さく息を吐いた。
確かに凄い街だ。だが、俺の心に気後れや感動は一ミリもない。
魔法で光る無駄に派手な塔や、貴族たちの着飾った服などどうでもいい。俺が興味があるのは、この巨大な人口を抱える街の裏側に、いったいどれほどの『未知のゴミ食材』が眠っているかということだけだ。
俺から畑を奪ったあの高慢な特使テローラのような、中身のない見掛け倒しの魔法料理しか知らない連中に、本物の『飯』というものを叩き込んでやる。
俺の料理人としての血が、静かに、しかし熱く沸き立っていた。
だが、その野望の第一歩を踏み出そうとした俺の背後には、なぜか頭の痛くなるような大行列がぴったりと張り付いていた。
「タロウ様っ! どうかお荷物はわたくしたちにお任せくださいませ!」
「歩き疲れてはいらっしゃいませんか!? わたくしのこの真紅の魔導服を脱いで地面に敷きますから、どうかその上にお座りになって休憩を!」
振り返ると、王都の特権階級の象徴である派手な真紅の魔導服を着た女たちが、ぞろぞろと十人近くもストーカーのように俺の背中をついてきている。
彼女たちは、商隊護衛で雇われていたあのエリート女性魔法使いたちだ。護衛任務が終わって王都へ帰還し、ここで解散のはずだったというのに、誰一人として俺のもとを離れようとしないのだ。
「お前らな……任務は終わったんだから、王宮なりギルドなりに帰れよ。俺たちはこれから、店を出すための安い空き物件を路地裏に探しに行くんだ。お前らみたいな派手な格好の奴らがウロウロしてたら目立ってしょうがない」
「嫌ですわ! わたくしたちはもう、タロウ様の作られた極上の出汁なしでは生きていけない身体にされてしまったのです!」
「無給でいいからタロウ様のお店で働かせてください! お皿洗いでも、タロウ様の汗を拭く係でも何でもしますわ!」
顔を真っ赤にして熱っぽい視線を送りながら、押しかけウェイトレスとして勝手についてくるエリート魔法使いたち。
特権階級の女たちが、平民の男に媚びへつらいながら路地裏へと連れ立っていく。
そのあまりにも異常な光景に、すれ違う王都の住人たちが「なぜエリート様があんな黒エプロンの男に……!?」とドン引きして道を空けていく。
静かに物件を探したいのに、これではただの王都の大名行列だ。俺が呆れ果てて深いため息をついた、その時だった。
突如として、俺の料理人としての嗅覚が、路地裏のさらに奥から漂ってくる『強烈な異臭』を捉えた。
生ゴミが腐ったような匂いではない。食材の命を無惨に弄び、完全に殺し切ったような、焦げた炭と謎の酸味が入り混じる『最悪の調理の匂い』だ。
俺の足がピタリと止まる。
「……なんだ、この匂いは」
「シャック! なんだか鼻がひん曲がりそうな、酷いにおいがするぞぉ」
酔っ払ったライラが鼻をつまむ。
俺はエリート魔法使いたちの騒ぎを背中で制し、その酷い匂いの発生源を辿って、さらに薄暗い路地の奥、崩れかけたレンガ塀の裏庭へと足を踏み入れた。
そこに広がっていたのは、凄惨な光景だった。
裏庭の中央には、黒焦げになった鉄鍋が転がり、中からは得体の知れない紫色のドロドロとしたヘドロのようなものが、ブクブクと不気味な泡を立てている。
そしてその鍋のすぐ横で、一人の女性が白目を剥き、口から泡を吹いて行き倒れていた。
「おい、大丈夫か!」
俺が慌てて駆け寄ると、倒れていたのは、色褪せて傷だらけになった騎士の軽鎧と、ボロボロに破れた衣服を身に纏う若い女性だった。
泥にまみれてはいるが、その顔立ちは驚くほど整っている。そして何より、破れた衣服の隙間からは、栄養失調で倒れているのが信じられないほど透き通るような白い肌と、隠しきれない豊かな双丘の膨らみが無防備に覗いていた。
「あわわっ、お姉ちゃん死んじゃうの!?」
「シャック! こいつ、自分で作った毒でも食ったのか? アホなやつだなぁ」
ルゥがオロオロと飛び跳ね、ライラが酒樽を片手にケラケラと笑う。
