5.騎士団長エドワード(後)
そんな過去があるので、ルキウスは心の底からこの優男の騎士団長が嫌いだ。
だいたい、かつては女好きしそうな甘い笑みの下に、この世のすべてを呪うような眼を隠し持っていたくせに、今ではすっかり温かな瞳になってアレクサンドラを見つめているというのはどういうことだ。
世界中の人間が一人残らず息絶えればいいと呪うような眼をしていただろうが。
自分も世界も滅んでしまえと願っていただろうが。
今さら何を『優しくて気のいいお兄さん』みたいな立ち位置に収まろうとしているのだ!
アレクサンドラの頼れるお兄さんポジションに立つのはこのルキウスだ。
二歳年下というのはもはや誤差の範疇なので問題ない。自分は愛する婚約者であり、頼れるお兄さんでもある。
そう腹心の部下への手紙へ書いたら『そこは両立不可能ではありませんか? お兄さんなのに愛する婚約者ってキモくないです? あとご当主が殿下より二歳年下なのは覆しようのない事実ですから、潔く諦めてください』と返ってきた。
腹心の部下が不遜すぎる。
べつにルキウスだって真のお兄さんになりたいわけではない。だいたい真のお兄さんというなら血縁上の兄がアレクサンドラには三人もいる。
ルキウスはただ、エドワードに『頼れる男』という立ち位置を許したくないだけだ。そこにいるべきは未来の夫、つまりはルキウスである。
そうとも、自分は婚約者なのだ。
エドワードなど所詮元上司にすぎない。今となっては赤の他人だ。
それなのにアレクサンドラときたら、未だにこの男のことを親しみのこもった口調で「団長」と呼ぶのだ。
まさかアレクサンドラの好みは年上なのか? いやいやそんなはずがない。そんなことがあったらルキウスは時間遡行の魔道具作りに人生を費やすしかなくなってしまう。
だいたいアレクサンドラは年齢で相手を選ぶような人間ではない。大切なのは中身だ。その点自分は権力も財力も兼ね備えた男で、たぐいまれな美貌まで有している。未来の夫として完璧だ。
しかしアレクサンドラは一度もこの顔面にうっとりしてくれたことはない。おそらく見慣れてしまっているからだ。彼女の好みから外れているなんてことはあり得ない。
だがアレクサンドラはエドワードについては「団長は格好良いよね」と褒めたことがある。一度だけのことだ。何かの気の迷いだったにちがいないが、それでもルキウスは悔しさのあまり眠れなかった。
ルキウスは万人に褒め称えられる美貌だが、月の化身のようと謳われることからしてもわかるように、どこか人間離れした雰囲気を持っている。
一方でエドワードは、女癖が悪いと聞いたら万人が納得するような、たれ目に甘い顔立ちと、異性を惑わす空気を纏っている男である。
まさか彼女の好みはああいう顔なのか。いやそんなはずはない。彼女は内面を見抜く人だ。エドワードが甘やかな微笑みの下ですべてを呪っていることなど、とうに気づいていたはずだ。あんな屈折していて歪んでいる男など、彼女が好きになるはずがない。
ただしその論で行くと自分も相応しくないことになってしまうのだが、そこは人間性をカバーできるほどの地位・権力・財力があるから大丈夫だ。さらに今後も成長が見込まれるという、非常に有望性の高い人材だ。アレクサンドラの夫にぴったりである。
瞬きよりも短い間に、優秀な頭脳でつらつらとそう考えて、ルキウスは自信を取り戻した。
過去の事件をあてこすった発言によって、エドワードは眼差しを暗くしている。
ぜひそのまま世界を呪う旅にでも出てアレクサンドラの前から消えてくれと願っていると、エドワードは陰のある眼差しのままいった。
「エズモンド卿のいう通りです。俺は本当にアレクに申し訳なくて……、責任を取らせてほしいと頼んだことも何度もあったのですが」
「あの事件は団長のせいではありませんよ。あなたは被害者でしょう。取るべき責任など存在しません」
ルキウスは即座に手のひらを返した。
「ええ、アレクにもそういわれてしまいました。いや、お恥ずかしい。ああいうときは、あいつのほうがよっぽど大人ですね」
エドワードは照れたように首に手をやった。
そして、唇だけで笑った。
「アレクは恩人です。俺は決めているんですよ、エズモンド卿。誰かが彼女の意志を踏みにじろうとするなら、俺はどんな手段を使ってもその敵を排除しようとね」
エドワードの笑っていない瞳がルキウスを射抜く。
(なるほど?)
この男が声をかけてきたのは、それがいいたかったのか。
そう納得してから、ルキウスは鼻で笑った。
ルキウスはアレクサンドラの外堀を埋めて結婚を実現させようとしているが、そのことをこの男に非難されようと敵意を向けられようと何の痛痒も感じない。敵と認定されたところでどうでもいい。だいたいルキウスにとってエドワードはとうに敵だ。
ルキウスを裁くことができるのも止めることができるのもアレクサンドラだけだ。
彼女が鋼の意志を持って「きみとは結婚できないよ」というならルキウスは引き下がるしかない。あがくことも抗うこともできない。彼女が揺るぎない意志を持って望むなら。
ちなみに以前軽い口調で「そろそろ婚約解消しようか?」といわれたことはあるが、あれは軽すぎたしルキウスを巻き込まないための提案だった。だからルキウスは断固たる拒否を返した。