第14話 閑話:特権階級の崩壊と、ストレートヘアへの転落
王都の中心部にそびえ立つ、豪奢な白亜の王城。
その一角にある、高位の貴族や宮廷魔術師のみが足を踏み入れることを許される華やかな空中庭園で、特使テローラ・ロルテーゼは極上の優越感に浸っていた。
美しい金髪を見事な縦ロールに巻き上げ、特権階級の象徴である真紅のドレスに身を包んだ彼女は、大きく開いた胸元から覗く豊満な谷間をこれ見よがしに強調しながら、優雅に紅茶のカップを傾ける。
円卓を囲むのは、王都の経済と食糧事情を牛耳る高位の貴族夫人たちだ。
テローラは今、彼女たちに出資を募り、自らの大々的な功績を鼻高々に自慢している真っ最中であった。
「皆様、ご安心なさいませ。わたくしが辺境の村で発見し、正当な『審査』を経て保護いたしましたあの畑は、まさに奇跡の特級農地ですわ。大気中の魔力を無限に吸い上げ、極上の魔野菜を瞬く間に育てる魔法の土……。あれさえあれば、王都の高級食材市場はわたくしたちの派閥が完全に独占したも同然ですのよ」
「まあ、テローラ様。それは素晴らしいですわね」
「それに加えて、防塞都市ガルドの商人ギルドもわたくしの手中に収めましたわ。あそこの流通を絞り、安全な特級食材の価格を釣り上げれば、莫大な利益がこの王都の皆様の懐へと転がり込むという算段ですの」
オホホホホッ、とテローラが高笑いすると、貴族夫人たちも満足げに扇で口元を隠して笑い合った。
テローラにとって、辺境の村にいた小汚い黒髪の男など、道端の石ころ以下の存在でしかなかった。
魔法も使えない底辺の男が、奇跡の畑を不法占拠していたのだから、高貴な自分が取り上げて正しく管理してやるのがこの世界の絶対的な正義である。
男が王都へ向かったという報告も受けていたが、道中のサバンナには高慢な魔法使いの暗殺者を差し向け、仮にそこを抜けてもガルドの街で兵糧攻めにし、最後には街道に仕掛けた『魔力喰いの暴牛』の罠で商隊ごと消し飛ぶ手筈になっている。
自分の完璧な計画に、一滴の死角もない。テローラはそう確信していた。
庭園の入り口から、血相を変えた早馬の伝令が転がり込んでくるまでは。
「て、テローラ特使様! 緊急の報告でございます!!」
「……何ですの、騒々しい。高貴なティータイムの邪魔をしないでちょうだい」
不機嫌そうに眉をひそめるテローラの前で、泥にまみれた伝令の兵士が膝をつき、震える声で叫んだ。
「へ、辺境の村から奪収いたしました、あの特級畑についてです! 特使様が王都へ帰還された直後から、あの畑の土から魔力が完全に消失し……今や、雑草一本生えないただの『死んだ荒れ地』と化してしまいました!」
ガチャンッ!
テローラの手にしていた高級なティーカップが、大理石の床に落ちて粉々に砕け散った。
「は……? い、今、なんと言いましたの? 死んだ荒れ地……? 馬鹿なことを仰い! わたくしがこの目で、極上の魔野菜が実っているのを確認したんですのよ!? 高位の土属性魔法使いを何人も派遣して、管理させているはずでしょう!」
「そ、それが……魔法使いたちがいくら魔力を注いでも、土が一切反応しないのです! まるで、あの畑の魔力の根源そのものが、どこか別の場所へそっくりそのまま移動してしまったかのように……!」
庭園の空気が、一瞬にして凍りついた。
先ほどまでテローラを賞賛していた貴族夫人たちの目が、スゥッと冷ややかなものに変わる。
「テローラ様……? 奇跡の特級農地を手に入れたというお話は、もしやわたくしたちから出資金を騙し取るための作り話でしたの?」
「ち、違いますわ! 何かの間違いです! そう、一時的な魔力の枯渇ですわ! きっとすぐに元に……」
テローラが顔を引きつらせ、額から嫌な冷や汗を流し始めたその時。
今度は、庭園の空間が歪み、防塞都市ガルドからの『緊急空間転移魔法』によって、商人ギルドの使い走りが青い顔をして転がり出てきた。
「と、特使様ぁぁっ! た、大変です! ガルドの街で、わ、我々の食材独占市場が完全に崩壊いたしました!」
「なっ……!?」
連続する凶報に、テローラの心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
豊満な胸が荒い呼吸で大きく上下し、美しく巻き上げられていた縦ロールの髪が、汗の湿気でわずかに形を崩し始める。
「ど、どういうこと!? 魔法も使えない平民どもに、高価な魔野菜を売りつけて莫大な利益を出しているはずでしょう!」
「そ、それが……! 突如としてスラムのボロ宿に『迷い猫の食堂』なる巨大な屋台が現れ、市場に捨てられていたゴミ食材を使って、信じられないほど美味で破格の料理を売り始めたのです! 街の平民はおろか、特権階級の魔法使いの皆様までがその料理の虜になり……今や、我々の倉庫にある高いだけの魔野菜は誰にも見向きもされず、すべて腐ってハエがたかっております!!」
使い走りの絶望的な報告に、テローラは眩暈を覚えてよろめいた。
ゴミ食材で作られた料理が、魔法で調理された高級食材に勝つなど、この魔法至上主義の世界の常識では絶対にありえないことだ。だが、現実に自分の資金源が完全に絶たれたという事実は、重い鉛のように彼女の胃の腑にのしかかってきた。
「……テローラ様。王都の独占市場のお話も、どうやら夢物語だったようですわね」
「わたくしたちの出資金、利子をつけて全額返還していただきますわよ。ええ、今すぐに」
貴族夫人たちが冷酷な宣告を下し、扇を閉じて次々と席を立ち始める。
莫大な負債と、特使としての地位の失墜。破滅の足音が、すぐそこまで迫っていた。
「ま、待ってくださいませ! まだです! まだ終わりではありませんわ!」
テローラは血走った目で夫人たちにすがりつき、必死に声を張り上げた。
彼女には、まだ最後の一手があった。あの忌々しい黒髪の男を、王都へ向かう街道で確実に始末するための、完璧な罠だ。
あの男さえ消えれば、再び脅迫と魔法の力でガルドの街を支配し、体制を立て直すことができる。
伝説級の魔獣である『魔力喰いの暴牛』が暴れれば、男も、護衛の魔法使いたちも、商人たちも、全員肉片一つ残らず消滅しているはずだ。
「わ、わたくしが雇ったエリート魔法使いたちが、間もなく王都へ帰還するはずですわ! 彼女たちが任務を終えれば、すべてはわたくしの計算通りに……!」
ドバァァァンッ!!
