第12話 商隊護衛と火酒、そして迫り来る『極上の霜降り肉』
防塞都市ガルドの巨大な城門が重々しい音を立てて開かれ、俺たちを乗せた大規模な商隊が、いよいよ王都へと続く街道へ足を踏み出した。
特使テローラ・ロルテーゼの嫌がらせによる通行証凍結を、冒険者ギルドの特例措置でもって見事にすり抜けた俺たち。護衛任務として同行することになったこの商隊は、馬車が二十台以上も連なるかなり大規模なものだった。
テローラの派閥による強引な市場独占に反発している中立派の商人たちが、自衛のために団結して王都へ向かうための自衛商隊らしい。
だが、この商隊の旅が穏やかなものになるかと言えば、決してそうではなかった。
「ちょっと、そこの平民の男。アンタ、自分の立場をわかってるの?」
馬車の列の最後尾を歩いていた俺に、馬に乗った派手な真紅の魔導服の女が、見下すような視線と声を投げかけてきた。
彼女たちは、商人たちが冒険者ギルドから大金を叩いて雇った『王都出身のエリート女性魔法使いパーティ』だった。ギルドマスターの鶴の一声で急遽護衛に加わった俺たち――特に、魔法が使えない男である俺の存在が、彼女たちの無駄に高いプライドをひどく刺激しているらしい。
「魔法の欠片も使えない底辺の男が、護衛の数合わせに紛れ込んでるなんて本当に目障りだわ。アンタはせいぜい、魔物が出た時にアタシたちの邪魔にならないよう、馬車の隅でガタガタ震えてなさい。いいわね?」
「はいはい、了解だ。そっちこそ、派手な魔法で馬車の積み荷を燃やさないように気をつけてくれよ」
俺が適当に手をヒラヒラと振って流すと、エリート魔法使いの女は「ふんっ!」と鼻を鳴らし、忌々しそうに馬を進めていった。
横で不機嫌そうに牙を剥き出しにしているライラをなだめながら、俺は街道の脇に広がる鬱蒼とした森へと視線を移した。
エリート魔法使いの安い挑発など、俺の心には一ミリも響かない。それよりも、この王都へ続く未開の森に、いったいどれほど未知の食材が眠っているのか。それを考えるだけで、料理人としての血が騒いで仕方がなかった。
◇
太陽が真上に昇った頃、商隊は開けた平原で昼食のための長めの休憩に入った。
商人たちが携帯食料の硬い干し肉や黒パンをかじる中、俺は街道の脇に竈を手早く組み上げ、昨日の屋台で余った食材を使った特製のまかないを作り始めていた。
鉄殻トカゲの端肉と、ガルドの市場で買い叩いた『苦悶草』という魔野菜を使った、強火の肉野菜炒めだ。
苦悶草はその名の通り、そのまま食べると舌が麻痺するほどの強烈な苦味を持つ、この世界の住人からはゴミ扱いされている野菜だ。
だが、俺の概念包丁で繊維を完璧に断ち切り、熱した油でサッと油通しをすることで、その苦味は肉の脂の甘みを極限まで引き立てる『心地よいアクセント』へと劇的に変化する。
醤油ダレの焦げる香ばしい匂いが風に乗り、周囲で干し肉を齧っていた商人たちが、たまらずヨダレを垂らして俺の鍋の周りに集まってきたほどだ。
「ほら、お前らも腹が減ってるだろ。食え」
俺が木皿に山盛りの肉野菜炒めを取り分けると、ライラとルゥは目を輝かせて飛びついた。
だが、食べ始めて数分後。俺はルゥの木皿を見て、ジロリと目を細めた。
「おいルゥ。お前、苦悶草だけ器用に避けて端っこに寄せてるな?」
「う、うぅ……だって兄様、これ食べるとお口の中がビリビリして苦いんだもん! ルゥ、お肉と甘いトマトの方が好き!」
ルゥは銀色のケモ耳をペタンと寝かせ、涙目で抗議してきた。
確かに子供にとって、ピーマンやゴーヤの比ではない苦悶草の風味は少しハードルが高いかもしれない。だが、これは成長に必要な栄養素がたっぷり詰まった特級の魔野菜だ。
「ダメだ。苦いからって残してたら、立派な大人になれないぞ。ほら、肉と一緒に思い切って噛んでみろ」
「やだー! 苦いの絶対たべたくないー!」
「ふははは! 駄犬は草食動物のように大人しく葉っぱを齧っておれ! 肉はすべて我が引き受けてやる!」
「泥棒トカゲにお肉はあげないもん! 兄様、ルゥお野菜食べるからお肉ちょうだい!」
俺が保護者のようにルゥを叱り、ライラが横から茶々を入れ、ルゥが涙目で苦悶草を飲み込む。そんな騒がしくも平和なピクニックのような昼食を終えようとしていた、その時だった。
