第13話 極上肉の空中解体ショーと、欲望の大宴会
谷間を揺るがす絶望的な地鳴りと、王都のエリート魔法使いたちの悲鳴がこだまする中。
俺の脳内では、料理人の鑑定スキルが狂ったように歓喜のファンファーレを鳴り響かせていた。
目の前にそびえ立つ体長十メートル超の巨大魔獣、魔力喰いの暴牛。
魔法使いの女たちが放った最大魔法を食らったアイツの肉体は、今や極限まで魔力と旨味が熟成され、赤身の中に美しく脂が入り込んだ完璧な『超特級A5ランク霜降り魔獣肉』へと変貌を遂げている。
それに加えて、あの大木のような漆黒の大腿骨。
あれをじっくりと煮込めば、この世の物とは思えない至高の『牛骨スープ』が取れるはずだ。
俺の目は完全に血走っていた。
あんな極上の霜降り肉を、魔法の炎でただの黒焦げの炭にするなど、料理人として絶対に許せることではない。
「シャック! なんだなんだ、最高に美味そうな肉の塊が、向こうから勝手に歩いてきたぞぉ! ちょうど良い酒のツマミが欲しかったところだぁぁっ!」
ドワーフの火酒を樽ごと一気飲みして完全に理性を飛ばした龍女神ライラが、ヨダレを撒き散らしながら歓喜の雄叫びを上げた。
絶世の美貌と漆黒の角を持つ彼女は、ガルドの街で俺が買い与えた服を着ている。
だが、彼女の豊満すぎる胸の渓谷と、暴力的なまでにスラリと伸びた脚を収めきれる既製服など平民の店にはなく、結果としてスリットが太ももの根本まで深く入った、踊り子のような極めて露出度の高いセクシーな衣装になってしまっていた。
その艶やかな衣装をはためかせ、ライラは酔いに任せた常識外れの跳躍を見せた。
「酒と肉は、この世の宝だぁぁぁっ!!」
ドバァァァァァンッ!!
ライラは空中で身体を捻ると、豊満な双丘を大きく揺らしながら、暴牛の脳天めがけて真っ逆さまに落下した。そして、彼女の細く白い腕が、暴牛の天に向かって伸びる太い角を真正面からガシッと掴み取る。
そのまま、神の圧倒的な膂力に任せた大外刈りだ。
体長十メートルの鋼の巨獣が、華奢な美女の腕一本で宙に浮き、谷間の岩肌へと背中から凄まじい勢いで叩きつけられた。
「ブモォォォォォォォッ!?」
魔法を吸収する無敵の魔獣も、神様の純粋な物理暴力の前には手も足も出ない。
だが、暴牛もただでは終わらなかった。叩きつけられた衝撃に激怒したのか、その巨大な口をカッと開き、魔法の魔力を分解するための『激苦の粘液(胃液)』を周囲に撒き散らそうと息を大きく吸い込んだのだ。
もしあれをまともに浴びれば、肉に嫌な苦味が移ってしまう。俺が舌打ちをした、その瞬間。
「うぇぇっ! あの牛さんが吐いてる息、ルゥの嫌いな苦悶草より何倍も苦くて臭いにおいがする! あんなの絶対に食べたくない!! 近寄るなぁーっ!」
生存本能から銀色のケモ耳を限界まで逆立てたルゥが、弾丸のような速度で地を蹴った。
健康的な肌を包むショート丈のワンピースチュニックが風に舞い、彼女のしなやかな肢体が躍動する。
ルゥは空中で銀色のフワフワな尻尾を舵のように使って完璧なバランスを取ると、美しい弧を描く美脚を、暴牛の顎下めがけて全力で振り抜いた。
ゴギャンッ!!
一切の容赦がない、本気の拒絶のドロップキック。
吐き出そうとしていた激苦の粘液ごと下顎を強烈にカチ上げられた暴牛は、自身の胃液を喉の奥に逆流させ、脳を激しく揺らされて完全に白目を剥いた。
「よし、よくやったお前ら!! あとは俺の仕事だ!!」
気絶して仰向けに倒れ伏した巨大な霜降り肉の山へ向けて、俺は地を蹴って跳躍した。
過酷な厨房仕事とサバンナの旅で鍛え上げられた俺の身体を包んでいるのは、ガルドの街で新調した耐火・防刃仕様の分厚い『黒革の料理人エプロン』と、丈夫な野戦用のズボンだ。腰の特製革帯から、俺の右腕である愛用の包丁を抜き放つ。
空中に舞い上がった俺の目には、暴牛の巨体がただの肉のブロックにしか見えていない。
魔法が通じない強靭な筋肉だろうが、生物である以上、必ず骨と肉の繋ぎ目があり、血を抜くべき急所が存在する。
俺は『概念包丁・絶対繊維断ち』のスキルを最大出力で発動させた。
刃の先が、淡く、しかし鋭い魔力の光を帯びる。
「シッ!」
短く息を吐き、俺は空中で身体を独楽のように回転させながら、暴牛の首筋の大動脈へと刃を滑らせた。一瞬で完璧な血抜きを行う。血の臭みを一切残さないための、料理人としての絶対条件だ。
そのまま、巨体の表面を滑るように移動しながら、刃の軌跡を幾重にも描いていく。
スパンッ! ズパンッ! ゴキッ!