俺はすぐさまインベントリから水筒を取り出し、倒れている女性の口元に少しずつ水を含ませた。
ゴク、ゴクと喉が鳴り、やがて彼女の長いまつ毛が震え、パチリと目が開いた。泥にまみれた顔に不釣り合いな、宝石のように美しい碧眼だった。
「あ……れ……? 私、死んだの……?」
「いや、ギリギリ生きてる。いったい何があった。
なんでこんな路地裏で、そんな致死性の暗黒物質みたいなものを錬成して倒れてたんだ」
俺が転がっている鉄鍋を指差して尋ねると、彼女はゆっくりと身を起こし、ふらつく頭を押さえながらポツリポツリと事情を話し始めた。
彼女はセリアと名乗った。王都のはずれに広大な敷地を持つ、由緒正しい貴族の令嬢。いや、正確には『元』貴族だそうだ。
この魔法至上主義の国において、彼女は貴族の血筋でありながら、魔法の才能が完全に皆無だったのだ。一族の恥として実家から見放され、当主であった父親が亡くなったのを機に、彼女はすべての財産を奪われ、誰も寄り付かないボロ廃城に一人で追いやられてしまったという。
だが、彼女が餓死寸前になっていた本当の理由は、ただの貧困ではなかった。
「私には、魔法の才能の代わりに……呪いのような能力があるんです」
セリアは碧眼を伏せ、自嘲気味に笑った。
「常人離れした味覚と嗅覚。ごく一部の文献で『神の舌』と呼ばれるものです。食材の鮮度、調理の過程、ほんの僅かな味の乱れすら、すべてを完全に解析してしまう恐ろしい感覚……」
「……神の舌。なるほどな」
俺は腕を組み、納得した。
この魔法に頼り切った世界では、火加減やアク抜きといった料理の基本概念が存在しない。高慢な魔法使いが、高価な特級食材を魔法の炎で力任せに黒焦げにするだけだ。
普通の人間なら「これが高級料理だ」と騙されて食えるだろうが、神の舌を持つ彼女にとって、それはどう足掻いても『味気ない灰』や『魔力の不純物の塊』にしか感じられないはずだ。
「ええ。王都のどんな高級料理を食べても、泥や消し炭を噛んでいるようで、喉を通らないんです。だから……自分で本に書いてあった昔の物理的な調理法を試してみようと、市場のゴミ捨て場から拾ってきたクズ野菜を煮込んでみたんですけど……」
「結果が、あの毒沼みたいなヘドロってわけか」
セリアはボロボロと大粒の涙をこぼし、地面に突っ伏した。
「火加減もわからないし、野菜から変な苦い汁はいっぱい出るし……一口味見した瞬間に、内臓が爆発するかと思いました……。もうお腹ペコペコなのに、私、このまま美味しいものを何も知らずに餓死するのね……」
同情する気にもなれない。料理の基本を知らない素人が、見よう見まねでゴミ食材を適当に煮込めば、そりゃあ致死性の毒物も完成するだろう。
だが、魔法料理の不味さに絶望し、自分で物理調理に挑もうとしたその心意気だけは、料理人として少しだけ買ってやってもいい。
「ルゥ、ライラ。少し離れてろ」
俺は立ち上がると、路地裏のレンガの隅に手早く竈を組み上げた。
そして空中で指を弾き、インベントリから食材を取り出す。
極上の魔力で育った米に似た純白の穀物。防塞都市の市場で仕入れておいた巨大な魔猪の端肉と、大根や人参に似た根菜類。そして、美しい結晶の形をした岩塩だ。
この世界の常識に侵された彼女の『神の舌』を黙らせるには、小細工は要らない。
極限までシンプルだからこそ、一切の誤魔化しが効かない究極の基本料理で十分だ。
竈に火を入れ、土鍋で穀物を一気に炊き上げる。
蓋を開けた瞬間、真珠のように光り輝く米粒から、甘く芳醇な湯気が路地裏に立ち昇った。
俺は両手を冷水で軽く濡らし、岩塩を掌に馴染ませてから、炊きたての熱い米をふわりと包み込むように握る。米粒の間に適度な空気を含ませ、口に入れた瞬間にほどける完璧な圧力を指先で計算する。
隣の鍋では、魔猪の端肉から出た濃厚な脂で根菜を炒め、地下水でじっくりと煮込んでいく。