「いやぁ、にーちゃん! あんたの作る飯は本当に最高だ! 干し肉の匂いすら嫌になりそうだよ!」
豪快な笑い声と共に近づいてきたのは、商隊の中心的な人物であるバルドお抱えのドワーフ商人だった。
彼は俺の作ったまかないを誰よりもバクバクと平らげ、そのお礼にと、両手で抱えるほどの小さな木樽をドスンと俺たちの前に置いた。
「美味い飯の礼だ。こいつは俺たちドワーフの故郷で作られた、特製の『火酒』だ。度数が異常に高いから、必ず水で十倍以上に薄めて、夜の野営の時にでもチビチビ飲んでくれ!」
ドワーフの商人が上機嫌で去っていくと、樽から漏れ出す芳醇なアルコールの匂いに、ライラがピクッと鼻を動かした。
「ほう。人間界の『酒』というやつか。我はまだ飲んだことがなかったな」
「おいライラ、待て。今の話を聞いてなかったのか。それは水で割ってから……」
俺の制止は、一秒遅かった。
ライラは木樽の蓋を無造作に引っこ抜くと、そのまま樽を両手で持ち上げ、中身の火酒を水のようにゴクゴクと喉の奥へ流し込み始めたのだ。
「ぷっはぁぁぁぁっ!! なんだこれは、喉が焼けるように熱いが、その後に広がる果実のような香りがたまらん! 水で薄めるなど言語道断だ!」
ライラは瞬く間に樽の半分を飲み干し、口元を手の甲で乱暴に拭った。
そして次の瞬間、彼女の抜けるように白い肌が、首の先から耳の裏まで一気に真っ赤に染まった。
「あー……。タロウ、なんだか世界がグルグル回って、とても愉快な気分になってきたぞぉ。ふふっ、ふははは!」
ライラはとろけるようなだらしない笑顔を浮かべ、足元をふらつかせながら俺の肩にドンッと寄りかかってきた。
……最悪だ。
絶世の美女の皮を被った規格外の古龍が、度数八十パーセントを超えるドワーフの火酒をストレートで原液一気飲みしたのだ。
完全に理性がログアウトし、陽気でタチの悪い『超ハイスペックな酔っ払い』がここに爆誕してしまった。
「おい、しっかりしろバカ女神。これからまだ歩くんだぞ」
「んふふ〜、タロウの作った肉、もっと食わせろぉ。シャック! あ、しゃっくりが出たぞぉ」
ヘラヘラと笑いながら謎の奇声を発するライラを半分引きずるようにして、俺は深い深いため息をついた。
ルゥの偏食と、ライラの酔っぱらい。
このどうしようもない家族の世話を焼きながら、俺たちの商隊は昼休憩を終え、街道の難所と呼ばれる深い谷間の道へと足を踏み入れていった。
◇
平原から一転、両側を切り立った崖と鬱蒼とした森に挟まれた谷間の道は、昼間だというのに薄暗く、不気味な静寂に包まれていた。
馬車の車輪の音だけが響く中、俺はふと、空気の中に混じる異変に気がついた。
「……なんだ、この匂い」
風に乗って、甘ったるい紫色の煙のようなものが谷間に漂い始めていた。
俺の料理人としての嗅覚が、即座に危険信号を鳴らす。自然界の花や果実の匂いではない。複数の魔力草を人為的にすり潰し、意図的に燃やしたような、人工的でむせ返るような悪臭だ。
テローラの派閥の連中め。俺たちの通行証を凍結するだけでは飽き足らず、商隊ごと事故に見せかけてこの谷間で消し去る気か。
「止まれ! 全員、武器を構えろ!!」
先頭を歩いていたエリート魔法使いの女が、悲鳴に近い声で叫んだ。
その直後だった。
ズズンッ……ズズンッ……!! と、巨大な質量が地面を叩き割るような凄まじい地鳴りが、谷間の奥から響いてきた。
崖の上の太い木々が、飴細工のように次々とへし折られ、宙を舞う。
そして濛々と立ち込める土埃の中から、ソレは姿を現した。
「ひぃぃっ……! なんだ、あのバケモノは……っ!」
「嘘だろ……なんでこんな街道に、王都の近衛騎士団が束になっても敵わないような伝説級の魔物が……!」
商人たちが絶望に満ちた悲鳴を上げるのも無理はなかった。
現れたのは、体長十メートルを優に超える超巨大な牛の魔獣だった。鋼のような漆黒の筋肉が全身を覆い、天に向かって伸びる二本の太い角の周囲には、バチバチと紫色の雷の魔力が放電している。
魔力を異常なまでに喰らい、それを自身の肉体の強化へと変換する最悪の巨獣、『魔力喰いの暴牛』だ。
「落ち着きなさい! アンタたち男は邪魔だから後ろに下がってて! 私たちの究極魔法で、あんな牛など一瞬で消し炭にしてあげるわ!」