魔法の通じない漆黒の毛皮が裂け、強靭な筋肉の筋と関節の膜だけが、信じられないほどの軽快な音を立てて次々と切り離されていく。
それはもはや討伐などという野蛮なものではない。空中で繰り広げられる、究極の芸術的な『解体ショー』だった。
俺が着地して包丁を革帯に納めた瞬間。
体長十メートルの魔獣は、美しく切り分けられた特級A5ランクの精肉ブロックと、純白の牛脂、そして見事に磨き上げられた巨大な大腿骨の山へと姿を変え、石畳の上にドサリと崩れ落ちたのだった。
「うそ……でしょ……?」
「私たちの最大魔法を食べてノーダメージだったあの伝説級のバケモノを……たった三人の、しかも魔法も使えない男の平民が、数秒でバラバラの肉塊にした……?」
後方で腰を抜かしていたエリート魔法使いの女たちが、顔面を蒼白にして震えている。
商人たちも、まるで神話の光景でも見たかのようにポカンと口を開けて固まっていた。
「おいバルド! 商人たちに手伝わせて、竈と大鍋を用意しろ! これからこの極上肉で、大宴会の始まりだ!!」
俺の声に、我に返ったバルドが「お、おおっ! 野郎ども、タロウの包丁捌きを見たか! 急いで火の準備だ!」と歓喜の声を上げて駆け出してきた。
◇
谷間の道は、瞬く間に狂乱の宴会場へと姿を変えた。
巨大な鉄板の上で、分厚く切り分けられた暴牛の霜降り肉が、ジュワァァァァッ!!という暴力的な音を立てて焼かれている。
極上の魔力を食って育ったA5ランクの脂が熱で溶け出し、俺が振りかけた星砕きニンニクと醤油ダレが焦げて、人間の理性を木端微塵に吹き飛ばすほどの凄まじい香ばしさを撒き散らしていた。
「あちっ、はふっ! 美味い、美味すぎるぞぉぉ! シャック!」
一番大きなステーキ肉を手掴みで頬張っているライラは、肉汁を顎から滴らせながら至福の表情を浮かべていた。
度数八十パーセントの火酒による酔いと、熱々の肉を食らった体温の上昇で、彼女の抜けるように白い肌は艶やかな桜色に染まっている。
そして何より、無我夢中で肉にがっつくせいで、踊り子のようなセクシーな衣装の胸元が大きくはだけてしまっていた。
汗ばんだ鎖骨から、豊満すぎる双丘の深い谷間が、焚き火の光に照らされて無防備に露わになっている。
「おいバカ女神。見えそうだから前をちゃんと閉めろ。風邪引くぞ」
目のやり場に困った俺は、自分の上着を乱暴にライラの頭からバサッと被せた。
ライラは「んー? 暑いからいいのだぁ」とヘラヘラ笑いながら、上着にくるまったままさらに肉を口に押し込んでいる。まったく、絶世の美女が台無しだ。
「兄様、兄様! ルゥ、苦いお汁を我慢してキックがんばったよ!」
反対側からは、ルゥが背中から銀色の尻尾をちぎれんばかりにブンブンと振りながら、俺の腰にギュッと抱きついてきた。
俺とお揃いの小さなエプロンを着けた彼女の、太陽の匂いがする銀色の髪をガシガシと撫でてやる。
「ああ、お前のおかげで最高の肉が手に入った。ご褒美だ、一番柔らかいヒレ肉のところを食え」
「わぁい! 兄様のお肉、だーいすきっ!」
ルゥが満面の笑みで肉に噛み付くのを見守りながら、俺は別の鍋でじっくりと煮込んでいる大腿骨のスープの灰汁を丁寧におたまで掬い取っていた。
その時だ。
「あ、あの……」
背後から、ひどく遠慮がちな、か細い声がかけられた。
振り返ると、そこには先ほどまで俺を「底辺の男」と見下して嘲笑っていた、真紅の魔導服を着たエリート魔法使いの女が立っていた。
彼女の目は、俺が鉄板で焼いている肉の暴力的な匂いに完全に魅了され、潤んでいる。そして同時に、無骨な黒革のエプロンを纏い、巨大な魔獣を捌いて汗を流す俺の太い前腕や広い背中を、どこか熱っぽい、完全に女の顔をして見つめていた。
「そ、その……お肉……。わ、私にも、一口いただいても……よろしくて……?」
魔法至上主義のエリートとしての無駄なプライドは、たった数十分の間に、恐怖と、暴力的な飯テロの匂いと、俺の包丁さばきの前に完全にへし折られてしまったらしい。