こまめに灰汁を掬い取り、雑味を一切残さない。
塩だけで味を整えた、素材の旨味が極限まで溶け出した至高の肉汁スープだ。
「ほら、食え。極上の塩むすびと、魔猪の塩豚汁風スープだ」
俺が木皿に乗せて差し出すと、セリアは信じられないものを見るような目でそれを受け取った。
魔法の光は一切ない。ただ手で握られただけの白い穀物の塊と、素朴な汁物。
だが、そこから漂う暴力的なまでの出汁の香りに、彼女の喉がゴクリと大きく鳴った。
セリアは震える両手で塩むすびを持ち上げ、小さな口を大きく開けて、かじりついた。
サクッ、ホロッ。
その瞬間、セリアの碧眼が極限まで見開かれた。
俺が計算し尽くした掌の温度と塩の完璧な配分。潰れずに立ち上がった米粒が放つ強烈な穀物の甘みを、彼女の『神の舌』が瞬時に解析し、脳髄まで叩き込んでいるのだろう。
魔法では絶対に再現できない、物理的な圧力が生み出す奇跡の食感に、彼女の細い身体が小刻みに震え始める。
続けて、彼女はスープの入った木椀に口をつけた。
丁寧に灰汁を抜いた魔猪の圧倒的な旨味と脂の甘さ、そして根菜の風味が、彼女の喉の奥へと流れ込んでいくはずだ。
一切の雑味を消し去った、透き通るような完璧な出汁の暴力。それを細胞の隅々まで味わい尽くしたのか。
「あ……あぁぁっ……!」
セリアの口から、もはや言葉にならない甘い吐息が漏れた。
彼女はボロボロと大粒の涙を流しながら、木椀を両手で抱え込み、快感に身をよじらせて俺の足元に崩れ落ちた。
「なにこれ……こんなの、食べたことない……。細胞が、命が、全部喜んでる……っ! 泥の味がしない……灰の匂いがしない……っ! ただただ、どこまでも美味しくて、優しくて……はぁぁっ……」
セリアの透き通るような白い肌が、頭の先から首筋まで、熱を出したように真っ赤に染まっている。
彼女は塩むすびを貪るように平らげ、スープを一滴残らず飲み干すと、そのまま地べたを這うようにして俺の足にすがりついてきた。
「お願い……っ! 私を、私を一生あなたのそばに置いて!」
セリアは俺の逞しい太ももに両腕でギュッと抱きつき、破れた衣服から零れ落ちそうな豊かな胸を、俺の足にむぎゅっと押し当ててきた。
見上げる碧眼は、完全に俺の料理の虜となった狂信者のそれだ。
「お金は一銭もないけど、私には『貴族の身分』と、王都の隅にある『実家のボロ廃城の権利書』があるわ! これを全部貸すから! あなたのお抱え料理人として、合法的にその廃城でお店を開いていいから! だからお願い、私に一生、この極上のご飯を作ってぇぇっ!」
なりふり構わず泣き叫びながら、究極の餌付け契約を申し出てくるポンコツ令嬢。
俺は思わず天を仰いだ。王都で店を構えるための『名義』と『広い物件』を探していた俺にとって、それは願ってもない好条件だった。廃城だろうがなんだろうが、場所さえあれば俺はどこでも極上の料理を出せる。
「……わかった。その名義貸しの話、乗ってやる。案内しろ」
俺がため息混じりに承諾した、その瞬間だった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい泥棒猫!!」
背後で成り行きを見守っていたエリート魔法使いたちが、顔を真っ赤にして凄まじい殺気を放ち始めた。
「ぽっと出の没落女が、タロウ様と同棲ですって!? しかもタロウ様の太ももに胸を押し当てて……き、汚らわしい! 許せませんわ!」
「タロウ様! わたくしたちもその廃城の掃除と給仕係として、絶対に同行いたしますからね!」
激怒する真紅の魔導服の女たちと、俺の足にしがみついて離れない金髪の没落令嬢。
こうして俺たちは、新たに厄介な「神の舌を持つ居候」と「貴族の廃城」を手に入れ、王都での店舗探しという最初の難題を、予想外な形で達成してしまったのだった。
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