テローラの悲痛な叫びを遮るように、庭園の分厚い扉が勢いよく開け放たれた。
「テローラ特使! 護衛任務、ただいま帰還いたしましたっ!」
現れたのは、テローラが絶対の自信を持って商隊の護衛に潜り込ませた、真紅の魔導服を纏うエリート魔法使いの女たちだった。
だが、その姿はテローラの想像していた『任務を終えた冷酷な暗殺者』とはかけ離れていた。
彼女たちの顔は誰もが熱っぽく上気し、瞳は乙女のようにキラキラと潤っている。そして何故か、全員の手に、大きな木製のタッパーのような容器が大切そうに抱えられていた。
「お、おお! よく帰ってきましたわ! さあ、皆様に報告なさい! あの目障りな商隊と、小汚い黒髪の男は、暴牛の魔獣の餌食となって無惨に死に絶えたと!」
「……は? 魔獣の餌食? 何を寝ぼけたことを仰っているのですか、特使様」
リーダー格のエリート魔法使いの女は、テローラを見るなり、心底軽蔑したような冷たい視線を向けた。
「あの伝説級の暴牛は、タロウ様がお持ちになっていた『概念包丁』によって、空中で生きたまま美しく解体され、極上の霜降りステーキとなりましたのよ。我々はその神業と、タロウ様の作られた至高の牛骨スープによって、命も、胃袋も、そして女としての心も完全に救われたのです!」
「……は?」
テローラの口から、間の抜けた声が漏れた。
伝説の魔獣が、解体されて、ステーキになった。何を言っているのか、脳がまったく理解できない。
「タロウ様のあの力強くも繊細な包丁さばき……そして、無骨な黒エプロンから覗く男らしい腕の筋肉……あぁっ、思い出すだけで胸が苦しいですわ! 私たち、もうタロウ様の料理なしでは生きていけませんの!」
「見なさい、テローラ! このタッパーに入っているのは、タロウ様が持たせてくださった『特製牛すじ煮込み』よ! 魔法の炎で黒焦げにするしか能のなかった私たちに、本当の『料理』というものを教えてくださったタロウ様は、まさに食の神様ですわ!」
エリート魔法使いたちが頬を赤らめ、身悶えしながら牛すじ煮込みの入った容器に頬擦りしている。
その異様な光景と、容器の隙間から漏れ出した暴力的なまでに食欲をそそる醤油と肉の匂いに、足を止めた貴族夫人たちの喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。
すべてを悟った。
自分の差し向けた刺客は、すでに遠の昔に全滅している。
自分が手に入れたと思っていた畑は、最初からあの男がいなければただのゴミだった。
自分が支配したと思っていた経済は、あの男の作る料理の匂い一つで完全に崩壊した。
そして自分が放った最強の魔獣は、あの男の手によってただの『極上食材』として美味しく調理され、配下の者たちを熱狂的な信者へと変えるための極上のスパイスにされてしまったのだ。
「あ……ぁぁ……」
テローラの膝から力が抜け、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。
優雅に巻き上げられていた自慢の金髪の縦ロールは、極度の冷や汗とストレスによって完全にその形状を失い、見る影もないボサボサのストレートヘアへと成り果てている。
胸元を強調した真紅のドレスは、今やただの滑稽なピエロの衣装にしか見えなかった。
「タロウ様を小汚い男と罵ったあなたへの報告は、これで終わりです。タロウ様の商隊は、すでに王都の正門を無事に通過されましたわ。私たちはこれから、タロウ様の王都での食堂オープンのための出資と準備に走らなければなりませんので、これにて失礼いたしますわね」
「あら。そのタロウ様のお料理、わたくしたちもぜひ一口いただいてみたいですわ。ええ、テローラ様への出資金を、そっくりそのままタロウ様へ投資するのもよろしくてよ」
エリート魔法使いたちと貴族夫人たちが意気投合し、美味そうな肉の匂いを漂わせながら、華やかな空中庭園から去っていく。
後に残されたのは、莫大な借金を抱え、特権階級の地位をすべて失い、ボサボサの髪を振り乱して床に這いつくばるテローラただ一人だった。
「う、嘘よ……こんなの、嘘よ……。わたくしの……わたくしの完璧な計画が……」
何が魔法至上主義だ。何が特権階級だ。
ただ美味しい料理を作ることしか頭にない、魔法も使えない底辺の男。その圧倒的な『料理への執着』の前に、自分の野望は、最初から最後まで、文字通り綺麗に『料理』されてしまっていただけだったのだ。
王都の空に、テローラの絶望に満ちた悲鳴が虚しく響き渡る。
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