頬を赤らめ、もじもじと両手を組み合わせるその姿は、高慢な女魔法使いというより、ただの腹を空かせた乙女そのものだった。
「……言っただろ、俺の料理は誰でも腹いっぱい食えるのが売りだってな。ほら、熱いうちに食え。火傷するなよ」
俺が焼きたての極厚ステーキを木皿に乗せて手渡すと、彼女は「あっ……ありがとうございますっ!」と顔を真っ赤にして受け取り、すぐさま肉に噛み付いた。
「おいひぃ……! なにこれ、脂が甘くてお口の中でとろける……! アタシ、今までこんな美味しいもの食べたことない……!」
女魔法使いはポロポロと涙を流しながら、なりふり構わずステーキを平らげていく。彼女の部下たちも次々と「私にも!」「お願いしますタロウ様!」と頬を赤らめて群がり始め、最後には完全に俺の胃袋の奴隷と化してしまった。
無骨な黒エプロン姿で肉を焼く俺の一挙手一投足に、エリート魔法使いの女たちが「あぁっ、タロウ様のあの腕の筋肉……」「素敵ですわ……」と熱っぽい視線を送り、身悶えしている。
その異様な光景を少し離れた場所から見ていたルゥが、一番美味しいヒレ肉をモグモグと咀嚼しながら、銀色の尻尾を揺らして不思議そうに首を傾げた。
「ねえ兄様。あのお姉ちゃんたち、お目々をハートにして兄様のことずっと見てるね。なんだか、レオンのお爺ちゃんが教えてくれた『ふぁんくらぶ』ってやつみたい!」
「ファンクラブ……ああ、都市部で人気の吟遊詩人や役者を熱狂的に追いかける女たちの集まりのことか」
俺は肉を裏返しながら、かつてレオン爺さんが村で酒を飲みながら語っていた言葉を思い出し、小さく息を吐いた。
なるほど、言い得て妙だ。魔法も使えない底辺の男であるはずの俺が、エリートの女魔法使いたちに『タロウ様』と呼ばれ、尊敬と熱烈なメスの視線を一身に浴びている。
魔法の有無というこの世界の絶対的な常識が、たった数皿の極上肉によって完全にひっくり返ったのだ。
ルゥの言う通り、彼女たちはもはや護衛の魔法使いではなく、ただの『タロウのファンクラブ』に成り下がっていた。
その狂信的なファンクラブと化した女たちは、夜更けまで俺の焼く肉と牛骨スープのおかわりに群がり続けたのだった。
◇
それから数日後。
商人たちとファンクラブの女たちの胃袋を完全に掌握した巨大商隊は、誰一人欠けることなく、無事に街道を駆け抜けた。
馬車の御者台に座っていた俺の視界が、ふと大きく開けた。
目の前に現れたのは、これまでの防塞都市ガルドなど比べ物にならないほど巨大で、白亜の城壁に囲まれた壮麗な都市。この国の中心であり、すべての権力と欲望が渦巻く場所、『王都』だ。
「着いたな。ここが王都か」
俺は黒革のエプロンの紐を締め直し、王都の巨大な正門を真っ直ぐに見据えた。
隣ではルゥが「わぁ、おっきい街!」と身を乗り出し、ライラが「ここには美味い酒と肉がたくさんあるのだろうな!」と鼻息を荒くしている。
俺は腰の包丁の柄を軽く叩き、どこか呆れたような、不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、特使テローラ様。田舎の底辺男からの、極上の料理のお届けだ」
俺から畑を奪い、街の経済を私物化し、あまつさえ商隊ごと俺たちを暗殺しようとした高慢な女。
だが、俺に復讐や見返してやろうという執着はこれっぽっちもない。俺が村を離れた時点で、あの特級畑がただの荒れ地に戻っていることなど、最初からわかりきっていたことだ。
今頃あいつは、使い物にならない土くれを前に泣き喚いているに違いない。
俺の目的はただ一つ。この巨大な王都で、俺たちの料理を極めることだけだ。
新たな未知の食材との出会いに胸を躍らせながら、俺たちは王都の正門へと馬車を進めていった。
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