リーダー格のエリート魔法使いの女が、恐怖を隠すように虚勢を張り、部下の女たちと共に最前線へと躍り出た。
彼女たちの杖の先から、周囲の空気を歪ませるほどの凄まじい火炎と、大地を焦がすような極太の雷撃が同時に放たれる。
「灰と散れ!! 『業火と迅雷の二重奏』!!」
王都のエリートが放った、間違いなく一撃必殺の最大魔法。
それが巨大な暴牛の顔面に直撃し、谷間を揺るがす大爆発を引き起こした。
やった、と魔法使いたちが確信の笑みを浮かべた、その直後だった。
「……え?」
煙が晴れた後に立っていたのは、無傷の暴牛だった。
いや、無傷どころではない。暴牛は大きく裂けた口から、彼女たちの放った火炎と雷撃の魔力を、まるで美味い空気を吸い込むかのようにズズズズッと一気に『吸い込んで』しまったのだ。
高密度の魔法を食らった暴牛の漆黒の毛並みは、内側から溢れる魔力によってツヤツヤと異常な輝きを放ち、その全身の筋肉はさらにひと回り大きく膨れ上がった。
「ウソでしょ……アタシたちの最大魔法が、食べられた……?」
「物理の剣も通らないのに、魔法を吸収して強くなるなんて……こんなの、どうやって倒せばいいのよ……!」
エリート魔法使いたちの杖が、絶望と共に地面に転がり落ちた。
最強の矛を折られ、なす術を失った女たちは、迫り来る圧倒的な死の恐怖に顔を歪め、その場にへたり込んでしまう。商人たちもパニックを起こし、谷間は完全に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
だが、その絶望の渦中で。
商隊の最後尾にいた俺の視界には、まったく別の光景が広がっていた。
俺の脳内で、料理人の鑑定スキルがかつてないほどの激しい警告音――いや、歓喜のファンファーレを鳴り響かせていたのだ。
『――対象食材をスキャン。【魔力喰いの暴牛】。先ほどの高密度の魔法を食らい続けた結果、全身の肉質が極限まで熟成されました。赤身の中に美しく脂が入り込んだ、完璧な【超特級A5ランク霜降り魔獣肉】へと変貌しています。また、その巨大な大腿骨は、じっくり煮込むことで至高の豚骨ならぬ『牛骨スープ』を生み出す究極の素材です』
……なんだと?
俺の目の色が、一瞬にして変わった。視界の端が血走るように赤く染まり、俺の口角が抑えきれない歓喜で歪んでいく。
「……おい。あいつら、あんな極上の霜降り肉を、火炎魔法で黒焦げにする気だったのか? 冗談じゃない。肉が台無しになるだろ。それにあの骨……あの大腿骨から、この世の物とは思えない究極の出汁が取れる……!」
俺が狂ったように包丁の柄に手をかけた、その隣で。
「シャック! なんだなんだ、最高に美味そうな肉の塊が、向こうから勝手に歩いてきたぞぉ! ちょうど良い酒のツマミが欲しかったところだぁぁっ!」
ドワーフの火酒で完全に理性を飛ばし、ご機嫌な酔っ払いと化した龍女神ライラが、ヨダレを撒き散らしながら大歓喜の雄叫びを上げた。
さらに、俺の反対側の隣では。
「うぇぇっ! あの牛さんが吐いてる息、ルゥの嫌いな苦悶草より何倍も苦くて臭いにおいがする! あんなの絶対に食べたくない!! 近寄るなぁーっ!」
暴牛が魔法を分解する際に吐き出した激苦の粘液の匂いを察知したルゥが、生存本能からケモ耳を限界まで逆立て、本気の拒絶のドロップキックを放つべく臨戦態勢に入っていた。
「出汁マニア」の俺、「酔っ払いの破壊神」ライラ、そして「苦味を絶対拒絶する」ルゥ。
腰を抜かし、恐怖の涙を流して震えるエリート魔法使いたちのすぐ横を、それぞれの食への執着を限界まで暴走させた最悪の三人が、極上の食材(魔獣)へと向かって真っ直ぐに歩みを進めていた。
皆さま読んで下さり本当にありがとうございます
ページの下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白ければ星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちで評価して頂ければ幸いです。
評価やブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒、感想などもぜひ、よろしくお願いいたします。




